その6
この物語はフィクションであり、数ある演義物の一つであります。
依って、実在する人物・団体・政策・制度とは、一切関係ありません。
丁老師宅講堂
「いやー、流石に情に篤いと評判の、軍部の方達ですね。
協力を惜しまないと、資金提供までして頂けるなんて、これを聞いた傷病兵や遺族の人達も、泣いて喜びましょう。」
清々しい笑顔で軍部連中に微笑む。
言葉遣いは丁寧だが、言外に「オラ、四の五言わずに金を出せや、銭出さんかい。」と軍部連中に金銭を要求している。
「「「「「え?いや~、流石にちょっとそれは~
いくら何でも・・・」」」」」
顔をひきつらせながら、曖昧な態度で言葉を濁して逃げようとする軍部連中。
「え?して頂けないのですか?外部の我が家が惜しまず資金提供諸々しているのに、身内の貴方達は何も出されないと?
先程「優しい思いやりは偽りだったのか」と誰か仰っていましたが、まさかそう言った人が協力しない筈がないですよね?」
「「「「「うぐぐっ・・・」」」」」
糜芳の悲しげな声音で、ズバズバと責める様な内容が、グサグサと刃の如く心に突き刺さり、その上先程の自分達の発言が、思いっきりブーメランで返って来て呻く。
「済まない・・・糜芳殿。
我々にも生活があり、家族を養っている。
心苦しい限りだが、我々には資金提供をするまでの余裕は無いのだ。察して欲しい。」
軍部を代表して、曹豹が悲痛そうな表情で糜芳に詫びる。
(なにを眠たい事言ってやがる。
そんな仕立ての良いおベベ(服)を着て、凝った冠(当時の中国では、頭の頭頂部を人前で晒すのは最大の恥辱とされていた為、冠を被っていた)を被って、煌びやかな宝石付きの剣を帯びている癖に余裕が無いだぁ!?
おめーら達の装備品一式売っ払うだけで、困窮している傷病兵や遺族の何人・何家族が1年過ごせると思ってるんだ?)
曹豹の言葉に、内心で罵詈雑言を吐き、呆れた。
(はい、アウトー。こいつら表面的に同情、心配しているだけだな。
屯田制を利用して、困窮している傷病兵や遺族をも出汁にして、立身出世のプロセス(きっかけ)にするつもりだわこいつら)
糜芳から観れば曹豹達軍部連中は、利益(立身出世)になるから協力しているだけで、真に困窮している人達を憂えてる訳では無い。
あくまで、貴族的立場(名士、名家)で困窮している人達を憐れんでいるだけである。
まぁ、打算ありきなのは糜芳も同じなので人の事を言えないのだが、糜芳(正確には糜家)は100人規模の軍屯入植者をロハ(無償)で受け入れるという多大な対価を支払っているので、利益と名誉を得る事に関しては、対価に対する正当な報酬と言えなくもない。
それに対して曹豹達軍部連中はどうか?
全く対価も払わず損もせず、一方的に利益(立身出世)や困窮している同胞達を救済した英雄的軍人という名誉を得るだけである。
協力と言っても糜芳の言った事を右から左にスピーカーの如く軍部内に言うだけであり、簡単・お手頃な仕事で、それだけで下士官以下の将兵に絶大な支持を集めて、将兵の代弁者・代表者として上層部も無碍に出来ない立場に一気に躍り出て、上手くいけば自分の派閥の、あるいは軍のトップも夢では無い状況になるのだ。ボロ儲けである。
(ふざけんなよ。こういう輩は現代の政治家に限らず、古代でも同じだな)
表面上は笑みを浮かべつつ、内心怒りがフツフツと煮え滾る。
自分達は一銭も身銭を切らず、利益だけを得ようとする姿勢は名士・名家連中からすれば至極当然の行動であり、連中からすれば上手くやりやがったと思われるのだろう。
しかし庶民感覚の糜芳からすれば、金持ちの癖に惜しんで無銭飲食するクズ野郎にしか見えない。
(まぁ、今回はハズレかな。
こいつらも直ぐに他人事じゃ無い事を思い知ると思うけど、因果応報って事で・・・駄目だこりゃ次行ってみよう!)
