79.美味し糧を君と
後半急展開です。
イサク様は、あくまで穏やかに、私を諭すような口調で話し続ける。
「平民たちと同じで、貴族たちのなかにもいろいろな意見や考えがあるんだ。確かに、なかにはロクでもないヤツもいる。しかし、真剣に国のことを考え、憂い、訴えている貴族たちもちゃんといる。領土や家族を守るために、騒乱に身を投じてしまう者だっている。あるいは、自らの守るべきものを持っているがために、愚かな振る舞いをしてしまう者もいる。……皆、それなりに必死なんだ。お前はそれを、知ろうとしたことはあるか」
イサク様の問いに、私は答えられなかった。
情けない気持ちが胸いっぱいに広がる。ずっと、貴族たちは私を邪魔する敵だという偏見を持っていた。だからこそ、貴族たちとの交流はなるべく避け、彼らの意見に耳を貸そうともしなかった。
それどころか、貴族からの意見に耳を貸そうともしない自分こそ平民たちの味方なのだと、正当化しようともしていた。
でもそれは、なんと愚かなことか。「身分に関係なく話を聞くべきだ」と言った自分が、いつの間にかこんなにも身分にこだわってしまっていた。
そして、気づけばこのザマだ。
自分の知らない場所で第二皇子であるイサク様と望まない対立をさせられて、その理由をも知ろうとせず、ただ自分が不運だと嘆いていることしかしてこなかった。これを失態と言わずして、何と言えよう。
私は目を伏せて、肺の中の空気が空っぽになるほど長いため息をつく。
「……イサク様のおっしゃる通りですね。自分がこんなに偏見まみれだったなんて、指摘されるまで全然気が付きませんでした。いま猛烈に、自分を恥じています」
「別に、何も恥じる必要はない。次から気を付ければいいだけだ。それに、確かに、これまで貴族たちは長らく王宮から離れていたオフェリアを軽んじ、『死神皇女』などと渾名をつけて失礼な態度をとってきた過去もある。お前が疎ましく思うのも当然だし、その辺りは許さなくてもいい」
「許さなくてもいいんですか?」
「オフェリアが望むなら、な。どうしても許せないと思うなら、貴族なんて使い勝手の良い駒だと、体よく利用してやれ。とにかく、まずは今の状況を打破しなければならない。いちおう聞いておくが、お前を支持する革命派がもし暴走したとして、オフェリアは止められるのか」
「正直、分かりません。ですが、革命派が暴走しないよう最善を尽くすと約束します」
無力な私はぎゅっと膝の上に置いた手を握りしめた。
これまでずっと貴族への対応はライムンドと第一大公頼りきりだったため、私と革命派とのつながりはほぼ皆無に近い。
イサク様は難しい顔をした。
「ナタリーの成人パーティーで、オフェリアのシャンパンに毒を混入されていたのが痛かった。革命派の連中は大事な皇女が傷つけられて、一触即発の雰囲気だぞ。このまま対立が進めば、革命派と騎士派の一騎打ちになる。どちらかが滅びるまで、この衝突は終わらない」
「もし終わったとしても、帝国内に今後多大なる確執を生むでしょうね」
「そうだ。……しかしまあ、革命派は大丈夫だろう。オフェリアは優秀だし、革命派のヤツらは、オフェリアのことを神格化している節があるから扱いやす――……」
話をしている途中で、イサク様は急にハッとした顔をした。
「……すまない、話に夢中になっているうちに、朝食がすっかり冷めてしまった」
「あら、本当ですね」
そういえば、私たちは朝食をとろうと席についたのだった。それなのに、目の前の料理はそっちのけで話し込んでしまった。
イサク様は眉をハの字にしてすっかり冷めてしまった紅茶をすすった。
「うちの朝食は冷めても美味いが、オフェリアが望むのならコックに温め直すように伝えよう。どうする?」
「いえ、冷めていても大丈夫です」
「そうか。それではさっさと食べてしまおう。話はそのあとゆっくりすればいい」
イサク様に促されて、私は食事前の祈りを捧げると、朝食に手を付ける。
目の前に並んだ数々の料理はすっかり冷えていたけれど、十分美味しかった。聞けば、イサク様の乳母が大変な美食家で、わざわざ美食で有名な隣国からコックを連れてきたらしい。
確かに、出された卵焼きは絶妙な半熟加減で、スープは素材とスパイスの味が複雑に絡み合った繊細な味をしている。出されたパンは数種類あって、どれもフワフワで美味しかった。
イサク様は私が食べた二倍の量を平気で平らげ、ミルクティーがたっぷり入ったポットまですっかり空にすると、満足そうに微笑んだ。
「ああ、美味しかった。昨日の昼から何も食べてなかった上に、夜も動き詰めだったからな。オフェリアはそれだけで良いのか? 足りないようであれば、侍女を呼ぼう」
「お気遣いなく。お腹いっぱいいただきましたので」
私は微笑んで、ふと気づいたことを口にした。
「あの、人払いしてくださってありがとうございました。不甲斐ない私を諫めるために、侍女たちを皆さがらせたのですね。確かに、こんな不甲斐ない指摘を受けたなんて他人に聞かれたら、と思うと私、すごくいたたまれなくて消えちゃいたいと思ってた――」
「いや、違うが?」
イサク様はあっさりと否定した。
「オフェリアに求婚しようと思ってな。人がいると恥ずかしいだろう」
「はい?」
突然の一言に、私はぽかんと口を開けた。





