その8
読んでくださっている読者様方へ。
いつも読んでくださって、誠にありがとうございます!
改めていいねをプッシュしてくれたり、感想を手間を掛けて書いて頂いたりと、感謝の言葉しかありません。
それとちょっこっと呟いた禅問答の件、わざわざ記して頂き、ありがとうございました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
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「申し上げます閣下!!」
切迫した表情と声で、秘書官の魯粛が糜芳の許に、バタバタと駆け込んで来た。
「ご苦労魯粛よ・・・戦況はどうなっている?」
某司令官スタイルで、厳しい視線を魯粛に送る。
「はっ、やはり多勢に無勢、芳しくありません。
このままでは、ジリ貧になる一方でしょうな。」
「援軍は?」
「残念ながら閣下、望むべくもありませんね。」
無情にも首を左右に振って、縋る様な目線を送る糜芳の、一縷の希望を打ち砕いた。
「くっ、クソッ!!何たる事だ!」
「畏れながら閣下、事此処に至ってしまえば、閣下御自身が後詰めをなされては?」
机を激しく叩く上司を余所に、淡々と助言する。
「バカを言うな!?それこそ戦況が、益々悪化するだけだろうが!?」
「まぁ、飛んで火に入る虫と同じでしょうな。」
悲鳴じみた叫びに、コクリと肯定する。
「・・・あの~閣下?
大変に言い辛い事ですが・・・。」
言い難そうに言葉を切り、
「コレ・・・どう足掻いても、無理でしょ?
相国閣下が池陽君様達の説教に、折れて陥落するのも時間の問題です。
此処は董白様とのご成婚、素直に受け入れるべきかと愚考しますが?」
半ば呆れ顔で述べる魯粛。
「素直に受け入れられんし、納得いくかぁ!?」
再び机を激しく叩く糜芳で有った。
涼州右扶風郡郿県郿城内董卓館
12月末、長安から董卓とその一族一門は、年末年始を新造された郿城で過ごすべく、留守居を皇甫嵩達に任せて、帰城の途に付いていたのであった。
池陽君達の馬車群以上の数で帰城し、何故か幾重にも縄を巻かれた、一際豪華で大きい箱型の馬車が、館の前に乗り付けられる。
そして縄が切られて扉が開けられ、躊躇う様に降りるのをグズる董卓に対し、同乗していたらしい実弟・董旻と、娘婿で副官の牛輔がピッタリとすぐ後ろの左右に侍り、ジリジリと押し出す様に董卓を、玄関前に誘導していく。
予め先触れが行っていたのか、程なく董卓の母・池陽君を始め、妻の徐夫人や娘の董夫人が玄関前に現れて、当主の帰還を出迎える。
「お久しぶりですね卓殿?
壮健そうで母は安堵しましたよ?」
「は、ははぁ!!
母上も相も変わらず御壮健で在らせられ、祝着至極にございます!!」
にこやかに息子の無事を言祝ぐ池陽君に、董卓は脂汗を流しつつ拱手する。
「ええ、ありがとう。
さて卓殿には私から、それはそれは積もりに積もった、大事なお話が沢山あります。
早速にでもお話をしましょうか。」
コイコイと手招きをする。
「は、あのその!?・・・実はまだ政務が立て込んで残っており、ちょっとヒマが無いと申しましょうか、多忙でありまして・・・ハハハ。」
頭の後ろに手を置いて、しどろもどろ乾いた笑みで、池陽君に述べる。
「真っ赤なウソですね旻殿?」
「はい、左様にございます母上!」
董卓の言を無視して董旻に問い質すと、即座に池陽君サイドに寝返る実弟。
「オイコラぁ!?ちったあや(ちょっとは)逡巡ぐらいしろやテメェ!?」
「孫婿殿、今日は卓殿に予定は?」
董卓が董旻に対して、怒声を上げているのを聞き流し、先回りして予定を探る。
「御安心ください御婆様。
こんな事もあろうかと、オヤッさんの予定は丸1日空けております!」
「テメェもかい牛輔!?
その予定の組み立ての良さを、普段から長安でも発揮しろやボケェ!?」
胸を張って主君兼義父を見捨てる牛輔に、当の主君兼義父が、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「お黙りなさい!
さぁ、問題はないようですから、親子水入らずでじっっくりと、お話をしましょうね?」
「い!?あの旻も!旻も同行させましょう?
親子なんですから!」
どうにか母の説教を免れようともがく、60の声が聞こえる魔王。
「ええい、四の五の見苦しい!
