トナドナと洛陽ヘ・・・その1
この物語はフィクションです。
実在する人物・地名・組織団体とは、何ら関係はありません。
誤字脱字報告・御感想・御意見等、誠にありがとうございます!
それ等を書いて頂けるという事は、私の小説を細部まで読んで頂いているという事ですので、非常に嬉しく励みになります!
洛陽・後宮
後漢帝国の首都・洛陽。
この都市は政治・文化の中枢部であり、又、自称「清流派」と名乗る名家達「名家閥」と、公称「濁流派」と呼ばれる宦官達「宦官閥」によって国家の主導権を巡る暗闘が繰り広げられ、両派閥の栄枯盛衰が毎日の様に目まぐるしく移ろう、権謀渦巻く「魔都」と化していた。
名家閥、宦官閥は双方が互いに「あやつ等こそ国政を壟断する獅子身中の虫、不義不忠の輩」と非難、「国家を正す大儀は我等(派閥)に有り」と主張し、お互いが自分達の正義を掛けて日々しのぎを削っていて、「我等こそ後漢の為に尽くしているのだ!」
・・・と、本人達は真剣に思って行動している。
両派閥共に己達の正義を成す為に、賄賂・横領・汚職を以て活動資金源とし、暗殺・謀殺・奸計を以て遂行手段としており、「(権)力こそ正義」というア~タタタな世紀末的思考を地で行っていた。
どうやら後漢の首都圏周辺部では、「正義」という概念が地方とは著しく乖離している様である。
その為一定の政治知識と、良識を持つまともな者は、
「何処に正義が在ると言うのだ!?腐れ者共が!!」
(腐れ者=悪行や悪事を働く悪徳官吏の蔑称)
両派閥に対して頭に湯気が昇る程憤慨し、庶民は庶民で似たような悪行・悪事を働く清流派と濁流派の区別が、ガチで判別不明なので、
「どっちも腐った蜜柑だろーが・・・。」
(当時の蜜柑は超高級品=役人(官吏)に対する隠喩)
呆れ果てて陰口を叩き、両者に侮蔑的な冷たい視線を陰で送っていた。
そんな世紀末的ヒャッハ一な状況にも関わらず、我関せずと洛陽でマイペースに生きる強者がいた。
「はぁ~、億劫よの~。」
清流派・濁流派と称されるクズ共が、クズらしいクズな抗争を繰り広げる舞台になっている宮廷の奥、俗に後宮と呼ばれる男子禁制の施設に於いて、宦官(不義密通を防ぐ為に、男性器を切除した人しかなれない役職)達以外で唯一出入りを許された男性、即ち皇帝=後に霊帝と諡される劉宏は、豪奢な文机に頬杖をして退屈そうに書類(竹簡)に目を通していた。
飽食で丸々と太った体、酒と女に溺れ落ち窪んだ目、まともに外に出ていないのが分かる青白い肌。
そんな不健康の塊の様な霊帝は、子作り以外で唯一と言っても過言ではない、官吏達から提出された虚偽と誇張と粉飾にまみれた書類(何処ぞの公共機関が総出で怒鳴り込んでくるレベル)を現代で印鑑にあたる、玉璽でペッタンペッタンと押して決裁するという仕事をこなしている。
決裁した端から宦官達に回収され、新しい書類が差し出されるというルーチンが幾度と無く繰り返され、内心辟易としながら、差し出された書類をざっと流し読みして、
「ん?コレは・・・?」
押そうとしていた玉璽が中空でピタッと止まり、書類を手にとってじっくり読み始めた。
「どうなさいました、陛下?
