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糜芳andあふた~  作者: いいいよかん
52/111

幕間・動乱編 終わりの始まり、始まりの始まり・・・あふたぁ~

この物語はフィクションです。


読んで頂き、誠にありがとうございます!


感想・いいねに感謝感激です!


幕間に物語内での劉備の現状を書いてみました。


少し少な目ですが、読んで頂けたら幸いです。

         あの人は今・・・


曹魏の始祖・コ○ンこと曹操が、義祖父の喪に託けて遊び回り、孫呉の始祖・ド○ベエこと孫堅が、涼州の戦地を駆け回って・・・もとい追いかけ回されている頃、蜀漢の始祖・ボ○ビーこと劉備は・・・


         某州某郡某県某所


「あ~あ・・・何時になったらこんな状態から抜け出せんだよ・・・ったく・・・。」

とある小さな町の盛り場(歓楽街の酒場)で、周りの野郎共が景気良く酒を飲み、酌女(しゃくめ)と一緒に騒いで楽しく会話をしている中で、青年が1人不景気な面で出されている酒も飲まず、うなだれていた。 


「故郷を石持って追われる様に、義勇軍とは名ばかりの破落戸集団と共に逐われて、果ては野垂れ死にか盗賊堕ちかと嘆いていたら、益徳と雲長の活躍が認められて、小さい県だったけど、漸く安定した生活を送れる!・・・筈だったんだけどなぁ・・・。」

うなだれている青年は、酒も入っていないのにブツブツと呟き、己の不運を嘆いていると、不意に酒場の入口がバァンと景気良く開き、


「よ~うヒック、憲和(けんわ)(簡雍)。

守番(もりばん)(用心棒)、ウィ~ちゃんとやってるか~?」

ほろ酔い気分の、耳朶(みみたぶ)が大きい高身長の青年と、青年よりも背の高く横も太い、虎髭の威丈夫が入って来た。


ふらふらとしながらも意識はしっかりしているのか、危なげなく憲和と呼んだ簡雍の卓に近づいて、ドカリと座る。


「・・・おい、玄徳、いや大将。

てめえこそ何で此処に来てやがる?オメエが守番していた筈の店はどうしたんだよ?」

生まれた時からの幼馴染みという腐れ縁兼、幼い頃から今現在進行形の、人の努力と苦労を無に帰す災厄の権化・大将こと劉備が、ノコノコと持ち場を離れて自分の所に来た事で、「又サボリやがったな?コイツ」と理解した簡雍は、ピクピクと青筋を額に浮かべて、重低音で詰問する。


「あん?それなら関羽に任せて来たぞ~ウィ!」

「はぁ!?アイツ俺らが世話になってる、親分の護衛をしてる筈だろうが!?」

「他の護衛と揉めて外されたみてえだぞ、っとぉ。」

「又かよあの阿呆は!!協調性が無いにも程があんだろ!?どうやって昔塩の密売人やってたんだよマジでや!?」

頭を抱えて、必死になって組んだ予定がパーになった事を嘆く。


「ホントにな~、商人やってて頭下げるのが嫌なんてよ~、全っ然向いてねぇよなぁ~ハッハッハ。」

「・・・向いて無さすぎた挙げ句に、天下のお尋ね者になった、大将にだけは言われたくねぇだろうなぁ、関羽の野郎も。」

嫌みタップリな口調と半眼で劉備を見つめる。


曹操が遊び回り、孫堅が駆け回っている間、劉備は早速問題をやらかし、指名手配されて逃げ回っていた。


(はぁ~、何で俺こんな所にいんだろう?・・・この馬鹿大将が原因だよな~・・・うう)

簡雍は、気楽に酔っているボ○ビーを睨み付け、我が身の不幸を嘆きながら、こうなった経緯を地元時代から、脳内で回想した。


この劉備さん、少年期から地元で放蕩者で知られ、将来を憂慮した母や亡父の叔父が伝手を辿って、同郷の大学者・盧植に入門許可を貰い、良かれと思って洛陽に送り出したのだが、残念ながら親の心子知らずの言葉通り、ガチガチの堅物である盧植の私塾に馴染めずに、即行で幽霊部員ならぬ幽霊弟子となり、同郷で先輩の遊び人・公孫讃(こうそんさん)と共に夜な夜な遊び歩き、やがて洛陽の遊侠(ゆうきょう)()昵懇(じっこん)となり、()()()()()()()()()


