74.望まぬ対立
「じゃあね、オフェリアちゃん」「お食事会楽しんで!」「たまには羽目を外しなさいよ」
離宮にある私の一室をとにかく騒がしく去っていったファビュラス三姉妹を、私は苦笑しながら見送った。
(今日はお食事会じゃないって3度くらい言ったのになあ……)
まったく、あの3人は私の話を聞きやしないのだ。
しかし、彼女たちはオフェリア商会のファッション部門のバイヤーのため、ファッションに関するセンスや知識はこの街からお墨付きだ。――なんたって、彼女たちが選んだドレスは飛ぶように売れ、アクセサリーやコスメは貴族令嬢たちの予約ですぐに完売してしまうほどなのだから。
街中の憧れの的であるファビュラス三姉妹から特別に前進コーディネートしてもらっていると聞けば、どんな貴族令嬢だって羨むに違いない。
今日の私は、春の夕日を思わせるような可憐な薄桃のドレスに、髪の毛はハーフアップで、リネンのリボンが複雑に編み込まれている。化粧もきちんとしてもらったため、寝不足で色濃かったクマも綺麗に消え、いつも荒れてガサガサの唇もぷるぷるになり、頬も可愛らしく自然に赤みがさしているように見えた。
(何度見ても、ちゃんと皇女様だわ……)
私は鏡の中の自分を見て、小さく吐息をつく。鏡の中の私は、私の記憶の中のオフェリアにそっくりだった。
時々、鏡の中の私がオフェリアなのではないか、という錯覚に陥ることすらある。
「はあ、私がオフェリアだったら今みたいな状況にならなかったんじゃないかしら……。第一皇女と第二皇子の派閥で貴族たちは分断されて、次の皇帝は私だって言われて……。ねえ、オフェリア、貴女だったらどうする?」
私は鏡の中の自分にそう問いかけ、小さくため息をつくと、少し迷って机の引き出しを開けた。そこには、数枚の書類と一緒に「太陽の涙」と名付けられた指輪が無造作に転がっている。見たこともないほど大きなレッドトパーズは相変わらず美しい。
結局、私は「これはただのプレゼントだからな」と言い張るアマラ様から、この国宝級の指輪を受け取ってしまった。
この指輪を貰ったということは、次期皇帝として選ばれたも同然なのに――……
(こんなことなら、宝石とか領土なんかが欲しいって、適当に言っておくべきだったかしら)
私はためらいながら左手の人差し指に指輪を通す。意図せず、今日の恰好に「太陽の涙」はよく似合っていた。
この指輪を身につけて公の場に出れば、私が次期皇帝として選ばれたのだと貴族たちはすぐに気づき、たちどころに大騒ぎになるだろう。
(まあ、今日はダメよね……)
今日は第四皇女ナタリーの18歳の誕生日で、成人になったことを祝うパーティーだ。18歳といえばこの国では成人になったとみなされる年齢であるため、貴族たちは18歳になるとこぞって豪勢なパーティーを開く。
ナタリーも例外ではなく、とにかく張り切っているのは最近の様子でもうかがえた。
そのようなパーティーで、うかつに次期皇帝の証である「太陽の涙」を身につけていけば、あっという間にパーティーの主役であるナタリーより、私に注目が集まってしまう。
(主役のナタリーより目立つのはマナー違反だわ。とにかく、壁の花に徹して大人しくしておかないと)
私はそう自分に言い訳しながら、今日もこの指輪の存在をひた隠す。未だに、ギルジオやおじい様、そしてイサク様にもこの指輪のことを話せていなかった。
第一、偽物の皇女である私が、この指輪をつける資格なんて本当はどこにもない。大事な有事電あるオフェリアが頼んでこなければ、「皇帝になる」なんて荒唐無稽な目標、絶対に思い付きやしなかっただろう。
私が悶々と悩んでいると、ふと部屋のドアがノックされた。私は慌てて指輪をもとにあった場所に戻し、「入っても良いわよ」と返事をする。
「失礼します。そろそろライムンド様がいらっしゃいますわ。ご準備ください」
そう言いながら、なにも知らないジルが部屋に入ってきて、私の姿を見て大きく目を見開いた。
