その2
この物語はフィクションです。
実在する人物・人名・組織・団体・職業・固有名詞とは一切の関わりはありません。
又、特定の他者の作品を非難・中傷・示唆する意図は一切無く、個人的な見解・経験に基づいての内容ですので、悪しからず御了承ください。
話は黄巾の乱が始まる、少し前に遡る・・・
糜家邸居間
皇帝謁見を終え、新しい使用人を得た糜芳は、小遣い稼ぎをするべく、帰り道もあちこちウロウロとしてある品物を出来る限り購入し、わざわざ護衛をしてくれたような?気がする夏侯惇にもお裾分けした後に別れて、冬の足音が聞こえ始めた10月に、漸く徐州に帰って来たのであった。
玄関先で出迎えてくれた糜董達と再会を喜び、家に入って落ち着いた所で、「首尾はどうだったの?」と聞かれたので糜芳は、
「はい!父上、主上に御目見得が叶い、お褒めの言葉を頂戴した上、五大夫の官爵を頂きました!」
快活な笑顔で答えた。
「は?・・・官爵?・・・え?またまたぁ何言ってんだい芳。」
困惑した後に、冗談と思い込んだのか苦笑する。
「いえ、冗談抜きで本当に・・・はい、コレを見て頂いたらお分かりかと。」
スッと勅使から貰った目録の竹簡と、印綬を糜董に渡す。
「はは、どれどれ・・・アブブバババババァ!?」
苦笑を浮かべて、渡された目録を読んでいた糜董が、突如感電した人みたいな奇声を挙げ、痙攣しながら白目を剥きバタンと倒れた。
「父上!?」「旦那様ー!」
糜竺と糜香が慌てて駆け寄り、糜香が介抱しながら使用人を呼び、糜竺は転がった竹簡を拾って読み込む。
「ほ、本当に官爵を賜ったんだね、芳。」
「はい、賜ってしまいました・・・。」
「いや、何で嫌そうなの・・・?」
「いえ、そんな事は・・・無いです。」
糜竺の問いに、フィッと目をそらす糜芳。
直後に使用人達がワラワラ現れて、数人掛かりで糜董を寝室に移送し、糜芳達が居間に残った。
「え~と、竺殿。
芳が言っている官爵だの、五大夫だのって何なの?」
「はい、義母上。
官爵と言うのは、20ある爵位の内で9位以上を指し、9位未満の民爵と違って正式に朝廷から任じられる、名誉ある位ですよ。」
糜香の質問に、丁寧に答える糜竺。
「へ~、じゃあ名誉あるって言ったけど、どれくらい名誉なの?」
「う~ん、左様ですね・・・。
今現在の徐州内でいえば、州牧史である沈賀様とほぼ同格になります。つまりは俗に言う貴族ですね。
それとは別に徐州出身者でいえば、現在官爵を持っているのは、我等と同じ東海郡出身で皇族で在られる劉虞様ぐらいしか居ません。」
腕を組んで、実例を糜香に示し、
「まぁ、劉虞様は元々は属尽(皇室非公認の前漢・後漢の王族・皇族の末裔)でしたから、比較的恵まれた環境・状況だった事も考慮すれば、芳は規格外の立身出世を果たした事になります。」
非常にレアな事例だと説明する。
「「嘘~!?そーなの!?」」
親子で声を挙げて驚く。
(え?ちゅう事は、俺って徐州では1番の出世株になってんの?・・・マジかいな)
糜竺の話を聞いて、予想外の立場に在ることに愕然とする糜芳だった。
「う~ん、芳が御貴族様ね~・・・。
イマイチピンと来ないわね、ど~もね~。」
糜香は糜芳をまじまじと見詰めながら呟く。
「まぁ、それはそれとして・・・。」
ガシッ!・・・ミシミシミシィ・・・
糜香は徐に糜芳の頭を掴み、アイアンクローをかます。
「イタタタタっ!?は、母上サマァ!?いきなり何を為さるのでたたたた、あ痛たた!!」
「あんた洛陽の都から、えらい可愛らしい女の子を連れて帰ってるみたいだけど、あの子は一体どうしたのかしら~?