この「深く交わりを持った」と言うのが結構意味深であり、曹操や袁紹も史実では遊侠(ヤーさん)と交わり

が有ったと記述があるが、


曹操・袁紹の場合→「交わりを持った」=家の権力やお金で遊侠を飼い慣らし、鉄砲玉や身代わりの駒として利用した・・・であり、


劉備の場合→「深く交わりを持った」=遊侠と正式に杯を交わし、ほんまもんのヤクザになった・・・であった。


まぁ当の本人は、下っ端役人から山賊へアウトローにジョブチェンジして、天下人になった祖先の劉邦をリスペクトしたぐらいの、軽い気持ちで裏社会に踏み入れたのだろうが、自分の生い立ちを少しでも考慮すれば、絶対にしてはいけない行為なのだが、全く気付かずにしてしまうのが、劉備の数ある欠点の1つ、「政治的センス及び視野が壊滅的に無い」であった。


無論、当然の如く故郷に帰った劉備に待っていたのは、叔父の怒りの鉄拳制裁と母の悲痛な嘆きだった。


始祖の劉邦の場合は、反秦(はんしん)と呼ばれて秦が中国を統一して間もない時期に、秦の政治政策に反発した元6国出身の人々が、反乱や暴動を起こしていたので、それなりに受け入れられて地元民の支持を受けて活動していた。


それに比べて劉備の時代は、劉邦以来凡そ300年近く劉家に拠る支配体制が、紆余曲折有れども確立されていて、劉備本人も皇族の端くれ(蜘蛛の糸レベル)の属尽(ぞくじん)として恩恵を受けて生活していたのにも関わらず、劉家支配国家の反社組織に入ったものだから、叔父が怒り狂うのも当然であった。

(属尽は、税金無課税や国家から生活費を、無償受給(生活保護)される等の恩恵を受けていた)


日本で例えれば、皇室(天皇家は反政府団体または影響を受けた存在が使う悪質な表現)に連なる皇族の一族の人がヤクザになった様なモノである。

どれくらい非常識かつ、ヤバいかが判るだろう。


結果劉備さんは、「劉家の面汚し」として一族の当主だった叔父から「絶縁」され、母からは「親処か先祖不孝者」として勘当された。※


※「先主伝」=劉備の個人伝に叔父と母が、劉備が義勇軍を立ち上げる時には、生存していた事が判明しているが、それ以降不自然なくらい全く登場しない事から、そういう状況だったと思われる。


こうして劉備さんは、地元の涿郡涿県(たくぐんたくけん)の劉家コミュニティーから除名され、只の備になって居場所を失った挙げ句、属尽の立場を悪用して悪さ(皇族の端くれなので、捕吏が逮捕出来なかった)をしていたが、恩恵を失って悪さしたら即逮捕される立場になり、「漢帝国の寄生虫・クソニート」として周辺住民からはかなり毛嫌いされていた属尽の元一員という事で、周囲の恨み辛みを一身に受ける羽目になったのであった。


当然そんな境遇に(自業自得だが)耐えれる筈もなく、同じく悪さをして(つる)んでいて勘当された、不良仲間(因みに簡雍は巻き込まれた)と一緒に義勇軍募兵に託けて、故郷を逃げ出したのであった。


無論桃園で宴会なぞ開く金銭的余裕など無く、食い詰めてフラフラになりながら隣の郡に入ると、偶々奇特な商人の知己を得て援助をして貰い、なんとか食いつないで身形を整える事が出来た。


最も奇特な商人の実情は、食い詰めた劉備達を観て、「盗賊堕ちされたら迷惑千万」だから援助という名目で、地元から追い払ったに過ぎなかった。


そうしてそのまま幽州に於ける黄巾賊討伐に、義勇軍として参加し、関羽・張飛の活躍で賊徒の頭領格を討ち取る手柄を立て、その功績で中山国安熹県(ちゅうざんこくあんきけん)の県尉(現在の警察署長)に任命されたのだが・・・。


「う~ん?ウィックぅ・・・どうしたんだよ簡雍。

オイラの顔に何かついてんのかぁ?ハッハッハ。」

疫病神(やくびょうがみ)がしっかり憑いてんぞ、大将。

今頃安熹県で安気(あんき)に過ごしてる筈なのによ、何で此処に居んのか不思議でなんねーよ。」

「おお!駄洒落がうめぇなぁオメエ!!」

怒りの籠もった皮肉も通じず、ケタケタと手を叩いて喜ぶボ○ビーを観た簡雍は、


「てめえが要らんことしたから、此処居るんだろうが!?

笑ってねぇでちったぁ反省しろやボケェ!!」

プッツンキレて、劉備に掴み掛かる。


(何時だってそうだコノ野郎は!

