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糜芳andあふた~  作者: いいいよかん
105/111

その8

読んでくださっている読者様方へ。


いつも読んでくださって、誠にありがとうございます!


改めていいねをプッシュしてくれたり、感想を手間を掛けて書いて頂いたりと、感謝の言葉しかありません。


それとちょっこっと呟いた禅問答の件、わざわざ記して頂き、ありがとうございました。


この場を借りてお礼を申し上げます。

         ????


「申し上げます閣下!!」

切迫した表情と声で、秘書官の魯粛が糜芳の許に、バタバタと駆け込んで来た。


「ご苦労魯粛よ・・・戦況はどうなっている?」

某司令官スタイルで、厳しい視線を魯粛に送る。


「はっ、やはり多勢に無勢、(かんば)しくありません。

このままでは、ジリ貧になる一方でしょうな。」

「援軍は?」

「残念ながら閣下、望むべくもありませんね。」

無情にも首を左右に振って、縋る様な目線を送る糜芳の、一縷(いちる)の希望を打ち砕いた。


「くっ、クソッ!!何たる事だ!」

「畏れながら閣下、事此処(ことここ)に至ってしまえば、閣下御自身が後詰めをなされては?」

机を激しく叩く上司を余所に、淡々と助言する。


「バカを言うな!?それこそ戦況が、益々悪化するだけだろうが!?」

「まぁ、飛んで火に入る虫と同じでしょうな。」

悲鳴じみた叫びに、コクリと肯定する。


「・・・あの~閣下?

大変に言い辛い事ですが・・・。」

言い難そうに言葉を切り、


「コレ・・・どう足掻いても、無理でしょ?

相国閣下が池陽君様達の説教に、折れて陥落するのも時間の問題です。

此処は董白様とのご成婚、素直に受け入れるべきかと愚考しますが?」

半ば呆れ顔で述べる魯粛。


「素直に受け入れられんし、納得いくかぁ!?」

再び机を激しく叩く糜芳で有った。


    涼州右扶風郡郿県郿城内董卓館


12月末、長安から董卓とその一族一門は、年末年始を新造された郿城で過ごすべく、留守居を皇甫嵩達に任せて、帰城の途に付いていたのであった。


池陽君達の馬車群以上の数で帰城し、何故か幾重にも縄を巻かれた、一際豪華で大きい箱型の馬車が、館の前に乗り付けられる。


そして縄が切られて扉が開けられ、躊躇(ためら)う様に降りるのをグズる董卓に対し、同乗していたらしい実弟・董旻(とうびん)と、娘婿で副官の牛輔がピッタリとすぐ後ろの左右に侍り、ジリジリと押し出す様に董卓を、玄関前に誘導していく。


予め先触れが行っていたのか、程なく董卓の母・池陽君を始め、妻の徐夫人や娘の董夫人が玄関前に現れて、当主の帰還を出迎える。


「お久しぶりですね卓殿?

壮健そうで母は安堵しましたよ?」

「は、ははぁ!!

母上も相も変わらず御壮健で在らせられ、祝着至極にございます!!」

にこやかに息子の無事を言祝(ことほ)ぐ池陽君に、董卓は脂汗を流しつつ拱手する。


「ええ、ありがとう。

さて卓殿には私から、それはそれは積もりに積もった、大事なお話が沢山あります。

早速にでもお話をしましょうか。」

コイコイと手招きをする。


「は、あのその!?・・・実はまだ政務が立て込んで残っており、ちょっとヒマが無いと申しましょうか、多忙でありまして・・・ハハハ。」

頭の後ろに手を置いて、しどろもどろ乾いた笑みで、池陽君に述べる。


「真っ赤なウソですね旻殿?」

「はい、左様にございます母上!」

董卓の言を無視して董旻に問い質すと、即座に池陽君サイドに寝返る実弟。


「オイコラぁ!?ちったあや(ちょっとは)逡巡(しゅんじゅん)ぐらいしろやテメェ!?」

「孫婿殿、今日は卓殿に予定は?」

董卓が董旻に対して、怒声を上げているのを聞き流し、先回りして予定を探る。


「御安心ください御婆様。

こんな事もあろうかと、オヤッさんの予定は丸1日空けております!」

「テメェもかい牛輔!?

その予定の組み立ての良さを、普段から長安でも発揮しろやボケェ!?」

胸を張って主君兼義父を見捨てる牛輔に、当の主君兼義父が、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「お黙りなさい!

さぁ、問題はないようですから、親子水入らずでじっっくりと、お話をしましょうね?」

「い!?あの旻も!旻も同行させましょう?

親子なんですから!」

どうにか母の説教を免れようともがく、60の声が聞こえる魔王。


「ええい、四の五の見苦しい!

