その10
この物語はフィクションです。
実在する人物・団体・組織とは一切の関わりはありません。
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洛陽曹嵩邸応接間
「曹嵩様には今回のお骨折り、誠にありがとうございました。
御陰様で無事帰還する事が叶いました。」
曹操の父・曹嵩に拝礼して、感謝の気持ちを述べた。
孫堅に拉致られて、涼州の反乱騒ぎに巻き込まれた糜芳は、無事沈静化した後に帰還する皇甫嵩に同行して、洛陽に帰京した。
そして帰京した糜芳は豹蝉達と合流し、その時に豹蝉から曹家の使用人に、行儀作法を習った時の伝手を辿って、曹嵩に事の次第を通報、それを聴いた曹嵩が伝手を頼りに軍部関係者に繋ぎをとり、確認と詰問の使者を送ってくれる様、取り計らってくれた事を聴き、一泊を取った後に曹嵩邸に訪れているのであった。
「なんのなんの、お気になさらずに。
糜芳殿が何事も無く、御無事で何よりです。」
顔の前で手を振って、イヤイヤとしながら、
「私としても実父や兄上の、肖像画を描いて貰っておいて、なんのお礼もせずにいたので心苦しく思っておった所です。
これで漸くお礼が出来たと、ホッとしましたわい。」
ニコニコと糜芳の無事を、我が事の様に喜んでいる。
(何でこんな温厚穏和な親父さんから、あんな破天荒な息子が出来るんだろう?世の中複雑怪奇だよな~)
自分の事を思いっきり棚に上げ、内心首を傾げる。
「あの、そう言えば御子息はお勤めですか?」
何時もだったら突撃して来るコ○ンが来ねーな?と疑問に思った糜芳は、曹嵩に尋ねた。
「ああ、孟徳でしたら、去年末に養父の曹騰が亡くなりまして、当主の私に代わって養父の喪に服す為、職を辞して故郷に戻っておりますよ。」
言い辛そうに眉を八の字にして、申し訳なさそうな表情で答える。
当時は父母が亡くなったら、袁紹の様に子が喪に服すのが通例だが、当事者が立場があって難しい(奉職している、当主としての家政が多忙等etc)場合は、糜竺の嫁さんになった尹夫人の様に弟妹や、曹操の様にそのまた子(故人から見て孫)が、代理で服すことが珍しくなかった。
まぁ、最も袁紹の様に名士の子弟の場合は、実際には喪に服すのに託けて、夜な夜な遊廓に通ったり、酒場に繰り出してドンチャン騒ぎなどをして、遊び回る不孝なバカ坊が多く、真っ当に喪に服す人は極々少数だったようだ。
(人物伝に個別に記載される程、かなり貴重な存在)
因みにだが庶民の場合は、儒教の教えに沿って喪に服していたら、餓死待った無しの事態に陥る人が大半だったので、葬儀の後は普通に働いていた。
つまりこの時代に於ける喪に服す(日本で謂う処の四十九日?)事は、基本的に金持ちしか行う事が出来ない、かなり贅沢な行為だった模様。
それはさておき、
(まぁ、どうせ曹操もこっちじゃあ良くも悪くも名と顔が知られてっから、下手に遊べねぇんで地元に帰ったんだろうけど・・・そら言い辛いよな~、曹嵩さんからしたら。
我が子が義父の死に託けて、仕事辞めて地元で遊び回ってるニートになってま~す、とは言えへんわいな)
心ならずも戦場帰りの、自分の前なら特にと思い、
「なんと!?喪中で御座いましたか!
知らぬ事とはいえ、これはこれは大変御無礼をしてしまい、申し訳有りませんでした。
その様な時に関わらず、自分に笑顔で応対してくれた事に感謝と、亡くなられた義父君にご冥福をお祈り致します。」
話題を逸らしつつ、喪中にも関わらず曹嵩の優しい応対をヨイショして、褒め称えた上に故人の冥福を祈る糜芳。
「へ?あ!いやいや!何も何も!!
