その3
この物語はフィクションです。
実在した・する人物・地名・組織・団体とは無関係です。
聞いた事のある単語があっても、それは気のせいであります。
区切り良く書けたので、若干少な目の容量となりましたが、ご容赦を。
読んでくださっている方々へ
感想・意見を書いて頂き本当にありがとうございます!誠に感謝・感謝であります。
・・・スイマセン、前話の時にも書いてくださっていたのに、感謝の気持ちを書き忘れてしまいました。
礼を失する事をしでかした事、深くお詫び致します。
糜芳邸私室
徐州虐殺・・・曹操という人物を語る上で、必ずついて回る大悪行であり、後年彼が悪者扱いをされる最大の要因である。
事の経緯は戦乱を避けて隠居し、徐州に疎開していた父・曹嵩を、反董卓連合解散の後、兗州支配に成功した曹操が自分の元に呼んだのが悲劇の始まりだった。
何らかの事情で話を知ったこの時の徐州牧・陶謙が、自分の部下数人を護衛に付けて送り出したのだが、その部下達が曹嵩の持っていた財産に目が眩み、曹嵩と曹操の弟を含む曹一家を共謀して殺害、財産を強奪した後に行方を眩ませた。
辛うじて生き延びた使用人が、曹操の元に辿り着いて事の次第を通報、コレが発端となって父や身内を殺害された曹操は怒り狂い、100万の軍勢を率いて徐州に侵攻、無差別に徐州の民衆を殺害しまくり、余りの夥しい数の遺体で、大きな川の流れが堰止められる程だったと伝えてられている。
その惨劇となった虐殺の被害を受けた諸葛亮・均兄弟達は両親を殺害され(長男の瑾は当時徐州に居らず難を逃れた)、曹操に深い怨みを持ちつつ親戚を頼って逃げ延び、「江東の二張」と呼ばれた、のちに呉に仕官した張昭・張紘も徐州から避難する事となる。
恐らくこの惨劇の引き金を引いた陶謙は、曹操と誼を通じる為に丁重な扱いをしたつもりだったのだろうが、結果的に徐州民にとって最悪の事態を招いた、とんでもない疫病神になってしまった。
因みにこの疫病神さん、「部下が勝手にした事で、私は悪くない」と、何処ぞの派閥のトップの如く、使用者責任という概念を綺麗サッパリと忘れて保身に走り、自分で起こした事態を解決しないまま、偶々援軍という名目で冷やかしに来た劉備に、朝廷に無断で州牧を勝手に譲り(当然公的には無効)、後始末を押し付けてポックリと病死。
徐州民にとって最低最悪の疫病神かつ、三国一の無責任ジジイであった。
(どう考えても陶謙のクソ爺が諸悪の根源なのに、何故か演義では善玉扱いになってんだよな、コイツ。
幾ら善玉の親分・キ○グボンビーの引き立て役だからって、依怙贔屓にも程があんだろ・・・)
呆れた表情で思考する糜芳。
(う~ん、まあパッと考えると曹嵩を救出すれば無問題に思えるけど、実際には曹嵩は大義名分という切っ掛けに過ぎないんだよな・・・。
どう転んでも100万の大軍と言うか、大群が襲来して来るのは確実なんだから)
シャレになんねーよなあと嘆く。
糜芳が考えている様に、どうして確実なのかと言うと「100万人」がキーワードになっている。
この時期の曹操が動員出来る兵数を、ぶっちぎりで越えているからである。
例えばこれより後年の、袁家を滅ぼし一部を除いた華北(中国北部)を領有し、華南中部の荊州を得て臨んだ赤壁戦でも、公称100万・実質50万に満たない兵数だったとされている。
幽・并・冀・青・徐・兗・豫・司隷・擁・荊といった10州を領有し、中国大陸の3分の2近くを得ていても100万の大軍を出兵する事は無く、赤壁以降どんなに多くとも30万前後で出兵し、それ以上越える事は無かった。
それなのに、兗州と豫州の一部を領有していただけの状況で100万の大軍を出動させる?
