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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の破滅と始まり
89/94

89.お人よし

 地下牢から三人分の足音が去っていき、地下牢の重々しいドアが閉まった音が響く。その瞬間、ギルジオがこれまで静かだったツカツカとこちらへ向かってきて、こちらを睨んできた。


「お前、なぜ逃げなかった! 俺や閣下が今まで黙秘を続けていたのは、お前が逃げる時間を稼ぐためだったのに!」 

「ええっ、そうだったの!?」

「当たり前だ! 皇女の身代わりなんて、どうせ大罪だぞ! 処刑されるかもしれないんだ! とにかく、今からでも遅くない。閣下がせっかく時間稼ぎをしてくださっている。今すぐにでも早く逃げろ!」


 ギルジオは焦った顔をしていた。私の身を本気で案じているのだろう。


「大丈夫だよ。イサク様は、私のこと罪に問わないって言ってくれたし」

「馬鹿なことを言うな。お前を油断させ、ここに留まらせようとしているだけかもしれないぞ!」

「イサク様が嘘をつくタイプの人じゃないって知ってるでしょ」

「……まったく、どこまで楽天的なんだ。まあ、あの皇子が言うことが真実か嘘かはどうでもいい。隙を見て逃げるんだ、いいな!?」

「イヤよ」


 私はあっさり答えた。ギルジオが怒りのあまり、カッと目を剥く。


「お前は肝心な時に俺が言うことを無視する女だな。思い返せば黒フードの男たちに襲われた時も、お前は――……」

「はいはい、昔の話はまた今度。とにかく、私が逃げたら、ギルジオやおじい様の弁護をする人がいなくなっちゃうでしょ」


 私の一言に、ギルジオの瞳が大きく揺れた。しかし、すぐに切れ長の目は伏せられる。


「……お前の弁護など、俺たちには必要ない」


 嘘だ。明らかに虚勢を張っているのがバレバレだ。

 私は苦笑して、肩をすくめた。


「必要ないわけないでしょ。私が身代わりだって知っていたのは、首都ではライムンドと私、それからギルジオとおじい様しかいなかったのよ。ジルでさえ私の正体を知らなかったんだから。私が本当のことを話さなかったら、誰が話すっていうのよ」

「しかし、お前はそれでいいのか?」

「くどい。ギルジオがなんと言おうと、二人が処刑されないように、私はちゃんとみんなの前で真実を話すから。きっと、当事者の私が話したほうが、絶対に話が早いよ。私が逃げるのはその後でも遅くない」

「…………なぜ、」

「うん?」

「なぜ、お前はそこまでするんだ? お前は俺たちを恨んでいないのか?」


 私は一瞬言葉に詰まった。

 恨んでいない、と答えれば、正直嘘になる。

 ギルジオに攫われたことで、私の平凡な毎日は見事に打ち砕かれ、貴族の権力争い巻き込まれては疲弊し、何度も殺されかけた。

 第一皇女オフェリアの身代わりにされたことで、私の青春は大きく変わってしまった。

 でも――……、


「ギルジオは、私のこと心配してくれたでしょ?」


 私は、ギルジオの顔をじっと見つめる。整った顔はこれまで見たことないほどにやつれ、眼の下にはくっきりとクマができていた。私のことを心配してほとんど寝られなかったのだろう。長い付き合いなのだから、それくらいすぐに分かる。分かってしまう。

 怪訝そうな顔をするギルジオに、私はクスクス笑った。


「ギルジオが私を心配するのと一緒で、私も同じだけギルジオを心配するの。確かに、村からさらわれて皇女教育されている間は、ギルジオなんて大嫌いだったわ。身代わりの日々は大変だったし、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのって思ったことも何度もある。王宮に皇女としている間も、心が休まる場面なんて全然なかったし、あっちもこっちも敵だらけだったし。でも、……それでも、私は不幸だったわけじゃないの。それは、ギルジオが助けてくれたからよ。私の身に起こったことを、私以上に怒って、真剣に考えてくれたから、私はここまで頑張れた」