糜芳殿は義父の事を知らなかったのですから、お気になさらずに、お気になさらずに!」
糜芳の気遣いに気付いた曹嵩は、先程よりも数倍速くブンブンと手を振り、恐縮しているのであった。
そういったやり取りの後、知った以上は曹騰にお参りしないのは非礼だと思い、曹嵩に案内して貰って曹騰の位牌に拝礼してお参りし、香典代わりに木炭で描いた肖像画をプレゼントして、そそくさと辞去したのであった。
洛陽南大路貴族街
「ふぃ~、ミッションコンプリート~。
やれやれ肩の荷が下りた気分だわ。」
「??え~と、何やらよく解りませんけども。」
「懸念事が済んで、なによりですな。」
糜芳の言葉を聴いて、用心棒兼糜芳家武官候補の佐郎と渥進が、微妙に肩身が狭そうに答える。
この2人、糜芳が孫堅に拉致られた際は、2万銭の載った荷車を、運んでいる途中だった為咄嗟に対応出来ず、慌てて佐郎が孫静に詰め寄り事情聴取を行い、渥進は荷車を牽きながら爆走、宿所に戻って助けを求めると、話を聴いた豹蝉が激怒、「貴男達は、何の為に居るんですか!?」と直後に孫静を伴って帰還した、佐郎と孫静も巻き込んで正座させ、懇々と説教をしたらしい。
そして説教兼尋問で、孫静がマトモな伝手が無いのを確認した豹蝉は、「使えない人連れて来て、どうするんですか!?」と佐郎と孫静の心に、「はう!」とグサリと剣をブッ刺し、「もういいです!私がどうにかしますから!」と宿所を飛び出して曹嵩邸に赴き、行儀作法を教えてくれた使用人と面会、事の次第を訴えて曹嵩に取り次いで貰い、曹嵩からあれやこれやと伝わって、今に至った模様。
この間良い年扱いた大人3者は、オロオロと右往左往するばかりで、ナニも出来ずじまい。
この一件により、糜芳家内のヒエラルキーが確定し、失態を犯した佐郎と渥進は、豹蝉に頭が上がらなくなり、小姐と呼ぶようになったそうな。
「まぁまぁ、2人共。
過ぎた事は気にせずに、これから頑張ったら良い事なんだから。
汚名挽回の機会なんか、幾らでも在るんだからね。」
多分に自分の所業が影響している為、2人をフォローしている積もりの糜芳。
「あの殿、良い事言っている風で、しれっと追撃するのは止めて頂きたい。
それを言うなら、「汚名返上」か「名誉挽回」が正しい表現かと。」
「渥進の言うとおりです。
これ以上は、恥の上塗りはしたく有りませんので。」
「・・・あ、ゴメンゴメン!
ワザとじゃないから!?言い間違いだから!」
半眼で2人に突っ込まれて、慌てて訂正する。
なんやかんやとワイワイ雑談を交わしながら、曹嵩邸から宿所にテクテクと徒歩で戻っていると、向こう側から3頭立ての、天蓋(日除け、雨除けの屋根付きの事)が付いている馬車が、此方方向に向かって来ているのを観て、糜芳達は自然にスッと壁際に寄る。
此処洛陽に於いては、単騎の走行は緊急時以外は貴人でも禁止されていて、馬車は普通にOKなのだが、基本的に荷馬車以外は、貴人しか天蓋付き馬車なんぞに乗らないし、プラス左右後方に護衛も付いているので、かなり身分の高い人物が乗っているのが自然と判り、無用なトラブルを避ける為である。
そうして、馬車が通過するのを大人しく過ごしていると、少し通り過ぎた所で急停車し、
「これはこれは糜芳殿!
運良く出会う事が出来て、僥倖でした。」
軍装姿ではなく、官服姿の皇甫嵩が降りて来て、糜芳に駆け寄り拱手する。
(うん?なんか俺に用が有るみたいな口振りだな?
・・・皇甫嵩に呼ばれる用事って在ったっけ?)
