記憶の魔女と魔女殺しの騎士 第2話
「……どういうことかしら。貴方が魔女である私に依頼に来るほど、貴方のとこは切羽詰まっているの?」
「俺のことを知ってるのか?」
「えぇ。でも今はそんなことどうでもいいの。それより、貴方が何故ここに来たのかが知りたいのよ」
そう問うと、アッシュは「実は……」と語りだした。
話を要約すると。
アッシュ率いる第一騎士団たちは、ここから少し離れたところにある、禁忌の森というところに魔物討伐に行ったそうだ。
禁忌の森には多くの魔物が住みついており、第一騎士団は定期的に魔物討伐に行っているのだとか。
そこでアッシュは魔物に襲われ、記憶の一部を失ってしまった、と。
「それで私の出番ってわけね」
「あぁ。俺の記憶を取り戻してくれないか。貴女がた頼みの綱なんだ」
「それはお安い御用よ。でもね、【ふたつ、約束をして欲しいの】」
「約束?」
ローゼリアは手を後ろに組み、こっそり空中に魔方陣を描いた。――契約を結ぶためだ。
「えぇ。約束するなら「分かった」と答えて。約束できないなら、その時点で依頼は受けないわ」
「分かった。で、約束って何だ?」
「ひとつは【依頼中は私を襲わない】」
「……俺はそんなにがっつくタイプに見えるか」
「がっつく……んなっ、ち、違うわよ!物理的な話よ!私を倒そうとしないでってこと!」
「あぁ、そういうことか」
「えぇそういうことよ!で、どうするのよ」
「【分かった】。約束しよう」
「そう。ならふたつ目ね。ふたつ目は【依頼達成後は私の存在を忘れる】」
「?それになんの意味が……」
「私は「分かった」かそうでないかしか聞いてないわよ」
「【分かった】」
アッシュがそう言った瞬間、ローゼリアの後ろで描かれていた魔方陣が完成した。
「これでよしっと。ねぇ貴方、左手を出してちょうだい」
「左手?それは構わないが……」
ローゼリアは空中に浮いている魔方陣をスワイプし、アッシュが差し出した左手の真上に持っていく。
「これは?」
「ご覧の通り。まぁ強いて言うなら契約書ね」
そう言い、ローゼリアは魔方陣を軽く指で押した。
すると、魔方陣から文字が浮かび上がってきた。
「これは……」
「えぇ、さっき貴方が約束したことが書かれているわ。これを破った場合、大変なことになる……らしいんだけど、私はどうなるか知らない」
「怖いな……で、それをどうするんだ?」
「これをこうするのよ」
ローゼリアは魔方陣をアッシュの左手の甲に押し付ける。
すると、アッシュがビクンと肩を揺らした。
「……っ、」
「あぁ、言い忘れてたわ。今魔方陣を染み込ませたから、ちょっとピリッと痛むかもしれないわ」
「あ、あぁ。いや……急だったから驚いただけだ。痛かったわけではない」
「ふぅん……よく分からないけど問題ないようね」
そんな会話をしているうちに、アッシュの左手の甲で淡い白色の光を纏っていた魔方陣が、淡く青色に点滅した。
「これで貴方の契約は完了よ。で、私も……」
アッシュ同様、左手の甲に魔方陣を押し付ける。
しばらくすると微かにチリっとした痛みが走り、魔方陣が淡い青色から淡い赤色、そして鮮やかな紫色に色が変わった。
それはアッシュに刻まれた魔方陣も同じだった。
「……綺麗、だな」
「あらそう?そんなこと言われたのは初めてよ」
「じゃあ今までの者たちは見る目がなかったんだ」
「……あっそ。まぁいいけど、これで契約は成立よ」
やや赤くなる頬をおさえ、ローゼリアはコホンと咳払いをした。
「?顔が赤いようだが……」
「うるさいわね!ほっといてちょうだい!」
初めて契約印が綺麗だと言われたから嬉しくなったわけではない。断じてない。
誰に言うわけでもなくそう心の中で呟きながら、ローゼリアはそっぽ向いた。
「……そうか。それで、契約した後に聞くのもおかしな話だが。具体的にどういうふうに記憶を取り戻すんだ?」
「あぁ、話してなかったわね。私が貴方の意識に入って、意識の最奥にある記憶を引っ張り出すのよ」
「……よく分からん。すまないが、俺にも分かるように説明してくれないか?」
「じゃあこう言った方が分かりやすいかしら。人の記憶っていうのは本のようなもの。記憶を取り戻させるっていうのは、貴方の中にある記憶の図書館から本を見つけ出すようなもの。……分かったかしら」
「なるほど、理解した」
他人にこの力を説明するのは難しく、なかなか理解してくれる人はいない。
アッシュのように、理解するまで聞く人はほとんどいないのだ。
「あぁあと、この契約印は契約達成された時点で自動的に消えるわ。安心してちょうだい。他に聞きたいことはある?」
「そうだな……俺はどうすればいい?」
「貴方はここで眠るだけでいいわ。眠っている時の人間の脳って、今までの情報を整理してるの。それに、すごく無防備になってるわ。だから、その中から封じられた記憶を探し出すのが簡単なのよ」
「なるほど。それはどれくらいかかる?」
「そうね……だいたい2時間くらいかしら」
「ふむ……ならば大丈夫だ。早速頼めるか?」
そう尋ねるアッシュに私は頷くと、アッシュの手を引いた。
「んな……っ、急になんだ!」
「あら、ごめんなさい。ベッドまで案内しようかと思って」
「べ、ベッド!?」
「えぇ、じゃなきゃ眠れないでしょう?」
「あ、あぁ、そうだな。そうだ、他意はない。ないんだ」
「どうかした?」
「いや何も。……とりあえず手を離してもらっていいか。なんだかむず痒い」
そう言われ、私はアッシュの手を引いていることに今更ながら羞恥心を覚えた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて手を離すと、アッシュも同じように慌てていた。なんだか、より恥ずかしくなっている気がする。
「すまない、取り乱した。そこで眠ればいいんだな」
「えぇ、そうね。早くしてちょうだい」
私はアッシュを急かし、ベッドに横たわらせる。
「じゃ、目を瞑って」
アッシュが目を閉じたのを確認し、私はアッシュの額に手を当てる。
意識を集中し、アッシュの記憶に潜り込んだ。




