婚約破棄とか言わないで下さい、あんたらお似合いなのは分かったから
よろしくお願いします。ほぼ護衛視点です。
「ゼラ、おれと婚約破棄をしてくれないか?」
「殿下、それは私や殿下だけの問題ではございません。今のようにさらりとお茶会途中におっしゃられるのは困ります」
「困ったなら困ったなりの顔をして欲しいな」
殿下はそう目の前に置かれたアップルティーを召し上がる。金髪碧眼で美少年、王子という称号に相応しい容姿を持って生まれた彼は齢13だが、それにしては落ち着き払っていらっしゃる。
今日は天気がいい。暖かいし、日差しも優しい。王城の中庭だから風通しもいい。自分が護衛として仕事するにも、灼熱の太陽に晒されたり、寒さに凍えながらじゃなくて済む。初の護衛任務の状況が快適で良かったと先ほどまで安心してたのに。
まさか二人きりのお茶会でとはいえど、殿下が婚約者に対して婚約破棄を提案するなんて。
初の護衛任務にてこんな非常事態に立ち会うことになるとは思わなかった。
自分の心臓は動揺と恐怖で煩いというのに、当の本人達の顔色どころか表情も変わっていない。殿下は相変わらずの王子様スマイルだし、ゼラ様は無表情。
「何を考えてそのようなご発言を?」
クッキーを手に取りながら、ゼラ様は首を傾げる。真っ白な肌に、長い艶のある赤髪、赤い切れ目は、正に赤系統の公爵令嬢という見た目をしている。確か、殿下より3つ上の16歳だったはず。
「キースが『ボクがゼラ様を一番愛してる』と言ってたんだ」
「それは、申し訳ありませんでした。従兄弟には殴ってでも言うことを聞かせます。鳴き声とでも思って下されば有り難いです」
令嬢の口から『殴ってでも』なんて暴力発言が出るとは思わなかった。
キース侯爵子息か……あの方はゼラ様を崇拝しているって有名だ。まさか、殿下にそんなことをおっしゃるとは思わなかったけど。赤系統の貴族の立場を考えると、ゼラ嬢と殿下の結婚は無いと困る筈だ。
でも、殿下もその……気にするんだな。きっと、キース様の発言に嫉妬したんだろう。だから、婚約破棄なんて言って気を惹こうとされたんだろう。いやぁ、やり方は凄まじいとはいえ可愛らしいな……。まだ13歳だもんな。
「そんなことしなくていい。それでおれ『確かにそうだな』って思ったし」
ちょっと、待ってください! 婚約者に何をおっしゃっているんです? ゼラ様もマイペースにクッキー召し上がっている場合じゃないですよ!
思わず突っ込みそうになるのを必死に堪える。自分は護衛だ、今は心を無にしろ。何かあった時に冷静に対処できるようにしとかないといけない。動揺しては駄目だ。他のメイドや護衛を見習って、無だ! 無!
……今の発言は『婚約者に対しての愛情が他の男に負ける』と明言したようなものですよ。
「でしょうね。あれ程の変態は増えてもらっては困ります。ただでさえ、うちの系統は色恋沙汰で荒れやすいのに」
令嬢も令嬢で反応薄い。お互いについて淡泊すぎではないでしょうか。婚約者なのに。
もしかして、この淡泊さが婚約破棄を提案するに至った原因か? あり得る。しかし、ゼラ様は婚約破棄をされたら立場的に王子よりも遥に困る筈だ。
この国の貴族は四つの系統に分かれている。赤、黄、緑、紫、それぞれの系統を統括する公爵家があり、王家はその中からバランスよく代々嫁をとることになっている。現王は本来なら、赤か紫の系統から嫁をとるはずだったのだが、あいにくと色恋沙汰や政変絡みで上手くいかなかったらしい。詳しい情報は子爵子息の俺なんかに開示されないけど、相当荒れていたらしい。
で、今回赤の系統の公爵令嬢、ゼラ様がやっと婚約者として選ばれているのだが、それを破棄しようものならどうなることやら。ゼラ様は殿下のお心を繋ぎ止めるようにあらゆるところから言われているに違いない。もう少し焦ってもいいのでは?
