「おえッ……! なにこのガチムチ……土岐頼芸? 激しく好みじゃないんですけど!」
「これだから歴女と自称する腐女子はwwwwwwwwwwwwwwwww」
「彦たんのほうがいいに決まってんだろおおお」
「誰のぴこになるんやろなあ」
「榛原難民を救い、破滅へいたる騒乱を防いだ革命宗に、反間の計をしかけた今川勢は、まさに忘恩の徒! 折伏せしむべし! 折伏あるのみ! 折伏!」
かく演説を始めた淵嶽に応じて、少しばかり弛緩した雰囲気だった総司令部員と、報告を終えた特別行動隊員が「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」「折伏!」と声をそろえて力強くチャントし、気合を入れなおしていた。
計画されている今日の戦闘は、遠江同盟軍が横地城を囲めば終わる。菊川区を担当する特別行動隊奉行は、三〇分前に戻った。机に置いた太陽電池動力の腕時計は一五時二八分を表示している。
「人民から米を奪い」
今川との小競り合いに慣れた遠江東部の土豪は、日常生活状態から数時間で支度を整え、なんらかの拠点へ集合し、イクサ仕事に対応できる。夕暮れまでの残り三時間で、平地側から横地城を包囲することは可能なのだ。
「作物を奪い、山河の幸を奪い、わずかばかりの貯えを奪い、明日への希望を奪い、家族を奪い、最後には命を奪う」
菊川区担当の奉行が駆けつけたとき、横地の侍は既に過半数が堀田城から登る煙に気づき、ウマを連れて鎧を担いで小笠川の中古屋敷へ集まっていた。
横地の正規組員である六〇人の侍と、新たに雇った一〇〇人の足軽は、これから菊川本流の東側へ進撃し、今川勢を横地城へ追いこむ。
「我らが飢え、病み、死に、凍え、絶望し、むなしく神仏に祈ったとき、心ゆくまで喰らい、膨れた腹を煖衣に包んだ搾取階級は、なにをしていたか?」
情報管理の重要性を四郎丞に講義されたばかりの横地頭領は、自軍の全員がそろうまで奉行を同席させて作戦の内容をつぶさに聞き、それから出撃した。怪しい活動をしていた何人かの足軽は手を、または首を、切ったとのことだった。
「花見をし、愚にもつかぬ歌を詠み、村を襲い、私利私欲を満たすためだけの戦をしていた」
榛原占領隊の横地城支隊のほうも、山城にこもって日々を暮らしているわけではない。留守番を残して菊川流域へ降り、天台宗の関所などを占拠し、年貢収納・座銭収納代行サービスという日常業務をこなしている。
この侍ヤクザどもを平地から駆逐すると、革命一揆勢と呼ばれる我が軍は、秋葉道を菊川から相良まで制したことになる。
ここは一〇年前に、義忠が戦死した道だった。
「搾取階級が持つものとは、ことごとく人民より奪いぬもの。その身、その血肉も、人民の作物に縁起する」
相良への退却を急ぐ今川軍は夜の山越えをおこない、途中の塩買坂と呼ばれる場所で、横地と勝間田の守備隊に奇襲を受けた。ここで義忠は〝不運にも〟応報の一矢を顔に受けて死んだ。とされている。
義忠を仕留めた遠江武士の英雄・横地と勝間田は、今回の戦いでは侵攻路の防衛を担当する。革命宗と今川軍の戦いは、土豪の兵力で主役が務まる規模ではなくなった。
「同志たちよ」
作戦域の北部側である東海道は、二年ばかり前から、大井川の西岸まで革命宗の勢力圏となっている。ここを今川軍が通ることは一〇年前より難しい。遠江へ攻め入るには、まず渡河点の牛尾を守る横岡城の制圧が必要だ。
「奴らは地獄落ちを逃れるべく、神仏に寄進する。厚かましくも、我らから奪ったものを、浄財として寄進するのだ……! 搾取階級は、皮を剝がれ息をしているのみとなろうと、仍然に罪深い!」
「しかり!」
横岡城があり、大井川三角洲の北点対岸であり、遠江州における東海道の東端である金谷郷には、本拠地を奪われた勝間田組を配置してある。兵数は、多く集められて一五〇。今川軍が革命宗勢力圏を迂回せず東海道で攻勢に出るならば、同盟軍の残り総てもここに集める。
「末法現世を革命する戦士たちよ! 迷うなかれ! 独裁様の思し召しは、我らとともにある!」
淵嶽が大きな熱情的な身振りで、南側の大禍正門を手で指し示した。