何処かで聞いた事ある台詞と共に糜芳は、曹豹達を切り捨てる覚悟を決める。
「・・・そうですか。すいません、御無理を言ってしまって・・・。」
沈痛な面持ちで曹豹達に謝った後、
「では、協力してくださる他の軍部の方に、屯田制の詳しい内容を話して助力願いますので!今まで私の話を聞いて頂き、有り難う御座いました。」
一転してにこやかな笑顔で、曹豹達軍部連中に頭を下げてお礼の言葉を述べる。
「え?いや、あの?」
突然の言葉に戸惑う曹豹達。
「あ、後日他の軍部の方から、屯田制の話が曹豹様達にいくと思いますので、その時には協力して上げてくださいね。」
「ち、ちょっと待って貰いたい!我々も協力すると言っているんだが!?」
話は終わりとばかりに淡々と話す糜芳に、慌てて抗議するクズ野郎達。
「え?先程協力出来ないと仰っていたじゃあありませんか。私個人として無理強いは流石に出来ませんので・・・。」
「いやいや!あくまで資金的な事は無理と言っているだけで・・・。」
「気持ちだけですか?」
「え?」
「此処にいらっしゃる軍部の方達は、気持ちだけ協力してくださるのでしょう?
それなら別に曹豹様達じゃなく、私財をはたいても助けようと行動する方に頼んだほうがいいですし、なんなら軍の上層部に直接話すほうが間違いないですよね?
丁老師、申し訳ありませんが、軍の上層部の方か、真に困窮している同胞を救おうと行動しそうな奇特な方をご存知ないですか?」
曹豹達の抗議をバッサリ切り捨てて、丁老師に話を振る。
「ホッホッホッホ。ああ、知って居るぞ糜芳君。軍上層部は直接の面識は無いが、古い友人の親戚がいてな、そやつに仲介を頼めば問題無く面会が出来るだろう。
奇特な軍人については、まだまだ若手じゃが懇意にしている者が何人か居るな。
片方でよいのか?それとも両方がよいか?」
糜芳と軍部連中達のやり取りを、面白くて堪らないとばかりに、丁老師はニヤニヤ笑いながら答える。
「では、ご足労を掛けますが、両方に取り次いで貰えますか?」
「ま、待ってくれ!いや、待って下さい!お願いします糜芳殿!!」
糜芳が丁老師とやり取りしていると、「あ」と軍部の参謀と見られる痩せ気味の男が声を上げ、会話に割り込んで小走りに糜芳に近づいて、足元に縋り付き懇願する。
「資金提供に協力しますから!お願いします!我々・・・いえ、最悪私だけでも協力させて下さい!全財産を供出しますので何卒、何卒!」
「ち、ちょっと兄貴!人前で何みっともない事してるんだよ!?止めろよ!」
パッと見は判らないが兄弟らしく、若い武官の1人が兄に慌てて近づき、止めようと肩をつかむ。
「みっともないだとぉ!?この馬鹿愚弟があぁぁ!」
「へ?へぶぅぅぅ!」
参謀兄が武官弟を怒鳴って、振り向きざまに右フックをお見舞いする。
(お、キレのいい右フックが入ったぁ!しかし、母上に比べると数段劣るか?・・・て言うか現役の軍人より、母上の方がパンチのキレが良いって一体・・・)
不意に始まった兄弟劇場を眺めながら、糜芳はぼんやりと益体も無い事を考える。
「に、にゃにをするんだ兄貴。」
親にも殴られた事が無さそうな表情で、参謀兄に抗議する武官弟。
「このままだと、我々達は破滅するから必死に糜芳殿に取り縋っているのに!
