竺兄の慶事と事件・・・その1
この物語はフィクションです。
実在する人物・組織・団体・地名とは一切の関係はありません。
読んでくださっている読者の方々へ
誤字脱字報告ありがとうございます!
大変申し訳ないのですが、本作の2話に表記されている「散国志」の表記についてですが、ワザと誤った表記で書いています。
(とある栄光のゲーム名がモロにまんまでして、版権的にヤバいかなと思いまして・・・)
ですので、訂正せずにそのままで表記する事を、あしからずご了承くださいますよう、宜しくお願いします。
糜家邸内糜董執務室
「フンフ、フフフ~ン~♪」
糜芳は、一日中闘う企業戦士が愛飲する、ドリンクのテーマソングを、鼻歌混じりに機嫌良く歌っていた。
先日の、屯田制のドタバタが落ち着いた頃には年が明け、新年を迎えて松の内が過ぎ、本格的に冬の季節になっていた。
年が明けて、漸く年齢が2桁(10歳)になった糜芳は、屯田制の担当官になって多忙になった糜竺に代わり、父糜董の書類決裁や報告書等の書類処理を手伝う事となった。
うっかり四則演算が出来る事を証明してしまった結果、流石に商人と言うべきか、利に聡い糜董は糜芳を使う事を躊躇わなかった。
当時の時代は、四則演算出来る人自体がかなり希少であり、ほぼ名家連中の独占的知識・技能だった為に、四則演算が出来る糜芳は、希少かつ貴重(身内だから)な即戦力だったからだ。
現代なら確実に「児童労働だ!」と騒ぎになるが、この時代は児童労働など当たり前であり、小学生くらいの年には、親の手伝いや単純労働(水汲み等)をするのが常識である為、糜芳は別に反発したり、嫌悪感を抱く事無く自然に従っている。
と言うより、喜んで糜芳は手伝っている。
何故なら書類処理をする分、武術系の稽古時間が減ったからである。
武術の稽古をすればする程、ユダルートに辿り着きかねない、という一種の罰ゲームに等しい苦行からかなり解放された上、商人をしている父の書類処理を手伝う中で、商売のノウハウをタダで知る事が出来るという大きい利点もあった。
まぁ、前世の仕事の書類処理(設計図面の拾い出し)に比べたら、意味不明な文面や数字等(全く違う建物の図面を渡される・別業種の専門図面を渡される・図面の日付が何年も前にバックトゥザフューチャーしている・図面の長さの単位が巨人or妖精仕様になっている、ミリ→メートル、センチ→ミリ等々。by設計士or監督or親方)が無いし、面倒くさい平方根や円周率等の計算をせずに、簡単な四則演算だけで済んでいるので、気楽に鼻歌を歌いながら処理をしている。(フィクションです)
選曲はブラック臭漂うアレだが・・・。
「芳の鼻歌は独特の曲調だねぇ。
どこでその歌を聴いたんだい?初めて知ったよ。」
「え?いや~その~・・・。」
前世の曲です、とは言えず返答に窮する。
「え~と、即興で、適当に作りました・・・。」
しどろもどろになりながら答える。
「へぇ、即興で曲を作れるなんて凄いじゃないか。
これは是非、才能を生かして文か」
「お断りします。」
「じ、じゃあ武」
「ノーセンキュー。」
「人の話は遮らずに最後まで聞こうよ!?
しかも何??脳洗灸って?怖いんだけど!」
糜董が声を上げて抗議する。
「しつこいですよ父上、僕は仕官しない、と何度も言っているじゃないですか。」
「いやいや、けどさ、せっかく州の文官・武官どちらにも仕官出来るのに、勿体ないじゃないか。
普通の人なら喜んで飛び付く話なのになぁ・・・。」
ブツブツと呟く。
どうやら、武官の曹豹・文官の鄭玄双方から、
「「是非、糜芳殿をウチの派閥に迎え入れたい。
仕官するのなら喜んで私が、推挙(推薦)する。」」
と言われたらしく、糜董は舞い上がる程喜び、事あるごとに仕官を薦めてくるのであった。
(しっかし、オッサン共は何で仕官を薦めてくるんだ?嫌がらせか何かか?)
