80.身代わり皇女の破滅
かなりしんどい展開になります。
「なんだその顔は」
「え、今しがたイサク様の口から求婚って言葉が聞こえたので……」
「まあ、俺はそう言ったからな」
イサク様は真剣な顔をして立ち上がると、私のもとへ来て跪いた。
驚いている私の手を取って、イサク様はゆっくりと口づける。形の良い耳が真っ赤だ。傷だらけの大きな手が、細かく震えていた。
「俺からの求婚をどうか承認してくれ、オフェリア。第一、悪いアイディアではないはずだ。第一皇女と第二皇子は対立していないと貴族たちにアピールすれば、派閥争いなんてすぐになくなるだろう。それに――……」
「それに?」
「俺の思い違いでなければ、俺たちは想いあっている、と、思うのだが……」
イサク様の言葉がだんだん尻すぼみになっていく。私は思わずふきだした。
「どうしてそこだけ自信を失ってしまわれたのですか。私も、イサク様のことはお慕い申し上げております」
「本当か!」
ばっと顔をあげたイサク様の顔が輝いた。
「ええ、本当です。でも――……」
私はズクズクと痛む胸をぎゅっと抑えて、ゆっくりと首を振った。
「ごめんなさい。私が皇帝になるためには、独身でいないといけませんから」
「オフェリア……」
「私は、恋心のために、皇帝の座を諦めるようなことはしたくないんです。それに、……私はアマラ様から『太陽の涙』を授けられました」
「なんだと……!? 『太陽の涙』は、皇帝に代々伝わる指輪だと聞いたことがある。アマラ様は、正式にオフェリアを次期皇帝に選んだということか!」
イサク様は驚いた顔をした。私は頷く。
「実を言うと、ずっと迷っていました。……今でも、迷っているのが本音です。私はまだまだ至らないところが多く、玉座を競ってきたイサク様は皇帝として申し分ない器をお持ちです」
「オフェリア……」
「でも、未熟な私をアマラ様が私を選んでくださったのです。それに、全力で応えなければ。……それが私の、使命だと信じて」
「お前は、それでいいのか」
「ええ。……ですから、私はイサク様の皇妃にはなれません」
私のきっぱりとした返答に、イサク様の顔にじわじわと悲しそうな表情が浮かぶのを見て、こんな顔をさせてしまった自分にたまらなくイヤになる。
イサク様のことは好きだ。心の奥底から尊敬し、一緒にいてこんなにも胸が高鳴ってしまう人は、きっとこれから先も後も、イサク様だけだろう。
しかし、天に昇る間際に「皇帝になって」と約束を託してくれた友人との約束を、私はどうしても反故にはできない。私の胸にどんな不安が渦巻こうと、やれることを精いっぱいやるしかないのだ。
長い長い沈黙が、私たちの間に流れた。
イサク様は俯いていて、どんな顔をしているのかは分からない。でも、これ以上の会話は、余計イサク様を傷つけるだけだということははっきりしていた。
私は立ち上がると、深々と腰を折る。
「美味しい朝ごはんを、ありがとうございました。そろそろ、迎えに来る頃ですので、行かなければいけません」
名残惜しい気持ちを振り切って、私は踵を返す。
この朝を、私はきっと一生忘れることはないだろう。――もう二度と訪れない、幸福な朝。私はこの思い出をそっと胸の奥にしまって、生きていくつもりだ。
しかし、去ろうとする私の腕を、イサク様が掴んだ。
「待て! まだ話がある。……お前が皇帝を目指すのは、亡き友人の『最期の願い』のせいなんだろう?」
急な一言に、私は一瞬自分の心が読まれたのかとどきりとした。
私は動揺をおくびにも出さないように気を付けつつ、振り返る。
「……なぜそれを? このことは、イサク様には話していないはずです」
「ナタリーから聞かせてもらったぞ。『最期の願い』があるから、オフェリアが皇妃になれないと言っていた、と」
「あの子はまた、余計なことを……」
私はこめかみを手で押さえた。
「今度会ったら、ナタリーにはいろいろ文句を言わなければいけませんね」
「この件に関して言えば、ナタリーは俺たちのことを思っていってくれただけだ。あまり責めないでやってくれ。……そんなことより、一つ質問をしていいか」
「なんですか? 手短にお願いします」
「……オフェリアが城下の公園で話してくれた『亡き友人』について、ずっと引っ掛かっていたんだ。調べてみたところ、お前の領地の周辺に、オフェリアと年が近い貴族令嬢はいなかったはずだ。それなら、侍女かと最初は疑った。しかし、一介の侍女が目上の皇女に対して『皇帝になってくれ』と最期の願いとして願うのは、あまりに不遜すぎる」
「…………」
「なあ、お前の言う亡き友人とは、本物のオフェリアのことではないのか。お前は、亡きオフェリアの身代わりとして、ここに来たのだろう?」
私はぎょっとして去ろうとしていた足を止めた。
「な、なにを言って……」
「コリン・ブリダンという名前に、聞き覚えは?」
強い衝撃が体の中を走った。身体中の熱が一気にひいていく。
(な、なんでイサク様の口から私の名前が!?)