・・・どう考えても不可能である。
じゃあ誇張じゃないのかと言えば、それも怪しい。
この時期の曹操の動員数は、後に部下の陳宮が謀叛を起こし、陳宮が引き入れて反乱軍のトップに担いだ呂布との兗州争奪戦を参考にすると、あくまでも推測だが数万(5万ぐらい?)前後であると思われ、防衛を無視してかき集めても10万も満たない兵数だと思われる。
10万前後の兵数を100万に見間違えるのは流石に無理があるし、10万前後なら徐州の動員数的に十分対応出来る兵数であり、同郷人が虐殺されている状況で放っておくのは、有り得ないからだ。
(犠牲を無視すれば、陶謙自身が部下の徐州人に殺される危険性が非常に高いから)
それに実は陶謙はガチガチの軍人出で、異民族討伐で功績を挙げて将軍となり、寒門出身に関わらず一代で州牧に成り上がった人物なので、才能はともかく経験は曹操の10倍は持っており、ほぼ同数ならば最低でも一戦は交える筈なのに、下邳周辺に兵を集中させて専守防衛に努めた事を観ると、100万とは言わずともかなりの数がいたのは想像に難くない。
それでは曹操が引き連れていた大軍は何かと言うと、
「曹操が徐州侵攻する前に帰順させた、「青州黄巾(青州兵)とその家族」と支配地域である、「兗州領内の領民」の混成集団」である。
理由としては、青州兵を帰順させた事でその家族凡そ100万も含めて領民化する事となり、領民化させる事で年々徴兵による一定の兵力増強が可能になって、俗に「魏武の強」と呼ばれる事になったのだが、その分当然ながら食糧の消費も、何倍・何十倍にも膨れ上がった。
その為に夏侯惇(の部下の韓浩)が献策した屯田制を、青州兵のみならず一般兵にも推奨・奨励して食糧自給率を底上げして、四苦八苦遣り繰りしながらなんとか賄っていた。
しかしその努力を嘲笑うかの如く、凶作に拠る大規模な飢饉が発生、それにより前述の急激な食糧消費量のダブルパンチを喰らって、兗州内の食糧事情が破綻し、大勢の領民が深刻な食糧不足に陥り飢えに苦しんだ。
結果的にこの飢饉に拠って、後に曹操が徐州侵攻中に謀叛を起こした陳宮・呂布と、慌てて引き返して戻って来た曹操の双方が、深刻な食糧不足により軍事行動が取れず、自動的に停戦状態になる程であった。
つまり曹操は、「飢饉に拠って飢えた領民の飢えを凌ぐ為に、徐州に最初から略奪目的で、大軍の兵ではなく、大群の領民を引き連れて来た」のである。
何故徐州を狙ったかというと、曹嵩の件も当然在るのだが、略奪目的先として、そもそも徐州しか選択肢が無かったからである。
曹操陣営の初期の本拠地である兗州は、北に袁紹の拠る冀州・南に豫州南部から揚州北部に袁術・西の司隷方面は治める群雄が居らず空白地帯・東北は孔子の末裔・孔融が州牧を務める青州・そして東南は陶謙が州牧を務める徐州に接していた。
北の袁紹の冀州は黄河を挟んで向こう岸な為、大量の船を用意しなければならず無理。
西の司隷方面は、董卓による焦土作戦(洛陽を焼いて西の長安に遷都)の被害を受けて荒れ果てており、食糧生産自体が滞っていて論外。
南の袁術は自身の贅沢の為に、歴史書に記録が残る程の暴政を敷いていた為、逆に袁術領内の棄民達が、くっ付いて戻って来る可能性が大なので危険。
東北の孔融の青州は、政治センスが始祖の孔子と同レベルで壊滅的に無い、アンポンタンの孔融の独善的な苛政で、元住民の青州兵達が逃げ出したぐらい、世紀末的な荒廃をしており、そっちに行けと言ったら確実に青州兵と家族が暴動を起こすから不可能。
取捨選択と言うよりも、渡河しないと移動出来ない袁紹の冀州を除くと、政治経験皆無のド素人である陶謙の徐州しか、マトモに統治されている所が無かったのである・・・世も末であった。
