88.血のつながりはなくとも
王宮の地下牢に閉じ込められたギルジオと第一大公は、ずっと黙秘を続けているらしい。そのせいでなかなか事情聴取が進まないのだと、地下牢を見張りの番をしている騎士の一人が教えてくれた。
「さすが長らく王宮の実力者として名を馳せていた第一大公です。我々の尋問に対しても、何一つお答えにならず、こちらがたじろぐほどの気迫があります。ギルジオ・オルディアレスもまた、『喋ることはない』と黙秘を続けています」
困り顔の騎士は地下牢に続く狭い階段を下りながら、大きなため息をついた。イサク様は厳しい顔をする。
「あの二人から何の情報も得られていないのか? コリンから事情を聞いたが、首謀者はライムンド・オルディアレスらしいぞ」
「そ、そうなんですか!?」
騎士は驚いた顔をした。どうやら、黒フードの一味から語られた、ライムンドの作り上げた荒唐無稽な捏造を鵜呑みにしていたらしい。
イサク様はライムンドが首謀者だという事実を手短に伝えた。騎士は難しい顔をする。
「しかし、二人からそのような話は聞いておりません。首謀者でないなら、進んで弁明しそうなものですが……」
「ああ。このまま二人が黙秘を続けるなら、『黙秘は肯定の意である』として、全ての罪を認めたことにされるだろう。最悪、死刑もあり得る。二人もそれくらい分かっているだろうに……」
死刑と聞いて、自然と歩み速くなる。それだけは、どうしても避けたかった。
地下牢の最奥の部屋に、ギルジオとおじい様――いや、第一大公は、囚われていた。
二人とも、簡素な服を着せられており、顔はすっかりやつれていた。第一大公は身体を丸め、椅子に座ったままずっと壁の方を見つめて銅像のように動かない。ギルジオは、第一大公の足元に、片膝をついて座っていた。
二人があまりに凄惨な雰囲気を纏っていたため、一瞬何と声をかけていいかわからず私は戸惑った。
けれど、いまさら二人に対して取り繕っても仕方がない。私は結局オフェリアの身代わりだった時と同じように、二人の名前を呼んだ。
「おじい様、ギルジオ――……」
私の呼びかけに、二人ははじかれたように顔を上げる。
「お前――……!」
ギルジオの顔に、戸惑いと怒ったような、そしてホッとしたような表情が浮かんだ。しかし、ギルジオがなにか言う前に、第一大公がヨロヨロと立ち上がってこちらに向かって走ってきた。
急に第一大公がこちらに向かってきたので、後ろで騎士が私を守ろうと動いたけれど、イサク様がそれを止めた。
「オフェリア、ああ、オフェリア……」
皺だらけの手が、鉄格子の隙間から伸びてきてぎゅっと私の手を掴む。私は、ボロボロのおじい様の手を握り返した。
「おじい様、ごめんなさい。来るのが、遅くなってしまって……。すべての黒幕はライムンドなのに、おじい様とギルジオがこんな場所にいるのは間違っているのに……」
「いや、いいんだ。すまなかった。ライムンドの馬鹿のせいで、危うく命を落としかけたと聞いた。長らく目を覚まさなかったらしいな。目が覚めて僥倖なことじゃった……」
「そんなのどうだっていいんです。ライムンドの悪事が見抜けなかったのは私の責任でもあります。そもそもオフェリアを殺したのは、ライムンドだったんです」
私はライムンドの悪事を洗いざらい話した。その場にいた全員が、おぞましい一連の出来事を聞き、驚きのあまり絶句する。
全て聞き終わったころ、第一大公の無精ひげが不ぞろいに生えた頬に、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
「……そうじゃったのか。ライムンドの愚かな計画の企てすら見抜けず、申し訳なかった。怖かったじゃろうて……。ワシが耄碌しておったばっかりに、お前さんにはどこまでも苦労を掛けてしまった」
「おじい様、……私が身代わりだとちゃんと気づいていたの?」
「ああ、だいぶ時間がかかってしまったが……。ワシの孫娘にしては、ちと元気が良すぎたものでな」
私は思わず苦笑した。たおやかで優しかった本物のオフェリアと比べれば、私は確かに「元気が良すぎる」タイプだろう。