その書類に何か問題でも有りましたか?」
側に控えていた年配の宦官が、霊帝に声を掛ける。
「うむ。いやなに、徐州州牧史の沈賀とやらの定期報告書なのだが、興味深い事が書かれておってな。」
「興味深い事、ですか。」
「ああ。何でも徐州に、「天性の楽才と画才を持つ少年」がいるそうじゃ。」
霊帝は退屈そうな態度から一転、ワクワクと楽しそうな表情を浮かべ、興味津々といった体で沈賀からの報告書を読んでいる。
実はこの霊帝、政治には欠片も興味関心を抱かず、殆どを後宮で過ごして朝議にも滅多に出席しなかった為、「引き篭もり皇帝」と中央官吏達から揶揄される程であったが、芸術関連には深く関心を持ち、特に詩や音楽を愛でていたと言われている。
「ほう、それは素晴らしいですな。」
内心「また何時もの病気か」と呆れつつも、表面はにこやかに霊帝に同意して、ご機嫌をとる宦官。
彼等の1番の職務は霊帝のご機嫌取りであり、それが立身出世と身の安全にも直結している為、ごく当たり前に霊帝を賛美する習性が身に付いていた。
「この報告書によると、「洛陽でも聴いた事の無い玄妙な歌を歌い、音楽を演奏」し、「洛陽でも観たことが無い生き写しの様な絵を描く」そうじゃぞ。
儂でも恐らく観賞した事が無いのでは、と小癪な事も書いておるのう、こやつは。」
「なんと・・・その沈賀とやらは正気なのですか?」
余りに大胆かつ不敬な文章に絶句する。
咄嗟に自分達の派閥の関係者か否か脳内で人名を検索して、該当者がいない事に安堵する。
「陛下、どうやら沈賀とやらは気狂いか、法螺吹きの類いの様ですな。
急ぎ徐州に捕吏を派遣し、州牧史を更迭にして捕らえましょう。」
国中のあらゆる物の中で、最上の物が常に献上される陛下でさえ観た事も聴いた事も無い物など、在る筈が無いと憤慨する宦官。
それと同時に宦官閥では無い州牧史を不敬罪で更迭して、推挙したであろう名家閥の非をならした上で、宦官閥から新しい州牧史を派遣するべく、策謀を巡らす。
「まあ待て待て。
嘘か真か少年が描いた絵を、報告書と共に献上すると書いておる。
真偽を確かめてからでも遅くはあるまい。
急ぎ献上品をこれへ持って参れ。」
「はっ、仰せのままに・・・。」
霊帝の命令に従い、他の宦官達を連れて沈賀の献上品を取りに退出する。
暫くの後、気もそぞろに書類決裁を続けていた霊帝の下に、宦官達がそこそこの大きさの葛籠を、2人掛かりで運んで戻って来た。
「おお、待ちかねたぞ。
早う、早う開けてみせい。」
「はっ、早速・・・。」
霊帝に急かされ慌てて縄の封を切り、葛籠を開ける。
好奇心が抑えられずに霊帝は席を立ち、葛籠の中を覗くと、木楯に白い布を貼り付けた物に、龍が描かれていた。
「おお、コレは見事な・・・なんと精緻に描かれた龍なのじゃ!
す、素晴らしい!今にも飛び出してきそうな迫力、筆で描かれた絵とは違う独特の画法・・・美しい。」
うっとりとした表情で感嘆する。
因みにモデルは、「7個の龍玉を集めると出て来るアレ」である。
「な、なんとコレは・・・。」
「観た事が無い位細かく、緻密に鱗も描かれているな。」
霊帝に倣って絵を観た宦官達も、驚きを隠せない様子であった。
「これ程の画才に、楽才まで有るのか・・・。
面白い、面白いのう!!是非とも会うてみたいのう沈賀の言う少年とやらに!
勅命じゃ張譲よ、疾く召し出す様手配せよ!」
ウキウキとした表情で、少年の情報が書かれた報告書を年配の宦官・張譲に投げ渡し、事も無げに私事で勅命を下す。
「御意、急ぎ取り掛かりまする。」
勅命を受けた宦官閥のトップ、張譲は投げ渡された報告書に記載されている情報を元に、勅使を派遣する手配の為に霊帝の下を辞した。
張譲が持っている報告書には、「徐州東海郡、朐県在、糜董次子・糜芳」と書かれていた。
そして、暫くの後・・・
糜家邸糜董執務室
「いや~平和だね~・・・。」
「え~そ~ですね~・・・。」
のほほんとした口調で糜董が呟くと、糜芳も糜董の言葉に同意し、穏やかな雰囲気が室内に流れる。
サッ、シュバババ!サッ、シュバババ!・・・手元にある書類を決裁をしながら。
糜竺の結婚式から2ケ月程経ち、厳しい寒さが過ぎてぽかぽかとした陽気に包まれ始めていた。
そんな麗らかな春の過ごし易い天気の中、書類決裁に一区切りついた糜芳親子は、使用人が運んで来た白湯を飲みつつ休憩に入り、雑談を交わす。
「しかし芳、良かったのかい?沈賀州牧史の推挙を断って・・・。」
「当たり前ですよ。
州の推挙でさえ断っているのに、国というか皇帝陛下への推挙なんか受けたら、我が家がどうなるか分かったモノじゃありませんから。」
糜董の問いに、糜芳は家の将来の安否を強調して、キッパリと言い切る。
「父上もそれを懸念したからこそ、僕の沈賀様を酔い潰して有耶無耶にする作戦に同意したのでしょう?」
