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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の破滅と始まり
73/94

73.玉座は誰のもの

「……ですので、やはり人員の件はネックになってしまいましたが、設計士の立案で大幅に工期が削減され――……」


 豪奢な王のサロンに、私の淡々と説明する声だけが響いている。

 今日はアマラ様に呼び出され、もうすぐに完成するボスリン山のトンネルについての進捗を報告するように命じられたのだ。ギルジオは外で護衛の騎士たちと一緒に待機しており、メイドたちもアマラ様に命じられて退室しているため、サロンは二人きりだ。

 私は状況の説明をしながら、ちらりと目の前のアマラ様を見た。当のアマラ様は、優雅に豪奢な椅子に腰かけ、机の上に肘をついて、私の話を黙って聞いている。この世に舞い降りた女神、と評される美しい顔貌は無表情で、なにを考えているかわからない。


(アマラ様はいつも表情豊かな分、無表情になると妙に威圧感が出てくるのよねえ……)


 これが皇帝の威厳というものなのかしら、と内心思いながら、私は最後まで一息に報告を続けた。


「――ということで、進捗としては滞りなく進んでおりますわ。あと一か月もしないうちにお披露目になるでしょう。報告は以上になりますが、……いかがですか、アマラ様?」


 私の前で資料を読みながら、アマラ様はしばらく熟考した後、ふいに表情を崩してニヤッと笑った。


「うむ、問題ない。トンネルが開通したあかつきには、ぜひ視察したいものだな」

「はい、是非!」


 アマラ様の答えを聞いて、私はホッと息をつく。

 そんな私に、アマラ様は軽く苦笑した。


「そんなに硬くならずとも良かったのに。国家プロジェクトを報告せよ、と呼び出しはしたが、それはただの口実だ。本当はお前の顔が見たかっただけだったんだぞ」

「えっ、そうだったんですか!?」

「そうでも言わないと、オフェリアは私のところに来てくれないからな」


 アマラ様は艶やかな紅い唇をキュッとすぼませて、拗ねたような顔をして見せた。私は慌てて頭を下げる。


「そっ、それは失礼いたしました。しかし、陛下はお忙しいお方ですから、そう気軽にお会いするわけにもいかず……」

「何を言う。私は可愛い姪のためならいくらだって時間を作ろう。お前はもう少し私に甘えてくれてもいいんだぞ?」

「しかし、ご高配はこの身にすぎるほど頂いております。ボスリン山の工事への投資も取り計らっていただいていますし、これ以上望むのは、強欲というものです」

「強欲なものか。国を戦争から救ったのは誰だ? ボスリン山に新たな交通網をもたらさんとしているのは? オフェリア、お前はイフレン帝国の誇りなんだ。もっと威張ってわがままを言いなさい。今欲しいものはなんだ? 流行のドレスでも、美しい宝飾品でも、何でも言うが良い」

「……ありがとうございます。しかし、十分いただいておりますので」


 なおも固辞する私に、アマラ様は少し考えた後、「こちらにおいで」と手招きした。


「オフェリア、お前に渡したいものがある」

「なんでしょう」

「少し待ってくれ。確か、ここらへんに……、あったはず……。おお、あった! これだ」


 アマラ様は机の引き出しから、眩く光る何かを取り出して私に放ってよこす。


「わっ!」

「おお、良い反応だったな。ナイスキャッチだ」

「急に何を……!」


 私が慌ててキャッチしたそれは、大ぶりの指輪だった。細かな意匠がこらしてある銀細工のリングの台座に、見たこともないほど大きなレッドトパーズが付いている。

 私は目を見開いた。


「こ、これは……?」

「王族に代々伝わる指輪だ。『太陽の涙』と言ってな。先々々代の皇帝のおばあ様が、夢の中で運命の女神から授かったという伝説のある国宝だ。私も、皇位を継承した際に身に着けた」

「そんな大事なもの、いきなり投げつけないでくださいませんか!?」


 あまりアクセサリー類に疎い私でも、一目見て、この指輪が恐ろしく高価なものだと分かってしまう。


(落とさなくて本当に良かった。こ、これは、おいくらなのかしら……! この指輪一つで、うちの商会が軽く100回くらいリフォームできるんじゃ……)


 あまりに高価なものが手の内にあると緊張してしまう。背中に冷や汗をだらだらかき始めた私に、アマラ様は意味深な笑みを深めた。


「お前は、王宮に出仕してからぐっと美しくなった。それに、皇女として期待通り……、いや、期待以上に成長してくれた。初めここに来たときには、あまりに無垢で純粋な目をしていたから、貴族社会になじめるか心配だったが……」