いっつも俺がどうこうしようとする前に、事後になって取り返しがつかない事になってやがる)

ボ○ビーの首を絞めて前後に振りつつ、回想に入る。


安熹県の県尉になった劉備達一家は、安熹県に到着するなりヤーさんの習性に従い、安熹県を自分達のシマ(縄張り)にすべく地元ヤーさんと抗争を開始、混迷に陥らせた。


その混迷を解決する役目の県尉が当の当事者という、救いようのない混乱を引き起こしたのだが、虎髭と長髭のオーバーキルな存在の活躍により、抗争相手の主だった顔役を物理的に倒して、安熹県を縄張りにする事に成功、支配下に収めた。


結果、時代劇風に言うとヤーさんの親分が、十手持ち(警官)のトップ・町奉行になるというとんでもない状態になり、裏表に渡って実行支配する事となる。

言わば古代中国式ラグーンシティーが、誕生したのであった。


そんな状態になって1番困ったのは、県のトップ・県令である。


県令から観たら、劉備がやった事は司馬遷(しばせん)が記した、「史記」に載っている前漢の悪党・寧成(ねいせい)にそっくりで、このままでは県民は県令である自分よりも、県尉の劉備の言う事を聞くようになり、安熹県を乗っ取られるのではと危機感を覚えて、郡に上訴したのであった。


劉備を危険視した県令の上訴を受けて郡は、督郵(監査官)を派遣する事を決定し、安熹県に督郵を送り込んだ。


それを劉備は裏組織の裏情報で、督郵が監査に来る事を事前に察知、先んじて挨拶をして好印象を持たれようという、またぞろ抜群の政治センスの無さを発揮、当然の如く督郵は面会を拒否した。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、内()()()()()()()()()()()()()()()、執()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全()()()()()()()()()()()劉備は、「自分を虚仮にしやがった!!」と早合点して激怒、一緒に来ていた張飛達と共に、真面目に任務を全うしていた督郵を部屋から引きずり出し、縄で木に吊し上げて殴る蹴るの暴行を加えたのだった。


そして、ボ○ビーが督郵に挨拶しに行くという、トチ狂った事をしようとしたのを知った簡雍は、慌てて止めようと馬で激走するも、刻すでに遅く事後だったのは言うまでも無い。


「ぐ、ぐるじい・・・んだよ!ウェ、ゴホッ、簡雍。

しゃーねだろー?曲がりなりにも一家の親である、オイラの面子を潰されたんだからよ。」

首を絞めていた手を外し、悪びれもせずいけしゃあしゃあと宣う。


「お陰でこっちの明るい将来も潰れたわい!!

テ・メ・エが真面目に職務を全うしていた督郵様を、己自身の思い込みや勘違いでボコったのが悪いんだろうが!?

拠って立つ地を得れたと思って、必死に根拠地化しようと寝る間も惜しんで頑張った、俺の努力を一瞬でパーにしやがってコノ野郎!!」

「まぁまぁ、雍さん。

備兄の立場で言えばしょうがない処も有ったんだし、其処まで目くじら立てんでも・・・。」

簡雍の剣幕にたじろぎながらも、劉備を擁護する虎髭こと張飛。


「・・・ああ、百歩譲って遊侠の面子が有って、やむなしな処は良いとするとして、この馬鹿大将、しっかり公金横領(予算の使い込み)してやがったんだぞ?

結局どっちに転んでも、一巻の終わりになるように自分でしてやがった。

それでも擁護出来るか?張飛よ。」

「はぁ!?公金むごムグ!?」

「ば、馬鹿!声がでけえよオメエは!!」

簡雍の飛びっきりの厄ネタに、張飛は思わず大声を上げかけ、慌てて劉備が口を押さえる。


(どういう事だよ雍さん!

公金の管理は雍さんがしてたから、備兄が使い込む事は無理だろう?)

(コノ野郎は、俺が余所の村に出張してた時を狙ってやってやがったんだよ!)

(いやいや雍さん、そん時は代わりに羽兄が管理していた筈だろ!?

有る意味雍さんよりも堅物で、腕っぷしも有る羽兄を備兄がどうこう出来ねえんじゃねーの?)

2人は卓に額を寄せ合い、ひそひそと話し始めた。


(それが関羽の野郎、大将に(おだ)てに弱いのと見栄っ張りな性格を突かれて、ポンポン出してやがったんだよ・・・しかも微妙にバレねぇようにと、子分達が徴収してたみかじめ料で補填して、誤魔化していたオマケ付きだぞ?)

