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第七章 星を読む陰陽師

 本日の仕事も終わり、帝が珍しく中宮のところでおとなしくしている時のこと。

 摩利の蔵人はそろそろ帝の明日を占わせないとと陰陽寮へと向かっていた。

 大きな節目の占いは神祇官に頼むものなのだけれども、日々の細々とした吉兆は、陰陽寮で占わせるのが通例なのだ。

 もちろん、陰陽寮にいる陰陽師に吉兆を占わせるのは帝だけではない。源氏の太政大臣や勝鬨の左大将、藤棚の右大将も占ってもらっている。

 本来なら陰陽寮に所属する陰陽師に占いを頼むのが良いとされているのだけれども、人員には限りがある。なので、上達部といえども多くは非合法の、民間の陰陽師に占わせることが多い。

 実のところ、摩利の蔵人も普段の占いは民間の陰陽師に任せている。

 陰陽寮に来る度に、自分もここの陰陽師に占ってほしいものだと思う。

 なんとなくうらやましさを感じながら陰陽寮の中を歩いて陰陽博士を訪ねようとしていると、突然元気な声が聞こえてきた。

「摩利の蔵人、あのね!」

 なにかと思って声の方を向くと、御簾をめくって顔を出している陰陽師がいた。

 いつもどおりににこにことした表情を浮かべている陰陽師に、摩利の蔵人も笑顔を返して訊ねる。

「これは晴明殿。どうなさいました。

なにか吉兆でもありましたか?」

 この晴明と呼ばれた陰陽師は、天文生の中でも特に優秀だということと、とにかくいつでもご機嫌で、そこにいるだけで場の雰囲気が良くなると陰陽寮の中でもかわいがられている人物だ。

 たまに特に用事もなく呼びかけてくることがあるので、摩利の蔵人はなにか要件があるのか無いのかを確認する。

 すると晴明は、いかにも楽しみといった顔をしてこう返してきた。

「あのねぇ、もうすぐ辰星がぐるんってなるの」

「んん? どういうことですか?」

 その優秀さに反してなぜか晴明は擬音を使いがちなので、時々言っていることがわからない。

 なので、改めてどれはそういう状態なのかを訊ねると、晴明は指で宙をなぞるようにしながらこう答える。

「辰星はいつもこう動くのね。

なんだけど、もうすぐ反対に動くの」

 これでようやく、星の動きが変わるのだということを理解した摩利の蔵人は、興味深そうにまた晴明に訊ねる。

「それは、いつ頃からですか?」

「んー、明後日くらいかなぁ」

 星の動きが変わるということは、吉兆なり凶兆なりがあるということだ。そのことは陰陽師でなくても、ある程度学のあるものならみな知っている。

 なので、星の動きを読むというのは陰陽師の天文博士および天文生の大事な仕事なのだけれども、その中でも、晴明はこの星の動きを読み間違えたことがない。

 星の動きを読むことに関しては、きっと天文博士よりも晴明の方が優れているだろう。

 けれども、晴明にはひとつ問題があった。

「辰星が逆方向に動くというのは、吉兆なのでしょうか。

それとも凶兆なのでしょうか」

 摩利の蔵人がそう訊ねると、晴明はきょとんとした顔をする。

「わかんないねぇ」

「ですよね」

 そう。晴明は星の動きを読むことには長けているのだけれども、そこから吉凶を読み取ることはてんでできないのだ。

 しかし、星の動きがわかれば他の陰陽師が吉凶を占うことはできる。なので、摩利の蔵人は軽く頭を下げて晴明に言う。

「でしたら、私に報告する前に天文博士と陰陽博士にお伝えしてくださいね」

 それを聞いた晴明は、御簾の中から這い出てきてにっこりと笑う。

「わかった! 行ってくる!」

 元気に良い返事をして立ち上がった晴明は、ぱたぱたと走ってどこかへと行ってしまった。方角を見るに、おそらくまずは天文博士のところへと向かっているのだろう。

 挙動が完全に子供だけれども、あれで晴明には妻が三人もいるのだよなぁ。と、摩利の蔵人は複雑な感情を抱く。

 とりあえず、帝の吉凶を占ってもらうのが陰陽寮に来た目的だ。摩利の蔵人はまた歩き出して、陰陽博士のところへと向かった。

 陰陽博士のところにつき、声をかけてから御簾を上げると、中では陰陽博士と陰陽生がふたりほど文机に向かっていた。

 陰陽生は通常十人いるはずなのだけれども、先ほどの晴明のように、博士の下を離れて他の場所で占いをしていたり、なんらかの書面を書いていたりするので、全員が勢揃いするということはあまりない。