嫁殿!孫殿!卓を部屋に引き連れて来なさい!」
「「はい、お任せを。」」
徐夫人と董夫人に命じて、スタスタと部屋に先行する池陽君。
「お、おい離せ、離さんかい2人共!」
「観念なさいませ、旦那様?」
「父さんも往生際が悪いわね~。」
嫁と娘には力押し出来ないのか、押されるがまま連行されていく。
「オイ!おどれ等もや、ボサっと突っ立っとらんと、どがいにかせんかい!?」
対岸の火事を決め込む親衛隊に、怒鳴りつける。
「「「「「ははっ!!ではっ!!」」」」」
拱手して一斉に董卓を押していく。
「そうや無いやろ!?おどれ等、我がの主君の名を言うてみいや!?」
某ヘルメット男みたいな捨て台詞を残し、館の奥深く、池陽君の部屋に連行されていく董卓であった。
そして連行された董卓に平行して、
「何で俺まで軟禁されにゃあいかんのよ?」
「多分・・・閣下を逃さない為、でしょうね。」
一頻り机を叩いて落ち着いたのか、今の自分の状況を魯粛に確認し、問われた魯粛は糜芳に現実を知らしめる。
冒頭から徐夫人に呼ばれた糜芳も、董卓専用説教部屋の近くに、「ちょっと重大発表が有るかも知れないから、此処で待ってて欲しい」と言われて、半刻(1時間)程待機状態であった。
初っ端から怪しさを、うっすらと感じた糜芳は、偵察に魯粛を向かわせ事情を把握。
サッサと逃亡を目論んだが、厳ついオッサン集団に阻まれて、やむなく逃亡を断念。
ちょくちょく偵察に出した魯粛の報告に、刻一刻と事態が悪化していくのを、雰囲気でヒシヒシと感じる糜芳であった。
「そりゃまぁ、池陽君様達が怒るのも理解は出来るし、間違いなしに1番怒っているのは、徐夫人だろうけどなぁ・・・。」
董白の婚姻事情を察して嘆息する。
基本的にこの時代の婚姻事情は、一家の家長(当主)である男性が、交友関係や伝手を辿って、嫁入り先や嫁探しをする事が普通である。
しかしながら、紛争多発地帯で有る此処涼州、特に軍閥の関係者は、当主の妻女が婚姻を取り纏めるのが、一般的な通例であった。
この通例は涼州軍閥の持つ、独自裁量権に基づいた、副産物とも云える現象であり、軍閥は州軍とは指揮系統を異にしている為、その家族も州の命令系統から外れている事に、端を発している。
基本的に軍閥の男衆は、外で異民族と戦って、郷土即ち家族を守るのが主であり、董卓の様に百戦以上もこなし、場合によっては文字通り「常在戦場」になる事も、少なくなかった。
そして内に残った男衆は、決定権が無い一部の軍政担当官や、成人前の幼子、年老いて戦場に出れなくなった老人といった、統括役としては不適格な人材しかおらず、その為自然と内向きの事柄は、「当主代理」として妻女が担う様になっていったのである。
当主代理として非常時には、避難経路の選定や、避難する城砦に受け入れの要請、避難に伴う財産(羊馬等の家畜)及び兵糧等の持ち出しや分配、馬車・騎乗といった移動手段の振り分け等々、それらの多種多様に渡る、幾つもの務めをこなす立場であり、もはや当主代理と言うよりは、影の将軍=「女将」と云っても過言ではなかった。
因みにだが城砦の受け入れは、パッと考えると住んでいる地元民から、嫌がられる感じがするが、寧ろ逆に歓迎される方が多かった。
コレは単純に、軍閥関係者を受け入れていると、万一異民族の襲撃を受けて危難に陥っても、軍閥が救援してくれる可能性が高くなり、却って安全性が増すからである。
他にも他軍閥の妻女(当主代理)との、情報交換・共有を戦時には密に行い、危険予知を把握して別の軍閥にも連絡をする等、「明日の危険は我が身、何時かは自分の身」を、幼少時から体験で得ており、自然と互助関係が熟成されていた。
外で男衆が軍閥同士で、連携・団結して異民族に対抗したのに対し、内で女衆も妻女同士で連絡・互助を以て、非常時に対応していたのであった。
そういった経緯で、外で戦場を駆け巡る男衆に代わり、原則内向きの問題・用事は、当主の妻女が取り仕切る事となり、他地方では男性=当主が仕切る縁談・婚姻についても、妻女同士の互助情報網を駆使して、嫁ぎ先・嫁取り候補を選定して決めているのであった。
それはさておき、
そんな中、董卓の妻=当主代理として、一族一門や部下達の縁談・婚姻を、幾つも取り纏めている徐夫人からすれば、当初に於ける董白の縁談はかなり容易な、初心者クラスの難易度だった。
何せ董白は、血筋=当主直系(本家)の孫娘、家柄=涼州では名の知れた名家、知名度=涼州軍閥の首領・董卓が祖父、器量(容姿)=身贔屓抜きで美人であり、選り取り見取りとまではいかないが、引く手数多であったのである。
そんな数多くある選択肢の中から、コレはと思う相手を選んで、ちょくちょく一応最終決定権を持つ夫・董卓に進言するも、「まだ早い!」の一点張りで首を縦に振らず、孫娘バカを炸裂させていた。
当の徐夫人も、孫娘の董白を可愛がっていたので、何がなんでもとまでは熱心ではなく、「まぁ、いいか」で済ませていた。