「まあね。今は良くても将来を考えると、お家騒動の火種になりかねないしね。」
糜董はコクリと頷いた。
基本的には、古代中国は嫡子たる長男(庶子を除く)が親から家督を継ぎ、財産や権力を引き継ぐのが原則だし、年功序列の考えが強いので、次男以下が長男以上の立場になるのはほぼ不可能なのだが、何事にも例外がある。
1つ目は、当主である親の偏愛で嫡子がすげ替えられる事で、これは古今東西何処にでも転がっている話なので、珍しい話でもないだろう。
2つ目は、上位者(主君・上司等)からの推挙や引き立てによるものである。
この場合は本家になる長男よりも、分家になる次男以下の方が公的立場が上になるという、あべこべな状況になってしまい、
「この状況なら地味な長男よりも、上位者の覚え目出度く、出世している次男以下が家督を継いだ方が一族の繁栄になるのでは?」
という意見が大概発生し、一族郎党を巻き込んでのお家騒動になるパターンが多い。
糜董が懸念しているのはこれである。
糜芳としても将来的に袂を分かちたいのは、糜竺と自分の利害とお互いの為であり、別段糜竺から家督を奪ったり、家を割ってお家騒動を引き起こしてまで独立自立をしたい訳では無いので、キッパリ断っている。
・・・まぁ1番はオワコンな後漢に関わりたくないという理由だが。
しかしだからと言って、上位者の推挙を断ったら不味いんじゃないの?という懸念があると思われるが、確かに上位者の推挙や引き立てを断ると、
「あんたの推挙や引き立てだと、将来的にマイナスになりそうだからお断りします」
という風に捉えられてしまい、恨みや不興を買って一族郎党ごと巻き込んで、取り潰しや没落するパターンになりかねないのであるが、今回の糜芳の場合は問題無しである。
何故なら、糜芳の場合出仕していないので、沈賀や曹豹・鄭玄は目上の人にはなるが、上位者に該当しないからである。
分かり易く例えれば、糜竺の場合だと県(後漢)に出仕している為沈賀達は上位者に該当し、彼等からの推挙や引き立ては云わば、「公的立場による公的なスカウト」になる為、前述の通り断れば上位者の面子を潰す事になり、家にも影響を及ぼす問題になってしまう。
しかし糜芳の場合は、沈賀達の推挙や引き立ては云わば、「個人的な考えに基づく、私的による私的なスカウト」になるので断っても角が立ち難いし、最悪年功序列を持ち出せば沈賀達も何も言えなくなる。
極論すれば、糜竺は公的スカウトになるので断ったらアウト、糜芳は私的スカウトに過ぎないので断ってもセーフといった所である。
因みに沈賀を酔い潰して有耶無耶にしたのは、大勢の人達の前で、再々推挙されてそれを断り続けると、傲慢だの沈賀を敬遠しているだのと、悪評がたちかねないのでそれを避ける為にやった事である。
それはさておき、
白湯を飲み雑談を交わしつつ、糜芳親子は休憩時間をのほほんと堪能していると、
ダダダダッッ・・・!!
物凄い勢いで、誰かが走って来る足音が聞こえる。
「た、大変です!旦那様!!」
普段は冷静沈着な家令の趙が、部屋につんのめる勢いで入って来て、焦った表情で叫んだ。
あまりにも尋常じゃ無い様子に糜董は立ち上がって、
「どうしたのだ!?何事か!?」
普段聞いた事の無い、緊迫した声を上げる。
「はっ!先程都より勅使が参られました!!」
「ん?ちょくし?」
趙家令から聞き慣れない単語が出て来て、首を傾げる。
「趙、ちょくしって誰?」
「いや、誰って・・・勅使ですよ、勅使!!
洛陽の都におわす、皇帝陛下の勅命を伝える使者の事ですよ!!」
主の糜董のすっとぼけた発言に一瞬唖然としたが、直ぐに気を取り直して、声を荒げて細かい説明をする。
「は?・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?ちょくしって、あの勅使~~!?
・・・場所間違いとか、道を尋ねられたとか?」
「そんな訳無いでしょうが!?
もしそうだったら、私がこんなに慌てる訳が無いでしょうに!?」
現実逃避気味な糜董に、顔を真っ赤にして反論する。
「と、とにかく!
州・郡・県の役人とついでに竺若様を案内に引き連れて、我が家に間違い無く勅使が参られております!
貴賓室にお通ししておりますので、急ぎ貴賓室にお越しください!」
何気にオマケ扱いになっている糜竺。
まぁ、案内人の中で1番立場が低いからだとは思われるが・・・。
「わ、分かった、直ぐに貴賓室に行く!
趙よ、勅使は無論の事、竺以外の案内人のおもてなしの手配を至急するように頼む!」
漸く理解が及んだ様で、焦りながらも的確な指示を出している。
(お~、大変な騒ぎだなこりゃ。
よー解らんけど、がきんちょの俺は留守番だな)
ドタバタする糜董達を尻目に、のほほんと思考する。
「父上。気を付けていってらっしゃいませ!」
糜董を笑顔で見送ろうとすると、
ガシッ!!
