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糜芳andあふた~  作者: いいいよかん
13/111

その2

この物語はフィクションです。


実在する人物・団体・組織・宗教とは全く関係、関連性は在りません。


又、実在の人物の思想・言論を否定・肯定をするつもりは有りません。

         糜芳自室


拝啓、職場の親方様。お元気でしょうか?

突然仕事に穴を開けてしまい申し訳ありません。わざとじゃないので許して下さいね。

「師、曰わく・・・」


相変わらず出家(丸坊主)されているのでしょうか?前の髪型を落ち武者(頭頂部がツルツル、側頭部がフサフサ)とみんなに指摘されて俺だけ殴って来ましたね。


他の奴もやれよこの落ち武者ハゲ!と思ったのもいい思い出です。


「~ならば、~するべし」 

出家されてからは、周囲に「自尊さん」て呼ばれて照れておられましたね。


・・・すいません、実は「自尊さん」じゃなくて「自損さん」(自損事故の常習者だから)なんです。

走っている車にはぶつけない癖に、摩訶不思議と止まっている車にはしょっちゅうぶつけていましたね。しかも、目立つカラーの車ばかり。

(周囲からは前世は闘牛説が最有力で、出身がスペイン説と宇和島説に別れていて、白熱した論争を繰り広げていた)


何故こんな前世の話を思い浮かんだのかは、

「芳君。聞いているのかね?」

「ハイ!大丈夫です!老師。」


丁老師から孔子(儒教)の講義を聞いていたのとは関係ないと思う、多分・・・。


糜香から呼び出しをうけ、注意という名の処刑宣告を告げられた糜芳は、現在丁老師から有り難い講義を受けていた。


老師というからてっきり仙人の様な出で立ちをしているのかと思いきや、髭を綺麗に整えて、キチンとした服装をした60過ぎぐらいのまとも(?)なお爺さんだった。


(しっかし、儒教の講義とか色々老師から聞いたけど・・・この国大丈夫か?マジで)

老師から、学問事情や時代背景を休憩がてら聞いてみると、現代の感覚と知識を持つ糜芳は、この時代のトンデモ常識に呆れていた。


この時代の学問は、儒教一尊(オンリー)で、孔子が定めたとされる、五経ないし六経と呼ばれる書を学ぶのが基本であり、その書をどれだけの数を修めること(暗記)が出来たかで学んだ人の有能性を諮るといったシステムになっていた。


その為、文官として就職しようとするなら最低でも2~3の書を暗記していないと厳しかった様だ。


・・・因みに髭面のジャイ○ンこと関羽は、五経の一つ春秋左氏伝(歴史書)を暗記していた事を自慢していた様だが、知識層(名士)からすれば噴飯モノか、失笑レベルの半端知識でしかない。

しかもジャイ○ンは、自慢していた(笑)春秋左氏伝を暗記していただけで、呉の呂蒙と正反対に全く活用出来ず、折角の知識も只のトリビア(無駄知識)で終わり、自滅している。


それはさておき、


何が言いたいかと言うと、この時代の官僚(名家・名士)の採用基準は、現代風にすると、「道徳」・「倫理」・「歴史とちょこっと天文学」だけで採用されているのである。


学者になるならばともかく、官僚になるのに必須ともいえる数学(計算式=予算編成・在庫管理)や、書式(書類文書=公文書・資料作成等々)はまともに習っておらず、各個人や一族で勝手にしているのが現状であり、儒教的観点(道徳・倫理)だけでほぼ採用され、政治的観点(経済・農商知識、教養)は度外視という、現在進行形で学者系無能官僚(名家・名士)を大量生産しているのである。


学者系無能官僚の生きた実例として、儒教の創始者孔子自体が典型例である。


この孔子さん、間違い無く優れた哲学者・思想家かつ、人格者だったが、政治家としては無能だった。


孔子さんは魯国(ろこく)に生まれ、周公旦という古代の名政治家に私淑し、政治家を志して幾つもの国を転々としたが、泣かず飛ばずで大成せずに最後は魯国に帰り、仕官を求めるも拒否されて、浪人として生涯を終えている。


比較対象として孔子さんより後年に生まれた呉起(ごき)(Gでは無い。孫子と並ぶ兵法家・呉子)と比べると明暗がはっきりしている。


呉起は人間性としては承認欲求や、自己顕示欲が強く、その性格が災いして失脚したり、政敵に罠に嵌められて国を追われたりして、過程は違うが孔子と同じく幾つもの国々を転々とする。