そして董白が年頃=適齢期になった事で、「さぁ、ボチボチやるか」と腕を捲って、嫁ぎ先選びにやる気を出した頃、夫が望外の大出世を果たし、位人臣を極めるという事態が発生する。
結果、嫁ぎ先に一定以上の家格を持つ(過去に栄達したり、父祖に将軍位を持つ家=馬家等)事が条件に加わり、候補がかなり狭まる事になってしまった。
難易度が初級コースから、中級コースに上がってしまったが、しかしそれでも徐夫人には、未だ未だ余裕があった。
涼州は武門の家柄が多く、過去に武功を以て栄達を遂げた家が、両手両足に余る数は存在しているので、寧ろ候補が絞れて良かったと思うぐらいの、気持ちの余裕があったのである。
此処までは・・・
董白に爵位を与えた迄は、持参金の足しになるので、「無頓着な旦那様にしては、中々やるわね」と褒めれたが、雑号将軍位任官の使者が訪れて、提示された内意書(任命書)に、「董白」の2文字が見えた瞬間、徐夫人はバッタリと卒倒した。
縁談難易度と現実世界が名実共に、悪夢になってしまったからである。
前述した通り、雑号将軍位=准将クラスで有り、董白は女性の身で准将に成るという、前代未聞の珍事を、筋金入りの孫娘バカ・董卓の浅慮で、受けてしまったのであった。
激怒した女性陣の意を受けた、牛輔の猛抗議で即座に撤廃されたが、しかしながら現代でもそうだが、ある程度高い社会的地位にあった者は、「元何々を務められていた、誰某」といった様に、一定の敬意と配慮がされるのと同じで、董白にも「元准将」という肩書きが、付与されてしまったのである。
つまり董白の結婚相手には、武官だと最低限現役の将軍位、文官だと現役の九卿か、すぐ下位の官職を持っていて、年齢は上でも20代半ば且つ、涼州出身者か中央名家出身以外が、最低条件に求められるのであった。
(因みに、中央名家出身者が外される理由は、涼州人にとっての共通認識で、中央名家=滅んだ宦官と同等の人間のクズ、という認識だから)
20代半ば程で将軍位を持っている、涼州出身者など居る筈もなく、董卓の次代を担うと目されていて、絶賛売り出し中の韓遂・馬騰でさえ、中郎将=佐官クラスであり格不足であった。
「そして、(結婚相手が)誰もいなくなった」という状況に陥り、にっちもさっちもいかなくなって、絶望に崩れ落ちた瞬間、ふと足下を観ると優曇華の花、盲亀の浮木とでも謂うべき糜芳という、奇跡的に結婚条件に適合する存在がいたのである。
もう次は無い、と見定めてなりふり構わず、第2正室という変則的な条件であっても、無理やりにでもねじ込もうとするのは、董白の未来を憂いた徐夫人達にとっては、至極当然の心境であった。
「まぁ、池陽君様や徐夫人には同情出来るし、心情的にも理解出来るが・・・とどのつまり董家の問題であって、俺には関係無い事やん?
正直言って、付き合う義理も義務もないだろ?」
それはそれと、切って捨てる糜芳。
(そりゃなぁ、蔡琰と全明は俺がやった行動の反動だったり、巻き込んで迷惑をかけたりしたから、責任を取るのは当然の筋だけど、董白の場合は、最初から最後まで董家の事情だからなぁ)
溜め息を吐き、脳内で1人ごちる。
蔡琰との結婚の場合は、糜芳が蔡琰の悲惨な未来を変えてみようと、ふとした考えで試みた処、紆余曲折を経て何故か、自分自身に跳ね返って来たモノであり、例え善意・良心で行った結果であっても、改変した自身の行動に責任を取るべき事であった。
そして全明の場合も、本人が元々望んでいた事とは言え、その願望に付け込んで利用したのは事実であり又、糜芳のやらかしでとばっちりを受けて、全明の父兄に迷惑を掛けた負い目もあり、それらを含めて面倒をみるのは、当然の筋と言えた。
しかしながら今回の董白の場合は、あくまで董家内部の問題で、史実に沿った自然な事象であり、糜芳には何の因果関係も、責任も無いのである。
幾ら知った仲であっても、自分の家庭に不和や波風を立たせて迄、董白を受け入れる選択肢は、糜芳にはなかった。
(まぁ、コレが異世界に逝かれた人達だったら、貰いモンのスキルとかの力に溺れて、人間性と倫理観もイったおつむで、「ハーレム要員来たあぁ!!」と喜ぶんだろうが、こちとらそんな「力尽くで何でも解決!」みたいなチートは持ってないし、受け入れたら最悪の災厄が、自分に降りかかるのが判りきっているからなぁ・・・)
後先考え無くても暴力(腕力)で解決出来る、異世界の主人公は「楽で良いなぁ」と、心底思う糜芳。
ちょっとした前世知識と、現代社会に出て得た技能及び、職場の上下関係等に揉まれて獲得した、人間関係の機微と判断力、保身の為の悪知恵といった、誰しもが社会に出てある程度すれば、当たり前にごく自然に体得するモノで、末期時代を生き延びている糜芳には、羨ましい限りであった。
それはさておき、
「はぁまぁ、閣下の仰る通りですけど。
只、正論でも徐夫人達からすれば、閣下という「餓狼の前に現れた羊」に等しい今の状況下で、そんな理屈が通じるとはとても思えませんが・・・。」
改めて糜芳の現況を知らしめ、
「どうしても「無理」と仰るのなら、池陽君様や徐夫人達を、説得出来る名分が必要ですぞ?