嫁殿!孫殿!卓を部屋に引き連れて来なさい!」

「「はい、お任せを。」」

徐夫人と董夫人に命じて、スタスタと部屋に先行する池陽君。


「お、おい離せ、離さんかい2人共!」

「観念なさいませ、旦那様?」

「父さんも往生際が悪いわね~。」

嫁と娘には力押し出来ないのか、押されるがまま連行されていく。


「オイ!おどれ等もや、ボサっと突っ立っとらんと、どがいにかせんかい!?」

対岸の火事を決め込む親衛隊に、怒鳴りつける。


「「「「「ははっ!!ではっ!!」」」」」

拱手して一斉に董卓を()()()()()


「そうや無いやろ!?おどれ等、我がの主君の名を言うてみいや!?」

某ヘルメット男みたいな捨て台詞を残し、館の奥深く、池陽君の部屋に連行されていく董卓であった。


そして連行された董卓に平行して、


「何で俺まで軟禁されにゃあいかんのよ?」

「多分・・・閣下を逃さない為、でしょうね。」

一頻(ひとしき)り机を叩いて落ち着いたのか、今の自分の状況を魯粛に確認し、問われた魯粛は糜芳に現実を知らしめる。


冒頭から徐夫人に呼ばれた糜芳も、董卓専用説教部屋の近くに、「ちょっと重大発表が有るかも知れないから、此処で待ってて欲しい」と言われて、半刻(1時間)程待機状態であった。


初っ端から怪しさを、うっすらと感じた糜芳は、偵察に魯粛を向かわせ事情を把握。


サッサと逃亡を目論んだが、厳ついオッサン集団に阻まれて、やむなく逃亡を断念。


ちょくちょく偵察に出した魯粛の報告に、刻一刻と事態が悪化していくのを、雰囲気でヒシヒシと感じる糜芳であった。


「そりゃまぁ、池陽君様達が怒るのも理解は出来るし、間違いなしに1番怒っているのは、徐夫人だろうけどなぁ・・・。」

董白の婚姻事情を察して嘆息する。


基本的にこの時代の婚姻事情は、一家の家長(当主)である男性が、交友関係や伝手を辿って、嫁入り先や嫁探しをする事が普通である。


しかしながら、紛争多発地帯で有る此処涼州、特に軍閥の関係者は、当主の妻女が婚姻を取り纏めるのが、一般的な通例であった。


この通例は涼州軍閥の持つ、独自裁量権に基づいた、副産物とも云える現象であり、軍閥は州軍とは指揮系統を異にしている為、その家族も州の命令系統から外れている事に、端を発している。


基本的に軍閥の男衆は、外で異民族と戦って、郷土即ち家族を守るのが主であり、董卓の様に百戦以上もこなし、場合によっては文字通り「常在戦場」になる事も、少なくなかった。


そして内に残った男衆は、決定権が無い一部の軍政担当官や、成人前の幼子、年老いて戦場に出れなくなった老人といった、統括役としては不適格な人材しかおらず、その為自然と内向きの事柄は、「当主代理」として妻女が担う様になっていったのである。


当主代理として非常時には、避難経路の選定や、避難する城砦に受け入れの要請、避難に伴う財産(羊馬等の家畜)及び兵糧等の持ち出しや分配、馬車・騎乗といった移動手段の振り分け等々、それらの多種多様に渡る、幾つもの務めをこなす立場であり、もはや当主代理と言うよりは、影の将軍=「女将」と云っても過言ではなかった。


因みにだが城砦の受け入れは、パッと考えると住んでいる地元民から、嫌がられる感じがするが、寧ろ逆に歓迎される方が多かった。


コレは単純に、軍閥関係者を受け入れていると、万一異民族の襲撃を受けて危難に陥っても、軍閥が救援してくれる可能性が高くなり、却って安全性が増すからである。


他にも他軍閥の妻女(当主代理)との、情報交換・共有を戦時には密に行い、危険予知を把握して別の軍閥にも連絡をする等、「明日の危険は我が身、何時かは自分の身」を、幼少時から体験で得ており、自然と互助関係が熟成されていた。


外で男衆が軍閥同士で、連携・団結して異民族に対抗したのに対し、内で女衆も妻女同士で連絡・互助を以て、非常時に対応していたのであった。


そういった経緯で、外で戦場を駆け巡る男衆に代わり、原則内向きの問題・用事は、当主の妻女が取り仕切る事となり、他地方では男性=当主が仕切る縁談・婚姻についても、妻女同士の互助情報網(ネットワーク)を駆使して、嫁ぎ先・嫁取り候補を選定して決めているのであった。


それはさておき、


そんな中、董卓の妻=当主代理として、一族一門や部下達の縁談・婚姻を、幾つも取り纏めている徐夫人からすれば、当初に於ける董白の縁談はかなり容易(イージー)な、初心者クラスの難易度だった。


何せ董白は、血筋=当主直系(本家)の孫娘、家柄=涼州では名の知れた名家、知名度=涼州軍閥の首領(ドン)・董卓が祖父、器量(容姿)=身贔屓(みびいき)抜きで美人であり、選り取り見取りとまではいかないが、引く手数多であったのである。


そんな数多くある選択肢の中から、コレはと思う相手を選んで、ちょくちょく一応最終決定権を持つ夫・董卓に進言するも、「まだ早い!」の一点張りで首を縦に振らず、孫娘バカを炸裂させていた。


当の徐夫人も、孫娘の董白を可愛がっていたので、何がなんでもとまでは熱心ではなく、「まぁ、いいか」で済ませていた。


そして董白が年頃=適齢期になった事で、「さぁ、ボチボチやるか」と腕を(まく)って、嫁ぎ先選びにやる気を出した頃、夫が望外の大出世を果たし、位人臣を極めるという事態が発生する。


結果、嫁ぎ先に一定以上の家格を持つ(過去に栄達したり、父祖に将軍位を持つ家=馬家等)事が条件に加わり、候補がかなり狭まる事になってしまった。


難易度が初級コースから、中級コースに上がってしまったが、しかしそれでも徐夫人には、未だ未だ余裕があった。


涼州は武門の家柄が多く、過去に武功を以て栄達を遂げた家が、両手両足に余る数は存在しているので、寧ろ候補が絞れて良かったと思うぐらいの、気持ちの余裕があったのである。


