21.キャロットスープで仲直り-02-
「……アルフォンス様と一緒に過ごすのはとっても楽しいから!」
隣に座ったアルフォンスと目が合った。
彼は、薄く笑っており、セシリアが微笑めば微笑み返してくれる。セシリアの気持ちを大切にしてくれる、強くて、かっこよくて、優しくて、可愛い年下の旦那様。
彼と一緒に人生を歩むことができるのなら、セシリアにとって、それ以上に幸せなことはないのだ。
「それが、姉貴の幸せなのか」
「それが、私の幸せよ」
ヴィルヘルムは息をふうと吐き出す。
せっかく綺麗にセットしていた自分の髪をぐしゃぐしゃとかきむしったあと、おもむろに立ち上がる。
そして、ヴィルヘルムはアルフォンスの前に跪いて頭を下げた。
「……数々の非礼をお詫び申し上げます。公爵閣下。罰ならば、お受けいたします。どうぞ、なんなりと」
セシリアは、思わず息を飲んだ。アルフォンスもまた、驚いたようにヴィルヘルムのことを見つめていた。
アルフォンスは跪いたヴィルヘルムと目線を合わせるように、椅子から降りると、しゃがみこんだ。
「……許そう。頭を上げてくれ」
「寛大なお言葉、感謝申し上げます」
顔を上げたヴィルヘルムは、きりりと引き締まっている。それは、生意気な弟ではなく、伯爵家次期当主の顔だった。
「……姉のことを、どうかよろしくお願いいたします」
「絶対に、幸せにすると誓おう。騎士の誓いに二言は無い」
「ありがとう存じます」
(いつの間に、こんな言葉遣い覚えてたの)
もしかすると、ずっと前からだったのだろうか。
セシリアは、1人で頑張らなければ、と強がっていたけれど、ずっと1人ではなかったのかもしれない。
いつの間にか、周りを頼ることを忘れてしまっていた。1歳しか変わらない弟の成長が全く見えなくなるくらいには。
「ということは、俺は義弟ってことでしょうか?」
「そうだな」
ヴィルヘルムの方が、年上ではあるが、立場は義弟である。これからは、どうか大人しく振舞って欲しいと思──
「……じゃ、敬語は無しでいいか? よろしくな、おにーさま」
立ち上がって、膝の汚れをはらったヴィルヘルムは、いつもの口調に戻っていた。思わず、セシリアの口から「ヴィル!」という怒号が飛び出す。
アルフォンスは、目を細めてヴィルヘルムを見つめた。
「はぁ……、姉とそっくりだな。お前」
「ど、どこがそっくりなんですか? こんな失礼な弟、似ても似つかないでしょう!」
抗議するようにセシリアがアルフォンスに詰め寄る。
彼は、セシリアにぐっと顔を寄せ、甘く、柔らかい声で言った。
「……俺を怖がらずに近づいてくるところ」
(……うぅっ)
きっと、アルフォンスは無自覚にこういうことをしている。
久々に、真正面から彼の笑顔を食らってしまい、セシリアは両手で顔を覆ってしまった。
不意打ちは、大変心臓に悪い。
勝手に1人、部屋の隅で照れているセシリアをよそに、男二人は熱い握手を交わしていた。
「もう、上下関係は無しだ。義弟」
「そうだな。お兄様」
挑発するようにヴィルヘルムが八重歯を覗かせれば、アルフォンスもまた、にやりと笑った。
「弟のレオンハルトがさ、騎士目指してんだ。色々と教えてやってくれよ、騎士団長」
「俺の稽古は厳しいぞ」
「厳しいくらいがいいだろ、なあ、俺にも剣術見せてくれよ」
「いいぞ、あとでレオンハルトも連れてこい」
(あ、あれ? な、なんか、すっごく仲良くなってない!? 私を差し置いて!)
セシリアは完全に出る幕がなかった。2人はしばらく会話を交わしていたが、使用人がヴィルヘルムを呼びにきたため、彼は居間を後にした。
セシリアとアルフォンスは部屋に取り残される。
「ありがとうございました。アルフォンス様のおかげで、仲直りできました」
「……よかった」
アルフォンスは、少しだけ掠れた声を出す。その声に、先ほどまでの元気は無い。
「いいな、家族がいるって」
アルフォンスの目線は遠くを見つめているようだった。まるで、もう手に入らない何かを探し求めているようなまなざしだ。
声をかけたところで、きっと『大丈夫だ』と優しい声色で返されるだけである。セシリアは、伸ばそうとした手を引っ込めた。
(どうすれば……)
ウィンターズ領にやってきてから、ずっと彼はこうだ。何かから逃げ続けるように、幸せになるのが悪いことであるかのように、自分自身を縛り付けている。
(どうすれば、アルフォンス様の心を救えるんだろう)
ずっと自分が助けられてばかりで、アルフォンスに何もできていないのではないか。
セシリアは、そう思うけれども、自分のすべきことが分からず、ただアルフォンスの横顔を見つめ続けることしかできなかった。