意味が分からない。私の本名を知っているのは、ライムンドとギルジオ、そしてチルガの城にいる使用人たちだけのはずだ。
私は震えながらイサク様の手を振りほどき、後退りした
「あいにく、そのようなお名前は存じ上げませんが……」
「そうか。聞けばコリンは賢く、神話が好きだったらしい。それから、ハシバミ色の目をした愛嬌のある少女だったと聞く。……お前と、同じ目の色だな」
「私の目の色なんて、この国ではありふれています。第一、髪の色が違うでしょう」
私はすぐに反論したものの、イサク様は構わず続ける。
「コリンはバスティガという村の鋳造工房の娘でな。村の外から来た青年に道案内をする、と言ったきり急に消息断ち、三日後に死体で見つかった。しかし、不思議なことに、葬式の間に死体が木偶に変わったらしい。どうやら、木偶には魔法がかかっていたらしくてな」
「…………」
「彼女の両親はコリンが生きていると信じ、未だに必死で探している。それで、首都まで情報が流れてきた」
両親が私を探していると聞いて、私は思わず両手で口元を抑えた。目頭がじんわり熱くなる。
(お父さん、お母さん……!)
故郷の両親にどれほど心配させてしまっただろう。あの二人は私のことを心から愛してくれた。きっと、私が生きていると信じて必死で帝国中を探しているのだ。二人にかけてしまった心労を思うと、心が痛い。
イサク様はふっと目を細めた。
「可哀そうに。故郷から遠く離れ、身代わりとして皇女をさせられていたんだな。お前は人が良いから、亡きオフェリアの願いを断れなかったのだろう」
「……私がコリン・ブリダンだという証拠はあるのですか」
「正直ないな。一度だけ第一大公に真正面から聞いてみたが、怒らせただけで確固たる証拠がつかめなかった。正直手詰まりとなり、困っていたところに、コリン・ブリダンについての情報が匿名で届いたんだ」
「匿名の手紙を信じるなんてどうかしています! まったくのデタラメの可能性だって……」
「いいや、信じるさ。お前はさっき『髪の色が違う』と言ったな? しかし、俺はコリン・ブリダンの髪の色の話はしていない」
「あっ……」
迂闊だった。私は動揺のあまり、余計なことを口走っていたのだ。
「だまし討ちのような形になって、申し訳ないことをしたとは思っている。しかし、お前の反応を見て、お前がオフェリアではないと確信した」
「…………」
「オフェリア、――いや、コリン。お前はそれでもまだ、皇帝を目指すと言うのか」
イサク様は曇りのない眼で私をまっすぐ見つめた。嘘偽りを許さない、鋭い瞳で。
私の背中に冷たい汗がつたう。
(これ以上、誤魔化せない……! 一番バレてはいけない人に、私の正体がバレてしまったんだわ。オフェリアとの約束を破ってしまうことになっちゃう。それに、このままだとバスティガの村のみんなの命が危ない!)
顔からざあっと血が引くのを感じた。膝がガクガクと震えだす。
私が身代わり皇女だとバレたと知れば、ライムンドは真っ先に私の村を地図から抹消すると言っていた。村の人々の命が私のせいで危機にさらされてしまうかもしれない。なにより、私を必死で探している両親に、もう二度と会えなくなってしまう。
(そんなの、イヤ!!)
身代わりだとバレてしまった私は、間違いなく反逆罪で死刑になるだろう。でも、私の命なんてこの際どうなってもいい。大好きな人たちが私のせいで命を落としてしまうのだけは、絶対にイヤだった。
私は震える声で訊く。
「……近々、イサク様は私を偽物の皇女だと公表なさるおつもりですね」
「このことは誰にも言うつもりはない! 俺はただ、お前を守ろうと――」
「嘘をつかないでください!」
イサク様が私の手を取ろうと手を伸ばしたけれど、パニックになった私は反射的にその手を拒否した。
震える身体を、私はかき抱いた。
「そんなの、誰が信じられるっていうんですか……! 私が身代わりだということが明らかになれば、イサク様にとって都合が良いことだらけでしょう」
「コリン、俺はやっと本当のお前を知ることができたんだ! もっとお前のことを教えてくれ。もしかしたら、この先はいつかお前が身代わり皇女だとスキャンダルになるかもしれない。でも、俺ならきっとお前を助けると誓……」
「助ける? 貶めるの間違いでは?」
私は激しく首を振った。よくよく考えてみれば、最初からおかしかったのだ。何もかも。考えれば考えるほど、胸の中にイサク様への疑心の渦がひろがっていく。
「……思い返せば、貴方にいろいろお話してしまった私が間違いでした。貴方のことが好きだから、私のこと知ってほしいと思って色々話してしまったけれど、貴方の目的は私の弱点を握るためだったんですね。イサク様も他の卑怯な貴族たちと同じ。私がボロを出すまで、ずっと様子をうかがっていたんですね」
「違う! 俺だけは信じてくれ!」
「そんなの無理です! 舞い上がってしまった私が愚かだった。私のような平凡な人間を、貴方のような人が好きになるわけなかったんだわ!」
私の声は、もはや悲鳴のようだった。頬になにかが流れるのを感じたけれど、もはやそれを拭う時間はない。
私が身代わり皇女だと人々に伝わるのは、もはや時間の問題だろう。だからこそ、ライムンドに私の正体がバレたと知られる前に、一刻も早く、故郷の人たちになんとかして逃げるよう伝えなければ。
好きな人に裏切られたショックに打ちひしがれるのは、その後で良い。
私はイサク様の止める声も聞かず、一目散に走りだした。
イサクは最期の願いについては割と信じていません。
急展開ジェットコースターで書いてて作者が風邪ひきそうでした。前回との温度差……!
誤字脱字のご指摘、ブックマーク等ありがとうございます('ω')ノ
終わりまでもう少しです。もう少々お付き合いください!