貴様がみっともないだのと能天気な事言っているからだと判らないのか!?馬鹿が!!」
「え?何で?」
(お~、流石に軍参謀。このままだと破滅するのが理解したのか。
がち無知(?)の脳筋武官と違ってちゃんと知能があるな~)
兄弟劇場を眺めながら、参謀兄に感心する。
「あのな、愚弟。
今回の糜芳殿の提唱している制度・政策は、一般兵や下士官にとっては、自分達の将来・未来に関わる、重要かつ非常に恩恵のある政策なのは流石に理解しているよな?」
「当たり前だろ兄貴。糜芳殿の制度を聞いて喜ばない将兵はいないだろう。」
参謀兄の説明に、当然とばかりに頷く武官弟。
後ろの軍部3人も釣られて頷いている。
「そうだな。そして糜芳殿の政策を仲介した者もとてつもない利益を得るのが判るよな?
そう、ほぼ全将兵に感謝されて尊敬されるという金銭では買えない大きい利益がな。」
「ああ、そうだな。上手くいけば将兵の支持を背景に派閥のトップか、上層部に入れるんじゃないか?兄貴。」
(う~ん。脳筋でも名士・名家だな。
その辺の損得勘定はきっちり計算出来るんだな。
・・・もっと別の事に頭を使えよお前ら)
兄弟劇場のやり取りに脳内でつっこむ。
「そうだ。将兵達だけで無く、仲介者にも大きな恩恵がある糜芳殿の政策だが・・・。」
「だが?」
「別段我々が仲介者でなければならない必要性が糜芳殿には全く無いんだ。」
「ええ、どうして?」
武官弟と同じく、疑問符を浮かべ首を傾げる軍部の3人。
むさ苦しいオッサンズがしても誰得なんだよ、と言いたくなる見苦しい光景であった。
「お前、糜芳殿と丁老師の話を聞いて無いのか?別段他の軍部の人でも問題ないし、上層部に直接掛け合えば済む話だからだ。
我々に屯田制の軍屯を説明したのは、偶々軍部の関係者だったからに過ぎん。
つまり、軍屯の協力者の選択権・決定権は糜芳殿にあって、我々には無いんだ。」
(ピンポンピンポン、大正解~。
いや~何人も面会して面接するのが面倒だったから曹豹達ですんなりいけば良かったのにな~)
思わず脳内でクイズの正解音を出す糜芳。
「いやいや、俺達は全面的に賛同して協力するって言ってんのに、何故俺達は駄目なんだよ!?」
「してないだろ。全面的に協力を。」
「何処が?」
「資金提供。」
「え?」
「だから!資金提供してないだろ!?
この時点で何処が全面的に協力しているんだ?」
「あ」
「そう言う事だ。
我々は無料なら協力するが、有料なら協力しないと糜芳殿に言ってしまっているんだ。
そんな連中に誰が仲介を頼むんだ?他にも探せばいくらでもいるのに。」
「・・・・・・。」
参謀兄の説明に、遂には黙ってうなだれる武官弟と軍部3人。
「じゃあ、糜芳殿に取り縋っていたのは何でだよ?
それなら別に益にはならないけど、損にもならないんじゃないのか?」
全く危機感の無い様子の武官弟。
「お前は・・・さっきから身の破滅をこのままだと招くから!必死に回避しようとしているって言ってんだろうがぁぁ!?
理解できんのかぁ、この馬鹿愚弟ぃぃい!!」
「グへェェバァァ!?」
キレた参謀兄が、左ストレートを武官弟の顔面に叩き込む。
(ヒューヒュー、キレてる、キレてるよ!
参謀兄、キレッキレだね!)
糜芳は、ボディービルダーを応援している様なコメントで参謀兄を脳内で応援する。
「フー、フー、馬鹿愚弟が・・・お前、この事が他の軍部連中達に知られたらどうなると思う?
特に将兵達からどう見られるか判るか?」
「フェ・・・ああ!!」
「理解したのか?我々5人はな、
「真っ先に軍屯を知り得る立場にありながら、口先だけで一銭も何も出さず、利益だけを貪ろうとしたクズ野郎共」に見られるんだよ!!
