71.オフェリア商会は今日も繁盛
イフレン帝国の首都カリガルは今日も良く晴れていて、春のうららかな日差しが街を照らしている。フォロン公国との戦争を回避したイフレン帝国は今日も平和だ。街を行く人々も、心なしかのんびりとしている気がする。
しかし、そんな街の雰囲気とは打って変わって、私は相変わらずのんびりする暇もないほど多忙な日々を送っている。
私は報告書を読みながら、大きくため息をついた。
「はあ、私が分裂して10人くらい欲しい」
「戯言はあとにしろ。今は手だけ動かせ」
受注リストを確認していたギルジオが、歯ぎしりをしながら抑えた声で呟く。
(私の仕事、いつになったら落ち着くのかしら……)
私がフォロンからカリガルに帰って3か月になろうとしていた。優秀な商人であるサンドロが抜けたのは手痛かったものの、他の優秀な従業員たちがうまくカバーしてくれている。
オフェリア商会は今やカリガルで一番売り上げのある商会になった。
ただ、従業員を雇い過ぎて今のオフェリア商会の建物では若干手狭になっている感はある。新しく支店を増設する案も出ているけれど、忙しすぎてそれどころではない。
「あー、だれか、私の代わりに既存事業の責任者になってくれないかしら……。そしたら、もうちょっと私の仕事も楽に――」
「オフェリア様! ご承認いただいていない書類の提出が明日までですぞ!」
社長室のドアが騒々しくノックされ、でっぷりしたお腹をせわしなくゆらしながらアルボーニさんが入ってきた。また仕事が増えるらしい。
私はげんなりした顔をする。
「ねえ、アルボーニさん。もしかして、私が急にフォロンに行ったことを根に持ってこんなに書類を回してくるわけじゃないでしょうね」
「そんなわけないでしょう! こっちだって精いっぱい皇女様の負担を減らすためにあくせく働いておりますのに」
「……そうよねえ」
「まあ、フォロン行きの件は未だに根に持っていますがね! まったく、ろくに引継ぎもしてくれないもんですから、残されたこっちは大変だったんですよ!」
アルボーニさんはプリプリしながら、私の机の上にある書類の山から数枚の契約書を引っ張り出して私に渡す。私はそれを受け取ると、サッと目を通し、何枚かはサインをしたあと、最後のほうの書類を見て深いため息をついた。
「何よこのデタラメな契約書。手形の期限が長すぎるわ! こんなに嫌がらせとしか思えない……。ああ、これは王宮の案件だから私が話したほうが速いわね……。夕方に王宮に行く用事があるから、その時に財務官と話します」
「まったく、イフレンの王宮の財務局はこれだから嫌なのです。こちらが商人だからと足元ばかり見てくる」
「それでも、ボスリン山のトンネル工事の件はイフレン帝国がお客さんだもの」
私は苦笑する。ボスリン山の工事の一件は、アマラ様を口説き落として、なんとか予算を奪取したのだ。
そのため、国庫から資金を調達し、適宜工賃や人件費、トンネル工事につかう諸々の雑費に振り分ける仕事に最近は日々奔走している。
アルボーニさんは大きくため息をついた。
「まったく、うちはただの商会だというのに、ついにトンネル工事も請け負うようになるとは。しかも、作業員として騎士たちを派遣するんでしょう?」
「ええ、イサク様が約束してくれたから」
ニコニコと微笑む私に、アルボーニさんとギルジオが顔を見合わせて呆れた顔をした。
「プライドが高い騎士たちに、トンネルを掘らせるとは。さすがうちの皇女様は考えることがキテレツですなあ。こちらに関してはどうお考えですか、ギルジオ殿?」
「ああ、我が主ながらなかなか型破りな考えをするお方だと思わずにはいられない。現に騎士派の奴らからは、『我らはスコップではなく剣を持つべきだ』という嘆願書が毎日届くんだが」
「おお……。それはなかなか……」
騎士派の反対はすさまじい。しかし、私は一向に耳を貸す気はなかった。
