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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の破滅と始まり
92/94

92.結婚式の夜に(1)

コリン視点に戻ります!

 風が、私の栗色の髪を揺らした。少しだけ開けた窓から、そよ風とともに陽気な音楽や人々の笑い声が入ってくる。

 私は豪奢な飾り窓に座って街を見下ろす。もう夜更けだというのに、未だに街は明るく、人々は浮かれ騒いでいる。


「次期皇帝イサク様万歳!」

「皇子妃コリン様に幸あれ! 帝国に光あれ!」


 カリガルの街から、笑い声に混じってそんな声がいつまでも聞こえてきた。帝国中の人々が、今日は第一皇子の結婚を寿いでいる。


(まあ、次期皇帝の皇子様が結婚式を挙げたんだから、盛大に祝うのも当然よね)


 他人事のようにぼんやり考えたけれど、そういえば今日は私も主役の一人だった。

 つまり、今日は第一皇子のイサク様と皇子妃こと私、コリン・ブリダンの結婚パーティーだったのだ。

 教会で誓いの言葉を述べ、盛大に城下でパレードをし、皇帝の前で結婚を宣言までしたものの、困ったことに未だに現実感がわいてこない。なんだか夢の中にいるみたいだ。豪奢な重いドレスを一日身に纏っていたので、身体はしっかり疲労しているけれど。


 イサク様にプロポーズされた当初の私は、「まあ、私は側室あたりになるのよね」と高を括っていた。

 しかし、ふたを開けてみれば、イサク様は貴族たちの反対を見事に蹴散らし、面白がるアマラ様まで味方につけ、平民の私を正式に皇子妃にしてしまった。その上、「側室は娶らない」と常日頃から宣言してしまっている。

 最初のうちは、正室の座を狙っていた貴族令嬢から「平民の娘のくせに」と散々妬まれ、陰口を叩かれた。嫌がらせで大量のカエルの死骸を送られたこともある。

 しかし、私が嫌がらせされていることを知った、義理の妹になるナタリーが「私の未来の義姉をいじめたら許しませんわよ」と、貴族令嬢たちにしっかり睨みをきかせてくれたので、事態はあっという間に鎮静化した。


 ――と、まあそんなこんなで、皇子との婚約者としての日々は思ったより平和だった。結局、身代わり皇女の時と何一つ変わらない公務をつつがなくこなし、大きな喧嘩をすることもなく、この度イサク様とめでたく結婚する運びとなった。

 イサク様は皇子妃である私のために、とっておきの部屋を用意して私を迎えてくれた。それがこの、カリガルの街を一望できる飾り窓のついた部屋だったのだ。


「なんだか、未だに私が皇子妃になったなんて信じられないんだけど……」


 飾り窓に置かれた真新しいクッションに顎をうずめながら、ぼんやりそんなことを呟いたその時、控えめにドアがノックされた。

 私が入室を許可すると、侍女のジルが部屋に入ってくる。


「皇子妃様、もう少しで旦那様がお越しですよ」

「えっ、イサク様が!? ま、待って! まだ心の準備が……」


 ワタワタと慌てて化粧台の鏡の前に立つ私に、ジルは苦笑する。


「そんなに緊張する必要はありません。いつも通りで良いのですよ。確かに今夜は、『初夜』と呼ばれる特別な夜ですが、別に房事を行わなければならないなんて決まりごとはありませんわ。お疲れでしょうし、断られてもよろしいかと」

「で、でもぉ……」

「あら、別にその気なら止めませんよ」


 ジルは含み笑いをしたあと、顔が真っ赤になった私を椅子に座らせ、髪を整えてくれた。大事なものを扱うような手つきは、相変わらず優しい。ジルは、私が身代わり皇女だったと発覚した後も、変わらず献身的に私に仕えてくれている。


「結婚式までに御髪がここまで伸びて、本当に良かったです。もう少し短かったら、結ぶこともままならなかったでしょう。本音を申し上げれば、結婚式はもう少し髪が伸びた後でも良かったとは思いますが」

「ナタリーに飲ませられたあの怪しげな薬が効いたのかしら。髪の毛が早く伸びるとかいう……」

「私は、あの薬に確かな効能があったとは思いませんが、そういうことにしておきましょう」


 ジルはそう言いながら微笑む。

 オフェリアの身代わり時代は亜麻色に染めていた髪は、もうすっかり伸びてもとの栗色に戻った。今は肩あたりで切り揃えられている。


「それにしても、皇子妃様の栗色の髪は、お母様譲りなのですね」

「あっ、もしかして今日の結婚式で、うちの両親に会った?」

「ええ。皇子妃様のご両親から声をかけていただき、ご丁寧に挨拶をしてくださいましたよ。それから、バスティガ村の方々にも声をかけていただいて……。何と言うかその、皆さんとても賑やかな方々で……」

「あ、あははは……」


 私は乾いた笑みを漏らす。うちの家族はともかく、やたらめったらと結婚したがっていた子供時代(くろれきし)を知っているバスティガ村の人々は、私の花嫁姿を見て全員「あのコリンがついに花嫁に……」と感極まって盛大に泣いていた。ジルの目からはたいそう賑やか――というか、騒々しい集団に見えただろう。

 

「ごめんね。村の人たち、とにかくうるさかったでしょう」

「否定はしません。……ですが、羨ましいと思ってしまいました。皇子妃様は、たくさんの方に愛されているんですね」


 私は目をぱちくりさせた。


「愛されている?」

「ええ。皇子妃様は、ご自分が思っているよりずっといろいろな方に愛されています。それは、素晴らしいことです」

「そ、そうかな……」

「ええ。万が一にでも、イサク様が浮気なんかをした時には、アマラ様やフォロン公国のユーチェン姫だって、黙ってはいないでしょう。それに、きっとあちこちで暴動が起こります」

「うーん、否定はできないかも」

「とにかく、お二人とも生涯仲良くお過ごしくださいませ。この国の安泰のために」


 さりげなくジルにプレッシャーをかけられた私は、引きつった笑みを浮かべる。


「善処するようにするわ……」

「全く心配していませんけれどね。イサク様はコリン様に首ったけですもの。それに、皇子妃様をイサク様が悲しませるようなマネをしたら、真っ先にギルジオさんが飛んできて、また攫ってくれますよ。あの人、腕っぷしだけは異常に強いですし」


 事情を全て知っているジルが、笑えない冗談を口にした。ギルジオなら本当にやりかねないので笑うに笑えない。

 ギルジオは爵位を剥奪され、市井に放逐された。第一大公から執事とならないか、と打診があったと聞いているけれど、なんだかんだでギルジオはオフェリア商会で今まで通り働いてもらっている。

 もちろん、ギルジオとイサク様との仲は最悪のままだ。何度か仲直りするよう促したものの、無駄に終わってしまったため、人の相性ばかりはどうしようもないともはや諦めている。

 ジルと他愛のない話をしている間に、トントトトン、と扉がノックされた。このノックは、イサク様だ。


「あら。思ったより早かったですね。では、私はこれにて失礼いたしますわ。……あまり無理をなさらぬよう」


 ジルは意味深ににっこり微笑むと、緊張で顔が強張った私を置いて、さっさと部屋を去っていった。

長くなったので分割します。


☆以下完全に蛇足の情報です☆

ifにはなりますが、国外追放されたコリンとギルジオをユーチェン姫がフォロン公国に侍女として迎える……のも考えていましたが、ボツにしました。作者的にユーチェン姫とコリンのゆりゆりエンドも良かったと思うのですが、あまりにイサクとギルジオが不憫なので……。

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