一部の軍部連中や余所の部隊じゃ無くて、州全将兵にだぞ!?州全将兵!!」
吐血せんばかりに声を張り上げる参謀兄。
参謀兄の予測は正しい。
将兵達から見れば彼らは、「知っていたけど何もせず傍観し、利益だけは得ようとした」という最低最悪の行為を行ったクズ野郎共である。
同僚達からは侮蔑や軽蔑をされ、部下達からは、自分達を喰い物にして利益を得ようとしたとして激しく憎悪され、彼らの更迭・解任要求の抗議が上層部に殺到するのは想像に難く無い。
先ず間違いなくチャララ~候補(必殺仕○人出陣)上位にランクインするのは確実である。
そんな連中を上層部や、派閥の人達は容赦なく切り捨てるだろう。
下手に助けたり、庇ったりすれば自分達にも飛び火するのだから。
寧ろいい生け贄(身代わり)が出来たとばかりに自分達の悪行を曹豹達に押し付けて、罪人として処断して人気取りに利用するかも知れない。
このままだとそんな状況(破滅)になってしまうから、参謀兄は必死に糜芳に取り縋って、赦しを乞うて居るのだ。
「さぁ!どうするんだ!?これだけ言って理解出来んのなら好きにしろ。
但し、お前とは絶縁させて貰うがな。
一族一門を巻き込んで没落する様な事は、我らの生命、財産を失っても防がねばならん。
曹豹様達もです。
このまま座して居れば、御本人所か一族一門、徐州に居場所を無くしますぞ!?」
参謀兄は、完全にイッチャッタ目で軍部連中に警告を発する。
ダダダダッッ・・・
途端に軍部連中が猛烈な勢いで近づいて来て、
「「「「申し訳ありません!!」」」」
「我らも全財産を供出します!」
「ですから、ですから何卒、何卒!」
「糜芳殿・・・いや糜芳様の軍屯政策に協力させて下さい!」
「どうか、どうか!何でもします!一族一門に累が及ばない様に御慈悲を!!」
「「「「「御願いします!!」」」」」
地面に頭を擦り付けて土下座、赦しを得る為に取り縋って来た。
(うぉぉ。何か想定外に大事になったんだけど、どないしょー?)
自分の周りに、オッサン5人が取り縋るというシュールな状況に、途方に暮れる糜芳であった。
続く
え~と、作中に出て来る「絶縁」という言葉ですが、現代だとヤーさん用語としてある意味知られていると思いますが、今作中の参謀兄が武官弟に言った「絶縁」は一般的な「絶縁」(?)であり、ヤーさんのとは意味が違っています。
ヤーさん・・・親子兄弟の杯の縁を切り、敵対関係になる事。
もしくは組織内の永久追放兼、ヤーさん社会に於ける「お前はもう、タヒんでいる」的な懲罰。
(よく知られている「破門」より上の処分)
参謀兄・・・一族一門=身内認定をせず、他人扱いとして、武官弟と一切の関係を一族一門全員が断ち、例え武官弟が殺されようが仇として恨まず、煮て食おうが焼いて食おうがご自由にどうぞ、我らとは赤の他人なので、無関係です。
という体で、参謀兄が連座制を免れる為に、場合によっては武官弟にしようとしたのが、一般的な「絶縁」です。
(友人・知人等他人の関係を絶つのは、「断交」)
因みに、日本でも戦国時代でもこの「絶縁」が、頻繁に濫用されていた様です。
一応「絶縁」関係から元に戻す、「復縁」というものが在るのですが、「絶縁」はどちらか一方が宣言すれば成立するのに対し、「復縁」は絶縁宣言した方・された方双方が同意しないと成立しない、という不文律があり、滅多にヤーさんも一般的にも「復縁」する事は無かったとか。
それはさておき、
とりあえず、作中に出て来る「絶縁」は、そういう意味で使用していますので、そういう認識でお願いします。
長長々とすみません。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




