その2
読んでくださっている方々へ
いいね、感想をありがとうございます!
遅筆で申し訳ありませんが、その分長文になっていると思いますのでご容赦を。
洛陽宮城内迎賓館
何進の強引な呼び出しで、洛陽に強制的に赴く事となった糜芳は、何進の要望に応えて、并州の騒乱についての策謀を献策して用事を終え、迎賓館にて豪勢な飯と上げ膳据え膳を堪能し、ぐっすり眠って惰眠と怠惰を貪っていた。
「いや~惰眠さいこ~。
洛陽ってホントのホンマに、禄でもない事ばっか起きる鬼門だけども、書類処理も何にも無いから楽だわ。
もう流石に面倒事は起きねーだろうから、2~3日のんびりすっかな~。」
ベッドの上をゴロゴロしつつ、前世で一昔前にゲの妖怪をモチーフにした、アニメのエンディングテーマの替え歌を口ずさみながら、朝っぱらからフラグを立てている、学習しない男・糜芳。
そうしてゴロゴロしていると、
「失礼します、糜芳様。」
自分の担当者になった妙齢の女官が、部屋の入り口の前で声を掛けて来る。
「はい、何でしょうか?」
「失礼します、糜芳様。
糜芳様にお客様が訪ねておられます。」
「うん?僕に客が?」
洛陽にはほぼ知人らしい人が居らず、身に覚えが無い来客に首を傾げた。
「はい、大将軍府に所属している、蔡邕様がお越しになっております。」
「蔡邕様が?」
前回大暴れ(首締め)をしてきて、今回は妙に大人しかった爺が、訪ねて来た事に益々首を傾げる。
(う~ん、普通にどう考えても、娘の蔡文姫の話だろうけど、聞く耳持たずと言った感じだったのに・・・ああ、俺の預言擬きが的中したんで、マトモに聴く事にしたのか?)
脳内思考して結論付けた。
「糜芳様、如何なさいますか?」
「会いますので、此方に案内してください。」
「承知しました。」
女官が頭を下げて、クルリと踵を返す。
糜芳は蔡邕が来る前に身支度を整えると、女官が折りよく蔡邕を伴って戻って来た。
「糜芳様、お連れ致しました。」
「はい、ご苦労様です。
蔡邕様、ようこそお越しくださいました。
ご用がおありなら、言って下されば此方から蔡邕様をお訪ねしますのに。」
「・・・ああ、お邪魔する糜芳殿。
此方が用が有る以上、此方から訪ねるのが礼儀であろう。
此方こそ、朝方から失礼した。」
相変わらずブスッとした、愛想の欠片も無い表情で有りながらも、孫ぐらい年の離れた年下相手に、礼儀正しく挨拶する蔡邕。
「いえ、お構いなく・・・して、ご用件は何で御座いましょう?」
「無論、貴殿が預言した娘の琰(文姫)の事じゃ。
是非とも相談したく、我が家に来て貰えないだろうか?」
スッと頭を下げて、拱手する。
「頭をお上げください蔡邕様!?
承知しました、喜んで同行致します。」
名の知れた学者で有り、宮廷内では文官の重鎮で長老格が、自分に頭を下げた事に驚いて、慌てて頭を上げて貰うため同行を承諾した糜芳。
こうして糜芳は、蔡邕が乗って来た馬車に同乗して、蔡邕邸に赴く事となったのであった。
清廉な蔡邕らしい簡素で飾り立ての無い、使い古された馬車にガ夕ゴト揺られて、無言の時間を過ごしていると、
「・・・小僧、いや糜芳殿。」
「小僧で結構ですよ蔡翁様。
実際に間違いなく僕は小僧ですから。」
「ふん、そうだな・・・。
では小僧、お主が小生に言った琰についてだが、北斗は何と申しておったのか、詳細を知りたい。」
ポツリと、預言の詳細を糜芳に尋ねて来た。
「はぁ・・・え~とですね、貴方様の死後にご息女は異民族に誘拐されて、その~・・・え~と。」
「理解した、皆まで言うな。
間違っても父親として、聴きたい事で無いことをな。
・・・小生の死後という事は、今の内に対処せねばならぬ、という事か・・・。」
糜芳の曖昧な表現を察した蔡邕は、パッと糜芳の前に手を広げて制止させると腕を組んで瞑目し、深い思考の波に潜ったようであった。
(まぁ、親からすれば子供が悲惨な目に将来確実に遭う、と判ればたまったもんじゃあねーだろうしなぁ。
男親で娘だったら尚のことにな)
瞑目している蔡邕に、同情の視線を送る糜芳。
そうこうする内に古ぼけた感はあるが、手入れの行き届いた屋敷の前に辿り着いて、馬車が止まった。
「・・・旦那様?到着しました。」
「ん?ああ、ご苦労・・・さあ、此方に参れ小僧。」
主人が降りない事に、御者を勤めていた使用人は訝しんで声を掛けると、到着した事を改めて気付いたのか、周囲を見回して蔡邕は糜芳を屋敷に誘う。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
「ああ、今帰った。皆は集まっておるか?」
「はい、皆様方旦那様のお帰りを、お待ちになっておられます。」
「うむ、左様か・・・小僧、こっちじゃ。」
家令と思しき人と簡潔にやり取りした後、糜芳に一声掛けて歩いていく。
「はい、お邪魔します。」
蔡邕に促されて、後ろをてくてくと付いていく糜芳は、キョロキョロと歩きがてら見回し、外見と遜色のない質素な内装に、「家は主人(持ち主)の色(特徴)が出るって、高校の建築科の先生が言っていたけど、ホンマなんやな~」と内心思っていると、やがて応接間の様な広い空間に辿り着いた。
辿り着いた部屋には、入って右側には3人の成人女性と、幼い女の子が1人の計4人、左側には3人の成人男性がそれぞれ椅子に座っており、丁度扇状と言うか漢数字の「八」の様な形を作っている。
(う~ん、右側の女性陣は蔡邕爺さんの娘さん達か?