「陛下、私が貴族社会になじめているとお思いですか……」

「思わん。お前は、貴族たちが執着する権力というものにあまりに興味がなさすぎるからな。ある意味異常者だ」


 あまりに散々な言われようだけど、反論しようがない。貴族たちのパーティーの招待状すらことごとく無視して、商会経営に勤しむ皇女なんて前代未聞だ。

 がっくりと肩を落とした私に、アマラ様は豪快に笑った。


「そう落ち込むなよ。オフェリアは権力で曇らない眼をもっている。だからこそ、今までの偉業を成し遂げられたのだ」

「なんだか先ほどから褒められている気が正直しないのですが……」

「褒めているとも。私はお前のことを高く評価している。だから、お前に、『太陽の涙』を渡したかったんだ。――次期皇帝の証として、な」

「!」


 急な一言に、私は驚きのあまり言葉を失った。ぎこちない静寂がサロンに流れる。

 一瞬冗談を言っているのかとあいまいな笑みを浮かべて、アマラ様を見つめたものの、アマラ様の目は明らかに冗談を言っている様子ではなかった。


「私が、次期皇帝……ですか」


 ややあって、震える声で私が答えると、真剣な顔をしてアマラ様は深く頷いた。


「そうだ。王位継承権のある4人の中で、お前が誰よりも次の皇帝にふさわしいと判断した。イサクは確かに王の器がある。良き皇帝になるだろう。しかし、お前のほうが私は好きだからな。見ていてちっとも飽きない」

「そんな、適当な理由で……」

「意外と弱気だな。オフェリアはいつも、並み居る宰相たちを前にしても堂々としているから、てっきり『わかりました』と即答するだろうと思っていたが」

「いえ、陛下はまだお若いですし、次期皇帝を選ぶタイミングとしては、早すぎるように思われましたので……。もしかして、アマラ様はお体に問題が?」


 言い訳がましい感じにはなったが、私の指摘はもっともだった。

 イフレン帝国の皇帝は、一般的に天に御霊が還るまで、――つまり死ぬまで、皇帝として君臨し続けるのが習わしだ。アマラ様が皇帝として玉座についたのはほんの5年前。まだまだアマラ様がこの帝国を統治し続けると思うのが妥当だろう。

 アマラ様は快活に笑う。


「私はいたって元気だし、しばらくくたばる気も毛頭ない。……しかし、懸念事項がでてきてな」

「懸念事項、ですか」

「ここ最近の改革派と、貴族派、騎士派の対立だ」

「……ああ、なるほど」


 私は顔をしかめた。

 改革派は、私、つまり第一皇女オフェリアを支持する貴族する総称だ。それに対し、貴族派、騎士派の貴族たちは第二皇子のイサク様を支持している。

 ここ数か月で、私を支持する貴族たちと、イサク様を支持する貴族たちで勢力はほぼ二分されており、貴族たちの権力争いは日に日に激化していた。そのせいで、王宮の空気も一触即発、といった様子でかなりピリついている。

 アマラ様は困ったように眉根を寄せた。


「今の王宮の雰囲気は、さすがにまずい。だから、この際さっさと次期皇帝が誰かはっきりさせておいたほうが良いと思ってな。そうすれば、イサクを支持するヤツらも諦めがつくだろう」

「……理解いたしました」

「まあ、私はやっとつかんだ皇帝の座だ。しばらく手放す気はないから、オフェリアは次期皇帝として、今まで通りのんびりやってくれればいいさ」


 はっはっは、とアマラ様は呵々大笑した。相変わらずさっぱりした性格の人だ。しかし、私は胸の中のモヤモヤを抱えて俯いた。


「このような権力争い、馬鹿らしいにもほどがあります。……私とイサク様は、敵対していないというのに」


 私の一言に、アマラ様はふっと難しい顔をした。私を見つめる瞳は、どこか同情や憐みが入り混じっている。


「お前たちがどんなに頑張ろうと、この流れはもう止められない。暴走した権力への欲望とは、それほどまでに恐ろしいものなのだ」

「……私のやったことのせいで、国を分断させてしまったのでしょうか」


 私は、確かにフォロンとの戦争を回避した。けれど、そのせいでフォロンとの戦争に備え、新しい領土を得るために武器や兵士たちに「投資」した貴族派や騎士派の貴族たちは大打撃を受け、財政的に厳しい状況に置かれているという。

 貴族派や騎士派の貴族たちが激しい恨みを私に抱くのも、当然なのかもしれない。


(私が、もっとうまく手を打っていたら状況は変わったのかしら。もっとうまく立ち回って、みんなを味方につけられたら、国を分断することもなかったんじゃ……)


 私はぎゅっとこぶしを握った。


「オフェリアが責任を感じることはない」


 自責の念に駆られる私に、アマラ様はきっぱりと答えた。けれど、私の胸の中のモヤモヤは広がるばかりだ。

 私は手の中できらきらと輝く『太陽の涙』を見つめる。権力の象徴ともいえるようなそれは、美しかった。


(……これで、オフェリアとの約束を守れる)


 ほっとした気持ちもあった。――しかし、それ以上に名状しがたい罪悪感が胸の中を渦巻く。王族の血なんてその身に一滴も混じっていない平民の娘、コリン・ブリダンが偽りにまみれたその身体で玉座に座ろうとしている。

 その上、私はこの国を分断してしまったのだ。何食わぬ顔で皇帝の座につくのは間違っていることのように思えた。


「……私のような未熟者で、いいのでしょうか」


 戸惑いの滲む私の言葉に、何も知らないアマラ様はくったくのない笑みを浮かべた。


「もちろんだ」

「……でも」


 なおも反論しようとする私に、アマラ様は苦笑した。


「すぐに答えられないところをみると、まだ答えが出ていないらしい。……まあ、当然か。もう少し時間をやろう。しかし、近日中に答えを出せ」


 アマラ様の美しいヘーゼル色の瞳に見つめられた私は、ただ頷くことしかできなかった。

こっそりタイトル変えました。

前話では、誤字報告ありがとうございました

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