「まあ、オフェリア様、本当に美しいですわ。そのドレス、よくお似合いです」
思ったことを率直に言うジルの褒め言葉は、素直に嬉しい。
私はにっこり微笑んだ。
「褒めてくれてありがとう。私にはちょっと派手じゃないかな?」
「そんなことありません。皇女様はいつも質素な格好をされていますけれど、本来はこうでなくては」
「ファビュラス三姉妹が、次はこの色が流行るって言っていたわ。髪の毛は、ドレスが派手だからシンプルにしたんですって」
「さすがですね。オフェリア様の美しさをよく引き出しています。……あの方々、もう少しお喋りのトーンを落としていただければ、私も好きになれるんですけどね」
ジルは顔をしかめたまま答えた。
物静かなジルは、常時おしゃべりが止まらないファビュラス三姉妹がどうも苦手なようで、顔に思いっきり出てしまっている。――そうはいっても、ファビュラス三姉妹はいつも地味な格好をしているジルをいつかプロデュースするのだと息巻いているのだけれど。
私は苦笑して話を変えた。
「そろそろ迎えの馬車が来る時間だっけ? 行かなきゃね」
「……本当に、行かれるのですか? ナタリー様の成人パーティーなんて、オフェリア様が行く必要はないと思います。今ならまだ、ギリギリ断ることもできますが……」
私をじっと見つめるジルの目は心の底から不安そうだった。私はジルを安心させるために微笑んでみせる。
「大丈夫よ。ナタリーは思ったよりいい子だって知ってるでしょ? それに、今日は私と、ナタリーやイサク様は仲良くしていて、対立する意思がないって貴族たちに見せつけるために行くの。ナタリーともせっかくたくさん作戦会議をしたんだし、絶対に参加しなくちゃ」
そう、今日は決戦の日なのだ。
オフェリア商会の一部をナタリーに譲渡する話をして行く中で、ナタリーが今の貴族たちの対立を私と同じように危惧していると知り、計画を持ち掛けた。
『私たちが仲が良いところを見せれば、貴族たちもこの対立が馬鹿らしいことだって気づくんじゃないかしら』
私がそう話すと、ナタリーも乗り気になってくれて、とんとん拍子に計画が進んだ。
しかし、そうは言ってもジルはその計画に乗り気ではないようだった。
「ナタリー様が主催のパーティーは、貴族派や騎士派が集う場所です。皇女様が行くのは危険すぎるのでは……。敵陣に単身突っ込んでいくようなものです」
「ギルジオに加えて、ライムンドも今日は一緒だから大丈夫。それに、改革派の貴族たちも何人か参加するみたいなの。いざとなったらその人たちを頼るわ。おじい様も根回ししてくれたって言っていたし」
「でも…………」
「フォロンの時みたいな無理はしないわ。本当に大丈夫」
「……まったく、こうなってしまっては、皇女様は私の言うことなんてちっとも耳を貸してくださらないんですから!」
未だに心配そうな顔をしたまま、ジルはそばかす散った頬を膨らませた。
ジルの心配も無理はない。第一皇女と第二皇子の勢力による権力争いは、日に日に激化していた。まさに一発触発の状態なのだ。何か不測の事態が起これば、私のみに危険が迫る可能性も高い。
それでも、私の意思は揺るがなかった。
「危ないからと言って、今の状況手をこまねいているわけにもいかないでしょ。だから、ナタリーに成人祝のパーティーに招待してほしいとお願いしたんだもの。それに、パーティーの会場には第二皇子であるイサク様も、アマラ様もいる。あの二人がいれば、よっぽどのことが起こったとしても、なんとか事態を回収できると思うし、とにかく大船に乗った気持ちで待ってて」
なおも不安げなジルを落ち着かせているうちに、正装したギルジオとライムンドが部屋に訪れたため、私たち一行はナタリーの成人祝のパーティーが行われている王宮へ向かった。
――この時の私は、数時間後に自分の考えがいかに甘かったか思い知らされるなんて、一瞬たりとも考えていなかった。
長くなったのでいったん切ります。
次回、ナタリーのパーティー編です!