因みに青州牧・孔融の独善的苛政の内容は、始祖の孔子が周公旦に憧れて手本にしたように、孔融も先祖の孔子に憧れて、孔子の時代とソックリそのままの生活水準と礼法を青州内で推進した事だ。
一見すると問題ない様に思えるが、糜芳が生活している現在で、孔子がいた時代から約700年近く経っており、現代日本で例えると、「現代の生活水準から、鎌倉時代の生活水準に戻せ」と言っているのである。
無茶苦茶であった。
結果的にあらゆる産業が旧態依然となり、非効率化も推進されて生産性・量が激減、商人は質量共に他州に劣る劣化製品しか手に入れる事が出来なくなり、余所に競争にすらならず潰れるか、他州に逃げ出して移転するかした為に、税収が落ちて青州の財政が逼迫。
そして農民も、非効率化が進んだ所為で収穫量が減って生活が苦しくなったのに、しっかりと年貢は変わらず取られた為、重税を科せられたのと同様な状態となり、慢性的な飢饉状態になってしまう。
その為、「幾ら一生懸命畑仕事しても、食って行けないならやってられるか!!コンチクショー!」と田畑を放棄して棄民となって逃げ出す人が続出、盗賊と化して治安が急速に悪化、ヒャッハー!な世紀末的社会を現出させるという負の偉業を成し遂げる事となった。
しかし孔融ご本人は至って真面目に、
「孔子を倣う事で、善行・善徳を自然と身に付ける事が出来るのだ。」
良かれと無自覚に、善意のつもりで独善をやっているので、非常に質が悪かった。
私的・個人的に観れば確かに善いのかもしれないが、公的に周囲から観れば、只の独善・若しくは苛政にしかならないし観られなかった為、怨みや怒りを持った元住民現盗賊集団に、度々州都が襲撃されていた。
青州出身の孫乾・太史慈達はあまりの酷さに、速攻で故郷を捨てて余所の地に移住しているし、一時劉備も傭兵みたいな立場で孔融と共に行動していたが、サッサと離脱している。
孔融自身は詩人としては、「建安の七子」の1人として時代を代表する文化人だったし、個人としては「有徳の仁」と評された立派な人物(名家閥評)なのだが、政治家としては公私の使い分けが出来ず、無能より質の悪い悪代官的存在になってしまった。
孔子の残した名言、「苛政は虎よりも猛し」を見事に体現した、有る意味先祖孝行な人物といえる。
やられた青州の領民達には、心底同情するが。
・・・え~と、何処が「有徳」なんだろう?どう観ても「悪徳」なのでは?
しかも散々青州を荒廃させて、にっちもさっちも立ち行かなくなると、サッサと青州牧の職務を放棄して、皇帝を保護した曹操の元に逃げ出しているし、それで「有徳」なのだろうか?・・・この時代の名家連中の「有徳」の基準がわからない・・・。
それはさておき、
(結局曹嵩云々じゃなくて、自然災害に拠る飢饉状態が原因で、どう転んでも徐州で略奪しないと、曹操も兗州の領民も未来が無い訳だ。
放置すれば飢えた民衆が餓死するのと、民衆が対策を講じない曹操に牙を剥くのだから。
つーことは、やはり曹嵩を救出しても誤差程度の問題で根本的な解決法にはならない・・・か)
腕を組み、眉間に皺を寄せて思考する糜芳。
洛陽に上洛した際に立ち寄った街や村が、飢えて暴徒化した兗州の領民達に蹂躙され、観るも無惨な姿に変貌するのを想像して、ゾッと背筋を凍らす。
(う~ん、こーなったら、ノストラダムスの如く預言者になって惨事を回避するべきか?
・・・イヤ駄目だ。マトモに聞いてくれないだろうし、下手くそに将来の出来事を公表すると、歴史自体が変わって、未来知識がアテにならなくなる可能性が高くなっちまう)
ウンウン唸る。
(じゃあ、遠因の青州黄巾をどうにかするのは?