脳内思考しつつも、
「これは皇甫嵩将軍ではありませんか、先日来です。
何やら僕にご用件が在るように、見受けますが?」
礼儀として、返礼の拱手を返す。
「おお、流石は糜芳殿、ご理解が速いですな。
この度この皇甫嵩、大将軍府から何進大将軍の使者として、糜芳殿をお迎えに参った次第。
是非とも某の馬車に乗って、お越し頂きたく。」
「え、何進大将軍閣下が?僕にですか?」
思ってもみない大物の招待に、驚きを隠せない糜芳。
(何進つったら、この間会ったポッチャリおっちゃんだよな?なんとなくウマが合って、話し込んだ記憶は在るけども、招待される程の間柄じゃないし・・・。
う~ん、良く解らん・・・)
余りにも情報ソースが無さ過ぎて、考察の仕様が無く困惑する。
「・・・え~と、初対面に等しい僕に何用ですか?」
警戒心MAXで皇甫嵩の表情を窺う小心者の糜芳。
「はっはっはっは!その様に警戒なされずに安心召されよ、歴とした朗報にござる。
先だっての涼州の反乱騒ぎの論功行賞について、是非相談したき議が在るとのこと。」
「論功行賞、ですか?」
「左様、実は貴殿の功績は第一功でしてな・・・。」
「「ええ~!?第一功!?」」
側で漏れ聞いていた郎・進コンビが、「何で拐かされたのに、そんな大活躍してんの?」みたいな、不可解なモノを観る様な表情と、いらん大声を上げたので、
「ほわたぁ!!」「「はううっ・・・!?」」
すかさず※金的二連蹴を繰り出し、「沈黙は金なり」を実践して黙らせる。
※大変危険です。当事者の子孫繁栄に甚大な影響を及ぼす可能性が有ります。用法を考えて使用しましょう。
「家の部下が騒ぎ立ててすいません。
解りました。これ以上人目に付くのはお互いに望まざる事でしょうから、同行させて貰います。」
地獄の底から聞こえてきそうな、呻き声を上げる部下2人を無視して、拱手して応じる鬼。
「いや、その・・・それはええけんど(良いんだけど)が、部下をほたくって(放っておいて)ええの?」
うずくまって尾てい骨辺りを狂った様に拳で連打し、コンテニュー(復活)を試みるコンビを指差し、突然の出来事にビックリして方言が出つつも、非常に同情の視線を送る皇甫嵩。
「暫くしたら元に戻るでしょうから、大丈夫です。
そう言うわけで佐郎・渥進、大将軍府に行ってくるから、宿所に先に戻って待機しててよ。
皇甫嵩将軍に帰る時送って貰うから。」
一応気遣って、先に帰るように指示を出す。
「ま、待って下さい・・・。」
「わ、我々を置いていかないでくだされ・・・!」
へんてこな姿勢で、尾てい骨辺りを拳でトントンしつつ、脂汗を流して言葉を紡ぐ郎・進コンビ。
「いやだから・・・。」
「こ、此処で殿と離れるとまた豹の小姐に・・・。」
「こ、心にクる説教をされるので有ります・・・。」
必死な表情で、情けない事を言い始めた。
「解ったよ。後でちゃんと説明しておくから。」
「あ、あのですね、説教を受けた後で言われても、文字通り後の祭り何ですけど・・・!?
