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24.酒に強い私と少し弱い貴方

 


 少しだけ夜の名残がある空が、ゆっくりと明るくなっていく。地平線の端がほんのりとオレンジ色に染まり、静かに朝の訪れを告げていた。


 冷たい空気が肌を撫でる。セシリアはショールを羽織りなおした。

 

「じゃあまた、すぐに帰ってくるね!」


 翌朝の出発の時間は早かった。

 朝の香りを胸いっぱいに吸い込み、セシリアは家族に別れを告げた。

 

「じゃあね、セシリアちゃん、元気でね!」

「すぐに遊びに行くからな」

 

 別れは、意外にもしんみりしたものではなかった。

 王都エリオプスとウィンターズ領は、無理のない行程で3日ほどである。それほど離れているわけでもないため、いつでも帰省することができるからだ。

 

「……おい、馬鹿姉貴」

 

 馬車に乗り込もうとしたセシリアの前に立ったのは、ヴィルヘルムだった。


 いつの日からか、セシリアの身長は抜かされた。艶々とした父親譲りの黒髪を整えるようになった。

 彼はもう、ただの弟ではない。ウィンターズ家、次期当主なのである。

 

「姉貴、ウィンターズ家のことは任せとけ」

 

 芯の通ったその声に、セシリアは口角を上げた。自分がいなくなっても、もうウィンターズ家は大丈夫なのだと、そう思えた。


 セシリアはワンピースの端を軽くつまみ上げ、右足を一歩後ろに下げた。そうして、凛とした声で告げる。

 

「どうか、よろしくお願いいたします。ウィンターズ家次期当主」

 

 ヴィルヘルムは、きょとんとした表情をした後、理解したように微笑んだ。胸に手を当てて答えた。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします。グレイブ公爵夫人」

 

 ヴィルヘルムは得意げな顔で、にやりと笑っている。

 誰から見ても、お互いを信頼し合っている仲の良い姉弟だった。

 

(やっぱり、少しだけ、名残惜しいけれど)

 

 セシリアは、振り返る。そこには、何も言わずにセシリアを待つ男がいた。

 

「行きましょうか」

 

 セシリアの声にアルフォンスは頷いた。

 そうして、2人は朝早くウィンターズ領を発ったのだった。

 


 ◇


 

「あの道路は、絶対に改修する。公爵家の金をつぎ込んでもいい」

「そんな申し訳ない」

「申し訳ないとか、そういう問題じゃない。帰省の度に、あんな道走らされる俺の身にもなってみろ!」

 

 日も落ちてきた頃。

 セシリアとアルフォンスは、宿泊するために、エルムウッドに来ていた。エルムウッドは、旅人や商人らしき人々が行き来している、こぢんまりとした街である。


 セシリアとアルフォンスは、そんな街の一角にある、小さな酒場にいた。


 ソーセージをつまみながら、ちびちびとビールを飲む。周囲はがやがやとしており、明らかに貴族が入るような飲食店ではない。

 

「珍しいですね。アルフォンス様がこんな場所で外食したいなんて」

「お前といるせいで、感覚が庶民になってしまった」

「言っときますけどね、ウィンターズ家は、これでも歴史のある家なんですからね」

 

 ──公爵家とギリギリ釣り合うくらいには。

 セシリアはその言葉を飲みこんだ。周囲の人間は他人の話なんて聞いていないだろうが、あまり自分たちの立場を明かしすぎるのも良くない。

 

 代わりに、セシリアはソーセージを齧った。パリッという音がして、中から肉汁が溢れてくる。ほんのりと香るバジルが酒に伸びる手を進ませる。水を飲むようにして、セシリアは木製のジョッキを空にした。


 セシリアは、酒に強かった。

 酒豪の両親の遺伝なのか、それとも、酒を飲まされる環境だったからなのか。いくら酒を飲んだところで、セシリアは笑いのツボが少し浅くなるだけである。基本的には通常時と何も変わらない。

 

「すみません! お代わりお願いします!」

「お前、まだ飲むのか……?」

 

 アルフォンスは、化け物でも見るかのような目でセシリアを見つめた。


 一方で、アルフォンスの酒の進みは遅い。申し訳程度、ちびちびと口に入れては、食事をつまんでいる。ほんのりと顔も赤く、目も潤んできている。

 

「アルフォンス様、大丈夫ですか?」

「……うん」

「アルフォンス様、もしかして、お酒回って──」

「うん?」

 

 こてん、と首を傾げたアルフォンスは、ふにゃあとした笑みを浮かべる。この人物が、我が国最恐と恐れられる騎士団長である。とても信じられない。

 

(か、可愛い……!)

 

 酒で筋肉が緩んでいるからなのか、本日の彼の瞳はぱっちりスタイルだ。


 目つきが悪い彼も麗しくて好きだが、驚いた時くらいしか見ることができない、この可愛らしい丸みを帯びた目も、セシリアは大好きだった。

 

「酔ってますよね?」

「全然酔ってない。僕……じゃなかった、俺は酒に強いから……」

 

(ぼ、僕ぅ……!?)

 

 酔っている。完全に酔っているではないか。


『酔っていない』という人間ほど、酒に酔っている、とは父の言葉である。

 セシリアは、顔をにまにまさせながら、頬杖をついた。

 

「アルフォンス様」

「なんだ?」

「私のこと、好きですか?」

 

 にっこりと微笑んで言えば、セシリアの目の前の男は、眉をひそめ、ぱっちりとした二重をいつもの切れ長の目に戻した。

 

「……おい、酔っ払いだと思って、あまり調子に乗るんじゃないぞ」

「はひ……」

 

 手が伸びてきたかと思うと、むぎゅりと頬を掴まれる。セシリアは、それ以上言葉を紡ぐことができない。


 むにむにと頬を押して、いいように扱われる。

 アルフォンスは、しばらくおもちゃのようにセシリアの柔らかい頬で遊んだ後、ぱっと手を離した。

 

「……眠くなってきた。会計をしてくる」

 

 他人の顔で遊ぶだけ遊んで飽きたらしい。セシリアは少しだけ痛む頬を押さえながら、立ち上がるアルフォンスを見つめる。

 

「……ああ、さっきの質問の答えだが」

 

 アルフォンスは、スッとセシリアの耳に口元を寄せた。

 

「──好きだぞ、セシリア」

 

 セシリアは、驚いて耳を抑えた。ふわりとかかる吐息と甘い言葉。


 何をするんだ、と言い返そうとしたものの、彼はすでに会計をするため店員と話し込んでいた。

 

(……ああっ、もう! この酔っ払いめ!)

 

 トン、と机を叩いて突っ伏した。無自覚でやっているのだから、あまりに質が悪い。彼にとって、これが手を繋ぐことよりも恥ずかしいことだ、という認識が無いのは問題な気もしてくる。


 荒くなる息を抑えるように、ゆっくりと息を吐いた。

 

「会計終わったぞ……って、セシリア? 酔ったのか」

 

「……少しだけ」

 

 セシリアはそう言って顔を上げた。

 赤い顔の言い訳をするための嘘だった。



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