 中に入った摩利の蔵人に、陰陽博士が声をかける。

「これは摩利の蔵人、どのようなご用件でしょう」

 深々と頭を下げる陰陽博士に、摩利の蔵人は軽く礼を返しながら用件を伝える。

「いつも通り、帝の明日を占って欲しいのです」

 すると、陰陽博士は文机の上に細かい文字や円が書かれた四角い板を乗せ、それを動かしはじめた。占いをはじめたのだ。

 陰陽博士が真剣な顔をすることしばらく、摩利の蔵人にこう告げた。

「吉兆が出ております。

明日も健やかに過ごされるでしょう」

 それを聞いて安心する。これで明日も平穏な一日を過ごせるのだ。

 ところが、陰陽博士はこう言葉を続ける。

「ですが、帝の周りには注意なさってください。

帝の周りだけと言わず、しばらくうまくいかないことが続くという兆しが出ています」

 うまくいかないことというのは、具体的にどんなことだろう。摩利の蔵人がそう思っていると、陰陽博士はそれを察したのか、さらにこう言った。

「いつもとは勝手の違うことが起こりそうです。

ですので、なにかいつもと違うことが起こっても、なるべく冷静に対処なさることです」

「なるほど、わかりました」

 陰陽博士と摩利の蔵人がそうやりとりしていると、急に御簾が上がって大きな声が聞こえてきた。

「陰陽博士、明後日辰星がぐるんってなるよ!」

 どうやら天文博士に報告しに行っていた晴明が、今度は陰陽博士に伝えに来たようだった。

 そのようすを見た陰陽博士も陰陽生も、晴明につられて笑顔になって言葉を返す。

「なるほど、そうなのですね。

天文博士には伝えましたか?」

「さっき行ってきた」

「そうですか、では、持ち場に戻ってまた星読みをしてくださいね」

「はーい」

 陰陽博士の言葉に、晴明はまた良い返事を返してぱたぱたと去って行く。

 足音が聞こえなくなったところで、陰陽博士は真面目な顔をして摩利の蔵人に告げる。

「晴明殿が言うように、辰星が逆回りになるのが明後日からなら、そのころからいつも通りに行かないことが増えるでしょう」

 それを聞いた摩利の蔵人は、さすがに陰陽博士ともなれば星の動きの意味はわかるのだなと感心する。

「特に、どのようなところに気をつければいいでしょうか」

 できれば対策は聞いておきたい。そう思った摩利の蔵人がそう訊ねると、陰陽博士はこう答える。

「帝ご本人よりも、蔵人殿たちや女房たちに気を払っていただくのがいいでしょう。

大勢の人の動きに影響する星回りですから」

「なるほど、わかりました」

 ほんとうに辰星が逆向きに動きはじめるのか。それはそのときにならないとわからないけれども、晴明は今までに星の動きを読み間違えたことはない。

 だから、その読みに従って陰陽博士が吉凶を見ている限り、ほぼ間違いはないだろう。

 とりあえず、これからしばらくどのように動くべきか、帝と相談した上で蔵人たちや女房たちに伝えておかないとと摩利の蔵人は思う。

 ふと、陰陽博士が大きなため息をついた。

「どうなさいました」

 摩利の蔵人がそう訊ねると、陰陽博士は苦笑いをしてこう言った。

「いやはや、晴明殿は星読みをあれだけ正確にできるのに、どうして吉凶を占うことができないのだろうと思いまして」

「たしかに」

「あの子が吉凶を占うことができれば、より一層帝のお役に立てるのに……

惜しいことです」

 人間誰しも得手不得手があるのは、摩利の蔵人にはわかっているし、陰陽博士にもわかっているだろう。だからこそ、こんな悩みが出てしまうのだ。

 世の中ままならないものだなと思いながら、摩利の蔵人は陰陽博士の前を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほぅ、ショタ風味晴明(3人の妻付き)ですか、大したものですね。
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