言って下さるのなら、先に言って下さい!先に!!」
「し、然り、然り、お願い申す・・・!」
嘆願する2人。
「え~と、どうしましょう?」
「・・・儂の護衛を1人貴殿の護衛達の介助をさせ、宿所に同行させた上で、護衛から説明させれば問題なかろう。」
武士の情けと言うか、男の情けで見かねた皇甫嵩が提案し、糜芳はそのまま馬車に乗って大将軍府へ、郎・進コンビは説教を免れたのであった。
洛陽大将軍府何進執務室
洛陽でも軍施設が集中している、北西部に何進の大将軍府は在り、練兵場から聞こえてくる勇ましい掛け声をBGMに、皇甫嵩の案内で何進の執務室前に糜芳は来ていた。
重厚な扉の付いた両脇には、護衛兵が槍を持って侍っており、皇甫嵩の姿を見掛けて先触れとして、扉を開けて何進に報告、その後に了承を得たのか扉を全開に開けて、「どうぞ、何進大将軍がお待ちです」と一言添えて室内に誘う。
護衛兵に促されて、皇甫嵩と糜芳は室内に入ると、盗聴防止の為か、再び扉は閉められた。
「何進大将軍閣下、御用命に依り糜芳殿をお連れ致しました。」
「御苦労、皇甫嵩将軍。
貴殿は脇に寄って楽にしていてくれ。」
「ははっ。」
何進の指示に従い、糜芳から見て右側の椅子に座る。
室内には何進の左側に、近衛と思われる溌剌とした青年武官が立っており、右側には秘書官と思われる、「お宅、連勤何勤目?」と問い掛けてみたくなる程、目に隈が出来て疲労感が半端ない、20前後の青年文官が座っている。
そして皇甫嵩の対面には、「如何にも頑固爺」といった風体の髭を長く生やした爺さんが、座って此方をじ一っと観察するような目で観ている。
「え~と、徐州在・糜芳、何進大将軍閣下のお召しにより参上致しました。」
とりあえず定例句の挨拶をする糜芳。
「おお、良く来てくれた糜芳君、わざわざ呼び立てて済まないな。
一別以来だが、元気そうで何よりだ。
ささ、遠慮なく、椅子に座って楽にしてくれ。」
そう言って、頑固爺(仮)と皇甫嵩の間にある椅子に着座を促す、ポッチャリおっちゃんこと何進。
勧められるままに着座した糜芳は、警戒心を解くためなのか、緊張感を和らげる積もりなのか不明だが、たわいない会話を振ってくる何進と、雑談を暫し交わし、
「コホン、それではそろそろ本題に入ろうか。」
一区切りついた後、咳払いして場の空気が変わる。
「あ、そうそう、入る前にと・・・。」
ガバッと徐に立ち上がり、
「貴殿のお蔭で、官軍に無用な犠牲者が出なかった事に感謝を。
そして、我が軍に属していた者が貴殿に迷惑を掛けた事を、軍部を代表してお詫び致す。」
バシッと拱手して、糜芳に深々と頭を下げた。
釣られて皇甫嵩も拱手する。
「いやいや!?お気になさらず!
偶然の成り行きでそうなっただけで、軍部や何進大将軍閣下に、責任が有ろう筈が有りませんので!」
「そうはいかん。
例え外部の者でも、参陣を認めた以上は一定の責任が有るし、貴殿の様に身分の有る者とあらば尚更だ。
平にご容赦を。」
ブンブンと手を振って、いやいやと恐縮する若僧(糜芳)に対して、キチンと統括責任者としての責務を果たし、再び頭を下げる何進。
「「「「何進大将軍閣下・・・!」」」」
4人の部下達が、感動した表情を見せる。
(ほぇ~、流石に天下の大将軍閣下となれば、やっぱり役者が違うね~。立場が人を造るってのかな?
部下の失態・失敗を、例え外部でも責任逃れせずに、キチンと取る(庇う)姿勢を見せる事で、「この人の為ならば!」と部下達の信用・やる気を引き出し、俺みたいな洟垂れでも頭を下げる事で、度量・器量の大きさを示している訳だ。
正しく、「損して徳取れ」の好例だわな。
損と言っても頭を下げるだけで、実害は殆ど無いし)
部下達とは違う意味で感心する糜芳。
「いえいえ滅相もない!顔を上げてくださいませ!