「これから先、戦のない時代にどんどん取り残されて困るのは騎士たちよ。私は、新しい道を提案するだけ。そもそも、職業に貴賤はないんだから」
「それはそうですけれども……」
「もちろん、インセンティブはあるわよ。やる気がある人には技術を身に着けてもらって、キャリアの転向もお手伝いをするの。トンネル工事に使うオフェリア商会特性の爆弾を扱えるのは、ある程度の教育を施された国家資格を持った人にするつもりだし。そしたら、騎士たちも仕事を独占できるわけだし、悪い話じゃないでしょ。あっ、技術を持った騎士の人材派遣会社も経営できそうだと思ってるんだけど、どうかしら!」
「さすがオフェリア様! 全ての物事が商売に結び付くあたり、私非常に感心してはおりますが、これ以上新たな事業の話はもう聞きたくありませんのでこれにて! 夕方の財務局との交渉は任せましたよ!」
アルボーニさんは私のサインが書いた書類を受け取ると、逃げるように社長室を去っていく。
「最近私が新規事業の話をしだすと、みんな逃げだすわね」
私の呟きに、「当たり前だ」とギルジオがうんざりした顔をした。
*
転機は意外にも早く訪れた。
「やだ、財務官がゴリゴリの騎士派なんて聞いてないわよ……」
私は王宮の豪奢な廊下で、肩を落として呟いた。ギルジオが苦い顔をして頷く。
「ここ最近、妙に王宮の金払いが悪いと思ってはいたが、あの様子だと財務局にいる騎士派のヤツらが理由をつけて支払いをわざと遅らせていたようだな」
「嫌になっちゃうわ……」
フォロン公国から帰ってきてからというもの、自分でいうのもアレだけれど、第一皇女の人気はうなぎのぼりだ。私の革新的な案は次々と採用され、私を支持する派閥は「改革派」と呼ばれているらしい。ありがたいことに、アマラ様からの信頼もさらに厚くなった。
しかし、それをよく思わない一派もいる。特に、第二皇子のイサク様を熱烈に支持する騎士派の貴族たちは、日々反発を強くしている。
「はあ、この件はおじい様に根回ししてもらいましょう。それから……」
「ちょっとお待ちになって!」
なにやら見覚えのある鮮やかな赤毛のものすごく派手なご令嬢が仁王立ちしている。廊下のど真ん中で。
そして、私はそれを無視した。
「……うーん、今ちょっと珍しい人から声をかけられた気がする」
「ちょっと、私を無視するなんていい度胸ね!? 待ちなさいったら!」
呼び止められて、ついに私はうんざりして振り向いた。
「お久しぶりです。ナタリー、ご機嫌麗しゅう……」
「ごきげんよう、オフェリア。相変わらず辛気臭い顔だこと」
ツン、と顎をそらせて、居丈高にナタリーは私に挨拶をした。珍しいことに今日は、取り巻きたちと一緒ではないらしい。
(今日は何なのよ、いったい……)
イサク様の妹であるナタリーは、舞踏会の時なんかに私にちょくちょく嫌味を言ってくるくらいで、最近は没交渉だったはずだ。こうやって話しかけてくるのは非常に珍しい。明日は雪が降るかもしれない。
しかし、そうは言っても相手が面倒くさい相手なのは変わりがないので、あまり積極的にかかわり合いたくはないわけで。
「嫌味を言うために私を呼び止めたのであれば、ご苦労様です。私は行っていいですか?」
「申し訳ありませんが、皇女はお忙しいのです。もし話がしたいのであれば、事前にアポイントを取っていただきたく。それでは」
ちっとも申し訳ないと思っていなさそうな顔で、ギルジオもナタリーを追い払おうとする。
「あっ、ちょっと! まだ本題にも入ってないのよ!?」
「……話があるなら、手短にお願いします」
「そ、相談があるんだけど……」
「私に、相談?」
「わ、私も商会を開こうと思ってるのッ!」
「その話、聞かせてもらいましょう!」
ナタリーの突拍子もない一言に、私は脊髄反射で即答していた。
新章に突入しました!
だんだんうちの死神皇女は皇女っていうより商魂たくましすぎる商人っぽくなっていくのは仕様です。もうちょっとドレスとかお茶会とかの話をしてほしい気もしますが…