確か蔡邕って何進と一緒で、娘しか居なかったんだよな。(何進の嫡孫・何晏は娘の子)
となると女の子が蔡文姫で、左側の野郎共はそれぞれ対面に居る、娘の婿達だろうか?
奥の2人は文官系、手前の1人は武官系ってとこか)
室内に座っている男女を観て、パッと見で予想する糜芳。
糜芳が部屋の入り口で憶測を立てていると、入って1番奥に座る女の子の、すぐ横の空席になっている椅子に座って、
「さあ、遠慮は要らん、其処の空いている椅子に座り給え小僧。」
丁度男女間の真ん中ぐらいの位置に有る、椅子を指差して着席を促す。
「はぁ、では失礼して・・・。」
促されて、「何なんだ一体?」と訝しみながら着席する。
「ふむ、では大事な相談もとい話し合いを始める。
今回は他でもない、其処に居る小僧が小生の娘・阿琰を嫁に、と言っておる事についてだ。
この件について、微に入り細に穿つの如く、徹底的にとことん話し合いをしようではないか。」
「我が娘に手を出す輩に災いあれ」と言った、何処ぞのファラオを彷彿させる、怨嗟の籠もった視線を糜芳に向けつつ、蔡邕は親バカを炸裂させ、
「・・・へ?・・・は?・・・え?」
全く見に覚えの無い話を言われ混乱した糜芳は、口をあんぐり開けて、擬音語しか出てこないのであった。
蔡邕邸応接間
(???何言ってんだこの爺さんは?
俺、一っ言も文姫を嫁さんに、なんぞ言ってないんだけど・・・?)
文姫の悲惨な未来を変えてみるべく、預言はしたが求婚した覚えの無い糜芳は、周囲に大量の疑問符を浮かべて記憶を探り、やっぱり無いと確認して首を傾げた。
「もしかして、後漢式ドッキリ?」と咄嗟に考えた糜芳は、爺(最早遠慮する気持ちが消失)の左右に侍る男女を観察すると、男性陣は、「君も大変だなぁ」といった、困惑と同情の視線を糜芳に送り、女性陣は、「ウチの可愛い阿琰は易々とは渡さないわよ?覚悟しなさい!」とばかりに、ジロジロと糜芳を観察して警戒心を露わにしている。
そして当事者である、10歳足らずぐらいの蔡琰は、事情を理解していないのか、知らなかったのかは不明だが、キョロキョロと父や姉達を見ている。可愛い。
「お待ちをお父様、先ずはお互いに自己紹介をするべきでは有りません事?」
「ふむ、それもそうだな。」
長姉と思しきモデル体系の貴婦人風美女が、優雅な所作で扇子を持ちながら蔡邕に話を振り、それを受けて蔡邕が頷く。
「さて、では皆の者に紹介しよう。
この目の前に居るのが、羽虫・・・では無く小僧こと糜芳と申す悪たれじゃ。」
悪意垂れ流しの紹介をする。
(・・・シバくぞクソ爺、コノ野郎)
余りに酷い紹介に、額に青筋を浮かべつつも、
「どうも~、ご紹介を受けました糜芳と申します。
多分この場限りのお付き合いだと確信しておりますが、宜しくお願いします。」
糜芳もキチンと毒を吐く。
「・・・え~とあの貴方、ウチの阿琰を嫁取りに来たのじゃないの?」
「いいえ、全く。
つい先程迎賓館に蔡翁様が参られて、連れて来られたらいきなり婚姻話になって、正直解りかねている状態なのですが・・・誰か教えてくれません?」
貴婦人風な長姉の疑問に、正直な現状を話した。
「・・・ちょっと父様?聴いていた話と、大分食い違いが有るようですけど?」
怜悧な美貌を持つ、次女と思しきキャリアウーマン風な美人が、責める様な口調で蔡邕をジッと見据え、
「本当にどうなってんのよ、親父様?