しかし、性格はともかく文武に優れた有能な人物でもあり、仕官先を変える度に出世して、最終的には強大国・楚の宰相になった事と比較すると、孔子は政治家として有能とは言い難い。


人間性と適性、才能と能力が必ずしも一致しない一例と言えよう。


まぁ、そういった事で孔子さんモドキ(学者系無能)が官僚(名家・名士)をしているのだから、まともな国家運営が出来る筈も無く腐敗し、天災や権力抗争、異民族問題等が有ったにせよ、ドンドン衰退して後漢が滅亡するのは必然だったのだろう。


(そら~曹操が後年求賢令を出したのも当然だわ)

曹操からすれば、無能(名家・名士)官僚は要らない!無名(寒門)でも、変人でもいいから有能な人物が欲しい!と切実に思う程、無能集団に散々泣かされんだろうな~。と思う糜芳。


「芳君。私の講義はつまらないかね?」

丁老師は、呪文(儒教の講義)を止めて麋芳に声をかける。

どうやら心此処に非ずなのを看破された様だ。


「は、いえ、老師の話を聞いていて色々思う事がありまして・・・。」

うっかり「はい、そうです。」と言いかけそうになり、慌てて誤魔化す糜芳。


(アブね~。もう少しで母上に処刑される事になる所だった)


糜香が両手の指をポキリポキリと鳴らし、

「お前は、もう死にたいの?」と世紀末の暗殺拳伝承者の様に言っている幻想が脳裏に浮かぶ。


「フム、して芳君の思う事とは何だね?」

丁老師は、髭をしごきながら、目を眇めて麋芳に尋ねる。


(ウワ~。嘘や冗談は許さん、て顔してる~。

どうしよう、どないしょー)

内心アワアワしてパニクる糜芳。


「どうしたのかね。遠慮はいらない、早く言い給え。」

語気を強めて催促する丁老師。


「え~と、あのですね、同じ徐州出身として孔子の事は尊敬しているんですが・・・」

「が?」

「はい、人間性を高める、礼儀を学ぶ、という点では素晴らしいと思うのですけど。」

欠片も思っていない事を、ペラペラと口から出任せで言う糜芳。

脳内には、蛇派網のテーマソングが流れていた。


「フム、続けなさい。」

「はい、え~と、あのですね、その~・・・。」


(どないしょー・・・あ、同じ徐州出身と言えば諸葛亮が尊敬していた)


「何故政治を学ぶのに、管仲を倣い学ぶ人が余りいないのかが、同じ徐州出身者として疑問に思いまして・・・。」

やばい、怒られるかな~とチラッと老師の様子を窺うと、


「うう。」

涙を流して泣いていた。


「ええ!?あの~。老師?」

「芳君。私は嬉しい・・・此処に私と同じ志を持つ者、同志がいる事が。」

「ああ、はい、ソウデスネ。」

「君もそう思うかね!世の阿呆共は政治家を志す癖に、最高の政治家である管公を蔑ろにして学ばず、儒教だけを学んだだけで、一端の政治家面をしおって嘆かわしい限りだ!」

「はい、ソウデスネ。」

「そうだろう!?大体今の・・・云々。」


ヒ一トアップしていく老師の話に、適当に相槌を打って聞いていた所、実はこの丁老師、諸葛亮と同じかそれ以上の熱烈な管仲マニアだったみたいだ。


若かりし頃自身も管仲を志して中央官僚になって頑張ったみたいだが、同僚や上司の阿呆さ加減(丼勘定、賄賂を貰わないと仕事をしない等)に愛想を尽かして辞職、野に下って後私塾を開いて今に至るみたいだ。


「フゥ、いやぁ、ついつい興奮してしまったよ。同志がいる事が嬉しくて嬉しくて。」

凡そ2~3時間位喋り放しで、ようやく落ち着いた様だ。


「いえいえ、僕も老師の話が面白くて聞き入ってしまいました。」

実際に面白かったので、2~3時間の話でも苦痛に思わなかった。


「そうかね。それならば良かった。・・・あぁ、何故管公の素晴らしさを理解してくれる人が少ないのか。」

「あの~。老師。嘆くなら御自分で管公を倣った政治専門の塾を開いてみては?」

「私がかね!?」

「はい、昔ならともかく、今の老師の声望は徐州に響き渡っていますから、政治家を志す者は孔子だけで無く、管公も学ぶべしとすれば、同郷の偉人を倣うのは、少なくとも同郷出身者からは非難される事も無いかと。」