ぶつくさ呟く糜董を尻目に、内心首を傾げる。
ある程度未来を知っている糜芳からすれば、後漢時代は近い将来事実上終焉を迎え、三国時代に突入するのを理解している為、オワコンの後漢に仕官してもメリットが殆どなく、寧ろその時の立場や状況によっては人間関係等のしがらみに振り回されたり、巻き込まれたりするデメリットの方が遥かに大きいのである。
つまり、現代で例えれば、
「近い将来確実に倒産する会社(後漢)に就職(仕官)を斡旋(推挙)されている」
という様になってしまう為、糜芳からすれば、そんな所に推挙されても・・・という風に、嫌がらせに感じてしまうのであった。
(どう考えても仕官なんぞしたら、自分から手枷・足枷を嵌めて、自縄自縛する様なもんだよな~)
内心で呟く。
実際には曹豹や鄭玄達は、自分達で出来る最上位の待遇を糜芳に提示して、少しでも自派閥に取り込もうと努力しているのであるが、糜芳の認識のズレが酷く、正反対の結果になっていた。
それはさておき、
「父上、只でさえ「成り上がり者」の兄上が出世して周囲の妬み・嫉みを買っているのに、僕まで州に仕官するとなると、余計に周囲の我が家に対する悪感情が多大になって、危険です。」
もっとらしい理由を付けて、はぐらかす。
「う~ん、確かに・・・。
跡を継ぐ竺が出世した事で良しとするべきか・・・。
「足るを知る」のが肝要かな。」
「はい、父上。僕もそう思います。
とりあえず仕官の件は見送って、サッサと書類処理をして一服しましょう?」
「ハハ、そうだね。
よーし、じゃあ頑張って終わらせようか。」
糜董は糜芳の忠告を素直に受け入れて、仕官話を切り上げ、書類処理・決裁に精を出す。
そうして2人が、書類処理・決裁をせっせと始末していると、「入りますよ」と控えめな声で、糜香が執務室に入って来た。
「ん?香どうしたんだい、何かあったの?」
「ええ、旦那様。
久し振りに尹幹様が訪ねて来られたの。」
「え?幹が!?・・・ああ、もうそんなに年月が経っていたのか・・・漸く、か・・・。」
糜董が目を閉じて、しみじみと呟く。
「旦那様?」
「ああ、済まない香。
幹を此処に案内して来てくれないか。
後、体が冷えているだろうから、白湯の用意もね。」
「ええ、承知したわ。」
父の指示に従い、行動する母を横目に糜芳は、聞き慣れない人物名に首を傾げる。
「え~と、父上。
尹幹様ってどなたです?」
「あれ?芳は覚えて無いのかい?・・・まぁ、最後に会ったのが何年も前だから、無理もないか。」
父の話から面識は有るらしいが、残念ながら本来の糜芳の記憶に残っておらず、全く未知の人物に等しい。
「尹幹って奴はね、私の古馴染みの友人でね。
それなりの名家出身なんだけど、商家出身の私を、偏見を持たず友人として接してくれた、公平と言うか奇特と言うか、変わった男でね。
名家出身の数少ない友の1人なんだよ。」
懐かしむ様に、目を細めて糜董は説明する。
「へ~、父上。友人に恵まれましたね~。」
糜芳は驚きつつ、素直な感想を述べた。
名家・名士連中は基本的に、商家・商人を露骨には少ないが、内心見下したり、偏見を持つ輩が結構多い。
表面上は「金銭は醜い争いや、犯罪等の揉め事を起こす要因になる、不浄の代物」と謂われ、その不浄を専門に扱う商家・商人達を忌み嫌っているのである。
日本でも「士農工商」という、江戸時代にあった身分制度が示す通り、支配者層の人達は、商家・商人達を何かと下に見る傾向が強い。
まぁ、あくまで個人的な見解だが、名家・名士達支配者層は「家柄・血筋・父祖の功績」により、権力や世襲による社会的地位を得ているのに対して、商家・商人達は「商才・見識・自己の資産」により、経済力を持ち、自力で社会的地位を築いている。
つまり、名士達の商人達に対する偏見の根底には、
「自分達には無い影響力を持ち、自分達は先祖や家柄の威光に頼って生活しているのに対し、商人達は己の才幹で財を成し、自力で生活しているのが、気に入らない、妬ましい、将来自分達を脅かしそうで危険だ。」
という、自分が持っていない物を持っている者に対する潜在的な警戒心、嫉妬、羨望と嫌悪があるのでは?
