87.加担者
「私なんかを助けるために、炎の中に飛び込むなんて、なにを考えているんですか!? ケガでもしたらどうする気だったんですか! 大切なお体なのに!」
私は驚いて、思わずいつもの調子で声を張り上げてイサク様を詰ってしまった。それからハッとして両手で口を抑える。
「……す、すみません。殿下に対して、差し出がましいことを言ってしまいました」
イサク様は私の非礼に憤ることなく、逆になぜかふっと優しく目を細めた。
「別に、構わない……というより、頼むからいつも通り接してくれ。コリンが平民だと分かったとしても、お前が成し遂げた数々の帝国への貢献や、俺たちが真剣に帝国について語り合った時間も消えることはないのだから」
「そんなこと言われても、私がどうしても気にしてしまうのです……」
「ふふ、変なところで頑なになるのは相変わらずだ。……好きにすればいい。今後、たっぷり時間はある。急かす気はない」
「えっ……」
急かす気はない、とはどういうことだろう。まるで、これからも今まで通り一緒だ、と言っているような口ぶりだ。
その言葉の意味を訊こうとしたその時、扉が開き、看護師らしい人が部屋に入ってきて、私を見てにっこりと微笑むと、折り目正しく深々と頭を下げた。
「お目覚めになりましたこと、お喜び申し上げます」
「あ、はい。おかげさまで……」
看護師さんは私の脈や熱を測り、丁寧に問診したあと、「あとで食べ物を持って参ります」とだけ告げ、再度丁寧に頭を下げて出て行く。最後まで妙にかしこまった態度だ。まるで、私が第一皇女オフェリアとして振る舞っていた時のような。少なくとも、ただの平民の娘に取るような態度ではない。
奇妙な違和感に内心首を傾げていると、イサク様は何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そういえば、実は森の中で不思議なことがあったんだ。森の途中で実は追っていた馬車を見失ってしまってな。しかし、目の前に白猫が急に現れて、俺たちを廃神殿まで導いてくれた」
「えっ……」
私は軽く目を見開いた。白猫ということは、おそらく自称神様の手下か何かだろう。
そういえば、自称神様が「すぐに助けが来るように手配しましたので」と言っていたけれど、よりにもよってイサク様を呼んでいたらしい。
(あの自称神様ってば、私に平穏に生きてほしい、と言ったくせに、イサク様を呼んだらダメじゃない! この人が一番平穏と遠い人物なんだから……!)
内心文句を言いつつも、イサク様と再び会えたことが嬉しいと思ってしまう自分もいる。
とにかく、紆余曲折あって私は炎の中から救出され、この部屋に運び込まれたあと、こんこんと三日三晩眠り続けたらしい。
「各所への根回しで奔走している中でも、できるだけ時間を見つけてコリンに会いに来たのだが、なかなか目を覚まさないから、本気で心配した。医者は、君が精神的に大きなダメージを受けてしまったのだろうと言っていた。……信頼していた臣下に裏切られたんだ。ショックを受けても仕方ない。あまり気にするな」
信頼していた臣下、と言われてもすぐにピンとこなかったけれど、おそらくライムンドのことを言っているのだろう。しかし、私はそこまでライムンドを信頼していたわけではないため、軽く首を振った。
「お気づかいいただき、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。3日も眠っていたのは、ただ単に疲れていただけでしょうし。ここのところずっと寝不足でしたから、緊張の糸が切れたのでしょう」
「……それならばいいのだが」
「ライムンドに裏切られたと気づいた時はショックでしたが、ちょっと納得した部分もあったんです。人前はともかく、二人きりの時のライムンドは、私のことを平民として心底軽蔑してそれを隠そうともしなかったので……。第一、彼は私を身代わりに仕立てた張本人です。信頼関係なんてまったくありませんでしたよ」
