91.身代わり皇女の裁判の顛末
その日、とある裁判が行われるということで、王立の裁判所の前の広場は、人でごった返していた。
いつもの裁判であれば、首都カリガルの中心地から少し離れた、小高い丘の上にある裁判所に大勢の人が集まることはない。むしろ、裁判所前に人が集まるなんて前代未聞だ。
しかし、今回は特例だった。
なにしろ、「第一皇女身代わり事件」の裁判の日なのだ。
イフレン帝国において最もスキャンダラスでショッキングな事件の顛末は、帝国中の誰もが注目していた。
それもそのはず、この事件の真っただ中にいる第一皇女は、なにかと注目されてきた優秀な人物だった。
なにしろ、彼女は自ら市井に下りて商会を営み、ある時は隣国との戦争をその身を挺して止め、またある時は死の谷と呼ばれた危険な場所に新たな技術を用いて交通網を作った才媛だ。なまじっか優秀過ぎて、貴族たちには疎まれていたようだったが、それでもなお彼女の功績は目を見張るものがあった。
第一皇女時代の彼女は、皇帝の信頼も篤く、平民の人気はすさまじいものがあった。王位継承権第一位だった彼女は、間違いなく次期皇帝だろうとささやかれていたのも事実。
しかし、その第一皇女は、その実皇族の血を一滴もひいていない、コリン・ブリダンという名前の、平民の少女だったのだ。
その事実を耳にした時、帝国中の誰もが耳を疑った。
「可哀そうに。若い娘さんがいきなり王宮に連れ攫われて、身代わり皇女にさせられていたなんて。本物の第一皇女は5年前にすでに神の身許に召されてしまったらしい」
「なんとまあ。平民の少女が皇女の身代わりにされて、貴族たちは5年もの間気づかなかったのか」
「あそこまでの偉業を成し遂げられたお人だもの。むしろ、貴族たちの目が節穴で良かったよ。あの子が第一皇女じゃなけりゃ、イフレン帝国は今ごろ隣国との戦争の真っただ中だったんだからね」
裁判所前に集まった平民たちがひそひそと囁き合う。
当然ながらイフレン帝国民たちの間では、身代わり皇女にされた少女に同情する声が多かった。
それに加え、商会で精力的に活動していた身代わり皇女を知る人々はみな、口をそろえて「身代わりだとしても、あんなに良い子が罰を受けるなんてあんまりだ」と切実に訴えた。
それで、ますます身代わり皇女への同情論は白熱し、ついに王宮の前で彼女の無罪を嘆願する人たちが大勢詰めかけたのだ。
とにかく、大勢の群衆が見守る中、開廷の半刻前に厳重に警備された4台の馬車が裁判所の広場に止まった
最初に馬車から降りたのは、裁判官たちだった。そして、その後ろに、大勢の貴族たちが続く。その中には、美しい女帝アマラと、今回の事件がきっかけで第一皇子に昇格したイサク・ジヴォ・ガイアヌもいた。裁判所に皇族が参加するのは異例だ。
「皇族様が裁判所に出てくるなんて、そこまでして、身代わり皇女を糾弾したいのか……」
絶望的な呟きが、人々の間でため息とともに漏れた。
そして最後に、被告人たちが馬車から降ろされ、裁判所の中に入って行く。その中には、髪をすっきりとまとめ、簡易な服を着たコリンの姿もあった。
人々は押し合いへし合いしながら、身代わり皇女の姿を一目見ようと身を乗り出した。
「身代わり皇女だとしても、我々は貴女の功績は忘れていません!」
「コリンちゃん、私たちはアンタの味方だからね! 気をしっかり持ちな!」
「早く商会に戻ってきてくれ!」
広場にいる人々の群れからは、コリンを励ますような声が上がった。身代わりにされていた少女はその声に気づくと、広場のほうを振り向いて、少し驚いたような顔をしたあと、丁寧に美しい礼をとった。
その姿はあまりに儚く、広場の人々の胸を打つ。
「ああ、あんなに青ざめて、可哀想に……」
「しかも、少し痩せたんじゃないか?」
広場前には警備のために騎士たちが大勢配置されていたものの、平民たちがコリンを擁護する声を咎める者は誰もいなかった。彼らもまた、身代わり皇女に同情していたからだ。
こうして、「第一皇女身代わり事件」の公開裁判は時間きっかりに開廷した。
被告人は、4人。第一皇女の祖父であるアンリ・ドゥ・ゲルタウスラ・テスタ、その腹心であるライムンド・オルディアレスと、ギルジオ・オルディアレス。そして、身代わり皇女である、コリン・ブリダン。――ライムンド・オルディアレスは結局出廷しなかったため、本人不在のまま裁判は進んだ。
当然、平民に対して裁判は開かれていないため、王宮前にいる人々は固唾を飲んで、裁判の結果を待つしかできなかった。
裁判は長らく続いた。紛糾しているのは間違いないだろう。
そして、空に一番星が輝きだした時、裁判所から一人の従者が走ってきて、裁判の結果を告げた。
「すべての黒幕であるライムンド・オルディアレスは終身刑、第一大公は王宮から追放、そしてギルジオ・オルディアレスは爵位剥奪! それから――」
裁判所前にいた人々は沈黙し、従者の声を聞く。
「そして、――身代わり皇女のコリン・ブリダンは無罪!」
ワッと歓声が上がる。人々は肩を叩いて喜び合った。
しかし、従者の報告はそれだけでは終わらなかった。
「そして、コリン・ブリダンは第一皇子イサク様と婚約したと発表をしたぞ!」
一瞬、水をうったように静まり返った。
その場にいた誰もの頭の上にハテナマークが浮かぶ。先ほどまで被告人として裁判所に青ざめて入って行った平民の少女が、なぜ第一皇子の婚約者に選ばれる話まで飛躍してしまったのだろう?
しかし――……
「ま、無罪なら何でもいいじゃないか!」
と、誰かが言ったことにより、「そうだそうだ!」と皆が頷き、その場は一瞬で祝福モードに変わった。
こうして、裁判所前でさっそく酒盛りが始まり、踊り子たちがこぞって喜びの舞を踊った。出店さえ開かれた。それから一晩中、裁判所前の広場は人が絶えなかったという。
イフレン帝国の長い歴史において、裁判所前の広場でこれほど大勢の人が集まったのは、この日が最初で最後だったと後々に語られることとなる。
元も子もないことを言いますが、裁判所に入る前にコリンが青い顔をしていたのは、馬車の中で必死で陳情書を見直し、思いっきり車酔いしたからです!
あと少しだけ続きます。





