第29話 「木屋の爪切りと黒塚先輩のお返し」
昼休み、図書室の静かな空気の中、座白冬は机に広げた教科書を眺めていた。その隣には、いつものように黒塚夏先輩が座っている。先輩は持ってきた文庫本をパラパラとめくりながら、ふと顔を上げた。
「座白くん、これ」
そう言いながら、黒塚先輩が小さな箱をそっと机の上に置く。
「……なんですか?」
座白は箱を手に取って見つめた。シンプルなデザインの木箱に「木屋」という文字が控えめに印刷されている。
「木屋の爪切りよ。良いものだから、ぜひ使って」
「……急に爪切りを渡されるのは、なかなか新鮮ですね」
怪訝そうにしながらも、箱を開けてみると、中にはシンプルながらも洗練された爪切りが入っていた。美しい作りに、彼の表情がわずかに柔らぐ。
「どうしてまた、こんなものを」
「カシミアのマフラーのお返しよ。気が利くでしょ?」
黒塚先輩は微かに満足げな笑みを浮かべている。
「……別にお返しが欲しいなんて言ってませんけど」
「でも、もらったからには、ちゃんと返さないと失礼でしょ?」
「そういうものですか」
座白は苦笑しつつ、手に持った爪切りをじっと見つめた。確かに高級感があり、実用性も抜群そうだ。
「君に似合うと思ったの。無駄がなくて、質が良いもの」
「……爪切りに似合うとか、そういう概念があるんですか?」
座白の素っ気ない反応にも、黒塚先輩は気にせず淡々と続ける。
「爪って、整えておかないと案外印象に関わるものよ。だから、ちゃんとした道具を使うべきね」
「……まあ、そうかもしれませんけど」
「それに、君のことをちょっとだけ思い出しながら選んだの。どう?」
先輩は表情を変えずにそう言ったが、その声にはどこか茶目っ気が混じっていた。
「……そうですか。じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
座白は素直に頭を下げる。その反応に、黒塚先輩は満足したように頷いた。
「ふふ、いい子ね。使った感想も聞かせてね」
「……いや、爪切りの感想なんて、そんなに語ることないと思いますけど」
「そう?でも、君がどう思うか、少し気になるわ」
黒塚先輩のどこか含みのある言葉に、座白は小さくため息をついた。
静かな図書室に、二人だけの穏やかな時間が流れる。箱の中の爪切りを眺めながら、座白は少しだけ口元を緩めた。黒塚先輩の気遣いは、彼の心の奥にほんのりとした温かさを残していた。