云わば相国閣下に、池陽君様達に抵抗出来る程の矛楯を、渡すが如くに。」
余程の論理武装が無いと、難しいと告げる。
「一応、受け入れると、政治的な諍いを引き起こす、という公的な理由が有るには有るんだがな。
後、個人的にも生死というか、十中八九死ぬ羽目になるという、私的な理由もあるから、断固として受け入れたくないが。」
司令官スタイルで、頭だけをガクンと下げて、「無理やってホンマに」と呟く。
「え~と?・・・とりあえず政治的な諍いとは、一体何でしょうか?」
「蔡琰と董白嬢の後見人同士が、後々に確実に揉めるんだよ、このままだと。」
深~く嘆息する糜芳。
「後見人同士・・・となれば相国閣下と蔡邕様とがですか?」
ピンと来ないのか、首を傾げて糜芳に尋ねる。
「ああ、例えば私と董白嬢との間に長男が生まれ、後日蔡琰との間に次男が生まれた場合、両母親は正室である以上、「長幼の序」に於いて董白嬢の息子が、嫡男として私の跡を継ぐのが、世間一般でも当然の常識だ。」
「それは普通にそうでしょうね。」
コクリと頷いた。
「だが、董夫人が先日述べた条件・「蔡家の子供が嫡子に、董家の子供が別家を立てる」で、私に輿入れして来た場合、ガラッと話が変わってくるんだよ。」
ハァと溜め息を吐きつつ、
「つーか第2正室なんぞという、董家の都合でなる変則的な状況に、董夫人の言った条件を最低限出さないと、蔡家側も絶対了承しないだろうし。」
万一そうなったら、俺も了承しないと明言する。
「確かに閣下が蔡琰様と、結婚する前から蔡家と董家の間で、出来ていた話なら兎も角、現状では横車を押すにも程が有ります。」
常識的にも無理筋だと頷き、
「あ~・・・そうなると董白様の息子が、長子なのに分家として枝流・傍流になり、蔡琰様の息子である次子が、嫡流・後継になって、閣下の後継者になると・・・そりゃ揉めますね。
お家騒動待った無しになるのが、流石に誰でも丸分かりですから。」
糜芳の杞憂を察する。
後漢時代の常識に照らし合わせて、両者の後見人が(孫)娘可愛さに、後継問題で揉めるのが、魯粛にも容易に理解出来た。
「そう言うこったね。
ついでにそんな将来でさえ、騒動の種になる確実性が在るのに、俺が受け入れた途端に別の騒動が、すぐさま発生するのが明白だしな。」
嗚呼イヤだイヤだと、頭を振って嘆く。
「へ!?そんな受け入れた瞬時に、すぐさま発生するのですか?諍いが?」
素っ頓狂な声を上げ、糜芳をみつめる。
「その通り・・・単純に蔡琰と、董白嬢との間に発生する、「正室の席次」がな。」
「はぁ・・・席次、ですか?」
糜芳の言葉に首を傾げる。
「嫁さんの実家である蔡家は、家柄・血筋を観れば、漢王朝屈指の名門の家系。
そして董白嬢の董家は、位人臣を極めた権勢を誇る、天下の権力者の家系。
現状を鑑みた場合、権勢を誇る董家の董白嬢が、第1正室になるのが妥当と云えるが、蔡家側からすれば、家門に懸けて反発するのは必至だろうな。」
「現実と伝統の衝突、といった所ですね。」
顎に手をやり、成る程と納得する。
「それに加えて相国閣下が、「天下に冠たる爺バカ」なのに対して、蔡邕の爺さんは「天下に冠たる親バカ」だからな。
お互いに自分の処の孫娘と娘を、「天下一の器量良し」と信じて疑ってもいない、厄介極まりない面倒くさくて困った人達だぞ?
絶対に揉めるのは、火を見るよりも明らかだ。」
拳を握り締めて断言する。
「あのう・・・それ普通に家の事情云々よりも、そっちの方が主な理由なんでは?」
呆れ口調で突っ込み、
「相国閣下の方は、現在進行形で痛感しておりますが、剛直な硬骨漢にして、直言居士と謳われた蔡邕様も、負けず劣らずだったのは、正直驚きですね。」
意外な一面に驚いた魯粛。
「何せ嫁さんを含めて4人の娘が居るんだが、娘可愛さの余り嫁に出させまいと、4人姉妹の誰1人として、嫁入り先を探さずに放置した、筋金入りの真性の親バカだからな。」
蔡邕の親バカ振りを説明した上で、
「挙げ句に宦官の十常侍と揉めて、揚州に逃亡したモンだから、婚姻の決定権を持つ当主の爺さんが居なくなって、音信不通気味になり、上の義姉さん3人は適齢期になっても、縁談話の1つも無い、宙ぶらりんな状態になって、自力で探す羽目になったらしいし。」
義姉さん達から聞いた話を、魯粛に伝えた。
「それは娘さんの将来を考えると、男親としてかなり酷いですね。
それにしても良く義姉君達は、嫁ぎ先を自力で見つけましたよね?
結構スゴい行動力と思いますけども。」
魯粛の中で、蔡邕の評価が暴落する一方、3姉妹の行動力に感心する。
「う~ん・・・家の後援こそなかったけど、幸いにして義姉さん達には、意中の人がそれぞれに居たから、なんやかんやと最終的には寝技に持ち込んで、え~実力(行使)で嫁入りした感じだな・・・義兄さん達曰わく。」
若干言い辛そうに、意味深な発言を述べた。
「あ~・・・それはそれは中々に。
まぁ、政略結婚ではなく、恋愛結婚で結ばれたのなら、結果的に目出度し目出度しですか?」
「当人同士が納得しているなら、そうだろ?