私達だけじゃなく、わざわざ義兄さん達やウチの旦那まで呼んでおいて・・・キチンと話してくれるんでしょうね~!?」
明朗快活な健康美溢れる、三女と思しき美少女がサッサと吐けとばかりに、直接責め立てる。
その三姉妹が父・蔡邕を非難囂々責め立てる様子を、文字通り様子見している糜芳は、
(う~ん、美人三姉妹+文姫だけど、全っ然親父に似てね~。遺伝子が仕事してね~ぞマジで。
まぁ、似てたら似てたで、嫁の貰い手がつかなそうだから、お袋さんに似て良かったんだろうけど。
しっかし、3人女が寄れば姦しいって言うけど、ホンマやな~。
それぞれ違ったタイプの美人だし・・・え~と、甘草じゃなくて浅草でもなくて・・・あ!唐草姉妹だったかな?昔観たテレビアニメの登場人物みたいだなぁ)
「家」名作劇場姉妹と、「猫の目」怪盗姉妹がごっちゃになった記憶を馳せているという、益体も無い事を脳内思考していた。
それはさておき、
「待て待て待て!?おい、小僧貴様今になって知らぬ存ぜぬとは、卑怯千万で有ろうが!?」
「いや、そう言われても・・・全っ然記憶に無いですけど・・・何時僕が娘さんに求婚しました?」
「何時ってほら!先日の大将軍府で、何進大将軍の御前での北斗騒ぎの時に!」
娘達の冷たい視線から逃れようと、必死に言い募る。
「うん?え~とそれって、「良い年した耄碌爺さんなんだから、ポックリ逝く前に早く娘さんを何処ぞ良き婿に嫁がせた方が良いのでは」という話の事ですか?」
「誰が耄碌爺さんじゃたわけ!!しれっと改竄するな小僧!
それ見よ!ちゃんと言っておるではないか!!」
鬼の首を穫ったかの如く、子供相手に勝ち誇った表情を見せる良い年した爺。
「いやあのですね・・・何で何処ぞ=僕になるんですか?
貴方様なら立場や名声、年の功等で無駄に顔が広いでしょうから、幾らでも見繕う事が出来るでしょう?と言う意味で言ったんですよ!」
「ぬぬぬ・・・では、娘に求婚は?」
「するわけ無いでしょうが!?
そもそも娘さんの事になると、我を忘れて襲いかかって来る人を、義父にしたい奇特な人なんぞおるかぁ!!」
キッパリと言い切る。
「「「き、奇特な人・・・。」」」
義父にしている婿達がショックを受けて、うなだれた。
ガシッ!!
「ちょっとお父様?きっちり話し合いをしましょうか?
漣・倫付き合って頂戴。」
「「ええ、判ったわ杏姉様。」」
「こ、コラ何をする。
襟を離せ、離さんか、引き摺るな待てちょ・・・。」
ズルズルと3人掛かりで蔡邕を引き摺っていると、
「ゴメンナサイね糜芳君、皆様方。
ちょっと中座(離席)させて貰うわね。」
オホホと笑って部屋から出て行った。
そして約20分後・・・
「・・・勘違いをして、失礼致した。」
服が若干ヨレており、冠が微妙にズレた状態で戻って来た蔡邕は、会釈程度に頭を下げて謝罪した。
(・・・ったく、爺の思い違いで朝っぱらから、ろくでもない目に遭っちまった。
サッサと迎賓館に戻ってふて寝しよう)
内心溜め息を吐きつつ、
「いえ、勘違いと判って頂いて何よりです。
然らば、お暇乞いをさせて貰いますね。」
娘さん達の顔を立てて、穏便に済ます。
「ちょっと待って欲しいの糜芳君。
こんな仕儀になって、厚かましいお願いをするのだけども、どうか今回のお見合いを続けて貰えないかしら?」
姉妹が揃って手を合わせて頼んで来た。
長姉の蔡杏に依ると、名士・名家はある程度の年齢になるとお見合いをするのが通例だが、基本的には1回で終わる事は少なく、複数回行ってお互いに良縁を探すのが当たり前らしい。
そんな当たり前を親バカもとい、娘バカの蔡邕は全く行わなかった為、「蔡邕の娘達は何か瑕疵(病弱・ぶちゃいく等)が有るのでは?」と評判を立てられ、婿探しに苦労したようだ。
「そんな訳でね、私達は偶々旦那様と出会って結ばれたから良かったのだけど、阿琰には謂われのない苦労をさせたくないの。お願い。」
「はぁ、左様で・・・。」
なんともいえない表情で、曖昧に答える糜芳。
(う~ん、名家・名士ってそんな風な、面倒くさい結婚事情なんだな~。