と思っている。
そういった環境下で育った人物が、偏見を持たずに、友人として付き合いを持つというのは、稀有、と迄はいかなくても、珍しいには違いない。
「フフフ、竺にも羨ましい、と言われているよ。」
嬉しそうに、心持ち自慢気に糜董は話す。
「それはそうでしょう。得ようとして得れるモノではありませんし。」
巡り合わせと言うか、糜董の豪運を羨望する糜芳。
「失礼します、旦那様。
尹幹様をお連れしました。」
そうこうしている内に、糜香が尹幹を伴って、執務室に入って来た。
「失礼する。」
一声掛けて入って来たのは、糜董と変わらないぐらいの年齢の、身なりの整った痩せ気味の、壮年の男性である。
2枚目と迄はいかないが、中々の男前で、年上好きの女性にモテそうな顔立ちをしている。
「久しいね、幹。」
「ああ、無沙汰してスマンな、董。」
お互いに、積年の友に久し振りに会って、嬉しそうに笑顔で挨拶を交わしている。
挨拶を交わして、用意された席に座るや否や、膝に手を置き、小刻みに前後にさすりだして、ソワソワしながら、
「早速だが董、漸く妻の喪が明けた。
かねてからの約定通り、ウチの娘をお前の子息・竺殿
に嫁がせたい。
・・・長く待たせたが、了承してくれるか?」
緊張気味に、糜董に問い掛ける。
問われた糜董は、満面の笑みを浮かべて、
「ああ、勿論だとも幹。
君の息女・玲殿を息子の嫁に貰えて、嬉しい限りだよ。
今後は友人としてだけでなく、親戚としても末永い付き合いを宜しく頼むよ。」
二つ返事で快諾する。
「こちらこそ宜しく頼む。
・・・フゥ~、良かった、良かった。
いや~竺殿程の優良物件ならもしかしたら・・・と思ってしまって緊張してしまった。
竺殿に恋い焦がれている娘に良い報告が出来そうで、
本当に良かった。」
緊張した顔から一転、肩の荷が降りたかの様に、ホッとした表情になり、柔らかい笑みを浮かべている。
(ウオォ!竺兄の婚姻が成立した瞬間を見たー!?)
脳内で叫び声を上げる糜芳。
「あの、父上?」
「あ、改めて紹介するよ芳。
こいつが私の友人の尹幹だよ。
そして、竺の許嫁もとい、嫁になる尹玲君の実父でもある。芳、丁度いい折りだから挨拶しなさい。」
にこやかに挨拶を促す。
「あ、はい、父上。董が次男芳です。
この度は、ご息女のご成婚おめでとうございます?
義姉上という新しい家族が出来て嬉しい限りです。」
いきなり話を振られ、咄嗟に挨拶をするものの、混乱状態で疑問符系の祝辞を述べてしまう。
「いや、ありがとう芳君。
何かと至らぬ娘だけど、仲良くしてやってくれるかな?」
糜芳のぎこちない祝辞を咎めず、大人の対応で笑顔で返す尹幹。
「あ、はい、それは勿論。」
「宜しく頼むよ芳君。
・・・しかし、久し振りに会ったけど、随分大きくなったね。
子供の成長は本当に早い。」
「はぁ、どうも・・・。」
「それはそうだろう。最後に会ったのが、5年以上前なんだから、幹。」
尹幹の話に糜董が答える。
(5年以上前だったら、そりゃあ覚えて無いのも当然だわな)
本来の糜芳が覚えて無いのに納得する。
「そうかそうか、もうそんな年月が経ったのか、あっという間だな・・・。
おっとそれはそうと、子供達の婚姻について、話を詰めていこうか・・・仲人は誰に頼む、董?」
懐かしんでいた尹幹だったが、大事な案件を思い出して、慌てて話を切り替える。
「ああそれは、竺の学問の師である、丁老師に頼むつもりなんだけど、どうかな?」
「ほう。丁羲翁か。
中々の大物だが、引き受けて貰えるのか?」
「うん、それは大丈夫。
実は竺じゃなくて、其処にいる芳に恩義を感じているみたいでね。
「何か恩返しが出来る事があったら、遠慮無く言ってくれ」と言われているんだ。」
「は?丁羲翁が芳君に恩義!?・・・何がどうしたらそんな事になるんだ?」
糜董のとんでも話に、びっくり仰天した尹幹は、驚いた表情で糜芳を見つめる。
「まぁ、身内になるから話すんだけど、幹は屯田制度を知っているかい?」
「そりゃ当然。今、軍部を中心に大騒ぎになってて、竺殿が担当官兼教導官になったヤツだろう?
竺殿が時の人になったものだから、俺も娘も「他に嫁候補がいたり、できたらどうしよう」と焦って、慌てて飛んできたんだから。」
何気に生々しい話をしつつ、頷く尹幹。
「で、その屯田制度を考案したのが、ウチの芳でね。丁老師がそれを聞いて感激して、州の軍部や民部のお偉い方を集めて制度の話をしたら、トントン拍子に話が進んで、施行する運びになったんだけど・・・。」
「オイオイオイ!!冗談だろう!?どう観ても芳君、10歳ぐらいの子供だろうが!
