第2話 陸の孤島
父が単身赴任先へと旅立ち、大学一年生の私の一人暮らしが始まった。
しかし新生活と言っても、一人には広すぎる一軒家は生まれた時から住んでる訳だし、大学だって始まるのはまだ一週間も先だ。
元々ゲームもしなければDVDを観る習慣もない。インターネットで自分がこれから乗るバイクの事でも調べてみようかな? なんて思っては次の日、思い出してはまた次の日へとその予定をずらしまくっている内に、あれよあれよという間に入学式の日がやってきた。
高校の時から続く彼氏と会おうかどうかという話も無きにしも非ずだったけど、バイク免許講習やらそれが終わってもバイク購入やらとタイミングが合う事はなかった。
結局休みの間中ずっとダラダラとして過ごした。
そうしてやってきた入学式当日。
めかし込んで着ていくスーツなどある訳もなかった。それでも写真を送ると約束した父が悲しまない程度には綺麗目な格好を選んだ。
さして発着時間など調べもせずに向かったバス停ではかなり待たされた。基本的に本数が少ない上に小田急線からもJR線からも遠い我が家の近くを通るバス路線はどちらの最寄駅にも向かう上、神奈川の計画性を感じられない道路交通網の所為もあって渋滞の影響をモロに受ける。
余りにも長い待ち時間は、電車通学もバス通学も全く向いていないと私にわからせる為にあったのだろう。
片道の通学だけで相当なストレスを抱えたまま、体育館で行われる入学式に参加する。一時間超の式典は恙無く終わり、その頃には帰り道までのメイン通りはサークル活動の勧誘ロードと化していた。
サークル等には更々入るつもりのない私は只々歩きにくいだけだと感じていたが、近くを歩いていた人達は声を掛けられる度に立ち止まって話を聞き、悩んだりそのまま入部しますと宣言したりと盛り上がっていた。
正直大学生のこういう軽いノリは苦手だ。
たかが一年間だけど、その僅かな時間の浪人経験で年下であろう同期生達を薄っぺらい奴らだと決めつけてしまう。私は周りとは違うんだと斜に構えて格好を付ける。父のそういう所が嫌いだったのに、いつの間にか私もそんなタイプになってしまっている。
そうして心の中で悪態を吐きつつも流れに沿ってバス停へと歩いていると、私なんかじゃ比にならないくらいの先輩達(全部男)に囲まれながら颯爽と歩いていく綺麗目なワンピースを着こなしたモデルのような体型の新入生の姿が目に入った。余程ナンパされるのに慣れているのか、ガン無視を決め込んでマイペースで正門側へと進路を取っていく。あっちは確か駐車場があった筈。男達に媚びを売るそぶりなど全くない様子と相手にされていない軟弱男の群れを見るのはスカッとしたけど、成人式も過ぎてなおご両親の送迎ありのお嬢様かと思うとげんなりもした。
私はと言うと、比較的高めな身長のおかげか、遊び系のサークルの勧誘よりも女子バレーやバスケといったスポーツ系サークルからの声掛けが多かった。たかが勧誘程度で考えすぎかも知れないが、こうして声を掛けて頂けるってことは少しでも自分が必要とされていると感じられて悪い気はしなかった。だけど、今の私のコミュニケーション力でサークル活動で周囲と馴染める自信は全くない。やんわりとお断りしながらバス停へと辿り着いた。
初日で全ての新入生の予定が同じ時刻に終わると言うこともあって、バス停へと向かう階段にまで人待ちの列が続いている。ここで普段の私だったら人が捌けるまで適当なところでタバコでも吸って時間調整するか、バスは諦めて徒歩で帰ろうとしていたかもしれない。実際、タバコの箱を開け残数を確認した後、ジッポーライターをいつもの上着に入れっぱなしだった事に気付くまではそのつもりだった。だけどライターがなければしょうがない。観念してバイクが納車されるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、諦めて列に並びスマホで父に送信する画像を適当に選びながらバスの到着を待った。
ポチポチポチポチ。
一年間浪人をさせて貰った恩もある、何とか滑り込んだ私立大学に通わせて貰う恩もある、バイクを買って貰った恩もある、男手一つでここまで育てて貰った恩もある。記念撮影待ちで後ろが閊えている入学式看板前で慌てて撮ったほんの数枚の写真はどれも写りは良くなかったけれど、所詮どれも私だ。散々悩んだ挙句、一番最初に写したやつを父に送った。
送信が終わるといつの間にやらバスの昇降口が迫っていて、スマホをポケットに放り込んで首を持ち上げるとポキッと音がした。タイミング良く空いていたバスの最後尾窓際に腰を降ろし外を眺めていると、あっという間に満員になりバスが出発する。
「茅ヶ崎駅行き。発車致しまーす」
あ、ヤバ、逆。