ちょっとした疑惑を義姉さん達に勘ぐられると、家を追い出されて路上生活をしたり、斧を持った爺さんと追いかけっこしたり、馬小屋で寝起きしたりと、中々刺激的な生活を送っている様だから。」
南無~と両手を合わせ、念仏を唱える。
「え~とその~・・・あ、そう言えば閣下も、良く蔡夫人と結婚出来ましたね?
蔡邕様が居ない時でも、大概無茶苦茶なのに、居る時になんかだったら、登竜門並みに困難な状態だったのでは?」
婿達の幸せな生活(?)に、二の句が継げなくなった魯粛は、慌てて誤魔化しに入った。
「いや困難つーか、嵌められただけだよ!?
事情を知った何進公が嫁さんを、裏で手を回して徐州に送りつけた上に、先帝陛下の内意(綸言)を引き出して、強制的に成婚になったの!
絶対アレ、俺が一千万銭巻き上げた事に対する、意趣返しだろ!?」
何進に嵌められた事を思い出して、憤然と怒りがぶり返した。
「何やら時の権力者で有った何進公から、エラい大金を巻き上げたと、聞こえた様な?」
「うん?・・・う、ううん!!ゴホン。
気のせいだよ、気のせい・・・あ~と、何か大分話が逸れたな。」
咳払いした後に、手を振って何でもない、気のせいとジェスチャーをする。
「え~そんで話を戻すと、閣下と爺さんが揉めた場合、政治的に政権が崩壊するだろう。
何せ相国閣下の政治部門を支えているのは、爺さんの弟子達=学閥連中だからだ。」
「ふむふむ、当然弟子達は、師である蔡邕様に味方しますから、機能不全を起こすと?」
「そう言う事。」
コクリと魯粛の予測に頷いた。
「一応、盧植爺さんの学閥も居るには居るが、蔡邕爺さんに比べて、数が圧倒的に少ないから、穴埋めにも成らん上、知恵袋の荀攸殿は、個人的に与力しているに過ぎんしな。」
溜め息を吐いて、政権の危うさを指摘する。
「確か北方の幽州出身の方でしたっけ?
得てして地方出身の学者は、地元では知名度が高くて弟子も多いですけど、中央だと其処まで多くは・・・っていう感じですが、盧植様も御多分に洩れずですか。」
一般的な学者事情を想像する。
「残念ながらね。
ウチらの徐州で云えば、丁老師に近いだろうな。
そいで爺さんと揉めたら、そういった危険性が有るから、マトモな閣下だったら絶対に避ける筈何だが・・・爺バカを発動してやりかねん、と言うより、確実にやるだろうな。」
「蔡邕様も親バカを発動して、お互いに引っ込みが付かなくなるでしょうし。」
火を見るよりも明らかな話に、額に手を当てた。
「そうなった時にいっちゃん堪らないのが、両者の諍いに巻き込まれて、渦中のド真ん中に立たされるのが、俺って事だよ畜生!!」
机に突っ伏して、「勘弁してくれよ~」と泣く。
もしも董卓と蔡邕が揉めた場合を、某伝説的暗殺拳伝承者風に例えれば、世紀末覇者っぽいオッサンと、世紀末救世主っぽい爺いが対峙し、
「「天は2つに非ず、只是1つのみ(正室の座は2つも無い、只の1つだけだ)!
天に相応しくは、我なりぃ(正室に相応しいのは、ウチの娘or孫娘だぁ)!!」」
そう言って闘気を漲らせ、頂上決戦を開始。
正に今死闘を繰り広げんとする、両者の死合いのド真ん中に、
「いや、あのちょっと?俺が審判すんの?」
偶々近くにいた哀れなモブが立たされて、審判役をやらされる様なモノである。
両者の激しい応酬と攻防(娘・孫娘自慢&エピソード話)を、モブ(糜芳)は両方からノーガードで喰らい続ける羽目になり、ボコボコに(精神的に)血達磨にされた上、どっちが勝者か審判役として、裁定しなければ為らないという、百害有って一利も無い事を強要されるので、堪ったモノではなかった。
挙げ句に裁定で敗れた敗者には、確実に恨みを買うオマケ付きである。
間違ってもやりたいアホは、絶対に居ない類いの話であった。
「・・・・・・このままいけばそうなるんだよ。
さて魯粛クン~?君はこんな危険性を背負ってまで、董白嬢と成婚したいかね?うん?」
机に顔を突っ伏したまま、唸る様な口調で魯粛に問い掛けた。
「いえ、例え千金貰ってもお断りします!」
「だよね~・・・ほっといたら自動的に、千金処か一銭も貰えないのに、そういう立場に追い込まれるんだけどね俺。」
「すいませんでした!軽々しく成婚を進言した事、平にお詫び申し上げます!」
ペコペコと陳謝する魯粛。
「まぁ、ぶっちゃけて言うとさ、閣下と爺さんの諍いなんて、まだまだマシなんだよね。
董白嬢と成婚すると必ず訪れる、し、真の恐怖がきっと来る・・・イヤだ~!」
両手を頭に置きながら、イヤイヤと左右に頭を振り乱す糜芳。
「真の恐怖、ですか?