僕の様な小僧に、勿体ない事にございます。
流石は天下の大将軍閣下、この糜芳、閣下の度量の広さに感服仕りました!」
別段何進の役者振りを指摘して、要らぬ波風を立てる積もりは毛頭無いので、ヨイショして称える。
(この辺の腹芸やポーズ(見せかけ)とか出来るのは、生き馬の目を射抜く業界で培った、商会長としての人心掌握術や、世間の荒波に揉まれて磨かれた経験の賜物なんだろうな~。
後宮奥の偏狭な箱庭の世界しかマトモに知らない、蛙の宦官や、乳母日傘でおんぶに抱っこ、傅かれて当たり前が標準の凡々な名家とは、人生の場数や人間力が違うわいな)
そら~アホ共を出し抜いて、1強状態に成るのも当然だわと納得する。
「そうかね、糜芳君の寛恕痛み入る。」
笑顔でストンと着座した後、探るような表情に変え、俗に謂う司令官スタイルで糜芳を見つめると、
「・・・さて、此処に来て貰った理由を、皇甫嵩将軍に移動中に聴いていると思うのだが?」
どれぐらい理解しているか、確認をしてきた。
「ええと、大凡は・・・。
僕の軍功が奇想天外過ぎて、表沙汰に出来ないと。」
頬をポリポリ掻きながら、「なんかな~・・・」と困惑を隠せない表情をする。
「大変遺憾だが、その通りだ。
信賞必罰・公明正大でなければならない論功行賞に於いて、この様な事は有ってはならん、有ってはならない由々しき事態なのだが・・・。」
言葉を切って司令官スタイルを維持しつつ、ガクンと頭を下に下げ、
「・・・なのだがコレを表沙汰にすると、余りにも荒唐無稽・非現実過ぎて・・・正気を疑われる。」
ハァ、と溜め息を付く。
先だっての異民族と韓遂の混成反乱軍騒ぎに於ける、糜芳の軍功内容を客観的に述べると、
「偶々孫堅の陣に訪れた年端も行かない少年が、1ヶ月以上にも渡ってジリ貧状態だった皇甫嵩将軍率いる、官軍の窮地を策謀で救った。
その策謀とは、一定の異民族を食糧で買収して離間させ、残りの異民族に流言飛語をばら撒いて、1兵も使わずに異民族全てを撤退に追い込み、尚且つ異民族同士で内部抗争を起こすように誘発させる仕込み付き。
加えて、韓遂達にも特定条件下の適合者に、離間を仕掛けて離反に成功、離反者が引き起こした混乱に乗じ総攻撃を仕掛けて韓遂達を撃退、結局韓遂は討ち漏らしてしまい任務的には失敗に終わるものの、鎮静化は成功させた。」
・・・である。
宇宙世紀のキュピーンと閃く新人類や、残酷な暴走する天使と使徒がいらっしゃる世界、幼い女の子が戦場で軍人として活躍する、クレイジーな世界線だったら、珍しくもないありふれた話で済むのだろうが、残念ながら此処は古代中国、そんな荒唐無稽な与太(実)話を信じる、ニュータ○プなぞ存在する筈が無かった・・・。
「皇甫嵩将軍の報告書を読んで我が目を疑い、正直将軍の正気を疑った。
次に君の立案した離間策の為に、董卓将軍軍営が放出した食糧等を補填した際に提出された、請求書兼報告書を読んで、己の常識を疑った。
最後に孫堅を呼び出して、徹底的に締め上げて厳しく尋問したら、先の2将軍と同じ内容を泣きながら供述したので、疑いが確信に変わった。」
何気に孫堅の扱いが酷い内容を話す何進。
「はぁ、左様で・・・。
しかし、良くあの江東の虎を泣かせる事出来ましたね?」
あの豪傑を相手にどうやったのか、素朴な疑問をぶつける。
「ふむ、彼は自分は愛妻家だと周囲に触れ回っていたのでね、張り付かせていた密偵の報告から、洛陽で贔屓にしている遊女や、引っ掛けた女の名前を言うと一発だった。」
「ああ、それは1も2もなく泣きますね~。」
みっともなく泣き喚いて、「妻にだけは、妻にだけは言わないでください!」と土下座して命乞いをする、自称愛妻家・他称恐妻家の姿が安易に浮かぶ。
「それにしても大将軍閣下、密偵を孫堅将軍に放っていたんですね、如才のなさに驚きました。」
「そうか?彼は外部だが優秀だからな。
どうにか紐付けれ(取り込め)ないか、考え・・・。」
「閣下・・・それ以上は・・・。」
静かだが良く通る声で、隈目文官が制止する。
「・・・失礼。これ以降は私の方から糜芳殿に説明致します・・・。」
目線で何進に自制を訴え、シュンとする何進を横目に、隈目文官が説明をしてくれる様だ。