竺兄や父上なら、その辺の事情に詳しいんかも知れんけど、部屋住みだった俺にはさっぱり分かんねーわ。
・・・それなら俺も「キチンとお見合いした」実績作った方が吉かな?多分・・・。
つーか、姉様達偶々って言い張ってんけど、計画的に狙って仕留めてるよな絶対)
名家・名士の結婚事情と、自身の利害得失を計算した後、蔡一家が居ない間(文姫は除く)に、奇特な婿さん達に結婚した詳しい経緯を聴いていた糜芳は、しれっと偶然と言い放った、蔡杏の台詞に冷や汗を流す。
因みに三姉妹それぞれの、旦那と結婚に至った経緯は、
長女・杏・・・夫・楽士→元々蔡家出入りの楽士で親交が有り、蔡邕が政敵に襲われて逃亡生活を送った際に杏を匿う。幸いにも顔と名前が知られておらず、追っ手がかからなかった。
何故か状況が落ち着いても、家に帰らずそのまま居着き、押し掛け女房的な立ち位置で、両親や周囲に嫁と認識されるような言動を繰り返し、徐々に外堀を埋められ、気が付けばゴールイン。
次女・漣・・・夫・文官→地方出身の苦学生だったので、コッソリ闇バイトで漣の学問の家庭教師をしていた(当時女性が学問を学ぶのは、はしたないと言われていた為)。
そしてある日、何故か漣が連れてきた破落戸(後に蔡家の使用人の変装と判明)にボコボコにされ、何故か破落戸から漣を助けた恩人扱いになっており、御礼として蔡邕の書生(住み込み弟子)に済し崩し的になった。
蔡邕が留守中に限って恋愛風助平漫画の如く、漣のラッキースケベが頻発、娘を傷物にしたと怒り狂ってジェ○ソンと化した蔡邕(斧装備)に、追いかけ回されながらも生き延びてゴールイン。
三女・倫・・・夫・武官→倫が男装して通っていた、武術道場の幼なじみ兼兄妹弟子で、朴念仁の旦那は倫の男装に気付かず、良き稽古相手として扱っていた。
女っ気の無い事に心配した両親が、お見合い相手を見繕って来たので、女性の接し方が解らず戸惑い、女性にモテていた倫に酒場で相談、しこたま飲んで(呑まされて)泥酔、気が付くと連れ込み宿に倫と一緒に朝チュン、酒場から墓場にゴールイン。
・・・であった。
唐草姉妹の如く、「狙った獲物は逃さない」という、狩人であった模様。
それはさておき、
「いやあ、それなら僕も自力で嫁探ししなきゃいけない身なんで、此方としても助かります。」
「あらそうなの?
ご両親や親族の方々はいらっしゃらないのかしら?」
「いえ、両親も健在で、居るには居るのですけど・・・。」
蔡杏の質問に、後頭部に手を当てて言い辛そうに答える。
糜芳が何故自力で、嫁探しをするのかと言えば、単純に糜董と糜芳の身分差が有るからである。
糜董は庶民未満の賤民の立場で、糜芳は官爵持ちの貴族階級という立場なので、幾ら実父と言えど賤民が貴族の嫁の世話をするなどと、無礼討ちに遭っても不思議では無い程の、とんでもない非礼になるのである。
(側室・妾はOK)
因みに糜竺の場合は、妻・尹玲の父で郡役人を勤めている、尹幹からの申し出であって逆は問題なかった。
(まぁ、別段無理して娶るモンでもねーし、最悪は遊廓の遊女を店から落籍いて(金銭で借金を肩代わりに返済して買い取る事)、テキトーに体裁を整えりゃ良いだろうしな~。
嫌がられたら、そのまま解放すれば良いだろうし)
無理してまで、結婚する気がさらさら無い糜芳。
「ふ~ん、糜芳君も大変なのね~。
ウチみたいに過度過ぎる干渉も困るけど、逆に無関心も困るわね~。」
糜芳の言を勘違いした蔡杏は、同情的な声音と視線を送る。
「姉様それぐらいで・・・ボチボチ始めましょう。
じゃあ糜芳君、君の家の家格はどれくらいかな?」
「あ、はい、畏れ多くも主上より、官爵=右庶長位を賜っておりますが。」
姉を掣肘した次女・蔡漣の質問に、素直に答える。
「へ~、嫁ぎ先より上位じゃん。それで父君の役職は何なの糜芳君?」
「え、はい、父は故郷の東海郡で、商家の主・商会長を務めています!」
「「「ハア?」」」
今度は三女・蔡倫の問い掛けに正直に答えると、三姉妹が揃って疑問の声を上げた。
「ち、ちょっとお待ちなさい糜芳君?