相国閣下と蔡邕様の諍いでさえ、常人なら自害を考える程なのに・・・一体?」
想像もつかない話に、ゴクリと喉を鳴らす。
「母に・・・殺される、確実に・・・殺られる母上に、絶対にぃイヤだぁ!?」
絶望に彩られた表情で、ガタガタと小刻みに震えながら絶叫する。
「・・・は?え?・・・え~と、真の恐怖って母君、つまりご生母様の事ですか?」
有る意味で、想像の埒外な恐怖の存在に、強張った表情から、気の抜けた表情に変わる。
「そうだよ!母上に殺されるんだよ!このままだと!!・・・うう、死にたくねぇよ。」
一休さんの遺言の如く、泣き言をボヤいた。
「う~ん・・・想像が出来ません。
普通なら喜ぶ方が、多いと思うのですが。」
理解不能と肩を竦め、首を傾げる。
この時代と云うより、近代まで大概の国では、「女性を多く養うのは、男の甲斐性」と考えられていた。
他にも御家繁栄・存続の観点から、「子供は多いに越した事はない」という概念もあって、立場や地位の有る者は、寧ろ両親から妻妾を多く持つ事を、推奨するのが普通であった。
なのでこの時代に於ける、荀彧や諸葛亮の様に、嫁さん一筋なのは極めて稀であり、日本でも明智光秀や毛利元就の次男・三男である、吉川元春・小早川隆景兄弟は相当の少数派だった。
当然妻妾を多く持って良しの、思考・概念を持つ魯粛には、イマイチ理解出来ないのである。
「まぁ、ウチの母上の場合は、妻妾の数じゃなくて、扱い方に厳しいんだよ滅茶苦茶に。
元々歌妓(踊り子)だったから尚更にな。」
魯粛の一般的な思考に、注釈を入れる。
「あ~なる程、歌妓をされていたなら権柄尽く・金尽く・力尽くで、どうこうしようとする無粋な輩と、イヤでも接せざる得ない立場でしたでしょうから、そうなるのも自然の理でしょうね~。」
得心のいった表情で頷く。
「それならば董白様も、蔡夫人と同じく大事に扱えば良いのでは?
董白様程の器量良しが実子に嫁いで来て、喜ばぬ事はありますまい。」
「いや、董白嬢の方じゃなくてね、俺が言っているのは蔡琰の方だ。」
ちゃうちゃうと手を振って、否定する。
「蔡夫人の方、ですか?」
「そう、蔡琰の方だ。
君も知っての通り、結婚した直後に蔡琰を徐州に送り、1年近く留守居をさせている。」
「左様ですね。」
「その蔡琰を母上は我が子の如く、それはそれは大層可愛がっていてな。」
再び司令官スタイルに戻って、言葉を切り、
「そんな健気に夫の帰りを、1年近くも待っている嫁に、俺がノコノコ任地の涼州から、董白嬢という現地妻を連れ帰ったとしたら・・・事情を知らないと仮定してだ、君はどう思うかね?」
魯粛に仮定の話を尋ねる。
「え~とまぁ、知らずに先入観で観たら、男の私でも眉を顰めるぐらいの、軽薄でゲスな男に閣下が観えてしまいますね。」
「そうだろう?そう観えるよね!?
そう観られて怒り狂った母上に、容赦なくシバかれるんだよ、本気で・・・。」
ツーっと両目から、滂沱の涙を流した。
母・糜香から、「アンタって子はぁ!?阿琰ていう可愛いお嫁さんをほっぽって、別の女の子を連れて来るなんて、何考えてんのよ!?」とブチ切れられ、血の海に沈む自分を思い浮かべる。
「はぁ・・・それは又。
私も親不孝をしてましたので、母に泣かれて叩かれた時は、心に響きましたね。」
虚空を眺めて、しんみりと告げる。
「そんな生易しいモンで済む訳ないだろ!?
こちとら心処か骨に罅くんだよ!物理的に!!」
頓珍漢な台詞を、猛然と否定する。
「いや流石に、女の細腕で大袈裟な。」
「・・・素手で胡桃の殻を割れるんだが?」
「・・・本当に女性ですか母君は?
男でもそんな剛力の持ち主、中々いませんが?」
信じられない、といった表情で糜芳をみつめる。
「悲しい哉、事実だ。
元々大好物の胡桃の殻を、木槌で割るのが面倒で、素手で割る努力をした結果らしい。」
「完全に努力の方向性が、間違っていますね。」
呆れ口調で断言する魯粛。
「そういった経緯で、我が家随一の武力の持ち主で、とりあえず一発シバいてから説教に入る姿勢だから、痛みと衝撃で半分近くは、何を言われたか覚えていない事は、父上と見解が一致している。」
「・・・父子揃って、何をしたらそんな事に?」
口調だけでなく、顔まで同様になった。
「・・・まぁ、その辺の話は置いといてだ。
兎に角、只でさえキツいのに、今回のは本気で命が危ないのは確かだ。
という訳で・・・魯粛くぅ~ん!?助けて!?」
嫁さんの実家に居候している、某同僚に泣きつく某タラコ唇男の如く、魯粛に縋り付く糜芳。
「いや急に言われましても!?
時間と余裕が有れば、何らかの方策が浮かぶ事も有るでしょうが、こんな切羽詰まって追い詰められた状態で、咄嗟には思いつきませんよ!?
