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<3> 情報統括室 鳥井剛三

 門脇はエレベーターで十四階の情報統括室に向かった。十四階というのは、総務や財務といったコーポレート部門が一階から三階までにあるのに対してだいぶ離れているが、これは情報統括室が五年ほど前に作られた新しい部署だからだ。ここではコンピュータシステムの設計管理が主な任務なのだが、それに加えて会社が発するさまざまな情報が会社にとって適切なものかどうか判断することや、外部からのハッキング、情報漏洩などの監視を行っている。

 情報統括室のドアもコンプライアンスメール読み取り端末の置かれている部屋と同様にロックが掛けられていた。他のほとんどの部屋は社員ならば自由に出入りができるのだが、機密性がある部署は権限のない者の出入りが禁止されている。

 門脇は社員カードを読み取りスリットに通してドアを開けた。門脇には通常は出入りする権限はないのだが、業務改善の計画書を取りに行くと予告してあるので、情報統括側であららかじめ権限を付与してあったのだ。

 情報統括室長は鳥井剛三という名だった。鳥井はアメリカのビジネススクールでMBAつまり経営学修士を取得してD化学に入社している。入社後も、全執行役員が参加する経営会議の事務局にあたる経営企画室に十年ほど在籍し、三年前に情報統括室長に異動した。会社の中枢にいるという意識があるせいか、門脇とは同年なのだが、日頃からお前らとは出来が違うという態度が顔に出ていた。確かに、室長という職位は門脇のチームリーダーという役職より上に違いないが……。

 鳥井はコンピュータのサーバーやモニターが並んだ室内の奥で、ひときわ大きな机の前に座っていた。そこには三台のコンピュータモニターがあり、鳥井はせわしなくモニターの前のキーボードを叩いていた。席に近づくと、鳥井の横に男が立っていて、男は門脇に気づくと腕を伸ばし、素早く三台のモニター画面前に置かれたキーボードを連続して押して、それまでの画面を消した。何をしているのか見られたくないという意図は明らかだが、業務の性質上そういうこともあるのかと、門脇は気にしなかった。

男は外来者用のネームプレートを胸に着けていた。そこにはD化学がコンピュータシステムを納入しているF電機の会社名があった。

 男が「では、私はこれで」と言って立ち去ろうとすると、鳥井は「すぐに済むよ」と言ってそれを制した。

「改善計画書を取りに来たんだよね?」

 鳥井はやりかけの仕事を中断されたせいか、不機嫌そうな顔を門脇に向けた。

「できているけど、何もわざわざ取りに来なくても、メールで送れば済むことだろう」

鳥井は、残業縮小への業務改善計画書をほうり出すように机の上に置いた。

「それはそうですが、上から早く揃えろと命令されているので、急いだんですよ。情報統括室以外は全部提出されているんでね」

 門脇は、あんたの提出が遅いから取りに来ざるを得なかったと言いたかったが、そこは抑えた。 門脇は近くにあった折りたたみパイプ椅子を広げて座り、計画書をぱらぱらとめくった。

「何か疑問でもあるのか?」

 鳥井は不機嫌そうな顔を崩さなかった。

「いや、項目の記載漏れがあるかどうか見ているだけです」

 門脇は暫く書類に目を通し、ゆっくりと閉じた。

「何だ、まだ何か用があるのか?」

 鳥井は立ち上がろうとしない門脇に向かって言った。

「ここに来たのは、ちょっと訊きたいことがありましてね。監物さんが自殺した夜、システムエラーが起きましたよねぇ。その原因は何だってんですか?」

「システムエラー? そう言えば、そんなこともあったようだが、原因は知らんよ。その後すぐに修復して、システムは正常に戻っている。こっちの仕事はシステムが正常に作動しているかどうかが問題なんだ。原因は何であれ、正常に戻ればそれでいい。だから、問題にしなかった」

「そうですか。F電機さんも原因については分からないということですか?」

 鳥井の隣で下を向いていた男にも訊いてみた。

「はあ、申し訳ないですが、弊社も原因については正確に承知していません。あの夜に落雷があったと聞いていますから、たぶん、そのせいかと……。勿論、落雷からコンピュータを守る装置は設置してあります。落雷以外に変わったことがあったわけではないので、やはり、落雷のせいかと……」

 F電機の社員はいくらか困惑したように答えた。

「コンピュータシステムはたまに不具合を起こすが、その原因の詳細は分からないことが稀にあるんだよ。まあ、コンピュータの機嫌でも悪かったんだろうよ」

 鳥井が薄ら笑いを浮かべながら言った。用が済んだら早く帰れという意図が透けて見えた。鳥井がこういう人を馬鹿にしたような態度をとるのは初めてではなかった。誰にでも無愛想なのだ。総務部長の山瀬が「MBAか何かしらんが、あいつの態度は不愉快極まりない」と憤慨していたのを思い出す。門脇は、会社は色々な人間の寄せ集めで仕方ないとあまり気にも止めないようにした。地位が下の者にだけでなく、上の者にも同様の態度なのだから、まあ、ましとするほかはない。


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