72.悪役令嬢と身代わり皇女
王宮の廊下で立ち話をする内容ではなかったため、私はとりあえずナタリーを王宮の離れに招いた。私とナタリーが連れ立って歩いているのを見て、まず護衛の騎士たちが驚き、そして離宮で私たちを迎え入れたジルも目を丸くして二回ほどナタリーを凝視したほどだ。
ジルの淹れてくれたお茶を前にして、ナタリーは若干居心地悪そうにもぞもぞと身体を動かす。
「オフェリアは王宮で用事があったみたいだけど、よかったんですの?」
「まあ、大丈夫でしょう。ギルジオが何とかしてくれますから。それに、ナタリーの用事のほうがよっぽど大事ですからね」
私は揉み手をしながら、ニコニコと微笑む。完璧に商談モードだ。
「それで、ナタリーは成人するにあたって、アマラ様から下賜される例の贈り物を商会にするおつもりなのですね?」
「え、ええ。迷ってはいるけれど……」
ナタリーはこくりと頷いた。
イフレン皇国の王位継承権のある王族は、成人すると皇帝から教会、楽隊、騎士団、商会の中から一つを下賜される習いになっている。ナタリーは今年成人するため、一つ選ぶ必要があるのだ。
「去年成人した第三皇子は楽隊を選びましたよね」
「そうなのよ。私も楽器は一通りできるけれど、とてもじゃないけれどハルファには敵わないし」
第三皇子のハルファ・ランゲーン・ストーンレンジは、楽器の演奏に長けており、迷わず楽団を選んだ。
ハルファはあまり政治的なことには積極的ではなく(曰く、『まあ、第一皇女と第二皇子がしっかりしてますからね。僕の出る幕はないでしょ』とのこと)、年がら年中理由をつけてはアマラ様から下賜された楽団と一緒にフラフラと国中を旅している。
とにかく、楽器に関しては、ハルファの右に出る者はいないため、ナタリーが楽隊を選びたくない気持ちもよくわかる。
そして、生粋のお嬢様であるナタリーが剣を振り回していることも想像がつかないため、騎士団を選ぶこともないだろう。
そうなると、残りは教会か商会かどちらかとなる。
ナタリーは大きなため息をつくと、眉根にキュッと皺を寄せた。
「教会を選んでもいいけれど、ちっとも面白くなさそうなんだもの。私、司教のお説教聞くのが人生で一番無駄な時間だと思っていますの」」
ナタリーの正直な一言に、私は思わず吹き出した。
「なるほど。それで、商会を選びたい、と」
「それだけが理由ではないけれど、そうね」
「厳しいことを言うようですが、商会の長になれば、平民の皆さんと一緒に仕事をすることになります。貴族的な感覚は捨てなければいけませんよ。消去法で商会を選ぶのであれば、止めた方がいいかと」
「……別に、消去法で選んだわけじゃない。私、本当に商売をやってみたいと思ってるの。もっと広い世界でものを見て、綺麗なものや美しいものをたくさんの人に届けたい」
「なるほど」
志望動機としてはなかなかしっかりしている。「迷っている」と言いながら、意志は固そうだ。
合格、と思いながら、私はにっこりと微笑んだ。
「ナタリーの想いはよく分かりました。それでは一つ提案があります。商会を下賜される予定のであれば、うちのオフェリア商会のファッションに関する部門を独立させて、ブティックの経営をしませんか?」
「えっ、オフェリア商会の商品でブティックを……!? アメジストやオパール、最近流行りのフルーボの布も取り扱えるってことですの!?」
ナタリーの目がキラキラと輝きだす。
「どうしよう、すごく胸が躍りますわ。オフェリア商会の伝手があれば、ハリーストン共和国のお針子たちのオートクチュールも……」
「まあ、ずいぶん詳しいですね」
「当たり前ですわ! 認めたくはないけれど、オフェリア商会は貴族令嬢たちの間でも本当にあこがれの的だもの」
「へえ、うちの商会ってそういう立ち位置なんですね……」
