追放された『遊び人』は『賢者』に転職する。戻ってこいなんて言ってももう遅い……え、言わないの?
「お前とはもう冒険できない。パーティーから抜けてくれよ」
「へ……?」
仲間の口から放たれた思わぬセリフに、僕は思わず凍りつく。
場所は行きつけの食堂。いつものようにダンジョンでの冒険を終えた僕達は、夕食をとるために食堂を訪れていた。
料理を頼んで明日の予定でも話そうかと思った矢先、仲間の1人が突然の追放宣言をくり出したのである。
「え……は……えっと……?」
告げられた言葉を理解するのに時間がかかった。
1分ほどかけてようやくその意味を咀嚼して、困惑に震えた声で叫ぶ。
「な、なんでっ!? 僕達、これまで上手くやってきたじゃないか!」
僕達4人は同じ村出身の幼馴染みだった。
1年前に一緒に上京して冒険者ギルドに登録し、パーティーを組んで活動してきた。
順調に冒険者として実績を積んできており、もうじき新人冒険者がぶつかる最初の関門であるDランク冒険者への昇格試験を控えている。
そんな大事な時期に突きつけられた追放の言葉に、僕は激しい動揺から涙目になってしまう。
「わかってるだろ、お前じゃ俺達についてこれないんだよ!」
リーダーを務めている『戦士』の少年――アルスが冷たく断言する。
「これから先の冒険には、お前の力じゃついてこれない! だって、お前は『遊び人』じゃないか!」
「っ……!」
アルスの言葉に僕はビクリと肩を震わせた。
この世界には『天職』というものがあり、人は誰しも神々からその人間に適正した職業を与えられる。
一度、与えられた天職は変えることはできない。
ごくまれに極められた天職がより上位の職業に進化することはあるが、基本的に自分の意志ではどうにもならないものだった。
僕が与えられた天職は『遊び人』。
あらゆる天職の中でもっとも役に立たない職業と言われており、特に戦闘にはまったく使い道のないものである。
「これまでずっと我慢してパーティーを組んできたけど、もう限界なんだよ。じきに昇格試験もあるし、足手まといとは一緒にいられない」
「あ、足手まといって……僕だって一生懸命、皆のために尽くしてきたのに……」
「それが余計なお世話だって言ってるのよ! いい加減にわからないの!?」
目をつり上げて怒鳴ってきたのは、『魔法使い』の少女イリーナである。
赤髪の少女は気の強そうな顔をさらに険しくさせて、テーブルを叩いて立ち上がった。
「いっつも私達の邪魔ばっかりして、それでよく自分がパーティーに必要な人間だと思えるわね!? あなたのせいで私達が迷惑してることにどうして気がつかないのよ!」
「め、迷惑だなんて……僕はみんなのために、出来ることをしているのに……」
確かに『遊び人』は戦闘にはほとんど役に立たない天職である。
けれど、僕は僕なりの方法で役に立とうと一生懸命に頑張ってきた。
武器の手入れをはじめとして、あらゆる雑用を自分からやってきた。
後衛の仲間を守るため、モンスターを引き付ける囮役になってきた。
強敵との戦いの前には『遊び人』のスキルで場を和ませ、みんなの緊張をほぐしてきた。
そうやって自分なりのやり方でパーティーに貢献してきたというのに、『足手まとい』や『余計なお世話』だなんて、あんまりじゃないか。
「え……エリッサ……!」
僕は救いを求めるように、パーティーメンバーの最後の1人に目を向ける。
「…………」
救いを求める視線を受けた『僧侶』のエリッサは、チビチビと果実水に口をつけながらゆっくりと首を振る。
「無理……あなたは故郷に帰った方がいい……」
「っ……!」
普段から無口な少女の口から放たれた、抑揚のない拒絶の言葉。
アルス、イリーナ、エリッサ……3人の幼馴染みから追放を突きつけられ、僕は茫然として言葉を失う。
ショックに固まっている僕をよそに、アルスはそっと溜息をついてテーブルの上に革袋を置いた。
「……これまでありがとよ。少ないけど、俺達からの餞別だ。故郷の村に帰る交通費にするでもいい。『遊び人』の天職を生かせる別の仕事を探す資金にするでもいい。好きなように使ってくれ」
「あ、アルス……僕は、ぼくは……」
「じゃあな、ウィル。元気でな」
「…………!」
もはや言うことはないとばかりに、アルスは僕から顔をそむけた。
僕は――ウィルフレッドは友人からの拒絶にボロボロと涙をこぼし、クシャリと表情を歪める。
「僕は……君達のことが好きだった! これからも一緒に冒険したかった……!」