まさか将来手を出すつもりで連れて来たんじゃあないわよね~芳?
ちょ~っと母として見過ごせないのだけど?」
笑顔に青筋を浮かべて問い掛ける。
「イテテテぇ!そんなわけ無いでしょう!?
僕を何だと思ってるんですか!?」
「旦那様の息子。」
一刀両断で言い切る母。
「あのですね、それと同時に貴女の息子でも在るんですけどねぇ!僕は!?
ちょっとは信用して下さいよ、母上。
ちゃんとした理由で雇用しただけですから!」
ジタバタともがきながら、豹蝉を雇った経緯を説明する糜芳。
「ふ~ん成る程。立派な孝子だから信用して雇用したって訳ね。」
「うう・・・痛い。そうです、そういう訳です。」
涙目で痛む頭を抑えて、うずくまりながら頷く。
離れた位置で糜竺が、「相変わらず仲の良い親子だ」と、微笑ましい光景と思って見守っている。
「それで芳。
その豹蝉て子を側仕えとして使うの?」
「いえ、まだマトモに使用人としての、立ち振る舞いや礼儀作法等はまだまだ未熟と、世話になった御家の人達に言われましたので、出来れば使用人見習いとして、母上の周りで勉強させて貰えればと思っているのですが・・・。」
顔色を窺いつつ、糜香にお願いする。
「ええ、分かったわ。
貴方が見つけて来た、最初の使用人ですもの。
母たる私がキチンと面倒と教育を施しましょう。」
「宜しくお願いします。」
拱手して礼を述べる糜芳。
「あ、そう言えば芳、お土産は?」
「ははぁ!!美しい母上に相応しい品々を(豹蝉が)見繕って参りました。
後で使用人に持たせますので、御笑納下さい。」
生存本能に従い、必死に遜って糜香の御機嫌取りをする。
如何に対外的に州内でトップクラスの名士になっても、家庭内のヒエラルキーは底辺な糜芳であった。
こうして無事に故郷に帰ってノンビリと、家族との団欒(?)を過ごそうとしたのだが、周りが放って置いてくれる筈がなかった。
先ず真っ先にショックから立ち直った糜董が大号泣。
糜家の悲願であった地方名家(民爵持ち)処か、中央名家(官爵持ち兼貴族)にも息子達がなったことに大はしゃぎして、豪勢な祝宴を開こうと計画するが、
「「周囲のやっかみや嫉妬を買うだけだから、祝宴なんぞとんでもない!」」
糜竺と糜芳が揃って反対、立ち消えになると思いきや、「糜家の次男坊が官爵を得て、貴族になった!」と県処か郡・州全体にあっと言う間に話が広まりをみせ、第2次糜芳フィーバーが発生。
彼方此方から、お祝いに駆けつけた人達に糜家邸は溢れかえり、返礼としてなし崩し的に祝宴を開く事となった。
「おめでとう御座います糜芳殿!!」
「はい、ありがとうございます。
ささやかな宴ですが、楽しんでくださいね。」
もう何人に言われたのかも覚えて無いぐらいに祝辞を言われ、定例句を返す糜芳。
頬は笑顔を維持する為に筋肉がひきつり、そして家の料理人が作った料理を食えず、腹を空かした状態で対応をしていた。
(うう、腹減った・・・。
竺兄はすげーなぁ・・・同じ状況なのに弱音を見せずに、堂々と対応してる・・・流石将来は悲惨人と呼ばれる事は有るわな・・・)
糜竺を変な意味で感心していた。
漸く祝辞の列が収まり、一息ついた糜芳と糜竺は素早く料理を下品にならない程度にがっつき、空腹を満たしていく。
ある程度空腹を満たした糜芳は、周囲を見渡す余裕が出来たので観ていると、父の糜董とは別に、義姉の尹夫人の実父=尹幹にも人が寄って祝っているのが見えた。
