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29.初デート大作戦!?-01-

 

 翌日の早朝。

 アルフォンスを見送ったばかりのクルトの横を1人のメイドが通り過ぎた。最近メイドリーダーに昇格したマリーである。


 メイドリーダーに昇格してからというもの、屋敷全体のスケジュールを把握して動かなければならないため、手帳片手に早歩きしていた。


「クルト様、おはようございます」

「……マリー殿! ちょうどいいところに!」

「うわ、ど、どうしたんですか、突然!」


 突然腕を掴まれたマリーはぎょっとした顔をして、手帳を落とした。


 クルトは、切羽詰まったような顔をしていたが、マリーがさらに困惑した顔をしていたためか、パッと手を離した。


「あの、実は、マリー殿に言いたいことがあって……」


 なんだ、その前置きは、とマリーは思った。

 クルトはそわそわと落ち着かない様子で、眼鏡をくいと挙げる動作をこの短時間で3回もおこなっている。


「実はですね……」


 意を決するようにクルトは息を吸う。何をそんなに改まって言うことがあるのだろうか。マリーには、一瞬嫌な予感が走った。


(……えっ、告白?)


 いや、そんなわけあるか、とマリーは思う。なぜなら、クルトとマリーは12歳差である。それに、クルトの実家は高貴な家に使える従者の名家である。一方マリーの家は至って普通の中流家庭。


 クルトが、考えも無しに、マリーに告白してくるとは考えづらい。となると、恋の相談であろうか。


 そこまで考えて、ふと気が付く。


(……まっ、まさか、奥様を好きになったとか!?)


 あり得る。十分にあり得る。


 クルトは、セシリアにずっと帳簿のつけ方を指導していたはずだし、仲良く話しているところも良く見た。

 セシリアは、マリーの1歳下であるが、大人っぽさと可愛らしさを持ち合わせた容姿だし、その水色の髪は見る者の心が洗われるほど美しい。


(き、禁断すぎる恋だわ!)


 マリーは頬を赤らめた。駄目だとわかっていても、気持ちは止められないものである。まるで、小説の中の恋愛ではないか。


「そ、それで、それで!」


 マリーが一歩詰め寄る。正直、アルフォンスとセシリアの夫婦を推しているマリーにとっては邪魔な恋敵であるが、人様の恋愛事情には興味津々なマリーだ。聞くだけ聞いておきたい。


「……だ」

「だ!?」


 マリーの気迫に押されて、クルトが吐き出すように言う。


「……旦那様が」

「あぁっ、そっちのパターンか!!」

「えっ、何が!?」


 正直、想定外だったが、マリーは納得したように頷く。


 アルフォンスは美しい。それは男女問わず魅了してしまうほどだ。マリーだって、アルフォンスを近くで見ることができた日は、手を合わせて拝みたくなるのだ。

 長年近くにいたら、好きになってしまうのも仕方がないかもしれない。


「……いやっ、言いませんよ。そんな禁断の恋。いやでも、分かりますね。性別関係なく、旦那様は魅力的ですもの」

「あの、マリー殿。何か勘違いしてません?」


 なぜか、呆れたような目でマリーは見つめられた。クルトは、執事服の襟元を直しながら、深い息を吐いた。


「私が言いたいのは──……本日、なんと、旦那様と奥様が初デートをされるということで!」

「な、ま、なんですって!」


 マリーは、さらに一歩クルトに詰め寄った。先ほどの自分の盛大な勘違いなんて、どこかに飛んでいってしまうほど、興奮が抑えられなかったのだ。


(私の知らない間に、そんな尊いイベントが開催される予定が立っていたなんて!)


 マリーは、口元を覆って頬を赤らめた。


「え、どうしましょう、これは一大事ですよ、クルト様」

「ええ、ええ、そうでしょう!」


 クルトもまた興奮して叫んだ。早朝に使用人が2人、玄関ホールで黄色い声を上げているのは、さぞ異様な光景だろうとマリーは思った。


 だが、これは不可抗力である。


「だって、あの2人、全然くっつく気配ないじゃないですか!」

「いや、本当にそうなんですよ!」


 マリーは、セシリアのことを思い出す。確実にアルフォンスのことが好きなのに、恋の感情に無自覚なセシリア。明らかに1人分ではない夜食を作っているセシリア。そして、屋敷に帰ってきてからというもの、ずっとご機嫌なセシリア。


 だが、アルフォンスとの仲を見るに、進展している様子は見られない。


「私が気を利かせてウィンターズ領からの帰りの宿を1部屋で取っていたのにも関わらず、2日目から別々の部屋を取ってばっちり対策されるし!」

「いまだに寝室が別だから、初日も何も無かったんでしょうね」

「ああ、悔しい……っ!」


 クルトは、そう言って唇を噛んだ。まるで剣術大会の決勝戦で負けたのか、というくらいの悔しがりっぷりである。


(気持ちは分かります、クルト様……!)


 マリーは心の中で、彼に共感して、ぶんぶんと首を縦に振った。


「……あっ、そういえば、私、良いもの持ってるんですよ」


 マリーは、思い出したようにエプロンのポケットから小箱を取り出した。


 箱のふたを開けると、丸っこい瓶にリボンのついた可愛らしい香水がふたつ入っている。

 最近、マリーがメイドリーダーの特権で仕入れたものである。


「街で流行っている恋人同士が付ける香水コロンです。これは、バニラとベリーの香りの2個セットなんですが……薄めの香りなので、飲食店でも大丈夫で、何よりお互いが近寄った際にしか香らないんです!」

「……ほう」

「しかも、これ、香りが混ざると、ショートケーキの香りになるんですよ」

「天才ですか!?」


 クルトは、箱の中から薄紅色の液体の入った香水瓶を取り出した。そちらはベリーの香りである。といっても、あまり女性的すぎず、男性が付けても問題ない香りだ。


「我々のやることは1つ」


 香水瓶を眺めながら、クルトが呟く。


「……おふたりの進展のために、まずは、お互いを意識させること。これに尽きます」

「はい!」


 ぱちん、とクルトとマリーの目線が交わる。


「マリー殿!」

「クルト様!」


 ぐっとお互いの手を握りこむ。それはまるで、戦士同士の握手であった。


 こうして、水面下で使用人2人による初デート大作戦が進められることとなったのだった。



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