85.予期せぬ再会
目を覚ますと、見知らぬ部屋に私は寝かせられていた。
(ほ、本当に生きてる……)
私は自分の両手や足が問題なく動くことを確認して、ほっと安堵の息を漏らした。
どうやら、神様の言った通り、誰かが私をあの火の中救ってくれたのだろう。幸いなことに身体に怪我もない。
私はそっと身体を起こしてあたりをきょろきょろと見渡した。広い部屋だ。扉が一つに、窓が二つ。寝台のまわりには、水差しやコップが置かれたサイドテーブルと、装飾の類が一切ないさっぱりとした椅子が二脚。それから、部屋の隅に二人掛けのソファが置かれている。
白を基調としたさっぱりとした内装と、ツンと鼻につく独特の臭いから判断すると、ここは病院のようだ。先ほどまで私が寝ていたことを気遣ってか、窓のカーテンは閉まっていて、陽の光が淡く部屋に差し込んでいる。時刻はおそらく昼。
ただし、それ以外は分からない。
「あの、誰かいません――……ゲホッ!」
誰か人を呼ぼうと声を出したものの、喉が渇いていて、思わず咳き込んでしまった。かなり長い間水を飲んでいなかったらしい。
サイドテーブルに用意されていた水差しからコップに水を注ぎ、私は一気に飲み干した。私は続いて2杯、3杯と続けて水を飲み干す。水差しに入った水を空っぽにした段階でようやく喉の渇きがマシになり、私は大きくため息をつく。
(あの火事から、誰が助けてくれたんだろう……。神様は助けを呼んだ、とは言っていたけれど、誰も教えてくれなかったしなあ)
火事になった廃神殿から私を助けだしてくれた奇特な人だ。誰であれ、丁重にお礼を言うのが筋だろう。
それから、今の状況を聞いて、隙を見てバスティガに逃げなければならない。
「考えてみれば、生き残ったのは良いけど結構大変な状況ね……」
私が身代わりだったと不特定多数の人にバレてしまった今、一時も早くカリガルから逃げなければならない。不本意だったとはいえ、この帝国中の人を欺こうとしたのだ。何かしらの罪に問われるだろう。
それに、ギルジオと第一大公も気がかりだ。恐らく、身代わり皇女を用意した罪で私と同様の罰を受けることになるに違いない。私が身代わりだったと公になる前に、二人をなんとかして助けなければ。
「はあ、やることがいっぱいだなあ……」
寝台から降りようとしたその時、控えめなノックのあと、前触れなく扉が開いた。
現れたのは、なんだか懐かしい感じのする妙齢の男の人だった。
「……どなた?」
「……コリン!」
震える声で、男の人が私の名前を呼んだ。聞き覚えのある声に、私は驚いて息を飲む。
「……お父さん!」
私は寝台から飛び降りて、お父さんのもとへ駆け寄った。お父さんは勢いよく突進してきた私をかたく抱きしめる。
「ああ、コリン……。やっぱり生きていたんだな。私の可愛い娘!」
お父さんはひとしきり抱きしめたあと、私から身を離す。それから、私が本当にいるのか確かめるように私をじっと見つめて、大粒の涙を流した。
「ああ、本当に立派になったなあ。もう20歳になるのか。髪の毛の色は違うけれど、すぐお前がコリンだとわかった。神様に感謝しなければならないな。……お前とまた会えるなんて、夢のようだ。正直、もう一生会えないとばかり思っていたからね。お母さんも会いたがっていたよ」
お父さんは、記憶よりずっと年を取ってしまって別人のようになってしまった。
年の割には若々しいと常々言われていたのに、目はすっかり落ちくぼんで、顔中見たことのない皺ができていたし、自慢の豊かな栗色の髪は見る影もなく真っ白になってしまっている。
きっと、私がいなくなってしまったことで、相当な心労をかけてしまったのだろう。こんなにも心配をかけてしまったと思うと、心が痛む。
「心配かけてごめんなさい……。それに、仕事だってあるのにこんなところまで……」
「仕事なんてどうでもいい。ずっと探していた娘が首都で見つかったと連絡があったんだ。そちらの方がずっと大事だろう。大事な家族なんだから」
大事な家族、と言われて、心に陽の光がさしこんだように温かくなる。
長い間離れ離れになっていたけれど、私たちは変わらず家族だった。そのことが素直に嬉しい。
お父さんは軽く咳払いをして茶目っ気たっぷりに笑った。
「それに、お前がいない間、うちの長男坊は大成長したんだ。今じゃ私よりしっかり工房をまとめている。婚約者だっているんだぞ」
「私の可愛い弟が!?」
私は驚いて目を丸くした。弟は優しくて人当たりが良い、それでいて少し甘えん坊な面もある少年だったが、いつの間にか頼りがいのある青年に育ったらしい。
しかし、それも当たり前かもしれない。だって、私は4年も行方不明だったのだから。
お父さんはそれから、しばらく私がいなくなった後のバスティガ村の話をしてくれた。鋳造工房には人が増え、村に宿ができたので、旅商人もよく足を運ぶようになったらしい。
とにかく、聞く限りでは、私が行方不明になった事件以外、バスティガは平和そのものだった。ライムンドの策略で、村が危険に晒されることはなかったのだ。私はほっと息をついた。
「みんなが元気そうで嬉しいわ」
「しかし、事情は全部イサク殿下に聞いたが、まったく酷い目に遭ったものだなあ。まさかお前さんが皇女の身代わりになるなんて……」
「……えっと、ちょっとまって、どこまで聞いてるの!? それに、イサク様!? イサク様の名前がなんでお父さんの口から出てくるの!?」
混乱する私の耳に、控えめに小さく咳払いする声が届いた。声の方に目を向けると、ドアの近くで当のイサク様が腕を組んで立っている。
「い、イサク様!? えっ、なんで、ここに……!? ってことは、ここは首都ですか?」
私の頭の中の計画が音をたてて崩れていく。心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴り始める。よりにもよって、イサク様に見つかってしまうなんて。
一方のイサク様は、混乱する私にうっすらと笑みを浮かべた。なんとなく、ほっとしたような顔だ。
「どうやら混乱しているようだから説明しておくが、ここは王宮の医務室だ。廃神殿で気絶していたお前をここにつれてきた。そして、ヨルダ・ブリダンをここに連れてきたのは俺だ。会いたいだろうと思ってな」
「え、えーーー!?」
あまりの情報量の多さに目を白黒させる私に、お父さんが優しくたしなめるような口調で言った。
「コリン、まずは殿下にちゃんとお礼を言いなさい。イサク殿下はお前の命の恩人なんだ。しかしまあ、本当に素晴らしい人に助けてもらったなあ」
どうやらすっかりお父さんはイサク様の味方になってしまっていたらしい。
イサク様はお父さんに向かってニコリと微笑む。
「コリンの混乱するのももっともです。本調子でない彼女を責めないでください。さて、今日は一度お引き取り願えませんか。彼女は三日も眠っていたのです。医者に診せる必要がある」
「わかりました。それじゃあコリン。明日も来るからね。お医者さんの言うことはちゃんと聞くんだよ」
お父さんは名残惜しそうにぎゅっと私を抱きしめると、部屋を出て行った。
部屋には、混乱する私と、イサク様だけが取り残された。