此処までは・・・


董白に爵位を与えた迄は、持参金の足しになるので、「無頓着な旦那様にしては、中々やるわね」と褒めれたが、雑号将軍位任官の使者が訪れて、提示された内意書(任命書)に、「董白」の2文字が見えた瞬間、徐夫人はバッタリと卒倒した。


縁談難易度と現実世界が名実共に、悪夢(ナイトメア)になってしまったからである。


前述した通り、雑号将軍位=准将クラスで有り、董白は女性の身で准将に成るという、前代未聞の珍事を、筋金入りの孫娘バカ・董卓の浅慮で、受けてしまったのであった。


激怒した女性陣の意を受けた、牛輔の猛抗議で即座に撤廃されたが、しかしながら現代でもそうだが、ある程度高い社会的地位にあった者は、「元何々を務められていた、誰某(だれそれ)」といった様に、一定の敬意と配慮がされるのと同じで、董白にも「元准将」という肩書きが、付与されてしまったのである。


つまり董白の結婚相手には、武官だと()()()()()()()()()、文官だと現役の九卿か、すぐ下位の官職を持っていて、年齢は上でも20代半ば且つ、涼州出身者か中央名家出身()()が、()()条件に求められるのであった。


(因みに、中央名家出身者が外される理由は、涼州人にとっての共通認識で、中央名家=滅んだ宦官と同等の人間のクズ、という認識だから)


20代半ば程で将軍位を持っている、涼州出身者など居る筈もなく、董卓の次代を担うと目されていて、絶賛売り出し中の韓遂・馬騰でさえ、中郎将=佐官クラスであり格不足であった。


「そして、(結婚相手が)誰もいなくなった」という状況に陥り、にっちもさっちもいかなくなって、絶望に崩れ落ちた瞬間、ふと足下を観ると優曇華(うどんげ)の花、盲亀(もうき)浮木(ふぼく)とでも謂うべき糜芳という、奇跡的に結婚条件に適合する存在がいたのである。


もう次は無い、と見定めてなりふり構わず、第2正室という変則的な条件であっても、無理やりにでもねじ込もうとするのは、董白の未来を憂いた徐夫人達にとっては、至極当然の心境であった。


「まぁ、池陽君様や徐夫人には同情出来るし、心情的にも理解出来るが・・・とどのつまり董家の問題であって、俺には関係無い事やん?

正直言って、付き合う義理も義務もないだろ?」

それはそれと、切って捨てる糜芳。


(そりゃなぁ、蔡琰と全明は俺がやった行動の反動だったり、巻き込んで迷惑をかけたりしたから、責任を取るのは当然の筋だけど、董白の場合は、最初から最後まで董家の事情だからなぁ)

溜め息を吐き、脳内で1人ごちる。


蔡琰との結婚の場合は、糜芳が蔡琰の悲惨な未来を変えてみようと、ふとした考えで試みた処、紆余曲折を経て何故か、自分自身に跳ね返って来たモノであり、例え善意・良心で行った結果であっても、改変した自身の行動に責任を取るべき事であった。


そして全明の場合も、本人が元々望んでいた事とは言え、その願望に付け込んで利用したのは事実であり又、糜芳のやらかしでとばっちりを受けて、全明の父兄に迷惑を掛けた負い目もあり、それらを含めて面倒をみるのは、当然の筋と言えた。


しかしながら今回の董白の場合は、あくまで董家内部の問題で、史実に沿った自然な事象であり、糜芳には何の因果関係も、責任も無いのである。


幾ら知った仲であっても、自分の家庭に不和や波風を立たせて迄、董白を受け入れる選択肢は、糜芳にはなかった。


(まぁ、コレが異世界に逝かれた人達だったら、貰いモンのスキル(技能)とかの力に溺れて、人間性と倫理観もイったおつむで、「ハーレム要員来たあぁ!!」と喜ぶんだろうが、こちとらそんな「力尽くで何でも解決!」みたいなチートは持ってないし、受け入れたら()()()()()が、自分に降りかかるのが判りきっているからなぁ・・・)

後先考え無くても暴力(腕力)で解決出来る、異世界の主人公は「楽で良いなぁ」と、心底思う糜芳。


ちょっとした前世知識と、現代社会に出て得た技能及び、職場の上下関係等に揉まれて獲得した、人間関係の機微と判断力、保身の為の悪知恵といった、誰しもが社会に出てある程度すれば、当たり前にごく自然に体得するモノで、末期時代を生き延びている糜芳には、羨ましい限りであった。


それはさておき、


「はぁまぁ、閣下の仰る通りですけど。

只、正論でも徐夫人達からすれば、閣下という「餓狼の前に現れた羊」に等しい今の状況下で、そんな理屈が通じるとはとても思えませんが・・・。」

改めて糜芳の現況を知らしめ、


「どうしても「無理」と仰るのなら、池陽君様や徐夫人達を、説得出来る名分が必要ですぞ?