「ライムンド・オルディアレスが? 黒フードの騎士によると、第一大公とオルディアレス家の弟が、この馬鹿げた計画の主犯だと聞いているぞ」
「おじい様とギルジオが!?」
「ああ。だから、あの二人は問答無用で真っ先に牢に入れた」
「それは事実とは異なります!」
どうやら、イサク様はライムンドが黒フードの騎士たちに話して聞かせた壮大な妄言に騙されているようだ。
私は私の身に起こった出来事をなるだけ簡潔に伝える。
ライムンドが自分の言いなりにならないオフェリアを殺し、その代わり自分の操り人形となる身代わり皇女を王宮に出仕させたこと。この国に影ながら絶大な影響力を及ぼす第一大公であるおじい様は、表向きしっかりとしているけれど、もうすっかりボケボケだということ。ギルジオは身代わり皇女である私を、献身的に支えてくれたこと――……
すべてを聞き終えたイサク様は、小さくため息を漏らした。
「……ライムンド・オルディアレスと言う男は、あの柔和な見た目に反して、どんでもない鬼畜だったのだな。……許せない」
イサク様の顔は冷たかったけれど、眼には強い憤りが宿っていた。膝に置かれた手は怒りのあまり震えている。
「あ、あの、途中までは第一皇女の身代わりを嫌々やっていたのも事実ですが、まあ途中からはなんだか楽しくなっていたので! イサク様がそんなに怒ったり気に病んだりしないでください。それに、ライムンドが身代わり計画を立てていなければ、私はイサク様に会えなかったんです」
私はイサク様の怒りに震える手にそっと触れる。イサク様はハッとした顔をしたあと、顔を少し赤らめて、ばつが悪そうに苦笑してみせる。
「……考え方によっては、そうだな。コリンが身代わりの皇女となったから、俺たちは出会えたのだ。その点では、ライムンド・オルディアレスには感謝せねばなるまい。……しかし、だからといってそれだけでライムンド・オルディアレスの罪が帳消しになることはない」
「そうですね」
「コリンは、本当によく耐えてくれた。お前の命だけではなく、故郷の大事な人々まで人質にとられていたとは、いやはや、俺の想像をはるかに超えるプレッシャーを感じていたに違いない。よく心を強く持ち、この国に仕えてくれた。心からの尊敬の意を表明する」
「お、皇子が頭を下げないでください。国家を欺いた大罪人に、皇子が頭を下げている場面なんて、万が一誰かに見られちゃったら……」
「無理やり身代わりにさせられていたか弱い乙女が、大罪人になるわけがない。万が一お前が罪人だと糾弾するバカがいたら、この俺が直々に捻り潰す」
「ヒエッ」
なんだか物騒な言葉が出てきたため、怯えた私はさりげなく話を戻した。
「とにかく、黒フードの騎士たちの話はすべて信じてはいけません。どうか、殿下の寛大なお心で、おじい様とギルジオを早く釈放してあげてもらえませんか?」
「……なぜそこまで二人を庇う? 普通であればもっとお前は怒って良いんだぞ。それに、痴ほうが始まって情報を正しく認識できない第一大公はともかく、ギルジオ・オルディアレスはコリンが身代わりの皇女だと分かっていて、計画に加担したのでは? 俺からしたら、ギルジオもライムンドと同罪だ」
「あ………」
とっさに何と答えていいかわからず、私は思わず口を閉ざした。
確かに私を攫ったのはギルジオだけど、同時に彼には何度も救われてきた。彼がいなければ、きっと今頃私はここにいないだろう。
しかし、ライムンドが黒幕だったという真実が明るみになっても、傍から見ればライムンドとギルジオは同罪だろう。
(私が、包み隠さず真実を話さない限りは、ギルジオは処刑――……)
ギルジオが無残に殺されるのでは、という恐ろしい考えが胸の内に浮かんで私は身体をぎゅっと抱いた。このままではダメだ。
私はイサク様を見上げた。
「……ギルジオとおじい様に会うことは、できませんか」
「もちろん、できるが……」
「それでは、会わせてください。今すぐにでも」
力強く私がお願いすると、イサク様は戸惑いがちに頷いて、「あまり無理はするな」とくぎを刺したうえで、地下牢に連れて行ってくれた。