「不浄の銭米を欲する邪宗門に、まことの神仏がいますはずなし! 罪にまみれた搾取階級は、我らの転生援助によってのみ救われる! 我らの使命は、現世浄土の礎となる大建設場にて、搾取階級の生命力までも労働力へと変換する、教令浄化なり!」
「おお! 浄化だ!」
「亡者ども、浄化するべし!」
「決断的教令浄化こそ! 我らの使命!」
「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」
正門広場からの浮ついた喧騒を圧する激しさで、総司令部会議室にいる者たちが淵嶽にふたたび応じた。
わたしがやるとどうしても噓臭くなる演説の才能が、淵嶽にはある。それは技巧ではない。真の信仰心に灯る輝きだった。
「同志たちよ! 現世で最も汚らわしき、罪と不浄の山より生まれた、かくも邪悪なる、下劣極まる寄生虫どもを、いかにすべきか!?」
「浄化すべし!」
「浄化するぞ! 浄化するぞ!」
「決断的に浄化するぞ!」
「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」「浄化!」
第二歩兵大隊は明日、一〇年前の今川軍と同じ道を通り、小山城を攻撃する。塩買坂の戦いと違い、奇襲をしかけられる敵兵力はいない。
菊川の革命軍基地を朝に出て、午前に牧ノ原台地を越え、制圧下の相良で休憩がてらに攻城兵器を海軍から受けとり、午後に小山城を焼く。キャンプ場へバーベキューをしに行くようなものだ。
テンプル忍者団や、それに対抗する存在がこの戦いに介入するつもりでなくば。
「我らは皆! かけがえなきものを奴らに奪われた! しからば報復なすべし! 奪いつくすべし! 我らこそ報復者! 報復せよ!」
「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」「報、?」「独裁様、一乙からの返信です」「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」「報復!」
急ぎ足で帳のむこうに立った親衛隊士官が、話しかけていた。
「一乙か?」
「はい。偵察中隊、島田より帰りて」
「我らこそは正義! 絶対なる正義なり!」
「正義!」「正義!」「正義!」「正義!」「今川館にありし一乙、牛尾の腹に参じ!」「正義!」「正義!」「正義!」「正義!」「正義!」「かの者どもが冥鏤を!」「正義!」「正義!」「正義!」
「ここへ」
二人の護衛が帳を上げると、通信士官が奥の間へ入り、片膝をつき、革の表装で挟んだ機密文書をさしだした。一乙とは、円光の暗号名だ。
わたしは徳川の背から足を下ろし、通信士官が開いた『極秘』の朱印押紙が付された手紙を読んだ。
宛先は『現世如来』。
本文は『立合ヒハ強ク當タリテ流レニテ御願奉ル』の、あらかじめ打ち合わせた符牒。
日付は『文明十八年 七月廿八日』。
署名が『源朝臣上総介範満』に、裏花押。
並んで左に『入悪道唵陀円光』の署名、裏花押。
墨の色が違う『七月廿八日』は、今川館に逗留する円光が、おそらく今日の昼前に書き加えたと思われる。
普化宗の僧を装っている円光は、これまでも唵陀円光とは書いていた。しかし入悪道の語は、革命宗への手紙では初めて使う。
入悪道とは、修験者、山伏、陰陽師、道士、仙人といった類の特殊能力者および特殊職業者を意味する語だった。品川の妖術師一族に近しい者は、ときおり彼らをこう呼ぶ。
彼らは駿河での計画も、予定どおり実行するつもりだ。道灌暗殺を阻止し、上杉 定正を返り討ちにしたテンプル忍者団は、歴史を動かそうとしている。
わたしは準備しておいた返書の、『羅刹丸』の署名下に、革命宗独裁の朱印を捺した。
返書の本文は『おかのした』の一句のみ。テンプル忍者団の上忍である円光には、これで通じる。
腕時計は二六℃と大気温度を表示していた。裸の徳川には快適な温度で、鎧を着こんだ兵士にとっては、まだまだ暑い。今年の夏は、最高気温が二七~二八℃を推移した。
帯を外してある腕時計を、わたしはほぼ同じ温度の懐中にしまった。この体は暑さと寒さを感じなくなりつつある。残された時間は長くはない。