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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の故郷と誘拐
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8.誘拐犯の正体

 私が魔法にかからないとわかった二人は、とりあえず私の拘束を解いた。あのまま荷台で暴れられ続けられても困る、と判断したらしい。

 猿ぐつわを外された私は、真っ先にギルティスに食ってかかった。


「ギルティス、私たちをだましたのね!!」

「ギルティスなどという安っぽい名前ではない。俺は、ギルジオ・オルディアレスだ」


 ギルティス、改めギルジオは私に冷たく言い放った。

 やはり、私のステータス表示は間違っていなかった。ギルティスと名乗っていた青年は偽名を使っていたのだ。

 とにかく、今は偽名のことなんてどうでもいい。私は必死になって懇願した。


「お願い、私を家に帰して! みんなが心配してるわ!」

「フン、何を言おうとも、お前がバスティガの地を踏むことは二度とない。二度とだ」

「そんな……」


 ギルジオの言葉で、私は身体がさっと冷えるのを感じた。

 後ろにいるギルジオの仲間も、私の懇願に眉一つ動かさなかった。この二人にいくら懇願しても無駄だとすぐに悟り、じわじわと胸の中に絶望が広がっていく。


(もしかして二度と、うちには戻れないってこと……?)


 まさか、こんなに急に家族と別れる時が来るとは思っていなかった。

 手足が冷え、悲しみや怒りのあまりに頭がくらくらした。呼吸が苦しい。


(私の普段は当てにならない勘が当たってしまった……)


 ギルティスと名乗る青年が偽名を使っていることを父に伝えていれば、このようなことにはならなかったのだろうか。もしくは、楽観的なバルおじさんの言葉で自分を無理矢理納得させなければ。


(これから、私はどうなるの?)


 私の膝がガクガクと震え始める。

 どこか見覚えのある金髪の男は、怯え、震える私を無遠慮にじろじろ眺めて、ふむ、と一つ頷いた。


「まあ、このままこの娘を馬車に乗せても、大丈夫だろう。黙っていれば侍女に見えなくもない」

「兄上、こんな汚い侍女なんていやしませんよ。こんな鉄くずだらけで埃っぽい女、一緒に馬車に乗るのも嫌ですからね」


 ギルジオは、バスティガにいた時はかなり猫を被っていたらしい。化けの皮が剥がれた今、ギルジオは心底私を見下した顔をして馬鹿にしてくる。

 しかし、年かさの男に決定権があるらしく、「馬車へ」と命令されたギルジオは、渋々といった様子で荒々しく私を立たせた。

 長いこと拘束されていたためか、足がしびれてふらつく。そんな私の腕をギルジオはこだわりなくつかんで、無理やり歩かせた。重い罪を犯した囚人のような扱いだ。

 私は目に涙をためて二人を睨んだ。

 二人は私のささいな抵抗も意に介さず、私を荷台からおろし、停めてあった立派な馬車に乗せた。ギルジオが待機していた御者に合図をして、馬車は進み始める。

 どこに向かっているかはわからない。ただ、だんだん私の故郷から遠ざかっているのだけは確かだ。

 脳裏に大切な人たちのことがよぎった。


(みんな、今ごろ私のこと探してるはず。すごく心配かけているだろうな)


 お父さんは声が枯れるまで私の名前を呼んで村中を探すだろうし、お母さんはいつまでも私の帰りを待って泣き暮らすだろう。

 様々な感情が胸の中で暴れまわり、とめどなく涙が溢れた。しかし、同車する二人は泣いている私になぐめの言葉をかけることはついぞなかった。

 やがて、私は鼻をすすりながら一つ吐息をつく。


(このまま泣き続けても、状況は変わらない。ここからどうやって逃げるか考えないと)


 私はそっと涙をぬぐいながら、向かいに座るギルジオの仲間らしい金髪の男を見やる。


(ステータス、オン――……)


 長い足を優雅に組む金髪の男の横に、四角い箱と共に文字が表示された。

―――――――――――――――

なまえ:ライムンド・オルディアレス 

とし:25

じょうたい:ふつう

スキル:なし

―――――――――――――――


(ライムンド・オルディアレス……。オルディアレスってことは、やっぱりこの二人は兄弟なのね)


 どおりで似ているはずだ。二人とも整った顔立ちだが、ライムンドはどちらかといえば中性的な見た目をしている。

 それにしても、ライムンドは見覚えがあるはずなのに、どうしても思いだせない。ちなみに、ステータス表示された名前に覚えはない。

 とにもかくにも、私はライムンドの残りのステータスを眺める。


―――――――――――――――

ちから:B

すばやさ:B+

かしこさ:A

まりょく:A+

―――――――――――――――


(ギルジオほどではないけれど、この人も、なかなかハイスペック……)


 私の素早さはC。それに対して、目の前の二人の素早さは私よりも格段に上だ。逃げようと走ったところで敵うわけがない。外には馬を繰る御者もいる。

 馬車の小さな窓からあたりを見渡しても、果たして自分がどこにいるのかわからなかった。暗い森の中であることは確かだけれど、どこの森にいるのか皆目見当もつかない。


(地の利もない、ってわけね。これだと、逃げてもどうせ追いつかれるだけ……)


 今はとにかく、大人しく二人に従うしかなさそうだ。

 馬車は暗い森をひた走っていた。ギルジオは背筋を伸ばして私の隣に座っていて、ライムンドという名前の男はなにか物思いにふけるように窓の外を眺めていた。

 油断するとすぐに泣いてしまいそうになる。そんな自分になんとか発破はっぱをかけて、私は意を決して沈黙を破った。


「……これから、どこに連れて行く気なの。私をどうするの? 売春宿にでも売りとばす気?」


 私の隣に座っていたギルジオがフン、と鼻で笑った。


「売春宿に売り飛ばす? 顔はともかく、こんなガリガリな身体をした女、誰が買うっていうんだ。せいぜい洗濯女くらいにしかなれそうもないだろ」


 よくもまあここまで嫌味が言えるものだ。

 しかし、ギルジオの言うことは確かにその通りで、私は花街に売られるほどのご立派なものは何も持ち合わせていない。残念なことに、胸は絶壁、臀部は貧相、色香は皆無、というありさまだ。

 私はこっそり唇の裏を噛む。


(工房でうすうす気づいていたけど、私やっぱりギルジオって人、嫌い)


 改めてそう思ったところで、車窓を優雅に眺めていたライムンドが気品のある動作で足を組みなおし、ゆっくりと私に向かい合った。

 あまりに整った顔は正面から向き合うと迫力すら感じる。薄緑色の双眸に、怪しい影が揺らめいた。


「2か月後、ダクリ川のほとりにコリン・ブリダンの死体があがるだろう」

「!?」

「コリン・ブリダンは死んだ」


 私はぎょっとしてライムンドを見つめる。ライムンドはかなり意味不明で物騒な言葉を口にしたのにもかかわらず、天使のように純粋で穏やかな微笑みを浮かべていた。


「……どういうこと?」

「いいか、すでに川底で死んでいるはずのコリン・ブリダンよ。よく聞け。お前はこれから、王都に向かう。そこで第一皇女オフェリアとなり、玉座を目指すのだ」

「はあ!?」


 あまりにも突拍子もないことを言われて、私はあんぐりと口を開ける。


「光栄に思え」


 そう言うと、ライムンドは口の端をにゅっとつり上げ、整った顔に得体のしれない笑みを浮かべた。

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