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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の破滅と始まり
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76.面目失墜

 私が口にしたシャンパンに毒が入っていたと発覚したことで、パーティーは一時大パニックになった。

 

「誰が第一皇女に毒を盛ったんだ!?」

「それはもちろん騎士派か貴族派のヤツらだろう!」

「そもそも、第一皇女が本当に毒を盛られた確証はあるのか!? 皇女はあんなにピンピンしているじゃないか」


 先ほどまで楽しそうに笑っていたはずの貴族たちがあっという間にあちこちで言い争いを始め、あっという間に聞くに堪えないほどの怒声と罵声がパーティー会場に渦巻いた。


「皇女に渡した毒入りシャンパンを手渡したのは、赤毛の従者だったぞ! すぐに捕まえろ! それから、護衛のものは皇女を早く別室へ!」


 騒乱の中、ライムンドが大きな声で指示をする。

 パニックになった貴族たちをかき分けてやってきた護衛の騎士たちが、私たちを王宮の一室に避難させた。


「申し訳ございませんが、皇女様の安全を確保するため、しばらくこちらでお待ちください。オルディアレス卿は、事情をお聞きしたいのでご同行願います」


 騎士たちはそれだけ言うと、ライムンドだけ伴って部屋を出ていく。部屋にはギルジオと私だけが残された。


「ナタリーは、大丈夫かしら……」


 私は震える声でギルジオに訊いた。

 パーティー会場を去る前に壇上にいたナタリーをちらりと見たときには、彼女はただ悄然とした顔で立ち尽くしていた。数か月前から準備していた大事なパーティーを台無しにされた彼女の心境を考えると、ただただやるせない気持ちになる。

 ギルジオは小さく頭を振った。


「第四皇女なら大丈夫だろう。衛兵もそばにいたし、真っ先に安全な場所に避難させられたはず」

「それなら、いいけど……。申し訳ないことをしてしまったわ。せっかくあんなにナタリーが張り切って準備したパーティーを、私がめちゃくちゃにしちゃった……」

「お前のせいではない。何でもかんでも自分のせいにしたがるのは、お前の悪い癖だぞ。……それより、身体はどうだ? どこか違和感はないか?」

「私が毒に強いの知っているでしょ。どんな毒を飲んだって私は死なないわよ。ギルジオより先に私があの毒入りシャンパンを飲んで本当に良かった」


 私がほっと息をつくと、ギルジオは複雑な顔をした。


「馬鹿、俺のことはどうでもいいんだ。本当にお前の身体は大丈夫なんだろうな」

「うん。……でも、まさかナタリーのパーティーで毒を盛られるなんて思ってもみなかったわ。油断した」


 私は唇を噛む。

 いつもであれば、私は公の場でめったに飲食をしない。しかし、今日は気が緩んでいたのか、うっかりグラスに口をつけてしまった。自分の考えが甘かったのだと思わずにはいられない。

 ギルジオは眉間に皺を寄せた。


「兄上から渡されたグラスに、まさか毒が入っているとは思わないだろう。今回ばかりは、相手が一枚上手うわてだったな。犯人は、やはり貴族派か、騎士派か……」

「騎士派に決まっていますよ、皇女を暗殺しようなどという馬鹿な考えを起こすのは。まったく、私たち貴族派にとってはいい迷惑です」


 ギルジオの一言に、予想だにしない方向から返事が返ってきた。振り返ると、イサク様の側近のシルファーン卿が扉のそばに立っていた。

 ギルジオはシルファーン卿を睨みつける。


「ノックもなしに入ってくるとは、マナー違反だぞ」

「失礼。厠に行こうと廊下を歩いていたら、どうしても聞き捨てならないお話が聞こえてきましたので勝手に部屋に入ってきましたよ。オルディアレスの弟は、もしかして貴族派と騎士派の区別もついていないのではないかと危惧しておりましてね」


 シルファーン卿はいったん言葉を切り、神経質に丸メガネをくいっと上げた。


「まったく、どうやら我々貴族派のことを誤解されているようですな。乱暴で稚拙な騎士派と一緒にされては困ります。我々貴族派は、皇女様とあからさまに敵対する意思はない。それにも関わらず、過激な騎士派が第一皇女と第二皇子の対立を煽るのでここのところ困っているのです」

「えっ、そうだったの?」


 ギルジオが反応する前に、私はすっとんきょうな声をあげた。私はどうやらとんでもない間違いをしていたらしい。私はずっと騎士派も貴族派も同じようなものだ、と説明を受けていた。

 私の驚いた顔を見たシルファーン卿の細い眉がぐいっと上がる。


「皇女様まで誤解されておられたのですか!? 我々貴族派が皇女様と敵対しようとする意志があれば、ナタリー様の誕生日に貴女を招待するようなことはしないはずですが?」

「あっ、確かに……」

「あえて貴族派を名乗る騎士派もおりますゆえ、事態がややこしくなっているのは承知しておりますが、その辺の事情はしっかりわきまえていただきたく思いますぞ、まったく!」

「ご、ごめんなさい」


 シルファーン卿のあまりの気迫に、私は思わず謝ってしまった。確かに、私は貴族たちの勢力についての情報はライムンドからたまに聞く愚痴でかじった程度しかないため、知識不足は否めない。

 シルファーン卿は満足げに大きく二度頷く。


「分かればよろしいのですよ! まったく、今日のパーティーでなんとか第一皇女派と第二皇子派の間にある深い溝を埋めようとしたのに、全て台無しだ! 第一皇女派の改革派をパーティーに呼んだのもまずかった。騒乱が起きて収拾がつかなくなった」


 糸目を吊り上げて、シルファーン卿はぷりぷりとしながら腕を組んだ。どうやら、今回の計画は私とナタリーの間だけで進めていたつもりだったけれど、こっそりシルファーン卿も一枚噛んでいたらしい。

 道理で計画がスムーズに進んだわけだ。改革派の貴族を呼ぼうなんて、ナタリーの口から出てきた時にはびっくりしたけれど、シルファーン卿のアイディアであったのなら納得する。

 私は尋ねた。

 

「シルファーン卿、ナタリーはどこに? 今日のことを謝らせてほしいのです」

「えっ、ナタリー様ですか……!? い、いやあ、今は会わないほうが良いと思いますけど……」

「お願いです。今日のパーティーをおじゃんにした私が謝っても許されることではないとは思いますけれど、どうか」


 私が丁寧に頭を下げると、シルファーン卿はしばらくもごもごと何かを言った後、やがて両手をあげると重いため息をついた。


「……だ、そうですよ、ナタリー様。入ってこられてはいかがでしょうか」


 諦めたようにシルファーン卿がそう言った途端、バタンと扉が開いて、とんでもない速さで誰かが私に突っ込んできた。ギルジオさえ、一瞬反応が遅れてしまったその人は、赤いフワフワの髪を私の胸にグリグリと押し付けた。


「ごめんね、オフェリア! 一瞬でも貴女を疑った私を許して!」

「ナタリー!?」


 私に突進してきたのはナタリーだった。どうやら、扉の外でずっと私たちのやりとりを聞いていたらしい。


「本当は、初めからオフェリアが私のパーティーをめちゃくちゃにしようと企んでいたんじゃないか疑って、シルファーンに偵察に行くように仕向けたの。でも、盗み聞きをしていてよく分かったわ。オフェリアはそんなことをする子じゃないわよね……。そんなの、そんなの分かりきっていたはずなのに……」


 ナタリーはヘーゼル色の目から大粒の涙をぽろぽろ流しながら、私に心の底から謝ってきた。

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