当の尹幹は席次の周囲を州の名士・名家に囲まれ、非常に居心地悪そうにしている。
(ああ成る程・・・娘婿が一足飛びに大出世した上に、婿の弟が官爵持ちになるなんていう、望外の状況になった家とダイレクトに縁戚になったんだから、そらぁ人も寄ってくるわいな)
自分よりも格上・目上の人達に寄って来られて、青ざめた表情で必死に遜っている尹幹を観て、 原因の一端を担っている事を忘れて、同情する糜芳であった。
このような騒ぎが1ヶ月余り続き、落ち着きを見せたのが、年の瀬が迫る12月になってからであった。
糜芳邸自室
糜芳は勅命に拠って官爵を拝領した際に、条件を満たす為に実家と離籍したので、独立した一家の当主に自動的になった訳だが、別段血縁関係まで消失する訳では無いので、今まで通り過ごそうとしたのだが、糜董や糜竺から、
「「仮にも独立した官爵家の当主を、一室だけで住まわせるのは外聞が悪すぎる!」」
必死な形相で言われて、集団で来客が来た時の為に建てていた宿泊施設兼別邸を糜芳に提供、そのまま別居する事になった。
と言っても同じ敷地内に在るので、名目的に過ぎないのだが・・・。
こうしてなし崩し的に別居する事になった糜芳は、糜董の執務室にあったのと同じぐらいの立派な机に向かい、腕を組んで目を瞑り、思考の波に浸っていた。
(ふふふ・・・何か無自覚(酔っ払って)にやった事で大騒ぎになっちまったが、結果的に合法的(勅命)に独立する事が出来て、キ○グボンビーに竺兄に従って仕官せずに済むようになった!キャッホウ!)
グッと拳を握り締め、歓喜の表情を浮かべる。
(さぁ~て、これからの功績・手柄は俺自身のモノになるわけだ・・・。
ここいらで、前世の職業(型枠大工)で培ったチート知識を駆使して、バンバンとコンクリート造の建物を建てて、建築王・糜芳に俺はなるんだ!!
ハ~ハッハッハッハッハ・・・)
両手を天井に向けて掲げ、目線も虚空を見上げる。
瞬間、
「出来るかぁ~~ボケぇ!!ふざけんなこの野郎!!
どうやってんだ!?俺みたいに時代逆行転生している他の人達は!?」
掲げていた両手をバンバンと机に叩きつけ、体を机に突っ伏した。
「そりゃあね?異世界に逝かれた方(?)はね、魔法とか一切の実務経験が無い癖にスキル?(怒)とかの、摩訶不思議な超常現象でね、ど~こ~出来るのはまぁ、解らんでもないよ?
けどもね?現代人が時代逆行した人達は、マジでどうやったらコンクリートで建造物出来るの?ホワィ?」
ぶつぶつと呪詛の様に呟く糜芳。
糜芳が前世で職業にしていた型枠大工は、近代になって派生した、大工業界(?)でもかなり新しい部類の大工だった。
型枠大工とは、鉄筋・鉄骨コンクリート造や、土地の隣地境界線に設置される擁壁の基礎などで使われる、コンクリート(生コン)を設計図通りの形状に形成する為の型枠を作る大工の事である。
その為、コンクリートで使われる原料のセメントの製造方法や、セメントと砕石(細かく砕いた石やコンクリ)と砂と水を混ぜて練り上げたのが生コンになって、化学反応で硬化したのがコンクリートになるぐらいの知識は持っているし、手練りで生コンを造った事もあるし、左官屋さんの真似事(打設した生コンが硬化する前に均等に均したりとetc)も職業柄珍しくなかった。
だからこそ、
「どうやって、生コン(液体状)がコンクリート化(固体化)するまでの間の形状維持してんの!?
