その6
この物語はフィクションです。
実在する人物等とは一切関係在りませんので深く考え無い様にしましょう。
麋芳の自室(夜)
前世から、気が付いて起きて糜芳となり、見舞いという名の両親の襲撃(父糜董=鯖折り、母糜香=ライトニン○ボルト+アイアンクロー・・・まごうことなき襲撃である)に遭い、兄糜竺からは、菩薩の様な優しい見舞い(何時の間にか眠っていた)を受け、たった1日で非常に濃い(人物)時間を過ごし、あっという間に夜になっていた。
この時代には当然文明の利器である電気が在る筈もなく蝋燭すら無い。
辛うじて油は在るが高級品で、いくら金持ちの家と言えども子供の糜芳の部屋に支給されている筈もなく、曲がりなりにも建築関係に携わった前世の記憶からすれば、お粗末な木窓(木の棒で突っ掛けたり、外したりして開閉するタイプ)から、うっすらと月明かりが見えるのみである。
(気分的には自宅でソロキャンプだなぁ。原始的生活って奴か。改めてこういう状況になって、文明の利器の有り難さが判るな)
当たり前に有った物が無い、という不便さを暗い部屋の中で実感し、溜め息が零れる。
スマホ等の娯楽も無く、麋竺のお見舞い中に眠ってしまった事もあって全く眠気がしなかった。
(ハァ、まぁ竺兄から有用な情報を聞けたから、情報整理して将来に備えよう)
先ず、張角の事を何気なく聞いてみると、ここ最近名前を聞く様になったということで、今は184年より前が確定していて一応今何年?と質問したら、普通に漢の年号で言われた。
(サッパリ分からん!・・・え~と、とりあえずキングボン○ー(劉備)が徐州にやってくるのが後漢の暴君と言われた董卓暗殺後で、確か190年前後だったからその後になるわけだ)
因みにだが当時董卓配下だった呂布と3対1で一騎打ち(どこがやねん!)をしたことで有名な虎牢関の戦いの場面は後世の創作で、この時劉備は督郵という国の監査役を半殺しor全殺しにして逃亡、消息不明になっていた。
(え~と、確かゲームのシナリオで、自称(笑)州牧劉備の前の正式な州牧=陶謙が主役として選択できたシナリオが有って、その時には俺が陶謙配下として登場していたから、少なくとも10年近く猶予がありそうだな)
つまり、およそ10年程で自立して、キ○グボンビーに関わらないようにするのが、最大の目標になる。
(う~ん。とりあえず竺兄みたいに仕官して、出仕するのは無しだな。
・・・出世して栄転して徐州から離れるなんて先ず不可能だし、そもそも「後漢」という国家がもうとっくに終わっているし、それに下手に栄転して中央の権力抗争に巻き込まれたら何がどう転ぶか予測不能になってしまいかねないしな。
キング○ンビーから離れる為に要らん厄介事に関わったら本末転倒もいいところだ)
糜芳が仕官しても、栄転や出世が不可能と思っているにはちゃんとした理由があり、この時代の中国(後漢)は、ア~タタタな暗殺拳の継承者が、かつて兄と呼んでいたヘルメット男が言っていたように、
「兄(父)よりも優れた弟(子)はいねぇ」がスタンダード(標準)であり、常識だったからだ。
(俗に言う年功序列の事)
つまり、どんな素晴らしい才能の持ち主でも、目上(父兄)の上位になるのは実質不可能だし、何らかの手柄(功績)を建てても、大半が目上に持っていかれるか、一家(一族)の出世・栄達の肥やしになり、自身には殆ど反映されないのである。(当時の「孝」の概念だと当たり前)
(まぁ、あの孔明や仲達でもどうにもならず燻ってたんだから、俺には無理無理)
とても現代では有り得ないトンデモ常識の所為で、青年時代を燻る羽目になった生きた実例が諸葛亮(孔明)と司馬懿(仲達)である。
この2人、三国志を知らない人でも聞いたことが在るはずのビッグネームだが、30歳近くまでプーさん(無職)だった。
両者共に次男坊で兄貴(孔明の方は瑾、仲達の方は朗)がいて、それぞれ兄達が実家の当主(一家のトップ)になっていた。