「…………」
「うわああああああああああああああああっ!」
立ち上がり、餞別の金が入った革袋を手にすることなく食堂から飛び出す。
どうか追いかけてきて欲しい――心の片隅でそう祈るが、3人の仲間は走り去る僕をほったらかしにして食堂から出てくることはなかった。
そのまま走り続けていくと、いつの間にか人気のない空地にたどり着いていた。
地面にうずくまり、悔しさと悲しさから涙を流して土を濡らす。
「うっぐ、えっぐ……僕は冒険者を辞めたりしないぞ! 絶対に、絶対にアイツらのことを見返してやる……!」
どれだけかかっても、いつか必ず3人に後悔させてやる。
追放するんじゃなかった。自分達が間違っていたと認めさせてやる。
そう心に誓って、僕は地面の砂をグッと握り締めた。
◎ ◎ ◎
それから先はイバラの道を歩くような過酷な日々だった。
ギルドで新しい仲間を探すものの、『遊び人』である僕とは誰もパーティーを組んではくれない。
他の冒険者はおろか、ギルドの職員にまで冒険者を引退することを勧められてしまった。
それでも、僕は諦めることなくモンスターと戦い続けた。
幼馴染みの3人に追いつくためには、彼らの何倍も努力する必要がある。
初心者向きのダンジョンに入り浸って、スライムやゴブリンなど、戦闘職じゃなくても倒せるモンスターを狙ってレベル上げをする。
新米冒険者に「いつまであんなダンジョンにいるんだ」と笑いものにされながら、時には何日もダンジョンの中で寝泊まりをして、必死にモンスターを倒していく。
そんな生活をはじめて2年が経った頃。ようやく、その努力が実る時が来た。
『遊び人』の職業を極めたことにより天職が進化して、『賢者』という新しい職業に変わったのである。
攻撃魔法と回復魔法の両方を駆使し、剣士と同レベルの近接戦闘までこなすことができる上位職になったことで、僕の生活は一変した。
ソロで高難易度のボスモンスターを撃破できるようになり、ギルドの評判も飛ぶ鳥を落とすがごとく。それまでの努力が何だったのかと思えるスピードでAランク冒険者まで登りつめることができたのである。
もはや僕を弱者と侮る者はいない。
2年間、僕を馬鹿にしていた他の冒険者も、手の平を返したように称賛してパーティーに誘ってきた。
もちろん、「いまさら遅い」とこっちから断ってやった!
「やっとアイツらを見返すときが来たんだ! もう二度と馬鹿になんてさせるもんか!」
3人の幼馴染みであったが、彼らは無事にランクを昇格させて、より高レベルのダンジョンに潜るために他の町に拠点を移していた。
それが何かの用事でこちらに戻って来ることになったらしく、ギルドでも話題になっていたのだ。
アイツらの性格からして、行きつけの食堂に顔を見せに来るだろう。
僕が追放されたあの食堂で待ち構えて、成長した姿を見せつけてやろうじゃないか!
◎ ◎ ◎
「おおっ! ウィルじゃないか、元気そうだな!」
――そんなことを考えて待ち構えていたのだが、食堂に足を踏み入れてきた幼馴染みの口から放たれたのは、そんな明るい声である。
食堂に入ってきたのは2年ぶりに遭う幼馴染み。アルスとイリーナ、エリッサ――3人は別れた時よりも良い装備を身に着けており、再会した俺に表情を輝かせた。
「噂は聞いてるぜ。『賢者』になったんだってな? あの『遊び人』が大したもんじゃないか!」
アルスが賞賛の言葉とともに肩を叩いてくる。
かつて親友だと思っていた男の声を聞いて涙が出そうになるが、グッと堪えて胸を張る。
「ふ……ふんっ! そうだ、攻撃も回復も援護だってできる上位職だぞ! 今さら戻ってこいなんて言っても……」
「いやあ、嬉しいなあ。お前が金も持たずに出て行ったからずっと心配してたんだよ。一応、金は故郷のお袋さんに送っておいたんだけど、必要なかったみたいだな」
「へ……えーと……」
アルスの口ぶりは穏やかで、純粋に友人の出世を喜んでいるようだった。
思わぬ反応に心を揺さぶられるが……ここで甘い顔を見せるわけにはいかない。成長した僕を懐柔するための罠に違いない!
「仕送りは感謝するけど、戻ってなんてやらないからな! 僕はもう君達とパーティーを組んだりしない!」
「はあ? 戻ってこいなんて言うつもりはないけど、急にどうしたんだ?」
「へ……い、言わないのか?」
アルスはきょとんとした顔をしており、何を言っているのかわからないとばかりに首を傾げている。
えっと……何だこの反応?
