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第十二章 妹との語らい

 年の瀬も迫り、なんやかんやと行事の準備で忙しいある日のこと、このところずっと働きづめだからすこし息抜きをしてこいと帝に言われた摩利の蔵人は、久しぶりに妹に会おうと、女房たちが詰めている房へと向かった。

 女房たちも年末行事の準備で忙しいだろうので、妹の百合の女房がそこにいる確証はないのだけれども、とりあえず房に行っておけば、どこでなにをしているかくらいは訊けると思ったのだ。

 細長い部屋が並ぶ房の前の廊下を歩き、妹の百合の女房の部屋の前に行く。御簾が下がっているので中にいるのだろう。

「百合、お久しぶりです」

 摩利の蔵人が御簾越しにそう声をかけると、中から衣擦れの音がして返事が返ってきた。

「兄上、忙しいんじゃないんですか?」

 いつも通りののんびりした百合の女房の声に、摩利の蔵人はくすくすと笑って返す。

「帝が休憩を入れさせてくださいましてね。

久しぶりに元気かどうか見に来たのですよ」

「そっかー」

 相変わらず中宮に侍る女房らしからぬ砕けた口調だなと思いながら、摩利の蔵人は百合の女房に訊ねる。

「ところで、近頃は他の女房たちとうまくやれていますか?

あなたは人の機微を読むのが苦手だから、どうにも心配で」

 すると、すこしだけ間を置いて百合の女房が答える。

「そうだねえ、石蕗の女房とはうまくやってるけど、うまくやれない女房もいるねぇ」

「ああ、やっぱり……」

 百合の女房は昔から、おおらかと言えば聞こえは良いけれども、あまりにも細かいことを気にしないので、宮仕えをする身としてはこの気質を気に入らない女房も多かろうと摩利の蔵人は納得してしまう。

 いったいどの女房とうまくやれていないのか。それがわかれば帝なり中宮なりに口利きをしてもらうこともできるだろうかと思ったけれども、それは職権濫用になるだろうと思いとどまる。中宮に計らってもらいたければ、百合の女房が自分で中宮に言わなくてはいけないのだ。