・・・つまり、完全無欠に芽が出る余地の無い、手柄や功績を搾取されるだけの、将来性皆無の詰んでいる状態だったのだ。
だから再三に渡って、両者共兄から仕官を薦められるも、仮病を装って断ったり、のらりくらりはぐらかして逃げ回っていて、結局両者がトンデモ常識の呪縛から解き放たれたのは、司馬懿は兄の朗が病死して司馬懿が当主になったからである。
因みに最終的には司馬懿は逃げ切れず、強制的に曹操に仕官する羽目になった。
司馬懿の仕官以後兄の司馬朗は不思議な事にトントン拍子に出世している。ふっしぎ~である。
諸葛亮は劉備(蜀)に仕官した事で、孫権(呉)に仕官していた兄の諸葛瑾と袂を分かつ事となり、分家(蜀諸葛家)・独立して新しく家を興して当主になったからだ。
(そりゃあなぁ、いくら頑張っても殆ど報われないんじゃあ、阿呆らしくてやってらんないわな。才能がある人は尚のことにな。
・・・ここはやはり、諸葛亮を見習って独立して竺兄と袂を分かつのが最善か・・・)
史実を省みてその方が、糜竺・糜芳双方の利害が一致するし、糜竺が劉備に賭けた理由を理解した現状では、お互いの為でもある。
(竺兄がキングボ○ビーに全財産を賭けたのって、どう考えても第2の呂不偉狙いだよな)
糜芳の糜家は、糜竺が初代の名士になって名家になった新興の家である。
つまり、これから代を重ねて栄進・維持を続けなければならないが、始祖の糜竺がどれだけ出世・栄進を遂げたかによって、後々子孫達の人生の難易度が大きく変動するのである。
(だから竺兄は、漢高祖の風あり(漢帝国初代皇帝劉邦に似ている)と言われた劉備に入れ込んで、全財産を賭けた大博打に出た訳だ。
何十年も各地を転々と流浪する忍耐を経て、漸く芽が出た(蜀の地を得て、漢中王に即位)と思った矢先に、実弟の俺がやらかして一瞬で全てパーになっちゃった訳だから、そら錯乱して憤死するわな)
糜芳は糜竺の史実における行動・事跡を自分なりに分析・解釈したうえで、史実の自身がやらかした事を考察する。
・・・うん。やっぱり家業の商売を習って商人になろう。
(家の財産は竺兄が相続するから(当時は長子=嫡男が親の財産を殆どを相続する一子相続が普通)、まともに貰える金銭的財産なんか殆ど無いだろうけど、竺兄が、名士(支配層)になる事で途切れてしまう人脈(商人等の庶民層)なんかは、いくらかは引き継げそうな気がするし、上手くいけば金持ちになってオーク父みたいに・・・ゲヘへへ)
大勢のナイスばでーな美女を侍らせてチヤホヤされる自分の姿を、下品な笑みを浮かべて夢想する・・・9歳児、麋芳。
(昔の戦国武将が言っていたように竺兄には、「鶴の苦労」(見た目は美しく、優雅にみえるが、実際は篭の鳥で、束縛されて不遇な様子=イケメンだけどキングボ○ビーにくっついて何十年も流浪する苦難)を味わって貰い、俺は「雀の気楽」(見た目平凡、普通だが、何にも縛られず、自由気儘に楽しむ様子)を味わって生きていこう・・・本人の意志だからしょうがないよね?)
あっさり実兄の糜竺を見放す9歳児、糜芳。
(よーし。商人になって銭を稼ぐぞぉ。
お金は有って困る物じゃ無いしね!レジェンドなプロの格闘家の名言にあるし!!)
げんき(ん)があれば何でもできる!
(フィクションです)
この物語はレジェンドが草葉の陰から出て来て、寺固めや、パーでナニかを注入されそうな、命知らずな馬鹿の男の物語である。
続く
え~と、今話に諸葛亮と司馬懿の事について述べていますが、両者がいい歳をしてプーさんだった事については、作者個人の「当時の時代状況的にそうだったんだろ~な~」という個人的解釈ですので悪しからずご了承下さい。
長々とすみません。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
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