「へ?」
「何を他人事みたいに言っているのですか、芳坊ちゃん!勅使はあなた様の名前を指名しているんです!
つまり芳坊ちゃんが当事者なんですよ、当事者!!
あなた様が行かないと話になりません!
ほら、急いで行きますよ芳坊ちゃん!」
腕を掴まれ、引き摺る様に引っ張られる糜芳。
「いや、ちょっと待って!?何で僕!?」
「私に聞かれても解りかねます。
芳坊ちゃんが直接勅使にお尋ね下さい。」
趙家令に尋ねている間もグイグイと引っ張られ、あっという間に貴賓室の手前に来ていた。
「では、旦那様。」
「ああ、後の手配を頼む。
さぁ芳、行くよ!!」
「いや、当たり前の様に言われても、訳が分からないんですけど!?」
「大丈夫だよ芳。
私も全く分かっていないからね!」
「何処が大丈夫なの!?」
糜芳のツッコミも虚しく、今度は糜董に手を引っ張られて貴賓室に入る。
貴賓室に入ると、中央上座に勅使と思しき比較的若い人が椅子に座っていて、脇の下座に案内人の、州・郡・県の役人と思しき人達が座っていた。
そして糜竺は他の人達とは離れていて、立ったまま入り口のすぐ横に神妙に控えている。
「これはこれは勅使様。
大変長らくお待たせして申し訳御座いません。
私はこの家の主、糜董と申します。
都より遠路はるばるお越し頂き、恐悦至極に御座います。
勅使様をお迎えできます事、歓喜にたえません。」
直前までのうろたえ振りから一転、すらすらと挨拶をして、拝礼をする。
糜董が拝礼をするのを見て、糜竺も糜董の後ろに控えて拝礼し、それらを見た糜芳も慌てて倣う。
「うむ、左様か・・・。
さて、早速だが主上(皇帝)からの勅命を伝えるのだが、糜芳という者を連れて参れ。」
「え?あの勅使様?
私の後ろに控えているのが、我が息・芳ですけど・・・。」
勅使の勘違いに、恐る恐る顔を上げて指摘する糜董。
どうやら糜芳が勅使の想像以上に幼すぎて、当人だと認識していない様だ。
「な!何!?少年処か童ではないか!?
・・・まさか、こんな童が主上を唸らせる程の物を描くとは、信じられん。」
目を見開いて驚いた後、ブツブツと呟く。
その間に糜董と糜竺は、勅使の端的な話から糜芳に勅命が下った事を確信し、ススッと糜芳の後ろに揃って下がり、控える。
(えっ?ちょっと父上、竺兄?何で俺の後ろに行くの?年少の俺が前に居るのは不味いんじゃないの?)
糜董達を観て、自分も下がろうとする糜芳だったが、押し留められる処か、グイグイと2人から押し出される。
「・・・コホン、では主上より勅命を伝える!」
そして、暫くの後脳内で折り合いがついたのか、咳払いをして本来の役目を果たす事を思い出した様だ。
「「「「「ははっ!!」」」」」
勅使以外の全員が拝礼し、傾聴する。
「徐州東海郡朐県在、糜董次子・糜芳に申し付ける!
先立って献上されし貴様の絵画は真にもって見事。
又、それとは別に楽才も有りと聞き及ぶにつき、絵画と共に観賞せし事苦しからず。
拠って召し出す故に宮廷に参内せよ!・・・との主上より仰せである。」
勅状である竹簡を読み上げた後、バッと裏返して糜芳達に、読み上げた竹簡の内容が見える様にする。
「「「オオオオオオォォォォ!!!???」」」
勅命の内容を聞いて、州・郡・県の案内役を務めた役人達が、驚きと興奮の雄叫びを上げる。
「「「まさか我等が同郷に、皇帝陛下直々に招かれる人物が現れるとは・・・万歳!なんと目出度い!!」」」
両手を上げて喜んでいる役人達。
「件の事、しかと申し渡したぞ、糜芳よ。
・・・?これ糜芳よ、聴いておるのか?」
「(ちょっと芳!返事しないと駄目だよ!?)」
返事をしない糜芳に勅使は訝しみ、後ろに控えていた糜竺は小声で話し掛け、足の裾を引っ張る。
「・・・・・・・・・。」
糜芳は絶望にうちのめされた表情を浮かべ、気絶していた。
続く
え~と、新話を始めます。
この回は地元を離れて外に出て行きます。
色んな人達と出会う事になる予定です。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