貴方の父君は商会長という事は、賤民の商人出身という事になるわよね?」
「有り得ない・・・賤民では法的に官爵処か民爵すら貰えないわ。」
「そうだよ不可能だよ糜芳君。
君そんな歳から、嘘をつくのは止めなさい。」
三姉妹が揃って有り得ないと騒ぐ。
「いや、そ~言われても・・・一昨年に主上より、実家から離籍を命じられて、五大夫の爵位を頂戴して、今年に去年の功績?を認められて、右庶長に陞爵したんですよね・・・。」
自身の今の境遇を言葉で反芻して、自分でも確かに信じらんねーわ、と思った糜芳。
「お父様?・・・どうなのですか?」
「・・・まごう事なく事実じゃ。
こ奴は畏くも主上から、右庶長位を年始の挨拶の際に、直接授かっておる。」
「「「「「「はい!?主上自ら!?」」」」」」
蔡邕の発言に蔡邕と文姫以外の全員が、大声を上げてフリーズする。
「う、嘘でしょう!?糜芳君!貴方今幾つなのよ?」
「え~と今年で12歳ですね。」
「12!?何をどうしたら、そんな奇想天外な状況になるわけ?」
「ふむ?そう言えば、右庶長になった経緯は知っておるが、五大夫になった経緯は知らんのう・・・。
小僧、如何なる理由で官爵を賜ったのじゃ?」
蔡邕が首を傾げて、糜芳に問い掛けた。
「え~と、故郷・徐州の州牧史様が、僕の楽才と画才を高く評価してくれて、主上に上奏してくれたのがキッカケで、畏れ多くも謁見が叶い、賞されて下賜品と
五大夫の官爵を賜った次第です。」
「!?なんと!まさか!?・・・糜芳君、つかぬ事を聴くのだが、「士嬰」なる人物を知っているかい?」
「え、士嬰なら同郷の友人ですけど・・・?」
蔡杏の夫が糜芳の話を聴いた途端大声を上げ、掴み掛からんとする勢いで尋ねて来たので、勢いに呑まれながらも素直に答える。
「糜芳君が・・・失礼致しました、「今伏羲様もとい楽聖様。」
杏の夫が平伏して、糜芳に傅いた。
(???伏羲って誰やねん?)
突然の出来事に混乱する糜芳。
因みに伏羲とは、中国音楽の祖にして神とされる人物で、ナーガの様な人頭蛇身だったと謂われている。
「え~と・・・あの~?」
「斯様な所で、楽聖様にお会い出来るとは望外の幸せに存じます!」
「歩謡、この小僧はそんなに優れた楽才を持っておるのか?」
こんなガキが?という目線で糜芳を見つめる。
「はい、義父上それはもう・・・。
主上が楽聖様の演奏を聴いた後に、宮廷楽士の演奏に満足出来ず、宮廷楽士が頭を抱えて往生しているとか、「友人にして1番弟子」の士嬰なる人物が楽聖様の歌曲を幾つか発表し、大変な評判となるなど、巷で最も持て囃されております。」
蔡杏の夫・歩謡が興奮気味にまくし立てる。
(つーか士嬰の野郎、相変わらずちゃっかりしてんなぁ。
ホントに楽士というより、商人だわあいつ・・・)
友人の抜け目のなさっぷりに感心する。
「・・・あの楽聖様、初対面でお願いをするのは、誠に心苦しいのですが、どうか我が一門をお助け願えませんでしょうか。」
「へ?・・・どういう事?」
歩謡の急な話に首を傾げる。
歩謡の話を聴くと、士嬰の修行先である一門とは、商売敵とはいかずともライバル的存在であり、都でも互いに大手楽士一門同士として、顧客の取り合いをしつつ切磋琢磨していたのだが、士嬰が齎した糜芳の歌曲に拠って、均衡が崩れて顧客を奪われ、歩謡一門はかなりの窮地に立たされているとの事らしい。
(う~ん、意図しない所で問題が発生してんな~。
ちょっとした事で、音楽史の改変が起こっているとは思わなかったわ。
・・・ま、いいか、どうせ将来的に、「温故知新」ならぬ「壊故正新」(前国家は間違っていた・誤ったから滅びたとして前国家の文明・文化を破壊して、現国家が正しいとして、新しい文明・文化を興すこと)が、異民族国家と漢民族国家の変遷時に、近代中国までに何回も発生してるから、一時のモンでいずれ廃れるだろうしな)
あっけらかんと、軽く考える糜芳。
「え~とじゃあ、僕の歌曲を自由に演奏してくれても全然構いませんので、ご自由に演奏してください。」
「いえ、それだと只の2番煎じになるだけですので、効果が薄く意味を成しません。
是非とも新曲を教授して頂きたく!