マジで誰か教えてくれ~~!!」
頭を抱えて、絶叫する。
近代にならないと、コンクリート造が不可能に近い事が判ってしまう。
現代でも基本的にベニヤ合板(木製)を張り合わせて、型枠を形成するのだが例えば、
Q:横・縦・幅それぞれ1m四方の型枠に、生コンを入れました。どうなるでしょうか?とした場合、
A:生コンの重量により、型枠が吹っ飛ぶ。である。
たかだか1mぐらいで嘘付け!と思われるかも知れないが、1m×1m×1mで1m3(立方メートル)になり、生コンの重量は約1t=軽自動車並みになる。
硬化してコンクリート化する前の生コンは、前述した通り液体状なので、重力の法則性に従って下部に荷重が掛かり、型枠だけではお餅の様にプク~と膨らんで変形するか、下部から型枠がバレて(荷重に負けて型枠が飛ぶこと)生コンが津波の如く流れ出るのでがオチである。
つまり、「コンクリート自体は造れるけど、コンクリートで建造物を造る際の、生コン状態の時に形状維持する技術・機材・資材が無いので、少なくとも明治時代以前では不可能に近い」のである。
じゃあ現代ではどうしているかと言うと、張り合わせたベニヤ合板の内側にセパレーターという、形状維持と幅確保を補う突っ張り棒の様な資材を間に入れて、ホームタイと呼ばれる資材で外側から締めて固定化し、外側には鋼管と呼ばれる鋼鉄製及び合金製の1m~5mぐらいの長さの四角い(丸もある)管を、打設される内部の生コンの荷重を耐える為に縦横に這わせて、掛かる荷重を分散して軽減。
そして鋼管とホームタイを締め金具で固定して、ポストジャッキ(手動で調整出来る、天井を支えたり型枠を横から押さえるジャッキ)やチェーン(鎖)でガチガチに押し引きして形状維持している。
まぁ、それだけガチガチに固定しても、数十回に一回は型枠がバレて、ボーン!というかドーン!という、ホーホッホッホと笑うセールスマンの名言の如く音を立てて、押し寄せてくる灰色の津波を見ていたが。
それはさておき、
それだったら、セパレーター等を作って貰ったら良いんじゃあないの?と思われるかも知れないが、
「針井さんの所みたいに、ブラウニーかドワーフでも居るんかよ!?他の人ん所には!?
人間の鍛冶屋に頼んだとしたら、悪魔の所行だぞホンマもんの・・・。
鍛冶屋連中が一致団結して、転生者の頭を怒りの鉄槌でかち割るか、集団で逃亡するぞ普通に。
そもそも賃金と材料費どうすんだよ・・・?
一家や個人で払える金額で収まんねーだろ絶対!?」
絶叫して頭を振り乱す糜芳。
例えば、あくまで現代建築基準に沿って3階建ての、1階に付き5~6部屋ぐらいのマンションをコンクリート造で建てようと仮定した場合、1階部分毎に大体だが300m3ぐらい(部屋の大きさに拠って変動)コンクリートが使用される。
それに伴い、糜芳の経験則的に1階部分で必要なセパレーター、ホームタイ(金属製)、締め金具は数百本単位で、鋼管も1mから50㎝刻みで規格が在り(1m、1.5m2m、2.5m、3m、3.5m、4m、4.5m、5m)、凡そそれぞれ100本単位で必要となる。(約1000本ぐらい)
つまりマンションのたった1階部だけで合計約2000本ぐらいの、金属製の長さも形状も規格の違うモノを鍛冶屋に造らせる事になるのだ。
コレで城だの城壁だの石垣だのをコンクリート造で建造したら、どれぐらいの数が(費用も)必要になるか、想像がつかないレベルになるのは必至だ。
(因みに300m3で高さ10m、幅1mの城壁を造ろうとした場合、長さはたったの30mぐらいにしかならない)
工業機械化が進む前の、家内制手工業(個人又は一族経営)が主体だった、村落に1軒在るかどうか、町でも何軒在るかの、手作業の時代にである。