 それでも心配なことには変わりがないので、摩利の蔵人はすこしだけ声を低めて言う。

「もし困ることがあったら、中宮に口利きしていただいてもいいのですからね」

 すると、百合の女房は兄の心配など知ったことではないといった朗らかな声で笑う。

「そんな気にするほどでもないから大丈夫だよ」

 当の本人がそう言うのならそうなのだろう。摩利の蔵人はそう自分を納得させる。

 ふと、百合の女房が小さく息をついてこう続けた。

「それに、うまくやれてないのが中宮のお気に入りの女房だからね。

こっちが身を引く方が楽だよ」

「え? そうなのですか?」

 思わず驚いてそう訊ね返すと、百合の女房曰く、折り合いが悪いのは例の、中宮お気に入りの物語を書いているという女房のようだった。

 あの女房と折り合いが悪いとなると、どうしても百合の女房の方が分が悪い。なんせあの物語を書いている女房は、帝も気にかけているからだ。

 百合の女房の言葉にまた心配になってしまい、摩利の蔵人が訊ねる。

「なにか、仲違いするようなことでもあったのですか?」

 その問いに、百合の女房はまた少し間を置いてから答える。

「それが、よくわかんないんだよねぇ。

まあ、性格の問題じゃない?」

「あまりにも想像に難くない」

 きっと、件の女房は格式や形式に厳しい人なのだろう。そういう人となると、百合の女房の立ち振る舞いが気に障ってしまうのもわかる。

 同じように中宮のお気に入りである石蕗の君とはうまくやれているのがせめてもの救いか。そう思ったところで、摩利の蔵人はすこしだけ石蕗の君の方に興味が向いた。

「ところで、石蕗の君はこのところどうなさっていますか?」

 突然の問いに、百合の女房はすこし驚いたような声で訊ね返してくる。

「なんでまた急に? 相変わらずだよ?」

 その疑問ももっともだなと思いながら、摩利の蔵人はこう説明する。

「実は、椿の中将とお話しさせていただくことが度々あるのですが、そのたびに石蕗の君の話を聞かされていましてね。

椿の中将がその状態なのなら、石蕗の君も中将が恋しかろうと思ったんです」

「なるほど?」

 摩利の蔵人の話を聞いて、百合の女房はすぐさまに答える。

「椿の中将はそうかもしれないけど、石蕗の女房から中将の話はあまり聞かないねぇ」

「えっ?」

「たまに聞いたかと思ったら、北の方の相手をしないとそろそろ怒られが発生するよみたいなそんな話ばっかり」

 それはそれでわかる気がしてしまう。

 石蕗の君は一見おっとりとした言動をするけれども、その実、物事の核心を時として痛いほどに的確に突くようなことをよく言う。

 中将に北の方の相手をして欲しいというのは、そうやって北の方を立てることで、自分の立場をたしかにしておくという意図もあるのだろう。

 妻を何人か囲っている男として、妻たちとどのように接するかをよく考えなくてはいけないのだけれどなと、摩利の蔵人は椿の中将を思い出しながら思う。

 とりあえず、いったん椿の中将のことは頭から追いやって、摩利の蔵人は百合の女房にまた話しかける。

「それにしても、せめて石蕗の君とうまくやっているようで良かったです。

件の女房ともうまくやれると良いのですが」

 すると、百合の女房はすこしだけうなり声を上げてからこう返してきた。

「まぁ、私もまあまあ中宮に気に入られてるから、それでやっかんでるのかなって気はする。

まあ、なんとかなるでしょ」

「なんで当事者が一番気にしてないんです?」

 とりあえず、しばらくそうして百合の女房と話して、これ以上房に長居するのは他の女房のためにも良くないと思った摩利の蔵人は、百合の女房に軽く挨拶をしてから来た道を戻る。

 すると、その途中で見覚えのある姿が目に入った。

「帝、こんなところでどうなさったのですか」

 突然目の前に現れた帝に摩利の蔵人がそう訊ねると、帝は明らかに動揺を隠そうとしている笑顔でこう返す。

「えー、あの、中宮に会いに来たのですよ」

「ここは房なので中宮はいらっしゃらないはずですが?」

 嫌な予感がした摩利の蔵人がたたみかけると、帝は口元を扇で隠してそろりそろりと視線をそらす。

 それから、帝はにっこりと笑って摩利の蔵人に言う。

「そう、あなたと同じ用事ですよ。わかるでしょう」

 同じ用事なはずはないのだけれども、きっと帝は、摩利の蔵人が女房との逢い引きをしに来たのだろうと思っているのだろうなと察する。

 自分の用事も、帝の用事についても特に言及せず摩利の蔵人が笑顔を返していると、帝の後方から足音が聞こえてきた。

 その足音の方へ目をやると、早足でやってきた源氏の太政大臣が、すっと帝の背後に立って威圧的な声で帝に言う。

「こんなところでなにをなさっているのですか。

中宮が寂しがっていると、女房たちが探していましたよ」

 源氏の太政大臣としても、帝が女房に手を出しすぎるのは快く思っていないのだろう。

 中宮を話に出しているけれども、実際の所はどうかわからない。なぜなら、中宮のお付きである百合の女房が帝のことを探していなかったからだ。

 嘘をつくのがいいことだとは思わないけれども、帝の浮気性を諫めるためなら、自分を話のだしにすることを中宮は嫌がったりしないだろう。

 そろそろと源氏の太政大臣の方を振り向いた帝は、そのまま源氏の太政大臣に連れられてどこかへ行ってしまった。もしかしたら中宮から怒られるのもあり得るなと摩利の蔵人は思う。

 ふと、足音が聞こえてきた。振り向くと、そこには扇で顔を隠した百合の女房がいた。

「帝も相変わらずだねぇ」

 そう言って朗らかに笑う百合の女房に、摩利の蔵人は苦笑いしかできない。

「帝も、もう少し自重していただきたいものです」

「無理でしょ」

「うん」

 帝も、決して悪い人ではないのだけれど。

 そう思っていると、百合の女房がこう言う。

「中宮も大変だねぇ」

 まったくその通りと、摩利の蔵人は同意するしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか、中宮そんな嫉妬してないのかな…という感触もあり そういう意味でも大丈夫か帝感
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