云わば相国閣下に、池陽君様達に抵抗出来る程の矛楯(ほこたて)を、渡すが如くに。」

余程の論理武装が無いと、難しいと告げる。


「一応、受け入れると、政治的な()()()()()()()()、という公的な理由が有るには有るんだがな。

後、個人的にも生死というか、()()()()()()()()になるという、私的な理由もあるから、断固として受け入れたくないが。」

司令官スタイルで、頭だけをガクンと下げて、「無理やってホンマに」と呟く。


「え~と?・・・とりあえず政治的な諍いとは、一体何でしょうか?」

「蔡琰と董白嬢の()()()()()が、後々に確実に揉めるんだよ、このままだと。」

深~く嘆息する糜芳。


「後見人同士・・・となれば相国閣下と蔡邕様とがですか?」

ピンと来ないのか、首を傾げて糜芳に尋ねる。


「ああ、例えば私と董白嬢との間に長男が生まれ、後日蔡琰との間に次男が生まれた場合、両母親は正室である以上、「長幼の序」に於いて董白嬢の息子が、嫡男として私の跡を継ぐのが、世間一般でも当然の常識だ。」

「それは普通にそうでしょうね。」

コクリと頷いた。


「だが、董夫人が先日述べた条件・「蔡家の子供が嫡子に、董家の子供が別家を立てる」で、私に輿入れして来た場合、ガラッと話が変わってくるんだよ。」

ハァと溜め息を吐きつつ、


「つーか第2正室なんぞという、董家の都合でなる変則的な状況に、董夫人の言った条件を最低限出さないと、蔡家側も絶対了承しないだろうし。」

万一そうなったら、俺も了承しないと明言する。


「確かに閣下が蔡琰様と、結婚する前から蔡家と董家の間で、出来ていた話なら兎も角、現状では横車を押すにも程が有ります。」

常識的にも無理筋だと頷き、


「あ~・・・そうなると董白様の息子が、長子なのに分家として枝流・傍流になり、蔡琰様の息子である次子が、嫡流・後継になって、閣下の後継者になると・・・そりゃ揉めますね。

お家騒動待った無しになるのが、流石に誰でも丸分かりですから。」

糜芳の杞憂を察する。


後漢時代の常識に照らし合わせて、両者の後見人が(孫)娘可愛さに、後継問題で揉めるのが、魯粛にも容易に理解出来た。


「そう言うこったね。

ついでにそんな将来でさえ、騒動の種になる確実性が在るのに、俺が受け入れた途端に別の騒動が、()()()()()()するのが明白だしな。」

嗚呼(ああ)イヤだイヤだと、頭を振って嘆く。


「へ!?そんな受け入れた瞬時に、すぐさま発生するのですか?諍いが?」

素っ頓狂な声を上げ、糜芳をみつめる。


「その通り・・・単純に蔡琰と、董白嬢との間に発生する、「正室の席次」がな。」

「はぁ・・・席次、ですか?」

糜芳の言葉に首を傾げる。


「嫁さんの実家である蔡家は、家柄・血筋を観れば、漢王朝屈指の名門の家系。

そして董白嬢の董家は、位人臣を極めた権勢を誇る、天下の権力者の家系。

現状を鑑みた場合、権勢を誇る董家の董白嬢が、第1正室になるのが妥当と云えるが、蔡家側からすれば、家門に懸けて反発するのは必至だろうな。」

「現実と伝統の衝突、といった所ですね。」

顎に手をやり、成る程と納得する。


「それに加えて相国閣下が、「天下に冠たる(じじ)バカ」なのに対して、蔡邕の爺さんは「天下に冠たる親バカ」だからな。

お互いに自分の処の孫娘と娘を、「天下一の器量良し」と信じて疑ってもいない、厄介極まりない面倒くさくて困った人達だぞ?

絶対に揉めるのは、火を見るよりも明らかだ。」

拳を握り締めて断言する。


「あのう・・・それ普通に家の事情云々よりも、そっちの方が主な理由なんでは?」

呆れ口調で突っ込み、


「相国閣下の方は、現在進行形で痛感しておりますが、剛直な硬骨漢にして、直言居士と謳われた蔡邕様も、負けず劣らずだったのは、正直驚きですね。」

意外な一面に驚いた魯粛。


「何せ嫁さんを含めて4人の娘が居るんだが、娘可愛さの余り嫁に出させまいと、4人姉妹の誰1人として、嫁入り先を探さずに放置した、筋金入りの真性の親バカだからな。」

蔡邕の親バカ振りを説明した上で、


「挙げ句に宦官の十常侍と揉めて、揚州に逃亡したモンだから、婚姻の決定権を持つ当主の爺さんが居なくなって、音信不通気味になり、上の義姉さん3人は適齢期になっても、縁談話の1つも無い、宙ぶらりんな状態になって、自力で探す羽目になったらしいし。」

義姉さん達から聞いた話を、魯粛に伝えた。


「それは娘さんの将来を考えると、男親としてかなり酷いですね。

それにしても良く義姉君達は、嫁ぎ先を自力で見つけましたよね?

結構スゴい行動力と思いますけども。」

魯粛の中で、蔡邕の評価が暴落する一方、3姉妹の行動力(バイタリティ)に感心する。


「う~ん・・・家の後援こそなかったけど、幸いにして義姉さん達には、意中の人がそれぞれに居たから、なんやかんやと最終的には()()に持ち込んで、え~実力(行使)で嫁入りした感じだな・・・義兄さん達曰わく。」

若干言い辛そうに、意味深な発言を述べた。


「あ~・・・それはそれは中々に。

まぁ、政略結婚ではなく、恋愛結婚で結ばれたのなら、結果的に目出度し目出度しですか?」

「当人同士が納得しているなら、そうだろ?