・・・まさしく悪魔の所行である。
(後漢時代だと県では難しく、恐らく郡でかき集めたら何とかぐらいのレベル)
それに鉄は塩と並んで大概の国家で専売(国家管理)だったから、かなり入手量が限られ高価だった。
当然それに伴い賃金とは別に、材料費が恐らく天文学的な数字になり、先ず個人では破産するのはほぼ確実であった。・・・特に鉄資源の乏しい日本では間違い無く。
「う~ん、う~ん、奈良の大仏建造みたく枠の周りを土で盛って、土の重みで支える工法なら金属類は使わずに済むから、ワンチャン有るけど・・・。
その分土を掘削したり運んだりする人夫の数が凄い事になるし、元々の生コン打設で必要な左官屋さんや人夫さんの数は変わらないしな~・・・万単位ぐらい?」
腕を組み、ウンウン唸りながら別の工法を模索する糜芳。
コンクリート造をする場合に、形状維持の他に純粋にコンクリートを生成するのに、途方もない時間と労力が必要となる大問題があった。
一応市販されている、手作業(手練り)で生コンを造る容器(通称フネ)が有るのだが、この容器1つで造れる生コンの量は凡そ0.03m3ぐらいで約15分ぐらい掛かる。
コレを基本として、先程のマンション1階部分=300m3を造るのにどれくらい掛かるかというと、約1万回練り続け、時間は15万分=約105日も掛かる事になる。
因みにコンクリートは、練って1時間で少しずつ硬化が始まり、12時間ぐらいでカチコチに硬化してしまい、小手で均したり整える事が出来なくなってしまう。
リミット的には6~8時間が妥当と思われる。
つまり、リミットまでに打設しようとすれば、最低でも150人程で約70回練り上げなければならない計算になる。
糜芳の前世経験でいうと、10回手練りしただけで真冬でも汗だくになり、筋肉は引きつるぐらいは重労働であり、かなりキツかった。
(うん、俺がこの150人に選ばれたら、他の被害者達を糾合して、無慈悲な転生者を必殺闇討ちをするわ、間違いなしに・・・。
多分、世紀末の天○様がいらっしゃる帝都の発電奴隷よりもキツいよなぁ絶対に・・・。
え~と、最低ラインを千人にしよう)
自身の身を振り返って最低ラインを訂正する。
練る人だけで千人ぐらい必要になり、それとは別に練った生コンを運ぶ人や、原料の石灰・砂・砕石を採集する人、それらを運搬する人や諸々含めると数千人規模になり、プラス土で埋める工法を使用するとほぼ1万人ぐらいの数になってしまう。
最早国家事業クラスの規模に近い。
現代の現場なら、打設の際にいらっしゃる左官屋さんと人夫さんは、大体20~30人ぐらいなのと比べると、人力で現代の知識・技術を模倣すると、どれだけ桁違いに人数が必要かがよくわかる。
(これだけの人員数を動員したら、確実にヨーロッパや日本を含んだアジアで、領地処か国家運営にも支障をきたすよなぁ・・・大概。
というかこんな無茶したら、先ず一揆か内乱が発生する可能性が高いか。
ホンマにどうやって上手くやってるんだろうか?他の人達は)
首を傾げて疑問符を浮かべる。
暫くウンウン唸って考えていた糜芳だったが、
「・・・駄目だ。
どう頑張っても費用が天文学的になっちまうし、一歩間違えたら暴動や反乱を引き起こしてしまう。
強度は有るけど汎用性に於いては、既存の版築工法や日乾しレンガ工法にはどうしても劣る。
生コン打設時に時間制限が有るのが、最悪のデメリットになっちまう。
・・・現代機材が無いと、ど~にもならん!無理!」
バタンと再び机に突っ伏し、ガンッと頭を打つ。
「後は定番的なコンクリート道路かぁ・・・。