「申し遅れました、私は何進大将軍閣下の麾下で筆頭参軍(軍師・参謀長)を務める、荀攸と申します。
以後お見知りおきを・・・。」
「ええ!?筍2号!?」
「はい?筍ではなく、荀ですが・・・。」
「これは失礼しました。貴方様の噂はかねがね。
軍略・政略に優れた硬骨の烈士にお会いできて、感激至極に御座います。」
自分が前世で名付けていた通称を訂正し、本心から偉人に会えた事に感動する。
(ふぉぉぉぉ・・・!!政の1号・荀彧の双璧、万の2号・荀攸が目の前にぃ!?・・・何かブラック企業戦士みたいな不景気な面してっけど。
まさかこんな所で、曹魏隆盛の元勲に会えるとは思いもしなかった・・・。
・・・そういや荀彧は嫁さんの事情でプーさん状態で燻ってたけど、荀攸は何進配下としてゲームに登場してたっけ)
前世の記憶を辿り、うろ覚えに思い出す。
この荀攸さんは歴とした名家出身で、「党錮の禁」の被害者でも無いのに、名家閥に属さずに外戚とは言え、庶民派の何進に属した変わり種であった。
まぁ、最も荀攸の場合は、余りにも歴史有る名家過ぎて、名家閥から弾かれたからだが。
荀攸や荀彧を始めとする荀一族は、家系を辿れば思想家で有名な韓非子と、秦の始皇帝の宰相として活躍した李斯を弟子に持ち、孟子の唱えた「性善説」の対比論として知られる、「性悪説」を唱えた荀況=荀子を祖としていた。
パッと見は儒教一尊の後漢時代に於いては、孔子の儒教の道統(正統後継)を継いだとされる孟子に比べて、荀子の名声は大した事無い様に見えるが、実はこの時代の儒教の経典(教科書)の「五経」=5つの教科書の易経・詩経・書経・礼記・春秋のうち、詩経・書経・春秋の3つは荀子が著したとされ、その為国中の人々から、孟子処か孔子と並び称されるぐらい、非常に尊敬されていた。
そういった事情から、荀攸達荀一族は学者といった知識人・政治家といった文官層に声望が高く、しかも名家としては極少数の、前漢初期から連綿と出仕している激レアな家柄(名家閥の連中の、袁家を始めとする殆どが後漢時代からの出仕で、5~6代遡れたら良いぐらいの、なんちゃって名家だった)で、名士としては歴史上の偉人・荀子の末裔という、ぶっちぎりの肩書きを持っていたので、「荀一族を派閥に迎え入れると、乗っ取られてしまうのでは?」と怖れた上層部達に、文字通り「敬遠」されて距離を取られてしまい、無聊を託つ羽目に陥っていた。
結果、勤皇思想と勤労意欲を持っていた荀攸と、貪欲に文官(出来れば有能)を欲していた何進の、渇望と思惑が一致して、何進の下に優秀な荀攸が麾下に加わるという、皮肉な話になったのであった。
因みに荀彧の場合は、幼少時からの許婚で、後に結婚した嫁さんが宦官の娘(養女)だった為、宦官・名家双方から敬遠されて出仕出来なかった。
ただ荀彧自体は全く頓着せず、名家出身からすれば、政敵・仇敵に等しい宦官の娘である嫁さんを、側室・愛人も作らず一筋に愛し続け、一族や周りの人々が、嫁さんとの離縁を度々促しても頑として拒み続けた、ほんまもんの愛妻家であった。
中国版ロミオとジュリエット・ハッピーエンドバージョンみたいで、ホッコリする話である。
それはさておき、
「これは過分な評価を頂き、ありがとうございます。
しかしながら、それなら貴方様の方が余程私よりも上で御座いましょう。」
立場のせいか日頃言われ慣れているのか、淡々と糜芳の言葉を受け止め、そのまま讃え返す。
「これは有り難く。
過分な評価恐れ入ります。」
いやいやと歴史上の偉人に褒められて喜ぶ。
「・・・さて、そろそろ表沙汰に出来ない他の理由も、説明させて頂いても?」
「あ、はい宜しくお願いします。」
コクリと頷き、頭を下げて説明を促す糜芳であった。
続く
え~と、もう1話ぐらい続きます。
荀彧のロミジュリは想像が入っておりますので悪しからず。
一応ネタとしては、「清廉で潔白、妻子と数人の使用人のみで余財無し」という荀彧の人柄を表した記述があったと思うので・・・。
間違ってたらゴメンナサイ。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価と感想をお願いします。