郡の役人を勤める俺でも、あまりの出来の良さに唸った代物を、この子が考案したってのか!?」
尹幹は驚いて糜芳を二度見して、上から下まで何度となく見つめる。
(そんなにジロジロと観られると、恥ずかしいんだけど?後、只のパクリですから)
尹幹の視線を浴びて、気恥ずかしくなる。
「ああ、冗談じゃなくて本当なんだ。
これは同行した竺からの又聞きなんだけど、制度の基本内容の殆どが、芳が軍部や民部に提案した事らしいんだよこれが・・・。」
「う、嘘だろ?」
冗談だろう?みたいな表情で糜董を見る尹幹。
「嘘だったらどれ程良かった事か・・・。
その上この子は、資金提供を渋った軍部の曹豹様達を策謀で嵌めて、
「何でもしますから、一族一門の没落・滅亡だけは許して下さい!」
と言わせるぐらい追い込んで、泣かせた上に土下座をさせた様だし・・・。
挙げ句に民部の鄭玄様と、論争になったみたいなんだけど、論破して凹ました後、これ又策謀で追い込んで、民部の人達も土下座させたみたいだし。
・・・竺からその話を聞いて、半分近く寿命が縮まったよ、本当に・・・。」
糜董は遠い目をして、心なしかげっそりした表情で、悟った様な口調で話す。
「・・・いや、あの、軍部の曹豹様と、民部の鄭玄様といえば、軍部・民部それぞれの次世代の筆頭最有力候補と名高い人達だぞ?
そんな人達を、滅亡の危機や土下座させる程に追い込んだ策謀って一体・・・?」
絶句して、首を傾げる。
「さあ?只、竺が言うには、「実行すれば、ほぼ確実に破滅する」代物らしい。
詳細を聞いても、「聞けば、父上の体調が悪くなる」と言って教えてくれないんだ・・・。
本人に聞いてみたけど、「何かあった時に命の保証が出来ない」と言われたら流石に怖くて聞けないよ。」
しょんぼりと呟く。
「そ、そうか。しかし、それだと曹豹様や鄭玄様から恨みを買ってしまって、大変なんじゃないか?
芳君やお前達は大丈夫なのか?」
「恨みを買う処か、何故か高く評価されて双方から、
「「何時でも出仕するなら言ってくれ、私が州の役人に推挙するから」」
て言われて、今すぐにでも州に出仕する事が可能な状態なんだけど・・・はぁ。
何か州上層部では芳の事を、「今陳平」・「悪辣少年」・「地獄太子」とか異名で呼んでいるみたいだし。」
ため息をつきながらぼやく糜董。
(え?俺そんな風に言われてんの、何故に?)
特撮の悪の組織に出てきそうな二つ名に驚いた、無自覚の糜芳。
どうやら糜芳の事を州上層部は、ショ○カーと同列に認識している模様である。
「・・・そうか、訳判らん・・・。
と、とりあえずその話は置いといて、玲と竺殿の婚姻について、話を詰めていこうか。」
糜芳云々の話は思考放棄して、本来の話に戻す尹幹。
「そ、それもそうだね。
とりあえず仲人は丁老師に頼むとして、場所と日取りは・・・。」
「それなら・・・。」
本来の婚姻話に戻って、2人は色々と打ち合わせをして話を詰めていく。
(う~ん、竺兄も遂に結婚か~。
お祝いをどうすっか考えなきゃいけないな。
うん?竺兄が嫁取りをするって事は・・・母上!?)
糜董達のやり取りをぼんやり聞いて、プレゼントに悩んでいると、ハッと気付いて、慌てて糜董の側に控えている筈の、糜竺推し熱狂者の糜香を見ると、
「・・・・・・・・・・・・。」
苦悶の表情を浮かべ、白眼を剥いて立ったまま昇天していた。
「は、母上ぇぇぇぇ!!しっかりィィィィ!?」
猛ダッシュで糜香に駆け寄る糜芳であった。
続く
え~と、新しい話です。
一応補足として、「設計図面の拾い出し」についてですが、建築・土木関係者の方達はご存知だと思いますが、「拾い出し」というのは、現場監督さんから渡された図面を元に、必要な資材を購入・加工、段取り(人員の確保等)をする事です。
ですから、渡された図面に間違い(図面自体が違う、寸法(長さ・高さ)が違う)があると、場合によっては、購入した資材の代金、加工した時の労力、確保した人員の無駄が発生し、大損を被る事も珍しくありません。・・・というか結構な頻度で起こります。
(しかも、元請け(設計士・監督)さんのミスなのに、一切の補償がありません!
もし、してくれた事例が有りましたらマジで教えてください!その企業は神企業さんです・・・お近づきになりたい・・・)
後、「手直し(設計変更)」も同様に。
準備万端と思っていたら、全てがパー・・・涙。
設計士さんも監督さん(ついでに一人親方)も、大変な苦労をされている職種だと思います。
けれども、もし問題があっても、大抵設計士さんはPC1つ、監督さんは口1つで訂正できて、無料です。
しかし、現場で働く業者さんは間違い無く、人員・場所・労力を使い、なおかつ有料です。
それを踏まえて、不幸なミスがありません様に、お願いしたいです。
長々とすみません、当然後書き話はフィクションですよ。(遠い眼をしながら・・・)
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