(マジすか!?・・・う~ん、羽兄ならやりかねねー所はあんなぁ、確かに。

やらかしても絶対認めねぇだろうけど。

・・・じゃあ、羽兄も共犯だったの?)

ひそひそとちらっと張飛は、劉備を観ながら話す。


(そういうこった。

普段なら安熹県の件なんぞくどくど説教かます癖に、やたら今回は擁護すっからおかしいと思ってよ。

関羽に直に聞いても、自分の体面を傷つける事は絶対に認めねぇし、下手すりゃ他の奴に押し付けかねねーから、直子(じきご)(直系の子分)にあたりを付けたら、案の定だった訳だ。

そりゃあ自分のやらかしを誤魔化す絶好のネタだからな、自分の件が明るみになんねー様に、一生懸命大将を擁護する筈だわな)

簡雍もチラチラボ○ビーを観ながら、話している。


(そんで督郵様が来るっつうんで、書類整理してたら使い込みが判って、帳尻合わせに四苦八苦している間に、大将が督郵様に挨拶をする暴挙を仕出かして、今に到ってんだが・・・どう思う?)

オメエ納得出来んのか?と、張飛に問い掛ける。


簡雍から安熹県の件の実情を聴いた張飛は、


「・・・うん、すまねえ備兄、擁護の仕様が無いわ。

どう考えても、備兄が悪いわ安熹県の件は。」

長兄の擁護を止めて、簡雍側に寝返った。


「何でだよ!俺の為に付いて来てくれた野郎共に報いるのが、そんなに悪いのかよ!?」 

「「悪いに決まってんだろうが!!

他人(公共)の財布(税金)を使って報いずに、自分の財布で報いろよ!?」」

無自覚なボ○ビーに、2人が異口同音に突っ込む。


コレが劉備の数ある欠点の1つ、「経済観念が無い」事ともう1つ、「公私の財布の区別が付かない、付けれない」事である。


この2つの欠点も遺憾なく発揮され、徐州時代には政治センスと経済観念の無さがフルに活躍し、徐州の文官処か武官も速攻で愛想を尽かされる要因となり、益州の入蜀の際には、公私の財布の区別の無さが原因で、国庫が空になる事態を招いている。


それはさておき、


それから暫く簡雍は、劉備に愚痴混じりの説教をするも、糠に釘・暖簾に腕押しで馬耳東風に聞き流されて、気力が尽きたのだった。


「はぁ~・・・何時までこんな遊侠の親分に、匿って貰う逃亡生活しなきゃ行けねぇんだよ・・・。」

「う~ん?そんなに長くねえと思うぜ簡雍。

未だ未だ世の中が荒れそうな、きな臭い感じがプンプンしやがるしな。

そうなりゃあ、今回の件なんざ直ぐにうやむやになるだろうし。」

なんとなしに、自然と口に出す劉備。


「うわぁ出たよ大将の、悪い時か物騒な時だけ働く直感つーか山勘(やまかん)が・・・。」

劉備の何気ない発言を、嫌そうな表情で聞く簡雍。


(実際に黄巾討伐の時にその直感つーか山勘で、黄巾賊頭領の所在を当てて、関羽と張飛が其処に突っ込んでいって手柄を立ててるし、ガキん時から妙にその手の部類は不思議と良く当たるんだよな~)

子供の時からの体験を思い出す。


(それに冷静になって考えりゃ、督郵の件もそのままだったら公金横領で捕縛されて、汚職官吏として人生お終いだったけど、督郵をボコった事で遊侠の親分からは喝采されて、こうして匿って貰えてるし・・・。

結果的に観れば1番マシな選択肢なんだよな何気に。危険察知能力と言うか危険予知能力は、正真正銘の本物だな、本人限定且つ命の危機のみだけど)

何気に最悪の事態は回避している事実に驚く。


「まぁ、そう言うこった、もうちっとの辛抱だからよ、果報を寝て待って居ようぜ簡雍。」

「・・・たく、お気楽極楽で羨ましいこったで。」

マイペースにお気楽な雰囲気に、何時もの如く絆された簡雍は、なんだかんだと言いつつも劉備に付いていくのであった。


(しっかし、このままだと俺の身が持たねえ。

誰か文官型の人材が加入してくれねぇかな~)

後に桃園結義よりも固い、劉備被害の同士が集う事を知る由も無い事だった。


                     終

え~と、劉備の故郷での待遇は私個人の予想ですので悪しからず。


劉備の人生に於いて誰一人として、親族の協力者・一門衆がいない事から、そうだったのでは?

という感じで書いています。


楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。


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[一言] 雍さんも張飛も逃げてー!
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