御礼は出来うる事は何でもします!出しますので何卒、何卒お願いします!!」
一門の将来を案じて、必死に平身低頭懇願する歩謡。
それを見た蔡邕が歩謡の横に並び、
「小僧・・・いや、糜芳殿、小生からもお願い致す。
娘を助けてくれた恩義ある、婿殿をどうか助けてやって頂けまいか?何卒お願い致す。」
同じく平身低頭懇願する。
「お父様・・・。」「義父上・・・。」
自分達の為に土下座する蔡邕に涙する2人。
(うう、ええ話やん、ええ人やん・・・ブルドックみたいなブスッとした顔して、人(娘と婿)の為に頭を下げれる立派な爺なんやな~・・・んだけど)
蔡邕と歩謡が平身低頭している最中、
「ぐずっ、阿琰、糜芳君を逃したら駄目よ!
阿琰が糜芳君と結ばれれば、阿琰も幸せ私達も幸せになれるのよ?お姉ちゃん達が阿琰の幸せを、全力で後援してあげるからね!?」
泣きつつも、自分の利益と打算を隠しながら、蔡琰をけしかけている蔡杏であった。
結局、なんだかんだあったが、預かり知らない所で迷惑を掛けていた事と、士嬰の修行先の一門が一方的に利益を享受するのは、不平等だし独占的になると、業界自体が硬直化して停滞を招くかも、と思い立った糜芳は、歩謡の嘆願を聞き入れる事にしたのであった。
「え~と、士嬰の奴どんな歌曲を発表してるんです?」
「はい、私が知る限りですが・・・。」
歩謡がそう断って、士嬰が巷に発表している歌曲をつらつら挙げていく。
(え~と、演奏は「自振シリーズ」がメインで歌が、「天馬夢想」・「蓮みたいな花が咲く樹木」・「絶好の旅立ち日和」・「秋に咲く桜みたいな草花」か・・・)
腕を組んで思考した後、
「う~ん、あいつが知らない歌曲が望ましいと。
じゃあ・・・良し、早速演奏と歌唱しますね。」
「へ?もう!?もう出来たのですか歌曲が!?」
「あ、はい、サッサと済ませましょう。
僕としても、ダラダラと洛陽に長居したく無いのですので・・・面倒事が多すぎて。」
前世の歌曲を発表するだけと、軽く考える糜芳。
普通に作詞作曲するだけでも、下手したら数ヶ月は掛かる事を、即興で作る(様に見える)のだから、端から見たら楽聖と呼ばれるのは、無理無かった。
とりあえず曲の方は、「ノブの野心シリーズ」から、「将星的な近畿圏」・「覇道的な派手好き隻眼男」を始めとして幾つかチョイスし、胡弓や指笛改を駆使して演奏していく。
そして歌の方は、「幸か不幸の蒼い鳥」・「ムーンライトフラワー」・「河川の流れの如く」・「杯を飲み干すと書いてそう呼ぶ」等の、士嬰以外には歌っている歌をチョイスして朗々と歌う。
「~~~♪~~~~♪・・・ふぅ、とりあえずこんなモンですかね。
これで宜しいでしょうか?歩謡殿。」
ぺこりと頭を下げる。
「・・・・・・うぉぉぉぁぁぁ、ア、ア・・・。
あ、ありがとうごじゃいましゅるぅぅ、ヒッグ、涙が、涙がとまりましぇん。
こりぇほぎょのヒッグ、が曲を、即興でちゅくるなんで・・・しゅごしゅヒグぎですぅぅ・・・。」
涙を流して嗚咽を漏らしながら、呂律の回らない声で、感動している歩謡。
周囲を観れば、その場にいる全員が感動の涙を流していた。
(う~ん、流石前世で大ヒットした歌だわ。
名曲は時代や人種の垣根を越える、ってやつだな)
名曲ってすげーなぁと、感心する。
こうして、歩謡の悩み事を解決して目出度し、目出度しと終わる筈も無く、
「お父様!!これ程の超優良株もとい物件を、放っておく訳じゃありませんわよね!?」
涙を拭き、糜芳を投機対象及び不動産屋扱いしつつ、父親に迫る長女・杏。
先程までの一応妹の将来を心配する、優しい姉(?)から、「絶対に逃さん!」とばかりに、ギンッと狩人の目に変わっていた。
(うん?何か長女さんの目つきって、どっかで見たような・・・あ、母上がキレた時の目つきにソックリやんけ!?ヤ、ヤバい!逃げなきゃ駄目だ!逃げなきゃ駄目だ!)