・・・無理、あんなん歴史的名将の曹操だから互角以上に戦えたのであって、俺に出来るかい!
それに青州黄巾をどうにかしちゃうと、曹操の陣営が弱体化して、三国時代自体が成立しない可能性が出来ちまうから、預言者と同ルートになるだけだなぁ)
ウ~ン駄目かぁと机に突っ伏す。
(ヤッパリ現実的なのは、略奪で土地や資産を荒らされるのは、しゃーないとスッパリ見切りを付けて諦めて、人的被害を少しでも減らす事かな。
人さえ生きていれば復興も出来るのだから。
・・・そーなると、個人で出来る事は、出来る限り金策をして銭を稼いで貯めて、少しずつ食糧を買い込んで備蓄、来るべき時に供出が出来る様に備えるのがベストかな?・・・個人だとそれが限界だなぁ)
ブツブツと突っ伏したまま、呟く。
「ガッテム!!こんな事になるんなら、もっと勉強しときゃあ良かった・・・。
ジョブチートは需要や化学技術的にそぐわな過ぎて、儲けになんねーし・・・。チックショウ!!」
突っ伏した状態で、ダンダンと机を叩く糜芳。
「はぁ、とりあえず黄巾の乱を見越して買い漁ったアレを、父上に仲介して貰って高く売りさばいて種銭にして、最初は売り買いで銭儲けして銭を貯めて、相場を調べながら徐々に安く大量にアレを買い込んで行くかなぁ。」
良しと声を出し、そうしようと決意する。
「あの・・・旦那様?」「うん?え?」
声のする方に振り向くと豹蝉が所在なさげに、掃除用具を持って部屋の入り口に佇んでいる。
「え~と、何時からいたの?」
「え、はい。小半時と半(15分)ぐらいかと。」
困った笑みを浮かべて答える豹蝉。
「・・・・・・俺の独り言、聞こえてた?」
「え~と、はい。・・・大丈夫ですよ旦那様!!
どんな妄言を呟く「ちょっとというか大分危ない」方でも、私にとっては恩義有る大事な旦那様ですから!」
清しい笑顔で、糜芳の心にバシバシとコークスクリューを叩き込む。
(うおおおおん!?容赦なさすぎぃ豹蝉ちゃん!
・・・恥ずかしいよ~)
羞恥心で幼児退行気味になる糜芳。
「・・・部屋を出てるから、掃除を頼むね。」
「ハイ!お任せください旦那様!!」
豹蝉に掃除を頼んで後、羞恥心で部屋を半泣き状態で走って出る糜芳であった。
続く
え~と、補足です。
曹操の徐州虐殺に関して、私はそうだったんじゃないのかな~と予想して書いております。
後年になりますが、曹操の嫡男だった息子を騙し討ち同然で討ち取った、仇敵に等しい張繍達を赦しているのに、父を殺されて無差別に殺戮をするとは、どうしても思えないので。
暴徒化した民衆をコントロール出来るはずも有りませんし、徐州側の領民もパッと見が棄民の集団だと油断してたら、いきなり襲撃を受けて為すすべも無く蹂躙されたので、周囲に危険伝達が発する間もなく被害が広がったのでは?と私は思っております。
武装している軍隊だったら、1も2もなく州都に逃げ込んでいると思われますので。
まぁ、どちらにせよ曹操の失政が原因になり、曹操に問題があった事には、変わりませんが。
後、孔融に関しては、「後漢書」の名家出身に対する、依怙贔屓・身贔屓が顕著に出ているな~と思いました。
孔子の子孫で「有徳」だそうですが、じゃあなんで青州黄巾が蔓延っているの?という疑問がどうしても湧いて来るのは自分だけでしょうか?
それにフツーに、朝廷から州牧を解任された訳でも無いのに、青州を出て(逃亡して)職務放棄をしていますし。
社会人としても、ろくでもない人物にしか見えないのですが、「有徳」の人だそうですよ。
長々とすみません。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