御多幸をお祈りしますとしか言えません。」
縋り付く糜芳に、バッサリ言い捨てる。
「・・・そうか・・・君でも無理か。」
フラフラと頼り無げに席に戻ると、
「仕方あるまい・・・事此処に至ってはやむなし、非情な策で乗り切るか・・・。」
溜め息混じりに呟く。
(しょうがないよね?頭脳明晰な魯粛でさえ、どうしようも無いつってんだから、背に腹は代えられんし・・・魯粛の方が先に俺を見捨てたんだから、俺が見捨てても文句ねーだろ、クックックック)
内心でどす黒い笑みを浮かべ、にょっきりと悪魔の尻尾を生やす。
「非情な策、ですか?一体?」
「ちょっと人としてどうなの?っていう策だ。
もしかしたら君に良案が有れば、と思って、使うつもりはなかったんだが。」
「まさか・・・董白様をどうこうと?」
声を潜めて周囲を見回す。
「流石に董白嬢を害する類ではないよ。
とりあえず2通りの策でな。
1つ目は、君の協力が不可欠なモノ。
2つ目は、君の協力を必要としないモノ、なんだが、どっちから聞きたいかね魯粛君?」
にこやか~に、笑顔で尋ねる。
「はぁ、出来る限りの助力は、惜しまないつもりですので、1つ目の策からお願いします。」
「じゃあ早速・・・君のお友達の劉曄君て、独身者だよね?」
窺う様な目線で、魯粛に問い質す。
「え?ええ、そうですけ・・・って閣下まさか、曄に董白様を押し付ける気ですか!?」
「おいおい魯粛君、人聞きの悪い事を言っちゃいかんよ?悪魔でもとい、あくまで縁談を斡旋するだけだからね?」
ヒラヒラと手を振って、訂正を入れる。
「しかし!?・「董家からすれば董白嬢を王族の正室に嫁がせる、機会と名誉を得れるし、劉曄君の実家・阜陵質王家も、相国閣下の斡旋で今上陛下から、御赦しの御言葉を頂戴出来る好機になるのだから、双方にとって損はないだろう?」
反駁しようとする魯粛に被せる様に、滔々と相互の利益を述べる糜芳。
糜芳の提案は、劉曄が危惧する実家の没落を防ぐ、有る意味最善の手段であった。
今の劉曄の実家・阜陵質王家を含め、殆どの王族は刺史や州牧に就任して、州の兵を動員出来る皇族と違い、マトモに軍を持っていないので、自衛の手段がほぼ無いに等しかった。
尚且つ先年の袁紹達に因る、反董卓連合軍に与したり、傍観を決め込んでしまった為、本家である漢朝の庇護を失った上、皇帝の勅命を無視した逆賊として、「何時でも誰かに」攻撃を受ける状況に、陥っているのである。
つまり、近隣の豪族や群雄に攻められて、領地を奪われて逐われても、誰も助けてくれないし、寧ろ攻め込んだ側が、「今上陛下に仇なす不届き者を、成敗しました!」と宣えば、逆に相手が漢朝から褒められる立場であった。
「将来的にどうあれ、主上からの赦免の護符は、劉曄君や実家にとっても無益ではないだろう?」
「ぬぬぬ・・・確かに左様ですが・・・。」
腕を組んで瞑目し、利害得失を鑑みて将来は兎も角、現状に於いては利になると認める。
「恐らく儀礼的にだが、弁解の使者を寄越せという算段になるだろう。
只、見ず知らずの私や閣下の書簡では、劉曄君は警戒して動くまい。」
「其処で私が閣下達の書簡と共に、添え状を一緒に送れば・・・ですか。」
難しい表情で、先を読む。
「そう言う事。
ノコノコやって来た劉曄君を、董家の方で後はどうとでも料理するだろうしな。」
清々しい笑みでどう?と問う。
「いやあの、満面の笑顔で言う台詞じゃないですよそれ・・・。」
げんなりとした口調で窘めて、
「う~ん・・・申し訳ありませんが有益で有っても、友を騙す真似はちょっと・・・。」
逡巡した後に、首を横に振る。
「ふむふむ、じゃあ2つ目だな。」
渋る魯粛の態度にさっさと見切りを付けて、次案に移る。
「2つ目は、君に董白嬢を娶せる事だよ。」
「はいぃ?わ、私ですか!?」
思ってもみない話に、素っ頓狂な声を上げて、自分を指差す。
「あのぅ、閣下や曄に比べれば立場的に、箸にも棒にも引っ掛からない、董白様の相手には、1番遠い人間だと思うんですが?」
タラ~と冷や汗を垂らしつつ、「冗談ですよね?」と、目線で訴える。
「遠いんだったら、近づけたら良いだけだろう?
安心したまえ魯粛君、そんな君に私から将軍位を、贈呈しようじゃないか。
良かったなぁ?将軍位を得れれば同格に成れるから、君も絶讃する器量良しの董白嬢を、嫁に娶れる様になるから万々歳だろ?」
ニタァ~と三日月形に口を変形させ、心の底から言祝ぐ。
「いや待ってください!?将軍位なんてポンポンと得れ・・・!?あ、売官ですか!?」
「ピンポーン、大正解~!
涼州人なら張りぼての将軍位なんざ、嘲笑の的になるだけだけど、余所者の君だったら無問題!!