戻ってこいって言わないのか? 賢者になった僕が必要じゃないのか?
「私達の冒険はもう終わったからいいのよ。私達、これから冒険者を引退するのよ」
「へ……?」
横からイリーナが口を挟んできた。
赤髪の魔法使いは2年前よりも大人びており、胸もボンッと大きく膨らんでいる。
「聞いてないのかしら? 私達、この2年間で魔王を倒したのよ。アルスは国王陛下からの報酬としてこの町を領地として与えられたから、戻ってきたのよ」
「へ……魔王? な、なんで? どうやって?」
「あなたが『賢者』になったのと同じよ。この2年間でアルスは『剣士』から『勇者』になって、私は『大魔導士』、エリッサは『大司祭』になったの」
「ゆ、勇者? 大魔導師に大司祭?」
それはどれも『賢者』と並ぶ上位職である。
確かに、それらの天職が揃ったのであれば魔王だって倒せるかもしれない。
「私はアルスと結婚してこの町で暮らすことになって、エリッサも王都の大聖堂に迎えられることになったのよ。今日はお世話になった人達への挨拶回りね」
「そ、そんな……それじゃあ、僕は何のために……?」
ようやく3人の幼馴染みを見返すことができる力を手に入れたというのに、いつの間にかみんな手の届かない場所まで行ってしまった。
もう「戻ってこい」と言ってくれない。僕は何のために、これまで頑張ってきたのだろうか?
「それにしても……あのウィルが『賢者』になるとはなあ。ずっと俺達の足を引っ張ってたのが嘘みたいだ!」
「そうそう、『雑用を引き受ける』とか言って武器に間違った手入れをして壊したりしてたわよね」
「ああ、火属性を付与した剣を水洗いして壊したときにはマジで腹立ったぜ!」
「必要もないのに戦闘中に囮になって、かえって場を混乱させたりもしてたわね」
「そんなこともあったなあ! ボス戦の前に集中を高めていたのに、おかしな一発ギャグで場の空気を凍らせたりもしてたよな!」
「緊張をほぐすためにとお尻を触ってきたときには、魔法で焼いてやろうかと思ったわ」
「……セクハラ男。ほんとに迷惑だった」
懐かしそうにアルスとイリーナが思い出話をし始め、それまで黙っていたエリッサが蔑むように睨みつけてきた。
そんな……僕は良かれと思ってやっていたのに、まさか本当に足を引っ張っていたのか?
僕は本当にパーティーに必要ない存在だったのか?
「……僕は一生懸命やってたんだ。みんなの役に立ちたくて。みんなを助けたくて」
思わず本音がこぼれ出てしまう。
肩を落とした僕に、アルスが困ったように頭を掻く。
「ああ、知ってるぜ。だからあの日までお前に言い出せなかったんだよ。お前が足を引っ張ってるって。お前が誰よりもパーティーに尽くそうとしているのが伝わってきていたから、それが空回りしているって言い出せなかったんだ」
「酷い言い方をしたとは思ってるわ。だけど、あれくらい言わないと、あなたは諦めずに私達についてくるでしょう?」
「いつまでも守れない。いつか死ぬ」
アルスに続いて、イリーナ、エリッサまでもがそんなことを言ってきた。
そんな……みんな本当に僕に気を遣ってくれていたのか?
僕が逆恨みしていただけで、3人とも僕のことを思って追放していたのか?
「でも……正直、お前は冒険者を辞めるものだと思ってたけど、まさか賢者として成功するとはなあ。どうやら俺達の目が節穴だったみたいだぜ!」
「そうね、立派になってくれて嬉しいわ」
「ん、大したもの」
「う……」
どうしてそんなに優しい声をかけるんだよ。
僕が足を引っ張ってたのなら、もっと罵ればいいじゃないか!
戻ってこいと言ってくれず、それでいて優しい言葉をかけるなんてズルいじゃないか!
「うわああああああああああああああん!」
「ウィル!?」
「ちょ……急にどうしたのよ!?」
「お前らなんて大っ嫌いだああああああああああっ!」
いたたまれなさに耐えられなくなり、僕は泣き叫びながら食堂から飛び出した。
呆然とした幼馴染みの視線を背中に受けながら、あの日のように泣きながら町を走り去る。
自分の2年間は何だったのだ。
意地になって冒険者を続けてきた日々は無駄だったというのだろうか?