しかし、当人たちは相変わらずマイペースに話を続けていらっしゃる。
「人間の心は難しいからな」
「それにしても、うちは酷いです。それで、殿下はなぜ婚約破棄をしようと?」
「さっき答えた」
「キースは昔からあれですから、鳴かせとけばいいです。なんなら不敬罪で捕まえればいいと思いますよ」
まったくもって令嬢のおっしゃるとおりだ。殿下の婚約相手を奪おうとするなんて不敬だし、反逆ととられてもおかしくない。だけど、仮にも身内をぶちこめばいいってあっさり口にしてしまうなんて、ドライな方だな。
「……いや、それで愛を語ってるキースが何となく羨ましくてさ。おれは父上に似て、誰かに恋する経験がない。だから、するために一回婚約破棄して、し終わったら婚約結び直せばって思ったんだ」
何その滅茶苦茶な理論。確かに現王はそういった色めいた話が皆無だけど。側室いないし、女遊びの噂もないから誠実かと思いきや、殿下の出生以降、王妃も夜に呼んでないらしい。行事とか祭典の時は仲良さげでいらっしゃるけど。あそこも政略結婚だからな。
まあ殿下の恋をしてみたいというのは可愛らしい願望だと思う。けれど、その為に婚約破棄を提案するとかは、ない。はっきり言って、ない。せめて恋する相手が出来てから言うなら少し分かる気もするけれど、そんな実験みたいなノリでしようとするのはおかしい。婚約破棄って大事件ですからね。
「あほらしいですね」
似たようなこと思ったけど、ゼラ様はもう少し包み隠した方がいいです。それこそ不敬罪で捕まりますよ。
「それは自分でも思った。ほら、あれだよ実際にする気は無いけど、言っちゃうやつ」
「なるほど。恋に恋するお年頃で、つい何となくでってやつですね」
そんなんで婚約破棄とか簡単に口にしないで頂きたい。こっちがどれほど動揺したか。もしゼラ様が冷静に対処しなかったら、大騒ぎになっていた案件だ。
「ゼラは恋したことある?」
「ないですね」
そんなきっぱりと言うことか? そこは演技でも「殿下です」とでもおっしゃればいいのに。
「いっしょだな」
殿下が笑ってそうおっしゃるが、どうして婚約者とのお茶会でこんな話になるか分からない。ゼラ様が不快に思ってないといいけれど。
「そうですね……あ、殿下、別に私は側室作ってもいいと思いますから。何なら結婚した後も恋できる機会はありますよ。私はあくまで慣例通りに嫁ぐだけなので、王妃になれれば問題ないです」
頭痛い。側室を作ることを進める婚約者って……まあ、政略結婚だから冷え切っているのかもしれない。しかも王妃になれればいいって、欲望に忠実すぎる。
「おすすめの人とかいる?」
だというのに、殿下はいきいきしながら、きいてしまわれるし。
頭がわいていらっしゃるんでしょうか? なんで婚約者にそんなことをきかれるんです?
「そうですねぇ……」
令嬢も令嬢で真面目にお考えになるし。これでピリピリした空気とか流れてるならまだ理解できるんだけど。肌で感じるこの緩さというか、お互い気を許しあっている感じ。それがますます俺を混乱させる。
耐えろ、耐えるんだ自分! 突っ込むなよ! 心を無にしろ! というか凄いな他のメイドや護衛。この二人の会話聞いていてなんでそんなずっと真顔で仕事出来るんだろう……自分が半人前なだけか。真顔だ、真顔。頬を引きつらすな。
「ザンクツィーオン侯爵家のソフィアとかどうです? あの子の父親にさえ目を瞑れば――と思ったけれど、あの子は側室にするには良い子すぎるし、そもそもキースに片想い中でしたわ」
「お、三角関係?」
「正直、キースとソフィアでくっつけば良いとは思っていますけど、現実的に考えてないですね。二人とも同じ侯爵レベルなんですもの」
それぞれの系統の中でも更に、公爵は四つの配下の侯爵家からバランスよく、侯爵家は四つの配下の伯爵家から――と自分の配下の家からバランスよく嫁を取るという慣例があるのだ。となると、基本同レベルの家柄で結婚することはないのだ。
というか、へー、そんなことになっているんだあの方たち。ソフィア嬢は可愛らしいと評判だけど、あのキース様が好きだったのか。
「他には――」
「あ、もういいよ」
殿下がゼラ嬢の言葉を遮る。
「なんだかんだ聞いてて思ったけど、やっぱゼラといる方が楽しそう」
子供らしい顔で笑われた殿下に、自分はほっとする。本当に良かった。
婚約破棄なんかされたら溜まったもんじゃないし、やっぱり側室とかいない方が国民の受けもいい。ゼラ様が冷静に対処してくれて助かった。というか、その結論に殿下が至るなら、最初から口に出さないでで頂きたい。折角、仲が良さげなのにこじれたりしたらどうするんですか。
お互いの色恋沙汰に全くもって淡泊でいらっしゃるけれども、政略的な婚約者とそんなにも通じ合っているならいいじゃないですか。お似合いですよ。
***
新人護衛がいなくなった後、
「新人が来る度にこの茶番をやってません?」
「そうだな」
「何故でしょうか?」
「単純に面白いのと、おれがゼラのこと気に入っているんだって覚えてもらうため!」
満面の笑みを浮かべた王子と、「護衛の間で新人の度胸試しになりつつありますよ」と無表情で報告する公爵令嬢。
二人の悪戯っ子に長年仕えるメイドはため息を吐いたとさ。
ありがとうございました。