ちょっとした疑惑(浮気)を義姉さん達に勘ぐられると、家を追い出されて路上生活(キャンプ)をしたり、斧を持った爺さんと追いかけっこしたり、馬小屋で寝起きしたりと、中々刺激的な生活を送っている様だから。」

南無~と両手を合わせ、念仏を唱える。


「え~とその~・・・あ、そう言えば閣下も、良く蔡夫人と結婚出来ましたね?

蔡邕様が居ない時でも、大概無茶苦茶なのに、居る時になんかだったら、登竜門並みに困難な状態だったのでは?」

婿達の幸せな生活(?)に、二の句が継げなくなった魯粛は、慌てて誤魔化しに入った。


「いや困難つーか、嵌められただけだよ!?

事情を知った何進公が嫁さんを、裏で手を回して徐州に送りつけた上に、先帝陛下の内意(綸言(りんげん))を引き出して、強制的に成婚になったの!

絶対アレ、俺が一千万銭巻き上げた事に対する、意趣返しだろ!?」

何進に嵌められた事を思い出して、憤然と怒りがぶり返した。


「何やら時の権力者で有った何進公から、エラい大金を巻き上げたと、聞こえた様な?」

「うん?・・・う、ううん!!ゴホン。

気のせいだよ、気のせい・・・あ~と、何か大分話が逸れたな。」

咳払いした後に、手を振って何でもない、気のせいとジェスチャーをする。


「え~そんで話を戻すと、閣下と爺さんが揉めた場合、政治的に政権が崩壊するだろう。

何せ相国閣下の政治部門を支えているのは、爺さんの弟子達=学閥連中だからだ。」

「ふむふむ、当然弟子達は、師である蔡邕様に味方しますから、機能不全を起こすと?」

「そう言う事。」

コクリと魯粛の予測に頷いた。


「一応、盧植爺さんの学閥も居るには居るが、蔡邕爺さんに比べて、数が圧倒的に少ないから、穴埋めにも成らん上、知恵袋の荀攸殿は、個人的に与力しているに過ぎんしな。」

溜め息を吐いて、政権の危うさを指摘する。


「確か北方の幽州出身の方でしたっけ?

得てして地方出身の学者は、地元では知名度が高くて弟子も多いですけど、中央だと其処まで多くは・・・っていう感じですが、盧植様も御多分(ごたぶん)に洩れずですか。」

一般的な学者事情を想像する。


「残念ながらね。

ウチらの徐州で云えば、丁老師に近いだろうな。

そいで爺さんと揉めたら、そういった危険性が有るから、マトモな閣下だったら絶対に避ける筈何だが・・・爺バカを発動してやりかねん、と言うより、確実にやるだろうな。」

「蔡邕様も親バカを発動して、お互いに引っ込みが付かなくなるでしょうし。」

火を見るよりも明らかな話に、額に手を当てた。


「そうなった時にいっちゃん堪らないのが、両者の諍いに巻き込まれて、渦中のド真ん中に立たされるのが、俺って事だよ畜生!!」

机に突っ伏して、「勘弁してくれよ~」と泣く。


もしも董卓と蔡邕が揉めた場合を、某伝説的暗殺拳伝承者風に例えれば、世紀末覇者っぽいオッサンと、世紀末救世主っぽい爺いが対峙し、


「「天は2つに(あら)ず、只是(ただこれ)1つのみ(正室の座は2つも無い、只の1つだけだ)!

天に相応しくは、我なりぃ(正室に相応しいのは、ウチの娘or孫娘だぁ)!!」」

そう言って闘気を(みなぎ)らせ、頂上決戦を開始。


正に今死闘を繰り広げんとする、両者の死合いのド真ん中に、


「いや、あのちょっと?俺が審判すんの?」

偶々近くにいた哀れなモブが立たされて、審判役をやらされる様なモノである。


両者の激しい応酬と攻防(娘・孫娘自慢&エピソード話)を、モブ(糜芳)は両方からノーガードで喰らい続ける羽目になり、ボコボコに(精神的に)血達磨にされた上、どっちが勝者か審判役として、裁定しなければ為らないという、百害有って一利も無い事を強要されるので、(たま)ったモノではなかった。


挙げ句に裁定で敗れた敗者には、確実に恨みを買うオマケ付きである。


間違ってもやりたいアホは、絶対に居ない類いの話であった。


「・・・・・・このままいけばそうなるんだよ。

さて魯粛クン~?君はこんな危険性(リスク)を背負ってまで、董白嬢と成婚したいかね?うん?」

机に顔を突っ伏したまま、唸る様な口調で魯粛に問い掛けた。


「いえ、例え千金貰ってもお断りします!」

「だよね~・・・ほっといたら自動的に、千金処か一銭も貰えないのに、そういう立場に追い込まれるんだけどね俺。」

「すいませんでした!軽々しく成婚を進言した事、平にお詫び申し上げます!」

ペコペコと陳謝する魯粛。


「まぁ、ぶっちゃけて言うとさ、閣下と爺さんの諍いなんて、まだまだマシなんだよね。

董白嬢と成婚すると必ず訪れる、し、真の恐怖がきっと来る・・・イヤだ~!」

両手を頭に置きながら、イヤイヤと左右に頭を振り乱す糜芳。


「真の恐怖、ですか?