「うわああああああああああああああああっ! 僕に優しくするなああああああああっ!」
道行く人々が何事かと怪訝な目を向けてくる。
自分でも何を言っているのだろうと頭の片隅で思いながら、僕は町の大通りを走り続けたのであった。
◎ ◎ ◎
ここから先は、風の噂で聞いた話である。
幼馴染みの3人はあの食堂で言っていた通りに、冒険者を引退したらしい。
アルスは領主になって町を治めるようになった。
冒険者あがりだけあって不慣れなことも多いようだが、勇者として活動してきたことで広い人脈を築いており、有能な人材を幅広く集めることで町を発展に導いているそうだ。
イリーナはアルスと結婚して3人の子供を授かったらしい。
気の強い彼女は夫の尻を叩きながら、厳しくも優しい母として子供を育てているとのこと。
魔法使いとしても卓越しているイリーナは領内に魔法学校を作り、魔法の発展にも大きく寄与をしているそうだ。
エリッサは他の2人と別の道を歩むことになった。
王都にある教会に聖職者として勤めるようになり、生涯を神のシモベとして尽くしているとのことだ。
司祭として人々のケガや病気を治しながら、下層階級の人々を救済するべく孤児院や職業訓練所を設立したらしい。
3人は英雄として歴史に名を残し、その名声は長く語り継がれることになった。
そして……残る俺はというと、せっかく『賢者』に成れたにもかかわらず冒険者を引退して故郷の村に帰ってきていた。
「ふう……終わった」
耕したばかりの畑を見下ろし、満足げに息をついた。
周囲には見渡すばかりの畑が広がっている。かつては森の一部だったそこを開拓したのは自分。かつての『遊び人』であり、現・『賢者』の僕である。
3人の幼馴染みと再会を果たしてから、僕はすぐに冒険者を辞めることになった。
元々、冒険者を続けてきたのは幼馴染みを見返して「頼むから戻ってきてくれ」と言われたかったからである。
3人が勇者パーティーとして成功しており、完全に自分が必要ない人間だったことを知り、もはや冒険者を続けていくモチベーションが保てなくなってしまったのだ。
やる気の炎が完全に燃え尽きた僕は故郷に帰ってきて、親の農家を継ぐことになった。
村の住人からは「冒険者として失敗して逃げ帰ってきたのだ」と後ろ指を指されることになったが、ちょうど父が腰を悪くしていたこともあり、家族は大喜びで歓迎してくれた。
『賢者』に転職したことで筋力も上昇しているため、クワを振って畑を耕すのは容易いことである。
魔法を使うことができるのも大きい。日照りの時には水魔法で雨を降らし、開拓の邪魔になる固い地盤は土魔法で打ち砕き、害獣が畑を荒らしたら結界を張って追い払った。
困っている他の村人に出来るだけ手を差し伸べるようにしたら、それまで「都落ち」だと僕のことを嘲笑っていた連中も大人しくなった。
帰ってきてから3年で村の畑は倍以上の広さになり、手の平を返したように村人は僕をもてはやすようになった。
「あなた。晩ご飯ができましたよ。そろそろ帰ってきてくださいな」
開拓したばかりの畑を満足げに見下ろしていた僕は、後ろからかけられた声に振り返る。
そこには赤ん坊を抱いている女性が立っていて、優しげな笑みをこちらに向けてきていた。
彼女はオルフェ。この村の村長の娘であり、僕の妻になった女性だ。
「ああ。そうだね。今日の仕事はこれくらいにして帰ろうかな。今日のおかずはなんだい?」
「猪鍋ですよ。この間、あなたが狩ってきてくれたものです」
僕は満たされた幸福に胸の奥が温かくなるのを感じながら、土に汚れた服を魔法で清めてオルフェと並んで家路につく。
5歳年下のお嫁さんを、村長さんに請われて娶ったのは2年ほど前のこと。
彼女はすでに僕の子供を出産しており、お腹にいる2人目もすくすくと成長している。
冒険者になる前、かつて村で暮らしていた頃には子供だったオルフェも再会した時にはすっかり大人の女性に成長していた。
実は昔から僕のことが好きだったと告白されて、年甲斐もなくドキマギとさせられたのも良い思い出である。
僕はオルフェと並んで、夕日の中を歩いていく。
冒険者として、望んだ場所に立つことはできなかった。
『賢者』に転職はできたけれど、幼馴染みに「戻ってこい」と言わせることはできず、あれ以来彼らとは会っていない。
それでも……僕は幸せになった。
『賢者』としての力も、農家として暮らす上で助けになっている。
あの辛かった日々が無駄ではなかったと、今ではハッキリと確信することができていた。
自分の帰りを待ってくれている女性がここにいる。
僕の帰る場所はちゃんとここにあるのだから。
最後まで読んでいただき、心から感謝を申し上げます。
よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いいたします。
また、広告下の作品も連載しておりますので、そちらの作品もよろしくお願いします。