「…………」

「それに、オフェリア商会が大成功したのだって、ギルジオの支えがあってこそじゃない。私ひとりじゃ、無理だった」


 ギルジオの目がほんの一瞬潤んだ気がした。しかし、見間違いかと目をパチパチしている間に、ギルジオはいつものポーカーフェイスに戻っていた。


「フン。確かに、俺がいなければ、今頃オフェリア商会の倉庫には4万個のカーテンタッセルで溢れかえっていただろうからな」

「もう、その話は忘れてよ!」


 私が頬を膨らますと、ギルジオはようやくふっと表情を緩めると小さくため息をついた。どうやら、私の説得は諦めたらしい。


「……このお人よしめ。もう良い。好きにしろ」

「はいはい、好きにさせてもらうわよ」

「その代わり、お前の気が済んだら、……機を見て逃げてくれ。これから先、俺はお前を守ってやることが難しくなる」

「分かってるわよ。その辺りは抜かりなくやるつもり。さっさと平民に戻って、今度こそ結婚してやるんだから」


 私が肩をすくめた時、地下牢に数人の足音が響いた。恐らく見張りの騎士たちが帰ってきたようだ。それもかなり慌てている。

 ギルジオは小さく舌打ちすると、鉄格子の隙間から手を伸ばし、私の腕をとって無理やり引き寄せ、耳打ちをした。


「もし、俺が処刑を免れたら、お前を迎えに行ってもいいか」

「えっ、それってどういう……」


 戸惑う私を解放して、ギルジオは目の縁を少しだけ赤くして、少し目線を外す。


「……返事は今ではなくていい。考えておいてくれ」


 私がギルジオの言葉の真意を問いただす前に、見張りの騎士たち――と、なぜか怖い顔をしたイサク様まで現れた。


「コリン、無事か!?」

「もちろん無事ですよ。それより、ずいぶん、お戻りが早かったですね?」

「アマラ様に第一大公を引き渡してすぐに戻ってきた。第一大公は俺を引き留め、時間稼ぎをする気満々だったらしいが、アマラ様を前にすると、さすがにあからさまな妨害はしてこなかったな。あとは、アマラ様がうまく聞き出してくれるだろう」


 そう言いながら、イサク様は私をそっとギルジオから遠ざけた。


「……ギルジオ・オルディアレスよ。たった今、アマラ王のご意向で、第一大公とお前の公開裁判が開かれることになった。三日後だ。お前も出廷を命じられている。申し開きはそこで訊く」

「……御意。すべてをお話すると誓いましょう」

「コリン、行くぞ。これ以上ここにいると、病み上がりの身体に障るかもしれない」


 そう言って、イサク様は私の手をとって、さっさと地下牢をあとにする。ギルジオは、私を見つめたあと、「さっさと行け」とばかりに、小さく手を振った。いつも通りのギルジオだ。


(さっきギルジオ言ったこと、どういう意味……?)


 内心首を傾げながら暗い地下牢を出ると、あたりはすっかり暮れなずんでいた。王宮の豪奢な窓から差し込む夕日の中で、二人分の長いくっきりとした影が廊下に伸びる。

 私はイサク様を見上げた。


「イサク様、公開裁判は三日後って、どういうことですか……? あまりに急すぎます」

「いや、遅すぎるくらいだ。帝国中が注目している大スキャンダルだ。真相解明は早ければ早いほどいい」

「えっ、帝国中がもう知ってるんですか……」


 私はさっと青くなる。イサク様が首を傾げた。


「第一皇女は身代わりで、実はコリン・ブリダンという名の平民の少女だったと、一昨日に号外まででたんだぞ。……おい、どうしてそんなに顔が青いんだ? 別に、君は悪くないんだから堂々としていればいいだろう」

「な、名前まで割れてる……」

「ああ。真実を隠すことなく国民には公開せよと報道官には伝え……、あっ、おい! 大丈夫か……?」


 王宮の大理石の床にへなへなとその場に座り込んだ私の顔を、気づかわしげにイサク様が覗き込む。


「名前が知られては、困ることがあるのか?」

「もちろん困ります。……その、結婚できなくなっちゃいますから」

「……ほう」


 イサク様の頬が一瞬引きつった気がした。

 本当は、大好きなイサク様にこんな話はしたくない。けれど、黙っているのもおかしい気がして、私は馬鹿正直に話し始める。


「実は私、……ずっと結婚するのが夢だったんです。なのに、私の名前が帝国中に知られてしまった今、名前を申し出ただけで恋人の対象から外れてしまうわけです。元身代わり皇女なんて、訳アリすぎてもはや地雷物件ですから」

「………………」


 イサク様は目を細めて、なんともいえない顔をする。私は構わず話し続けた。


「でも、私だって、多少頑張れば相手は見つかると思うんです。うんと年を離れている寛容な紳士なら……。もしくは、……」


 私がブツブツと呟き始めた時、イサク様は額に手を当てて大きなため息をついた。


「……なあ、コリン。忘れているかもしれないが、目の前にいる男はお前に数日前プロポーズしたはずだ。それについてはどう考えている?」


 急な一言に、ドクンと心臓が跳ねた。

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