某生体ロボアニメの警告音が、ビー・ビーと脳内に鳴り響き、即座に第一種逃亡体制に入る。
「い、いやぁお姉さん。
僕ですね、実は去年の黄巾の乱の際に、財産を殆ど供出しちゃって貧窮してるんすよ~、無職ですし。
妹さんを養う甲斐性が無いんすわ、ハハは・・・。」
若干棒読みで、婚活に於ける最大のウィークポイント「経済力(財産)が無い」事をアピール、破談になるように持って行く。
因みに日本でもそうだったが、近代になる前のモテる男性の、ブッチギリの1位は意外にも「経済力」で、2位は「高給取りの職人」だったようで、イケメンは全くのランク外だった。
そう言われると、え?江戸時代の歌舞伎役者って、錦絵になる程女性にモテてたじゃん、と思われると思うが、実際に錦絵になる程のモテた役者は、千両役者=「一公演で千両稼ぐ」程の高給取りであり、顔よりも側面の収入の方が大きかったのでは?と思われる。
まぁ、イケメンも一応同性愛者のお相手や、嫁ぎ先が裕福な未亡人(高齢)のツバメといった、男娼という職業(?)があり、上手くいけば縄より細い、本やダンボールを縛る「アレ」として、生活できていたようだ。
それはさておき、
特にこの後漢から三国時代に於いては、「女性は馬鹿な程良い女性」・「女性が勉学に励むのはけしからん」という、男尊女卑の風潮が非常に酷く、旦那さんの家の財産や職業にかなり将来が左右されていた為、結構重要な要因だった。
(嫁さんは実家から、「持参金」という財産を貰い、嫁さん固有の財産を持っていたが、コレは夫(家庭)の財産とは別で、勝手に夫が嫁の持参金を使うと、普通に離婚事案になった)
つまり、
(ふっふっふ・・・どうだ!俺の完璧な結婚回避策である、「困窮回避」は!!
職無し、金無しというダブルネックを提示されれば、如何に慈愛の女神であっても、見放すレベルであろう!クックック・・・切ねぇ・・・死にたい)
自分で思い付いて、悲しくなる自傷策だった。
しかし、精神的自害をしてまで、墓場にゴーを回避しようとした矢先、
「何言っとるんじゃ小僧、貴様は?
お主の生家は使用人が1万人もおる、地元でも有数の大富豪ではないか。
如何に主上の命で離籍したとは言え、絶縁した訳じゃ無いのじゃから、援助して貰っておろうに。
洛陽でもそんなにおらん物持ち出身の癖に、困窮なんぞする筈も無かろうが?」
「「「い、1万人!?」」」
オウンゴールならぬ、オウンアシストを蔡邕から喰らい、3姉妹が大声を出して回避策が速攻で頓挫する。
(オイ、爺!何言ってんだよテメェ!要らん事言うんじゃねーよマジでや!!
爺さんだって可愛い娘を嫁に出したくねーんだろ?
黙って協力しろよ!)
蔡邕を脳内で罵る。
「いやいや~、主上から頂戴している官爵の俸給も、全額寄付していますので、無収入ですしね、ね。」
要らん事言わずに黙ってろと、蔡邕に目配せするも、
「何を寝言をほざいておるのだお主は?
何進大将軍閣下から、1千万銭の金を巻き上げておろうに・・・贅沢せねば一生安穏と生活出来る金銭を、しっかり持っておろうし、親から幾ばくかの土地と田地を貰っておるのも知っておるぞ?」
全く意に介さず、「嘘を付くな小僧」と、非難がましい視線を糜芳に向ける。
「「「い、1千万銭んん~~~!!!???」」」
巨額の大金を、糜芳が所持している事に絶叫する。
(寝言ほざいてんのは、テメェだぁ爺ぃ!!
お前俺に恨みでもあんのか?俺は現在進行形で、爺に対する怒りと恨みが、天元突破してるがなぁ!?)
今なら蔡邕に瞬○殺を出来ると確信する糜芳。
「1千万銭・・・援助して貰えれば、先生(旦那)が三公は無理でも、九卿に出世出来るかも、いえ、先生なら出来るわ・・・フフフ。」
次女・蔡漣が、夫が九卿に出世して部下に傅かれる姿を妄想、ウットリした後に、「ギンッ」と狩人の目つきに変わり、
「1万人も居れば、ダンナが出世して家臣団を形成する時に、人材を融通してくれるかも・・・エへへ。」
三女・蔡倫が、夫の出世した勇姿を夢想、皮算用をして、「ギンッ」と狩人の目になり、
「阿琰、糜芳君は優曇華の花(存在しないレベルで可能性の低い、激レア的に貴重な物事の例え)よ。
杏姉様が言うように、この機会を逃せば貴方は絶対後悔するわ。逃しちゃ駄目よ、私達の幸せの為にも。」
目を¥にしながら、蔡琰を私利私欲にまみれつつ説得に掛かる。
「阿琰!杏姉様や漣姉様の言う通りだ!