第一大公は、監獄にいる囚人だと思えないほど澄んだ目で私を見つめた。
「しかし、それでも良いと思ったのだ。……ワシはお前に願いを託してしまった。玉座を手に入れ、あっという間に天に昇ってしまった息子と同じように、孫娘も玉座につけようなどと、愚かな夢を抱いてしまった。……それが、本物のオフェリアでなくとも。いや、本物のオフェリアや、家族たちが相次いで天に還ってしまったからこそ、もう、ワシがすがるものは、お前しかなかったのじゃ……」
「……おじい様」
「すまなかった。……ほんに、ワシは愚かだった。しかし、大事なお前が命の危機にさらされたと聞いて、ようやく目が覚めた」
第一大公は痛々しいまでに顔をしかめ、長い長いため息をついた。
「……ライムンドとワシは、同罪よ。家族を亡くしてもなお、ワシは権力に取り憑かれておった。そして、大事なお前は殺されかけた。ワシはまた、大事な人間を喪うところであったのだ。……可愛いお前が目を覚まさぬようであれば、ワシはせめてもの罪滅ぼしに舌を噛んで自害せんと覚悟を決めておった……。この年寄りの命では、償いきれぬほどの罪を犯したのは間違いないが……」
「私はちゃんと生きています。だから、そんなことはしないでください。オフェリアだってきっと、そんなことは望んでないもの」
「ああ、……お前はそういい子であったな。優しく、まっすぐで、どこまでも強い。……オフェリアの身代わりが、お前で本当によかった。血のつながりはなくとも、お前のことを本当の孫のように思っているよ。冥途の土産を渡すと思って、せめてお前の名前を教えてくれないか」
「私の本当の名前は、コリン・ブリダンです」
「コリン。良い名前だ。これからはその名を偽ることなく幸せになっておくれ」
第一大公は涙を流しながら深く頷く。そして、私の横にいるイサク様と向かい合った。
「ガイアヌの子倅よ、ワシは、……どんな処分でも甘んじて受けよう。ライムンドの馬鹿のやった不始末はこの手でつける。このおいぼれの首で全ての方が付くのであれば、喜んで落とすがいい……。ワシは少々、疲れてしまった」
「……分かりました。しかし、俺は貴方の首に興味がない。私が貴方に求めることは、ただ一つ。皆の前で真実を語り、ライムンド・オルディアレスの計画を公にすることだ」
「承知した」
第一大公は重々しく頷いたあと、ふいにニヤッと微笑みを浮かべた。長年帝国の重鎮として暗躍してきた老獪な智謀者の顔つきだ。
「一つ取引があるのだが、良いだろうか。この子に関することだ。絶対に損はさせまいよ。……しかし、どうもここでは話しにくい。場所を移してくれぬか。この監獄暮らしにも飽き飽きしてきたところじゃ」
「……ここで話せば」
「はあ、ワシは高齢で身体中が痛い。取り調べで全てを語る前に死ぬやもしれぬ」
「…………」
「ワシが真実を伝えなければ、困るのはお主だぞ、皇子よ」
「……閣下、それはもはや、脅しですよ」
イサク様は複雑な顔をした後、やがて大きなため息をついて騎士に第一大公を解放するように伝えた。第一大公は牢獄から出て大きく伸びをしたあと、さっさと歩き出す。慌てて騎士が追いかけた。
イサク様も少し迷うような素振りをしたあと、私の手をひいて戻ろうとしたものの、第一大公がこちらをちらりと見て大きく肩をすくめた。
「おお、そうじゃ。ギルジオは地下牢に残るが、生憎と見張りが不在なるのお。そうじゃ、ギルジオの見張りを、コリンに頼もう」
まるで決定事項のような物言いに、イサク様が一瞬怒ったような表情になったものの、重要な情報を握る第一大公には逆らえなかったようだ。
私はとりあえず頷いた。
「はい、承知いたしました」
「良い返事じゃ。さて、ギルジオ……あとは分かっているな?」
第一大公の意味深な言葉に、ギルジオは一瞬言葉に詰まったあと、「御意」と返事をした。
実は同時並行で新連載を始めております。
成人向けにはなりますのでリンクは貼りませんが、ギャルが異世界転移したコメディです(完全にシリアス多めの本作の反動です)18歳以上の方、楽しんでいただければ幸いです!