相国閣下と蔡邕様の諍いでさえ、常人なら自害を考える程なのに・・・一体?」

想像もつかない話に、ゴクリと喉を鳴らす。


「母に・・・殺される、確実に・・・殺られる母上に、絶対にぃイヤだぁ!?」

絶望に彩られた表情で、ガタガタと小刻みに震えながら絶叫する。


「・・・は?え?・・・え~と、真の恐怖って母君、つまりご生母様の事ですか?」

有る意味で、想像の埒外な恐怖の存在に、強張った表情から、気の抜けた表情に変わる。


「そうだよ!母上に殺されるんだよ!このままだと!!・・・うう、死にたくねぇよ。」

一休さんの遺言の如く、泣き言をボヤいた。


「う~ん・・・想像が出来ません。

普通なら喜ぶ方が、多いと思うのですが。」

理解不能と肩を竦め、首を傾げる。


この時代と云うより、近代まで大概の国では、「女性を多く養うのは、男の甲斐性」と考えられていた。


他にも御家繁栄・存続の観点から、「子供は多いに越した事はない」という概念もあって、立場や地位の有る者は、寧ろ両親から妻妾を多く持つ事を、推奨するのが普通であった。


なのでこの時代に於ける、荀彧(じゅんいく)や諸葛亮の様に、嫁さん一筋なのは極めて稀であり、日本でも明智光秀や毛利元就の次男・三男である、吉川元春(きっかわもとはる)小早川隆景(こばやかわたかかげ)兄弟は相当の少数派だった。 


当然妻妾を多く持って良しの、思考・概念を持つ魯粛には、イマイチ理解出来ないのである。


「まぁ、ウチの母上の場合は、妻妾の数じゃなくて、扱い方に厳しいんだよ滅茶苦茶に。

元々歌妓(かぎ)(踊り子)だったから尚更にな。」

魯粛の一般的な思考に、注釈を入れる。


「あ~なる程、歌妓をされていたなら権柄尽く(パワハラ)金尽く(モラハラ)力尽く(性暴力)で、どうこうしようとする無粋な輩と、イヤでも接せざる得ない立場でしたでしょうから、そうなるのも自然の理でしょうね~。」

得心のいった表情で頷く。


「それならば董白様も、蔡夫人と同じく大事に扱えば良いのでは?

董白様程の器量良しが実子に嫁いで来て、喜ばぬ事はありますまい。」

「いや、董白嬢の方じゃなくてね、俺が言っているのは蔡琰の方だ。」

ちゃうちゃうと手を振って、否定する。


「蔡夫人の方、ですか?」

「そう、蔡琰の方だ。

君も知っての通り、結婚した直後に蔡琰を徐州に送り、1年近く留守居をさせている。」

「左様ですね。」

「その蔡琰を母上は我が子の如く、それはそれは大層可愛がっていてな。」

再び司令官スタイルに戻って、言葉を切り、


「そんな健気に夫の帰りを、1年近くも待っている嫁に、俺がノコノコ任地の涼州から、董白嬢という()()()を連れ帰ったとしたら・・・事情を知らないと仮定してだ、君はどう思うかね?」

魯粛に仮定の話を尋ねる。


「え~とまぁ、知らずに先入観で観たら、男の私でも眉を(ひそ)めるぐらいの、軽薄でゲスな男に閣下が観えてしまいますね。」

「そうだろう?そう観えるよね!?

そう観られて怒り狂った母上に、容赦なくシバかれるんだよ、本気で・・・。」

ツーっと両目から、滂沱の涙を流した。


母・糜香から、「アンタって子はぁ!?阿琰ていう可愛いお嫁さんをほっぽって、別の女の子を連れて来るなんて、何考えてんのよ!?」とブチ切れられ、血の海に沈む自分を思い浮かべる。


「はぁ・・・それは又。

私も親不孝をしてましたので、母に泣かれて叩かれた時は、心に響きましたね。」

虚空を眺めて、しんみりと告げる。


「そんな生易しいモンで済む訳ないだろ!?

こちとら心処か骨に(ひび)くんだよ!物理的に!!」

頓珍漢(とんちんかん)台詞(セリフを、猛然と否定する。


「いや流石に、女の細腕で大袈裟な。」

「・・・素手で胡桃(くるみ)の殻を割れるんだが?」

「・・・本当に女性ですか母君は?

男でもそんな剛力の持ち主、中々いませんが?」

信じられない、といった表情で糜芳をみつめる。


「悲しい哉、事実だ。

元々大好物の胡桃の殻を、木槌で割るのが面倒で、素手で割る努力をした結果らしい。」

「完全に努力の方向性が、間違っていますね。」

呆れ口調で断言する魯粛。


「そういった経緯で、我が家(糜家)随一の武力の持ち主で、とりあえず一発シバいてから説教に入る姿勢(スタイル)だから、痛みと衝撃で半分近くは、何を言われたか覚えていない事は、父上と見解が一致している。」

「・・・父子揃って、何をしたらそんな事に?」

口調だけでなく、顔まで同様になった。


「・・・まぁ、その辺の話は置いといてだ。

兎に角、只でさえキツいのに、今回のは本気で命が危ないのは確かだ。

という訳で・・・魯粛くぅ~ん!?助けて!?」

嫁さんの実家に居候している、某同僚に泣きつく某タラコ唇男の如く、魯粛に縋り付く糜芳。


「いや急に言われましても!?

時間と余裕が有れば、何らかの方策が浮かぶ事も有るでしょうが、こんな切羽詰まって追い詰められた状態で、咄嗟には思いつきませんよ!?