「まるで他人事のような言い方ですのね。貴女、本当にオフェリア商会を運営してるの?」
ジトっとした目で見つめられ、私は乾いた笑いを漏らした。
「実は、ファッション部門に関しては、優秀な従業員たちがほとんど任せているんです。私自身、カリガルの流行にさっぱりで……」
「なんですって!? じゃあ、いつもオフェリアが着ているあの流行の最先端のドレスやアクセサリーは……?」
「お恥ずかしい話ですが、しかるべき人たちに選んでもらってます」
オフェリア商会にはファビュラス姉妹という、「ファッションセンス」という珍しいスキルを持つ麗しい三姉妹がいる。その人たちが、日々カリガルの流行をキャッチしてオフェリア商会の仕入れをしてくれているのだ。
ちなみに、私の服や髪形のプロデュース兼スタイリストをしてくれるのもファビュラス三姉妹だ。ギルジオに言わせてみれば、「着せ替え人形にされているだけ」らしいのだけれど、とにかく私はあの三人には頭が上がらない。
「とにかく、私はナタリーが商会を下賜されるのであれば、オフェリア商会のファッション部門を委譲したいと考えています。アマラ様のご意向次第ですけれど、ぜひ前向きに検討してくださいね。ナタリーなら、きっとうまくやってくれると信じています」
「え、えええ……」
「うちも手広くやりすぎて、布や宝石の取り扱いまで正直手が回っていないんです。それなら、王宮に多大な影響力があって、おしゃれにも詳しいナタリーのような人に任せるほうが絶対良いと思うんですよね」
「で、でも、私にできるかしら……」
「大丈夫ですよ。うちの従業員は皆んな親切ですし、なにか困ったことがあれば私がサポートします。お任せください」
私が胸を張って微笑むと、ナタリーは目をぱちくりさせると、あきれたような大きくため息をついた。
「……信じられませんわ。敵である私にそんな気前よく大事な商会を任しても良いの?」
「私はナタリーを敵だと思ったことはありませんよ。しょっちゅう突っかかってくるのは、正直うざったいと思っていますけれど……」
「一言余計でしてよ!」
ビシっと指をさしながら怒ってくるナタリーに、私は苦笑する。
「そう言うナタリーだって、私が敵だって言いながら、よくこんな大事な相談を持ち掛けましたね。シルファーン卿あたりに相談するのが妥当では?」
「……シルファーンなんて、どうせ教会にしろって言うに決まっていますもの。それに、悔しいけれどオフェリア商会は大繁盛しているし、オフェリアに訊けば多少役に立つことを教えてくれると思って」
ナタリーは不貞腐れたように答える。プライドの高い彼女が、私に教えを乞うなんて本当は絶対したくなかったはずだ。
(それでも私に相談してきたってことは、よっぽど悩んでたのねえ……)
私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲みつつ、うふふ、と笑った。なんにせよこうやって頼られて悪い気はしない。
「なによ、ニヤニヤして……」
「だって、ナタリーの相談相手候補の中に私の名前があったことが、嬉しくて」
「……別に、いつもの私だったらオフェリアに相談なんて絶対にしませんわ。お兄様に相談したら、この件はオフェリアに訊けっていわれたの……。……お兄様が、オフェリアは未来の義姉になるから仲良くしろって」
「あっ、えっ、……ゲホッ、い、イサク様が!?」
急な爆弾発言に、一瞬私は飲んでいた紅茶を咽かけ、なんとかこらえた。
「わ、私がナタリーの義理のお姉さんになるってことは、その、私がイサク様と結婚するって話、ですよね……?」
「当たり前でしょ。お兄様は何が何でもオフェリアを皇妃にする気ですわよ」
「!?」
顔を真っ赤にしてうろたえる私を見て、ナタリーは怪訝そうに首を傾げた。
