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19.領地散策と触れ合う手-02-

 


「2人とも手伝ってくれてありがとう。取れたてのニンジン、持って帰るかい?」

「いいの!?」

「ヴィルヘルム様は、キャロットスープがお好きでしょ」

 

 ヴィルヘルム、という名前にぐっと息が詰まりそうになったセシリアだが、ニンジンがもらえるのならば手伝った甲斐があった。これで、食費がずいぶんと浮くだろう。


 メアリから袋一杯に詰まったニンジンを持たされる。ずっしりと重いそれは、4歳の末の妹を抱えているくらいの重さである。

 

(でも、なんてことない)

 

 下の兄弟たちをあやし、毎日のように野菜を持って帰っているセシリアにとっては、痛くも痒くもない重さだった。

 しかし、手の中のものは、一瞬にして取り上げられる。横を見てみれば、アルフォンスは、軽々と片手で袋を抱えあげていた。

 

「いいですよ、アルフォンス様はお客様なんですし」

「お前が抱えたら、両手が塞がってしまうだろ」

 

 確かに、セシリアは体の大きさの関係上、両手でないと袋を抱えられない。けれど、それは決して、手伝って欲しいというアピールではない。

 

「本当に大丈夫ですよ。私、意外と力あるので──」

「……っ、だからっ!」

 

 セシリアの右手が少しだけ、乱暴に取り上げられた。そして、手が、するりと絡められる。マメが出来たごつごつした騎士の手のひらがセシリアの手に触れる。


 アルフォンスは、何も言わずにセシリアと逆の方向を向いた。表情こそ見えないものの、耳は真っ赤に染まっている。

 

「……察しが、悪すぎる」

 

 アルフォンスは、そう、一言だけ告げた。

 

(え、手、を繋ぎたかった……ってこと?)

 

 強引に手を取った割には、指と指が浅く絡まる程度の遠慮がちな繋ぎ方である。


 それなのに、セシリアは風邪でも引いてしまったのか、というくらい体が熱を持って仕方がなかった。どっ、どっ、と全身が脈打つような感覚だ。呼吸の仕方も、歩き方も、忘れてしまったかのようにぎこちなくなる。

 

(何か、喋らなくちゃ……)

 

 そんなことを思うのは初めてだった。

 アルフォンスとは、沈黙の時間でさえ居心地が良かったはずだったのに。

 

 頭の中に色々な話題が渦巻いては消えていく。来た道と同じだから、また畑の解説をするのも違うし、父の武勇伝を聞かせても興味ないだろうし、母が若い頃に落とした男の子の人数を伝えるのも気が引ける。


 そして、ふと気が付く。

 

(私、緊張してるの!? アルフォンス様に?)

 

 もっと触れたいと思うのに、なんだか逃げ出したくなってしまう。嬉しいのに涙がでるし、悲しくても誤魔化してしまう。理不尽で意味の分からない感情だ。

 セシリアは、この感情の正体を知っている。

 

(ああ、私、恋してるんだ……アルフォンス様に)

 

 彼の近くにいるだけで、もっともっと好きになっていく。愛おしさが加速していく。それが、少しだけ恥ずかしくて、意味も無いのに、空いた左の手で自身の髪の毛をくるくるといじった。

 

(なんか、良いな)

 

 ゆったりした時間が流れる田舎道を、手を繋いで歩いている。それだけのことが、セシリアにとって特別なことのように思えたのだ。

 

「……なんだか、良いな」

 

 セシリアの心の内と全く同じことを、アルフォンスが呟いた。


 弾かれたように顔を上げたセシリアは、アルフォンスの表情を見て不思議に思った。

 

 彼は、笑っている。

 けれども、セシリアは声をかけることができなかった。エメラルドの瞳が不安げに揺れていたから。

 

「……俺は、こんなに、幸せでいいんだろうか」

 

 ぽつり、と彼はそう言った。

 アルフォンス自身も声に出したことに気が付かないくらい、小さな声だった。彼が漏らした本音にセシリアは反応することができない。

 

(アルフォンス様は、迷っているのかな。自分が、幸せになることを)

 

 彼の過去を思うと、セシリアは胸がぐっと締め付けられるように痛くなる。家族を失った14歳の彼が背負うものは、あまりに大きすぎた。

 セシリアは、なんと言おうか迷って、迷っているうちに時間が過ぎていってしまう。

 

(『大丈夫ですよ』、『私はいなくなりませんよ』、どれもきっと正解じゃない)

 

 今のセシリアが彼に何を言っても、きっと軽く聞こえてしまう。だから、安易に声をかけるべきじゃないと思った。そのまま、2人は歩みを進めていく。

 

 セシリアは結局、元の解説員に戻ることにした。

 


「それで、こっちの畑を耕しているのが、ベクターおじさんって人で……。実は、メアリおばさんの元カレなんですよね……」

「ちょっと待て。ごく自然に気になる話題を振ってくるんじゃない」

 


 ゆっくりと、二人は屋敷へ足を進めていった。



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