御多幸をお祈りします(頑張ってください)としか言えません。」

縋り付く糜芳に、バッサリ言い捨てる。


「・・・そうか・・・君でも無理か。」

フラフラと頼り無げに席に戻ると、


「仕方あるまい・・・事此処に至ってはやむなし、非情な策で乗り切るか・・・。」

溜め息混じりに呟く。


(しょうがないよね?頭脳明晰な魯粛でさえ、どうしようも無いつってんだから、背に腹は代えられんし・・・魯粛の方が先に俺を()()()()()()()()、俺が見捨てても文句ねーだろ、クックックック)

内心でどす黒い笑みを浮かべ、にょっきりと悪魔の尻尾を生やす。


「非情な策、ですか?一体?」

「ちょっと人としてどうなの?っていう策だ。

もしかしたら君に良案が有れば、と思って、使うつもりはなかったんだが。」

「まさか・・・董白様をどうこうと?」

声を潜めて周囲を見回す。


「流石に董白嬢を害する類ではないよ。

とりあえず2通りの策でな。

1つ目は、君の協力が不可欠なモノ。

2つ目は、君の協力を必要としないモノ、なんだが、どっちから聞きたいかね魯粛君?」

にこやか~に、笑顔で尋ねる。


「はぁ、出来る限りの助力は、惜しまないつもりですので、1つ目の策からお願いします。」

「じゃあ早速・・・君のお友達の劉曄君て、独身者だよね?」

窺う様な目線で、魯粛に問い質す。


「え?ええ、そうですけ・・・って閣下まさか、曄に董白様を()()()()()気ですか!?」

「おいおい魯粛君、人聞きの悪い事を言っちゃいかんよ?悪魔でもとい、あくまで縁談を()()するだけだからね?」

ヒラヒラと手を振って、訂正を入れる。


「しかし!?・「董家からすれば董白嬢を王族の正室に嫁がせる、機会と名誉を得れるし、劉曄君の実家・阜陵質王家も、相国閣下の斡旋で今上陛下から、御赦しの御言葉を頂戴出来る好機になるのだから、双方にとって損はないだろう?」

反駁(はんばく)しようとする魯粛に被せる様に、滔々(とうとう)と相互の利益を述べる糜芳。


糜芳の提案は、劉曄が危惧する実家の没落を防ぐ、有る意味最善の手段であった。


今の劉曄の実家・阜陵質王家を含め、殆どの王族は刺史や州牧に就任して、州の兵を動員出来る皇族と違い、マトモに軍を持っていないので、自衛の手段がほぼ無いに等しかった。


尚且つ先年の袁紹達に因る、反董卓連合軍に与したり、傍観を決め込んでしまった為、本家である漢朝の庇護を失った上、皇帝の勅命を無視した逆賊として、「何時でも誰かに」攻撃を受ける状況に、陥っているのである。


つまり、近隣の豪族や群雄に攻められて、領地を奪われて逐われても、誰も助けてくれないし、寧ろ攻め込んだ側が、「今上陛下に仇なす不届き者を、成敗しました!」と(のたま)えば、逆に相手が漢朝から褒められる立場であった。


()()()()()()()()、主上からの赦免の()()は、劉曄君や実家にとっても無益ではないだろう?」

「ぬぬぬ・・・確かに左様ですが・・・。」

腕を組んで瞑目し、利害得失を鑑みて将来は兎も角、現状に於いては利になると認める。


「恐らく儀礼的にだが、弁解の使者を寄越せという算段になるだろう。

只、見ず知らずの私や閣下の書簡では、劉曄君は警戒して動くまい。」

「其処で私が閣下達の書簡と共に、添え状を一緒に送れば・・・ですか。」

難しい表情で、先を読む。


「そう言う事。

ノコノコやって来た劉曄君を、董家の方で後はどうとでも()()するだろうしな。」

清々しい笑みでどう?と問う。


「いやあの、満面の笑顔で言う台詞じゃないですよそれ・・・。」

げんなりとした口調で(たしな)めて、


「う~ん・・・申し訳ありませんが有益で有っても、友を騙す真似はちょっと・・・。」

逡巡した後に、首を横に振る。


「ふむふむ、じゃあ2つ目だな。」

渋る魯粛の態度にさっさと見切りを付けて、次案に移る。


「2つ目は、君に董白嬢を(めわ)せる事だよ。」

「はいぃ?わ、私ですか!?」

思ってもみない話に、素っ頓狂な声を上げて、自分を指差す。


「あのぅ、閣下や曄に比べれば立場的に、箸にも棒にも引っ掛からない、董白様の相手には、1番遠い人間だと思うんですが?」

タラ~と冷や汗を垂らしつつ、「冗談ですよね?」と、目線で訴える。


「遠いんだったら、近づけたら良いだけだろう?

安心したまえ魯粛君、そんな君に私から将軍位を、贈呈しようじゃないか。

良かったなぁ?将軍位を得れれば同格に成れるから、君も絶讃する器量良しの董白嬢を、嫁に(めと)れる様になるから万々歳だろ?」

ニタァ~と三日月形に口を変形させ、心の底から言祝(ことほ)ぐ。


「いや待ってください!?将軍位なんてポンポンと得れ・・・!?あ、売官ですか!?」

「ピンポーン、大正解~!

涼州人なら張りぼての将軍位なんざ、嘲笑の的になるだけだけど、余所者の君だったら無問題(モーマンタイ)!!