「その反応だと、脈がないってことはなさそうだけれど、貴女どうしてお兄様の告白を一度断ったの? お兄様のなにが嫌だった?」
「そ、そんな、イサク様に嫌なところなんて……」
「ふぅん、この様子だと、友達以上、恋人未満ってところかしら。ねえ、この際聞いておくけど、貴女とお兄様とは、どこまでいってるのよ」
ここぞとばかりにぐいぐいくるナタリーに、私は勢いよく首を振った。
「イサク様の妹君にそんなこと言えません!」
「ねえ、一晩くらいは一緒に過ごしたんじゃないの? キスはしたでしょ?」
「付き合ってもいないのに、そんなことできるわけないじゃないですか!」
「なによ、そんなに照れることないじゃない。私たち、普通なら結婚しててもおかしくない年頃でしょ?」
「で、でも、皇女は皇帝になるために、結婚できませんから」
「いいじゃない、皇妃で。それじゃダメなの?」
ヘーゼル色の透明な瞳が、瞬きもせずに私を見た。その場限りの嘘を許さないまっすぐな瞳に、私は言葉を詰まらせる。
(この瞳の鋭さといい、歯に衣を着せない物言いと言い、やっぱり、ナタリーはイサク様の妹だわ……)
私は観念して、言葉を選びながら口を開いた。
「亡き友人の最期の願いが『皇帝になること』だったんです。だから、私は皇帝にならないと幽世の神々から報いを受けることになってしまいます」
とんでもない願いを引き受けてしまったものだとつくづく思うけれど、約束は約束だ。
ナタリーも、「最期の願い」と聞いてすぐに納得したようで、困ったように口をへの字に曲げた。
「オフェリアも大変な願いを託されてしまったのね」
「はい。でも、大事な友達の願いですから」
私は胸元でぎゅっと手を握る。
身代わりという立場が、最初は嫌で仕方なかったのは事実だ。どうして私が、と悶々と悩んで眠れない夜もあった。
けれど、今は違う。ただの平民だった私が皇帝になるなんて夢を持つこと自体、おこがましいことだけど、それでも私は置かれた立場でできることを精いっぱいやるだけだ。それが、大事な友達との約束なのだから、なおさら。
ナタリーは微笑んだ。
「……まったく、お兄様を失恋させるなんて、世界中にオフェリアくらいしかいないんだから。それに、最期の願いだから皇帝になるって言ったって、お兄様はオフェリアのことを諦めないと思うわ」
「……そうなんでしょうか」
「そうよ。お兄様は本気なんだから! ……それに、お兄様ならどんな幽世の神様からだって、絶対守ってくれるはずだもの」
「それは、すごく心強いですね」
私がクスクス笑うと、ナタリーもキツいつり目を細めてつられたように笑い始める。笑うと急に幼くなるところも、イサク様そっくりだ。
しばらく笑いあっていると、急にナタリーが恥ずかしそうに目を伏せて、おもむろに咳払いをした。
「私、オフェリアのこと誤解してたみたいですわ。いつもいけ好かない子だと思っていたけど、話してみればなかなか面白いじゃない」
「私もナタリーのこと誤解してたみたいです」
「……その話し方、やめてほしいわ」
「えっ?」
「敬語やめてって言ってるの。そもそも、オフェリアのほうが年上なんだから、私に敬語なんて使う必要ないのに、そうやって敬語を使って見えない壁を作るんだから!」
「そ、そうですか……」
「敬語やめてって言ってるでしょ!」
「あっはい、……じゃなくて、わかったわ、ナタリー」
「それでいいのよ。やればできるじゃない」
ナタリーはにっこりと花が咲くように微笑んだ。それは、同性の私でも見惚れてしまうほど、艶やかな微笑みだった。
これは裏設定ですが、ナタリーとハルファは幼馴染で、切っても切れない関係です。お互い淡い恋心を抱いてはいますが、お互い気のせいだと思っています。





