第三十六章 石榴の実のように赤い石
「近頃、鉄を手に入れるのが難しくなっているようです」
いつも通りの仕事中、税に関する報告のとりまとめをしているところで、内侍司がそう言った。
新嘗祭の前に納められた税の中には、鉄の原料となる石があるのだけれども、今その石を採掘しているところでなかなか採れなくなってきているという報告が添えられていたそうだ。
まだしばらくは採れると思うけれども、採れなくなったときに温情を願いたいとのことも書かれていると内侍司は言っている。
それを聞いた帝に命じられ、摩利の蔵人と新の蔵人は、過去の税の記録を改めて見返して、納められている鉄の量を確認する。すると、確かに鉄の納税量が減っているところがあった。
その土地の名を出し、摩利の蔵人が確認をとる。
「報告を上げてきたのはここでしょうか」
すると、内侍司は頷いて答える。
「その通りです」
それを聞いた帝は難しい顔をして言う。
「それだと、新しい鉱山をさがさなくてはいけませんね。
しかし、どのようにして探したものか……」
しばらくその場の全員で考え込んで、ふと、新の蔵人がこう言った。
「こういうときこそ神のお告げを聞くべきです。
神祇官と審神者に頼んで、神に伺いましょう」
その言葉に、一同納得するほかない。
帝は早速手紙を摩利の蔵人に書かせ、こう告げる。
「それでは摩利の蔵人、私の代わりに儀式に立ち会ってきてください」
続けて、新の蔵人も言う。
「仕事の続きは我々で進めておきますので」
その言葉に摩利の蔵人は返事を返し、几帳の外へ出て行く。仕事の内容は後で新の蔵人に訊けばいいし、なんなら書面を見て確認すればいい。今はとりあえず、新しい鉄鉱山の確保が大切だ。
摩利の蔵人は気持ち早足で、神祇官の元へと向かった。
神祇官に帝からの手紙を渡すと、早速神を降ろす儀式をすることになった。
審神者と巫が禊をしている間、他の神祇官が場を整える。摩利の蔵人も、ものを運ぶのを手伝ったりなどしてせわしない。
禊が終わり、場が整うと早速神を降ろす儀式だ。神祇官が祝詞を上げ、巫が御神酒を口にする。
そうしていると、どこからともなく足音が聞こえてきた。目だけで周囲を見渡したけれども、誰かがやってきたような姿は見えない。
そして、巫がその場に倒れ込んだ。
審神者が声をかけると、巫は起き上がって落ち着いた表情で口を開く。
「いったい何の用だい?」
それを聞いた審神者は、巫に訊ねる。
「用件を伝える前に伺いたいことがあります。
よろしければ名前をお聞かせ願いたい」
審神者の言葉に、巫はきょとんとした顔で返す。
「私の名は蓮田岩守」
聞いたことのない名前だな。摩利の蔵人がそう思っていると、他の神祇官も同様のことを思っているようで目配せをしている。
審神者も聞き覚えのない名前だったようで、厳しい口調で問い詰める。
「蓮田岩守様。あなたはほんとうに神なのでしょうか」
その問いに、巫は首をかしげてこう返す。
「私は神だよ。
それより、早く用件を言っておくれ。
用がないならこのまま戻りたいんだ」
どうにも気が急いているようすの蓮田岩守を審神者が慌てて引き留める。害をなそうとせずにすぐに帰ると言ったということは、神かどうかわからなくとも、少なくとも悪いものではないと判断したのだろう。
「失礼しいたしました。
我々は鉄の採れるところを知りたいのです。
蓮田岩守様は、鉄の採れる場所をご存じでしょうか」
それを聞いた蓮田岩守はぱっと表情を明るくしてこう答える。
「なるほど。鉄鉱脈のあるところを知りたかったのだね。
この国には鉄が採れるところはたくさんあるけれど、人間には見つけづらいだろう」
その言葉に、審神者は頷き言葉を促す。
蓮田岩守はすこし考える素振りをしてから、話を続ける。
「そうだね。私は鉄が採れるところをすべて把握しているけれども、あちこちで見境もなく掘り起こされるのは困ってしまう。
だから、鉄を見つける手がかりを教えるから、探すのは人間たちでやっておくれ」
直接場所を教えてくれるわけではないのか。摩利の蔵人はそれをすこしだけ歯がゆく思ったけれども、手がかりは教えてくれるようなのでそれを頼りにするしかない。
「どのような手がかりがあるのでしょうか」
審神者がそう訊ねると、蓮田岩守はにこにこと笑ってこう答える。
「君たちは、石榴の実を知っているかな?