やったね、良かったね魯粛クン?」
おめでとうと、我が事の如く喜ぶ。
霊帝が施行した当初に比べれば、かなり下火になったとは言え、売官制は現状でもちゃんと残っており、刺史だの州牧だの太守といった、官位こそ反董卓連合後は、与えると袁紹達に実効支配を認める形になるので、厳しく制限されていたが、元々形骸化していた将軍位は、ハナっから実効性が無いので、普通に今でも売られていた。
「い!?い、いやちょっと待って!?」
「まぁどちらにせよ、董白嬢の未来を握る形になる君は、董家にとって私なんかよりも、遥かに上の重要人物になる訳だ。」
「へ?ハッ!?」
糜芳の言葉を聞いた瞬間、怖気が走る魯粛。
魯粛は漸くにして、自分の現状を悟ったのだった。
糜芳の話を対岸の火事の如く、一歩引いた形で聞いていた筈が、向こう岸から突如として足首を、某ゴム人間の手の様にガシッと掴まれて、自分も糜芳と同じ立ち位置に引きずり込まれている事を。
(ま、マズい!)
瞬時に危険を悟った魯粛は、ササッと部屋から出ようするも、
「お待ち願います。」
衛兵隊長と思しき人物と、数人の衛兵に囲まれて止められる。
「つい先程、奥方様より魯粛様を賓客として、丁重に持て成す様に命じられました。
殿にケジメを付け次第、是非とも池陽君様も交えて、当家の将来に関してじっくりと懇談をしたい、との仰せにございます。
どうかそれまでの間、みだりに部屋を出られませぬ様、御自重願います。」
慇懃な態度をしつつも、「逃がさん」と行動で意思表示する、衛兵隊長達。
「あ、じゃあ私は?」
「は、奥方様より「長の滞留をさせてしまい、大変失礼致しました」と、言伝を預かっておりまして、何時でも御自由に為さってください、との事です。」
「ハイハイ、じゃあお邪魔しました。」
衛兵達に拘束されている魯粛の横を、スタスタと通り過ぎ、「そんじゃ!」と片手を上げて、悠々挨拶をしていく糜芳。
「何でこんなに早くに対処が!?」
「そりゃそうだろ。
最初から最後まで徐夫人達に、間接的にウチらの会話を聴かせていたからだよ。」
迅速な対応に困惑している魯粛に対し、しれっと種明かしをする。
「君の言う通り、徐夫人達は「餓狼」の如く董白嬢の事で焦り、視野狭窄状態に陥っていた。
そんな状態で直截に、今までの会話の内容を言った所で、感情的になったりして、マトモに聴いて貰えない可能性が高い。」
そう言って焦っている魯粛を見つめた後、
「だから、君との会話を通じて、現状の待遇の不満・董白嬢との婚姻に関する危険性・代替人物の提案と方策、そう言った事を衛兵達を通じて注進してもらい、冷静な判断を促していた訳だ。」
魯粛の背中越しに、入れ替わり立ち替わりしていた、衛兵達の存在を指差した。
コレは現代でも当てはまる事だが、「こうすべき(です)!」・「こうしないとダメ(です)!」と云った、直截的な断定口調で言うと、相手は「意見に従う」と感じてしまい、感情的になって反感や反発を買い、却って逆効果になる事が多い。(特に目上や年長者)
なので、「こうはどうでしょう?」・「こうはダメですか?」と云った、お伺いを立てる質問調で言うと、相手は「意見を認めて、自分で決断する」と感じるので、わりかし意見が通りやすくなったりする。(個人差あり)
そうした前世での社会経験や、今世での糜香にシバかれて得た痛恨の経験を基に、少しでも被害を受けない、立ち回りをしたのであった。
それはさておき、
「冷静に言ってないで、助けてくださいよ!?」
「いやいや君なら大丈夫だろ?
騒ぎになったら命に関わる私と違って、時間と余裕がたっぷり有るんだし、10や20ぐらいの方策は思い浮かぶだろ?
じゃあ頑張っ・・・おっと、御多幸をお祈りするよ魯粛君。」
魯粛に言われた事を、キッチリと返す外道。
「助けてください!ホンマに閣下!?」
「まぁ頭脳明晰なる君には、言うまでもない事だが、万一良案が浮かばなかった場合、問答無用で間違いナシに、私の方策が実行されるから、気をつける様にな。」
そう言い捨てて、容赦なく書生=ほぼ弟子から、サッサと離れていく。
「待って、待ってくださいぃぃ閣下ぁ~!?
バ、バッサリ見捨てられたぁ~!?畜生ぅ!曄の言った通りつーか、おんなじだぁ~!?
見た目で判断なんか、絶対に金輪際しねー!!」
類友の預言を、疎かにした事を悔いる魯粛。
「いや~身近に身代わりに出来る奴が居て、本当に助かったわ~。
う~ん・・・と!宿舎に帰って寝~よう。」
身代わり君の慟哭をBGMに、軽く延びをしつつ宿舎に帰る糜芳であった。
続く
え~と、すみません・・・思ったよりも筆が走って、競馬の件が書ききれませんでした。
次話に持ち越しさせて頂きます。
楽しんで読んで頂ければ、嬉しいです。
皆様からの、優しい評価をお願いします。