やったね、良かったね魯粛クン?」

おめでとうと、我が事の如く喜ぶ。


霊帝が施行した当初に比べれば、かなり下火になったとは言え、売官制は現状でもちゃんと残っており、刺史だの州牧だの太守といった、官位こそ反董卓連合後は、与えると袁紹達に実効支配を認める形になるので、厳しく制限されていたが、元々形骸化していた将軍位は、ハナっから実効性が無いので、普通に今でも売られていた。


「い!?い、いやちょっと待って!?」

「まぁどちらにせよ、董白嬢の未来を握る形になる君は、董家にとって私なんかよりも、()()()()()()()()()になる訳だ。」

「へ?ハッ!?」

糜芳の言葉を聞いた瞬間、怖気が走る魯粛。


魯粛は漸くにして、自分の現状を悟ったのだった。


糜芳の話を対岸の火事の如く、一歩引いた形で聞いていた筈が、向こう岸から突如として足首を、某ゴム人間の手の様にガシッと掴まれて、自分も糜芳と同じ立ち位置(フィールド)に引きずり込まれている事を。


(ま、マズい!)

瞬時に危険を悟った魯粛は、ササッと部屋から出ようするも、


「お待ち願います。」

衛兵隊長と思しき人物と、数人の衛兵に囲まれて止められる。


()()()()、奥方様より魯粛様を賓客として、丁重に持て成す様に命じられました。

殿に()()()を付け次第、是非とも池陽君様も交えて、当家の将来に関してじっくりと懇談をしたい、との仰せにございます。

どうかそれまでの間、みだりに部屋を出られませぬ様、御自重(ごじちょう)願います。」

慇懃(いんぎん)な態度をしつつも、「逃がさん」と行動で意思表示する、衛兵隊長達。


「あ、じゃあ私は?」

「は、奥方様より「長の滞留をさせてしまい、大変失礼致しました」と、言伝(ことづて)を預かっておりまして、何時でも御自由に為さってください、との事です。」

「ハイハイ、じゃあお邪魔しました。」

衛兵達に拘束されている魯粛の横を、スタスタと通り過ぎ、「そんじゃ!」と片手を上げて、悠々挨拶をしていく糜芳。


「何でこんなに早くに対処が!?」

「そりゃそうだろ。

()()()()()()()()徐夫人達に、間接的にウチらの会話を聴かせていたからだよ。」

迅速な対応に困惑している魯粛に対し、しれっと種明かしをする。


「君の言う通り、徐夫人達は「餓狼」の如く董白嬢の事で焦り、視野狭窄(しやきょうさく)状態に陥っていた。

そんな状態で直截(ちょくさい)に、今までの会話の内容を言った所で、感情的になったりして、マトモに聴いて貰えない可能性が高い。」

そう言って焦っている魯粛を見つめた後、


「だから、君との会話を通じて、現状の待遇の不満・董白嬢との婚姻に関する危険性・()()()()の提案と方策、そう言った事を衛兵達を通じて注進してもらい、冷静な判断を促していた訳だ。」

魯粛の背中越しに、入れ替わり立ち替わりしていた、衛兵達の存在を指差した。


コレは現代でも当てはまる事だが、「こうすべき(です)!」・「こうしないとダメ(です)!」と云った、直截的な断定口調で言うと、相手は「意見に従う」と感じてしまい、感情的になって反感や反発を買い、却って逆効果になる事が多い。(特に目上や年長者)


なので、「こうはどうでしょう?」・「こうはダメですか?」と云った、お伺いを立てる質問調で言うと、相手は「意見を認めて、自分で決断する」と感じるので、わりかし意見が通りやすくなったりする。(個人差あり)


そうした前世での社会経験や、今世での糜香にシバかれて得た痛恨の経験を基に、少しでも被害を受けない、立ち回りをしたのであった。


それはさておき、


「冷静に言ってないで、助けてくださいよ!?」

「いやいや君なら大丈夫だろ?

騒ぎになったら命に関わる私と違って、()()()()()がたっぷり有るんだし、10や20ぐらいの方策は思い浮かぶだろ?

じゃあ頑張っ・・・おっと、()()()()()()()するよ魯粛君。」

魯粛に言われた事を、キッチリと返す外道。


「助けてください!ホンマに閣下!?」

「まぁ頭脳明晰なる君には、言うまでもない事だが、万一良案が浮かばなかった場合、問答無用で間違いナシに、私の方策が実行されるから、気をつける様にな。」

そう言い捨てて、容赦なく書生=ほぼ弟子から、サッサと離れていく。


「待って、待ってくださいぃぃ閣下ぁ~!?

バ、バッサリ見捨てられたぁ~!?畜生ぅ!曄の言った通りつーか、おんなじだぁ~!?

見た目で判断なんか、絶対に金輪際しねー!!」

類友の預言を、疎かにした事を悔いる魯粛。


「いや~身近に身代わりに出来る奴が居て、本当に助かったわ~。

う~ん・・・と!宿舎に帰って寝~よう。」

身代わり君の慟哭をBGMに、軽く延びをしつつ宿舎に帰る糜芳であった。


                 続く

え~と、すみません・・・思ったよりも筆が走って、競馬の件が書ききれませんでした。


次話に持ち越しさせて頂きます。


楽しんで読んで頂ければ、嬉しいです。


皆様からの、優しい評価をお願いします。

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― 新着の感想 ―
呉にいけるのか?コレ
友を売るか、自分が生贄になるかの究極の2択 魯粛の選択や如何に?
君だって同じ情勢になったらこの策を進めるだろうに
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