記憶の魔女と魔女殺しの騎士
「俺と結婚を前提に付き合ってくれ、記憶の魔女」
「嫌よ!なんでアンタと付き合わなくちゃいけないのよ!」
「貴女のことが好きだからだ!」
フォルタナニア王国の中心に存在する王都、フォルター。
その一角にある小さな家で、その騒ぎは起きていた。
「す、すすす、すっ、好きだなんて信じないわよ!」
「信じてもらうまで何度でも言い続ける!俺は貴女のことが……」
「う、るさいわよ!というか近い!お黙りなさいそして離れなさい!」
『記憶の魔女』と呼ばれる少女、ローゼリア。
その名の通り、彼女は人間の様々な記憶を司っている。
記憶を改ざんするも消すも彼女の思いのままだ。
そして、そんな少女に詰め寄っている男はというと。フォルタナニア王国が誇る王立騎士団の第一隊長、アッシュ・ノードルト。
今までに何人もの極悪な魔女を倒してきたことから付いた異名は『魔女殺し』。
一見相容れないふたりが、このようなことになっているのには深いわけがある。
それは今から1ヶ月前。暖かな陽の光が眠気を誘う、とある春の日のことであった――。
▽▲△▼
その日、ローゼリアは薬を作っていた。
『記憶の魔女』と言っても、彼女は魔女らしいことも一通りできる。
薬を作ったり、空を飛んだり、魔法を使ったり。尤も、空を飛ぶことに関してはかなりの魔力を要するために滅多に使わないものだが。
そもそもだ。魔女というのは、自分の中に存在する魔力を操作し、現実では起こりえないことを起こすことができる存在だ。魔力を持たない普通の人たちは、それを魔法、あるいは奇跡と呼んだ。
だが、いくら魔女といえど正真正銘の奇跡――例えば、死者を甦らせたり。そういったことはできなかった。なんでもできるというわけではないのだ。
閑話休題。
彼女は、魔女という異端な存在を認め、温かく迎えてくれているこの街の人々に恩返しがしたいと思った。
そこで考えたのが、薬だった。
魔女の薬は市販薬と同じ材料を使っているが、市販薬で使う薬草の量よりも少ない量で作れるため、安くたくさん作れる。さらにそこに魔力を少し込めると、市販薬よりも高い効果を持った薬になる。
この店は看板は出していないため、知る人ぞ知る薬屋である。助けを求める人の前にだけ現れる、そんな場所だ。
と。
来客を告げるベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃい。どちら様かしら」
「ローゼリアちゃん、おはよう」
「あら、ファルマおば様。今日はどうしたの?」
「この前くれた薬がよく効いてね。お礼に来たんだよ」
来客は、2軒隣に住んでいるファルマだった。
すっかり歳をとって猫背になっているからか、以前腰痛に効く薬を買いに来たのだ。
「そんな、お礼なんていいわよ。私もお世話になってるしお互い様よ」
「はっはっは、ローゼリアちゃんはいい子だね。でも、こういう時は「ありがとう」って受け取っておくれ」
そう言ってファルマが差し出したのは、チェックの布を被せられたバスケットだった。
「そうね、ありがとう。……まぁ、アップルパイね!私これ好きなのよ!」
「そうだろうと思ってね、家を出る前に焼いてきたのさ」
「ファルマおば様が!?すごいわ……ありがとう!」
ローゼリアは好物を前にし、すっかり普通の女の子の目になっていた。
普段の大人びた、ある意味歳不相応な目はなりを潜めている。
「じゃ、また何かあったら頼むよ」
「えぇ、もちろん!またいつでも来てちょうだい!」
杖をつきながら、ファルマは店を出ていった。
「……ふふっ、アップルパイ貰っちゃった」
鼻歌でも歌い出しそうな様子の彼女は、これから厄介な客がやってくることを、まだ知らないでいた。
△▼△▼
その客が来たのは夕方過ぎ。
ローゼリアが店じまいの準備をしている時だった。
来客を告げるベルが、いつもよりも荒々しく鳴った。
「きっ、『記憶の魔女』様は貴女か!?」
「……っ、」
慌てた様子で入ってきたのは、『魔女殺し』と名高い王立騎士団第一隊長、アッシュ・ノルドートだった。
かつて、私の目の前で他の魔女を斬ってきた男が。
「な、んで貴方が……っ!」
「頼む今すぐ教えてくれ、『記憶の魔女』は貴女か!?」
「は?……え、えぇ。そうだけど……」
あまりの剣幕に、ローゼリアは首を縦に振ってしまった。
「あっ、いやあの、ちょっと待って!」
「待てない」
アッシュは大きく床を鳴らしながらローゼリアに近づいてきた。
「ねぇってば!」
「……『記憶の魔女』」
自分よりも頭ふたつ分ほど身長が高いアッシュに見おろされ、ローゼリアは小さく「ひぃっ」と悲鳴を漏らした。
(ファルマおば様、ごめんなさい。もうあなたに会う機会はないみたい。アップルパイ美味しかったわ。それから、先代の『記憶の魔女』ファリナ様。あなたの意志を後世に繋げられなくてごめんなさい。『記憶の魔女』は私で最後になりそうよ……あぁあとそれから……)
心の中で街の人々、そしてローゼリアの師匠である先代の『記憶の魔女』ファリナに別れの言葉を告げていると、ふとアッシュが「あぁ」と呟いた。
「すまない。威圧するつもりはなかったんだ」
そう言い、アッシュはローゼリアから一歩距離を置いた。
(……あら?私のことを殺しに来たのではないの?それとも、これも作戦のうちなのかしら)
ひとりで悶々としているローゼリアを置いて、アッシュはローゼリアに頭を下げた。
「力を貸してくれ、『記憶の魔女』」
「…………え?」
これが厄介な客――『魔女殺し』アッシュとの出会いだった。