「フ~ム、確かに・・・しかし、どの様な方向性を持たすべきかのぉ。」

落ち込んだ老師を励まし、ヨイショする糜芳。

あわよくば、そっちに夢中になって自分の事を忘れて欲しい、というゲスな打算が働いている。


「え~と、各弟子達がこういう政策があれば良いのでは?というのを持ち寄って、それを討論して利点・欠点を洗い出し、是非を問い、良ければ役所に提案・建言する様にすればいいのでは?」

昔テレビで観た、何とか委員会をモロパクリする糜芳。


「成る程、成る程。そのようにすればより良い政策、意見が出やすくなるのぉ。」

うんうんと頷き、納得顔の丁老師。


「ウ~ム、それならば発起人(言い出しっぺ)

の私が何か例を示さねば格好が付かんな。」

「ああ、それなら屯田制なんかどうです?」

「うん?トンデンセイとはなにかね?」

何となく思い付いた屯田制を、うろ覚えの知識で説明する糜芳。


糜芳の話を聞いて、丁老師はどんどん前のめりになり、ガッと肩を掴む。


「素晴らしい。素晴らしいぞぉ、芳君!」

「はぁ、有り難うございます。」

いえ、只のパクリです。とは言えず、曖昧な返事をする糜芳。かなり心苦しい。


「しかし、良いのかね?君の思想を私に譲っても。」

「ええ、どうぞどうぞ。僕が提案した所で子供の戯言としか思われませんから。老師が提案するから、周囲が耳を傾けて真剣に考えてくれるのですから。」


流石に他人のパクリをして、自分の手柄にする程の図々しい神経を持っていない糜芳は、何処かの倶楽部の人並みに喜んで譲る。


「何という無欲な人なのだ君は・・・任せてくれたまえ。

君の志を無駄にはしない。

そして、必ず君の思想に応えることを約束しよう。」

何故か、すごくいいように解釈して感動している丁老師。


「おっと、こうしてはいられん!済まんが失礼するよ、芳君。また会おう!」

とても60過ぎの年配と思えない速さで出て行く丁老師。


「はぁ、お達者で。」

それを呆然と見送る糜芳であった。


「まぁ、スッゴくやる気になっているみたいだし、しばらくは新しい塾に夢中で俺には関わる暇も無いだろうから、のんびり出来るかな?」

そうお気楽極楽に考えていた糜芳だったが、丁老師から一通の手紙が届いた事で事態が急変するのであった。

                

                    続く


え~と、孔子さんについては、政治家として観た場合のあくまで一個人の感想・解釈で有ります。


彼の思想・教えを否定・非難、肯定・称賛するつもりは有りません、個人の自由だと思うので。


政治的観点で観ると、

自国出身なのに自国に重用されなかった孔子と、他国出身なのに他国で重用された呉子。


昔から同郷意識が強いと言われる民族性プラス、両者に1世紀程の年月差があるけど、戦乱の時代の真っ只中なのは同じなのを考慮して、孔子が政治家として有能だったとは到底思えず・・・。


それはさておき、


とりあえず屯田制のさわりに入って、次話からジワジワと本格的に入ります。


長々とすみません。


楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。


優しい評価をお願いします。

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― 新着の感想 ―
>儒教的観点(道徳・倫理)だけでほぼ採用され、政治的観点(経済・農商知識、教養)は度外視という、現在進行形で学者系無能官僚(名家・名士)を大量生産しているのである。 この孔子さん、間違い無く優れた哲学…
[気になる点] 屯田(軍屯)は前漢の第7代皇帝の武帝が曹操より先にやってますね ただ武帝の軍屯は辺境での異民族対策でやってたっぽいので、徐州の人達が詳しく知らず徐州でやってもメリットがあると理解出来…
[一言] 間違いなく名宰相の晏嬰にあいつは駄目だから登用するなと言われるとか多分本能的に馬謖タイプだったんだろうなと思わせる所がある
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