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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の破滅と始まり
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77.微睡の中で

 ナタリーは私の膝でしばらく泣きじゃくった。


「本当に、本当にごめんなさい。疑われても仕方ないとは思っているけれど、毒を混入させたのは私たちじゃないわ。これだけは信じて」


 ナタリーは必死に言い募った。

 胡乱な目をしたギルジオは私に視線をよこす。未だにナタリーのことを疑っているのだ。しかし、私は小さく首を振って『ナタリーは信じられる』と目配せをする。

 泣きじゃくるナタリーが嘘をついているとはとても思えない。今だって、私の信頼を得ようと、ただ必死で弁明しているだけだろう。

 私はナタリーの頭を撫でながら、口を開いた。


「もちろん、ナタリーが犯人だって思ってなんかいないわ。でも、盗み聞きするのは感心しないわよ」

「……ドアの前で耳をすませていただけでしてよ」

「それを盗み聞きっていうの」


 私は苦笑してナタリーの額を小突いた。それでも、傷心したナタリーが減らず口を叩ける程度には回復したことにホッとする。


(良かった。ナタリーにとってはショックなことがたくさん起こった夜だったから、もっと落ち込むんじゃないかって気にしてたけど、少しは元気になったみたい)


 普通なら、問題の元凶である私を責めて恨んでもおかしくないだろう。それでも、ナタリーはそのことを責めるどころか、誠心誠意謝ってきた。心根はまっすぐで良い子なのだ。


「オッホン、美しい友情を育まれているなか申し訳ございませんが、少しいいですかな?」


 すっかり蚊帳の外に追いやられていたシルファーン卿が、私たちの話を遮って軽く咳払いをした。


「そろそろナタリー様はお部屋に戻りましょう。そろそろ状況も落ち着いてくる頃ですし、帰って寝なければ。貴女は小さい時から、寝不足になるとすぐ不機嫌になって私に八つ当たりするんですから」

「ちょっと! 余計なことは言わないでくださる!?」


 ナタリーは真っ赤になって立ち上がる。しかし、何かを思い出したように、私をしげしげ見つめた。


「オフェリア、お化粧で隠したつもりでしょうけど、クマが酷いわよ? お肌だってちょっと荒れているわ」

「えっ、あんなに隠したのにバレちゃった!?」

「私の目は誤魔化せないの。どうせオフェリアは一晩この部屋にいる予定でしょ?」

「いいえ、騒ぎが収まれば帰る予定だったけど……」

「何言ってるのかしらこのおマヌケさんは! この騒ぎが収まるまで一晩はかかりますわよ。今帰るのは絶対止めておいたほうが良いわ。それに、オフェリアの住んでいる離宮は少しここから離れているじゃない。途中で何かあるかもしれないでしょ」

「確かに、そうだわ」


 私は頷いた。それなら、ここに一晩とどまるくらいは覚悟したほうが良さそうだ。しかし、私の見通しとは裏腹に、ナタリーから意外な提案があった。


「どうせだったら部屋も余ってるし、うちに来ない? うちだったら王宮からもそう離れていないわ」

「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」

「うふふ、今夜はスペシャルコースにしましょうね」


 ナタリーは私の腕を掴んでにやりと笑った。



 ナタリーの居城は、私の住んでいる簡易的な離宮より、もっと豪奢なつくりをしていた。第一皇子だったイサク様に与えられた城なので、必然的に王宮との距離も近い。

 それはともかくとして、きらびやかなシャンデリアが輝く浴室で、私の甲高い悲鳴がこだました。


「ね、ねえ、こんな量の香油を頭に擦りこむの!?」

「馬鹿ね、少ないくらいよ! っていうか髪の毛もよくよく見たら荒れ放題じゃない! なんでこんなに傷んでるんですの!?」

「いたたたた、痛い! 髪の毛引っ張らないで!」

「残念ながら、美容には痛みがつきものなのよ、オフェリア。我慢なさいな」

「絶対嘘でしょ!!」


 無駄だと分かりつつも必死の抵抗を試みた私に、「これは私だけじゃだめね」と呟いたナタリーが、ナタリー専属の侍女たちを呼んだため、さらに大変なことになってしまった気もする。

 結局、私はナタリーの言うスペシャルコースで、身体の隅々まで磨かれた。


「まあ、この辺で勘弁してさしあげてよ!」


 と、高笑いとともにようやくナタリーと侍女たちに解放されたころには、夜もとっぷり更けていた。そこにいる誰もが心なしか達成感に満ち溢れた顔をしていたので、私は(そんなにお手入れがたりてなかったのかしら……)と、なんとも言えない気持ちでいっぱいになった。

 ナタリーは私を散々弄って満足したらしく、さっさと自室にひきあげ、私は豪奢な部屋に通された。


「ナタリーったら、妙に楽しそうで全然放してくれなかった……。つい数時間前までは泣いてたのに、変わり身の早さったらないわ……」


 ナタリーが用意してくれた着心地のいいネグリジェを身に纏った私は、真っ先にベッドにぐったりと横たわった。色々なことがありすぎてクタクタだ。

 待機していたはずのギルジオはいつの間にかいなくなっていたけれど、侍女から、私が一晩帰らないことを一大公とライムンドに伝えに行くと言い残して出て行ったと聞いた。朝には再度迎えに来るらしい。


(明日は、とりあえずアマラ様と今後の対策を話さないと。……明日の予定はキャンセルして――、ああ、眠気で頭が働かないったら……)


 一人用にしては妙に大きすぎるベッドで色々考えごとをしているうちに、私は眠ってしまっていたようだ。夢を見た気もするけれど、さっぱり覚えていない。それほど深い眠りについたのだろう。

 目を覚ますと、あたりはまだ真っ暗だった。いつもの短時間睡眠のせいで、早めに目が覚めてしまったようだ。

 二度寝することを決意した私は、小さく息をついて寝返りを打つと、枕のようななにかを抱き寄せた。ふと、微睡まどろみの中で、ふとフワフワと香る柑橘系の良い匂いがすることに気づく。

 

「イサク様……?」


 そこにイサク様がいる気がして、私は小さくつぶやく。それから、そんなはずはないと、小さく心の中で苦笑した。


(ここはナタリーの住んでる場所だし、ナタリーの家族のイサク様の匂いもするよねえ……)


 こんなに当たり前のこともすぐに分からないなんて、完全に寝ぼけているようだ。

 大好きな人の匂いに包まれて、私はついにもう一度深い眠りに落ちた。

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この作品がここまで続いているのは読者さんのおかげです。

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