あんなもん、人が通るだけならまだしも牛馬を歩かせるなんて、狂気の沙汰だぞマジで。
幾らコンクリートで補強しても、地盤が緩けりゃ牛馬の体重で、直ぐにボコボコになって瓦礫状態になるから、そんな状態で歩かせたら蹄を傷つけたり脚をとられて骨折したりして、最悪予後不良になりかねん。」
田舎に有るボロボロになった、コンクリート舗装化された農道を観たことねーのかよ、と突っ伏したままぼやく糜芳。
維持管理を怠ると、あっという間に車処か自転車・人でも歩行が困難になってしまうのである。
「それにコンクリート舗装化は、この時代だと特殊な部類になっちまって、維持管理費が高く付くしな~。
その点、土の道路だとボコボコになっても、その辺から土を持ってきて埋めればハイ、オシマイだから、対費用効果と汎用性を考えたら、誰だって土を選ぶよなぁ、別に自動車が走る訳も無いんだから。」
ハァ~ッとため息を吐いて落胆する。
「とりあえず、黄巾の乱を見越して買い漁ったアレで小遣い稼ぎをして、コツコツお金を貯めてコ○ンの徐州虐殺を少しでも減らす方策を考えねーとなぁ。」
来るべき悲劇を軽減化する為に、莫大な金策を思考する糜芳だったが、世の中そんなに甘くなかった。
「しっかし、悲しいぐらい前世のジョブチート、全っ然役に立たねーよなぁ。
まぁ、下手くそにやらかしたら、盛大に自爆して破産するのが、理解できただけでも良し・・・かな?
あ~あ、こんな事になるんだったら、漫画のドク石でもキチンと読んで、サバイバル知識でも仕入れときゃあ良かった・・・ハァ~。」
再びため息をついて、嘆く糜芳であった。
続く
え~と、補足です。
作中に登場する資材・セパレーターですが、現代でも使用されているのですが、実は登場した時代は結構古く、昭和の終わりから平成に入ったぐらいの製品だそうです。
私自身は職を離れているのですが、親父が現役の型枠大工でして、セパレーターが無かった時代はどうしてたの?と訪ねると、
「焼き鏝でブスッと型枠に穴を空けて、その穴からばん線(針金状の長い鉄線)を入れて、骨材(鉄筋・鉄骨)に絡ませて、さきっちょに鋼管を引っ掛けてグルグル巻きにして固定。
其処にポストジャッキやチェーンを押し引きして固定化していた。」
とのこと。
「いや、それって全然脆いんじゃあ?」
「当たり前やろ、4~5回に1回は生コンに負けて型枠が鋼管ごと吹っ飛んだぞ?」
事も無げに平然と言う親父。
「いやいや!アカンやろそれ!?」
「えっ?地中梁(基礎)はバレても寧ろ強度が増すからほったらかしやし、目に付く所は削って整形しとるけん、なんちゃ問題ないやろが。」
セパレーターが登場するまでは、極々当たり前だった模様。
4~5回に1回を、数十回に1回に激減させた素晴らしき資材・・・セパレーター様万歳!
とまぁ冗談(話は実話です)は置いといて、なまじ知識と実体験が有るので、ビルド系チートは私にはムリです。マジで!
寧ろ私の今話の内容を観て、ガバ無く矛盾無く理路整然と、コンクリート造で建造物を建てる話を読んでみたい!観てみたいです!異世界・近代・現代は除いて・・・。(熱望)
どんなに良い小説でも、建築系チートでガバや矛盾が有ると、途端に萎えてしまう因果な体質になっているので・・・。
とりあえず、曹操徐州虐殺軽減化(歴史的に回避は不可能だと思ってます)を目指して、コツコツとお金稼ぎや色々とトラブルが、発生する予定で書くつもりです。
回避不可能については追々書くつもりでいますので、悪しからず。
長々とすみません。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