その石榴の実のように赤くてまるい石があるところの近くに、鉄鉱石はあるよ」
石榴の実のように赤くて丸い石。その石に摩利の蔵人は見覚えがあった。たまに、うつくしい石だからと地方から納められてくることがあるのだ。
過去の記録を見て、その石を納めてきた土地を確認しないとなと摩利の蔵人が思っていると、審神者が深々とお礼を言っている。
それを聞いた蓮田岩守はそわそわしたようすで周りを見回しこう言う。
「用件はこれだけかな?
私はそろそろお暇するよ。子守をしなくてはいけないからね」
子守という言葉に、摩利の蔵人は小さな疑問を抱く。神が子守をするというのはどういうことだろう。今更ながらに、蓮田岩守という存在は神ではなかったのかもしれないと思う。
しかし、鉄の採れる場所の手がかりを教えてくれたのだから、何者でもいいだろう。そう思っていると、巫がその場に倒れ込み、審神者に助け起こされる。
そのとき、せわしなく遠ざかっていく足音が聞こえたような気がした。
神を降ろす儀式が終わり、摩利の蔵人はお告げを帝の元へと伝えに戻った。
戻ってきた摩利の蔵人の姿を見るなり、帝は身を乗り出してこう訊ねてくる。
「して、どのようなお告げがありましたか?」
その問いに、摩利の蔵人は平伏して答える。
「石榴の実のように赤くて丸い石が採れるところの近くに、鉄はあるそうです」
それを聞いた帝は、すぐさまに各地へお触れを出す手紙を書くよう、摩利の蔵人と新の蔵人に命じる。
受領たち全員に送る手紙となると大変な量だ。それを書きながら、ぽつりと新の蔵人がこう言った。
「石榴の実のように赤い石など、ほんとうにあるのでしょうか」
そういえば、各地からの帝への献上品を新の蔵人はほとんど見たことがなかった。
帝の元に持ってこられる献上品の確認は、蔵人頭である摩利の蔵人がほとんどやっているからだ。その理由は単純に、そういう責任ある仕事は責任ある立場にあるものがやるべきと言う帝の方針故だ。
新の蔵人の言葉に、帝はころころと笑って言う。
「神があると仰せなのですから、あるのでしょう」
帝は、石榴の実のように赤い石を見たことがあるはずだけれども、こう言っているのは新の蔵人をすこしからかいたいのだろう。
手を動かしながらもきょとんとした顔をする新の蔵人は誰ともなく訊ねる。
「その、石榴の実のように赤い石というのは、赤瑪瑙とは違うものなのですか?
赤瑪瑙が採れる土地で鉄が採れるという話はあまり聞きませんが」
それを聞いた帝は、くすくすと笑って新の蔵人に言う。
「気になるのでしたら、今夜私のところへいらっしゃい。
その、石榴の実のように赤い石を見せてあげましょう」
一瞬、新の蔵人の手が止まる。
「帝は、その石のことをご存じでしたか。
でしたら、今夜、その……」
珍しく新の蔵人がしどろもどろになっている。帝からあのようなことを言われたらそれもそうだろう。
摩利の蔵人は、今までに石榴の実のように赤い石を献上してきた土地と、鉄の採れる土地を付き合わせておくと帝に伝える。
すると、帝は満足そうにころころと笑って言う。
「いやはや、頼りになる蔵人頭でたすかります」
そのための蔵人頭なのだけれど。と思いながら、摩利の蔵人は内侍司に、今までの献上品の記録と税の記録を揃えてくれるように伝える。
これは、新の蔵人の手を借りるだけでは人手が足りなさそうだ。