お前なら出来る、糜芳君を籠絡させるんだ!」
真剣な目で、ゲスい事を子供の蔡琰に要求する。
3人の姉に熱い声援を受けた蔡琰は、
「はい!お姉様達の期待に添える様、頑張ります!」
姉達から頼りにされているのが余程嬉しいのか、満面の笑みでポスンと胸を叩く。いじらしい。
(ヒィィィ~~!?母上の同類が3人に増えとる!?
不味い!もう形振り構っている場合じゃ無い!逃げなきゃ!・・・捕まったら終わりじゃあ!)
警戒値の針が振り切った糜芳は、即逃亡を決意した。
「あの~、厠に行きたいんですけど・・・。」
オウンアシストをかました、嫁入りを断固拒否するボケ爺と、私欲と打算と妹の幸せの実現を画策する、3姉妹との激しいバトルを尻目に、恐る恐る挙手して声を上げる。
「あ、はいはい糜芳君、厠に行きたいんだね。
旦那、糜芳君を厠に案内して上げて?・・・逃がすんじゃねーぞ。」
糜芳の声に愛想良く蔡倫が反応し、武官の夫に案内を頼み、ドスの利いた声で念押しする。
そうして厠に入った糜芳は、目隠しの扉を閉めて用を足した後、明かり取りの窓から外に脱出、
「あ、客人が逃げた!逃げ出したぞ~!!」
蔡倫の夫の叫び声を背後に聴きつつ、現代走法を駆使して脱走に成功、そのまま迎賓館には戻らず、知己の曹嵩の下に駆け込んで、助けを求めた。
「如何なされた糜芳殿!?」
取りもとりあえず、対応に出た曹家の使用人に、「(人生の墓場の)刺客に狙われた!」と言って、曹嵩に急いで取り次いで貰い、事情をぼかしつつ曹嵩に説明する。
「なんとそれは難儀な・・・分かり申した。
此処を嗅ぎ付かれるのも時間の問題、時間が立てば立つほど危険が増しますな。
腕利きの護衛を付けます故、親子の振りをして急いで洛陽を脱出為されよ。
とりあえず豫州の故郷に行って、息子・操に改めて相談してみてくだされ。」
お人好しで温厚な曹嵩は、疑いもせずに糜芳の為に急いで脱出の段取りをしてくれた。
(アリガトー!曹嵩様々だな~。
この恩は必ずお返し致しますからね!
あ・・・とりあえず姉様達に夫を通じて、「俺と婚約した」と騒がれると面倒だから、先手を打って夫の上司の荀攸や皇甫嵩将軍に、「見合いしたけど破談した」って書簡(物証)を送っておこう)
曹嵩に感謝しつつ、予防策もキチンと張り巡らす。
曹嵩の手引きで護衛と共に、洛陽を脱出した糜芳は、護衛に案内されて曹嵩の故郷・豫州に入り、故郷で遊び呆けている曹操に、曹嵩の書簡を携えて面会、詳しい事情を説明する。
「それは又、埒も無いと言うか無駄な事を・・・。
父上の頼みである以上、徐州に送る事に協力するのは吝かではないが・・・貴公、最早手遅れだと思うがな。」
意味深な台詞を呆れ顔で言いつつ、夏侯一族を護送に付けてくれて、無事徐州に帰った糜芳であった。
そして、日常生活を普通に過ごして1週間後・・・
「は?へ?ホ?何でやねん!どうしてやねん!?」
突然の出来事に混乱状態になる糜芳。
張遼率いる物々しい軍隊付きで、荀攸・皇甫嵩だけでなく、何進大将軍からの婚約祝いを携えて、蔡琰が徐州にやってきたのであった。
(え?なんで?俺キチンと予防策張ったよな?
どうしてこんな状態になんのよマジでや・・・うん?あ・・・ああ!?)
ふと曹操の意味深な言葉が、脳裏に浮かび上がって、
(は、謀られた~!?
仕官を熱心に勧めてた何進達からしたら、俺との繋がりを持つ絶好の機会じゃねーか!!
そら~俺の予防策なんぞ握り潰して、蔡琰との縁談を猛プッシュするに決まってんわな!
や、やられた・・・予防策張ってなくても、3姉妹の夫経由で伝わってしまうから、回避不可じゃん・・・どうにもならん。
まさか、ちょっとした歴史改変をしただけなのに、こんなしっぺ返しが来るなんて、予測出来るかぁ!?)
ガックリと膝をつき、敗北宣言する糜芳であった。
続く
蔡姉妹については、オリジナル設定ですので悪しからずご了承を。
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