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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の商売と戦争
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62.職権乱用とやら

 息が詰まる帰路をなんとかやりすごし、街から帰ってきた私を真っ先に迎えたのは、イサク様だった。そういえばそろそろ騎士たちの交代の時間帯だ。これからの時間からはイサク様が護衛にあたるということらしい。


「オフェリア、おかえり。万事変わりなさそうだな」


 イサク様が微笑みながら私に手を差し出す。私はありがたくイサク様の手を借りて馬車を下りた。


「何度も申し上げていますが、イサク様は私の護衛なんてしなくても良いんですよ。騎士団の方々を私なんかの護衛に回していただいているだけでも、十分ありがたいとおもっていますから」

「自分を卑下するな。お前はこの国にとっても、俺にとっても大事な人間なんだ。だからこそ、俺の騎士団直々に護衛をさせている」


 私を熱心に見つめるヘーゼル色の瞳は、相変わらず嘘偽りの影がない。本心からの言葉に、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。

 持ち帰りの仕事用の書類をどっさり持ったギルジオが「身体が冷えますから」と言って離宮の中に私を連れていこうとしたものの、イサク様がそれを遮った。


「オフェリア、良い夜だぞ。せっかくだから少し外を歩かないか」

「……はい」


 逡巡した後、私が頷いたのを見たギルジオが、あからさまに嫌そうな顔をした。


(この国の第二皇子であるイサク様からの申し出だし、無下にすることもできないじゃない……)


 と、心の中で苦しい言い訳をしながら、私はギルジオに視線だけで下がるように命じる。ギルジオは主君である私には表立って反論できないため、苦い顔をして私から距離をとった。確実に後々叱責されるだろうけれど、この際仕方がない。

 イサク様は自然に私の手を取った。


「それでは行くか。足元に気をつけろよ」

「は、はい」


 イサク様と私は、離宮の小さな庭園を歩き出す。少し離れたところを、ギルジオと騎士たちがついてきた。


(なんかこういうこと昔もなかったっけ? デジャヴュを感じるんだけど。あっ、そういえば初めて会った時も庭園を歩いたんだったわ)


 私は遠い目をした。思えばずいぶん遠くに来たものだ。

 庭園には涼しい夜風が吹いていて、美しく整えられた庭木を揺らしている。確かに、散策するには良い夜かもしれない。


「だいぶ疲れた顔をしているな。やはり、護衛がいる生活は窮屈か?」


 しばらく無言で歩いていると、ふとイサク様が含み笑いをしながら訊いてきた。

 私は少し迷った後、素直に頷く。


「ええ、少し。今までは、なんというか……、護衛はギルジオだけでしたし、身軽に動けていましたので……」

「まあ、いずれ慣れるだろう。というか、慣れてもらわなければ困る」

「ええっと、それはどういうことですか?」

「俺の近衛兵騎士団の騎士たちを派遣する限り、俺はお前に会いにくる口実ができるだろう」

「……まあ。職権乱用ですね」


 私が茶化すように言うと、イサク様は少しばつの悪そうな顔をした。


「そうとも言える。本来は、護衛の騎士と姫君がこうやって二人きりで歩くなど言語道断だ。それくらいわかっているが、俺はどうしてもオフェリアに会いたくてな」


 あまりにストレートな一言に、頬がカッと熱くなるのを感じて私は思わずイサク様から目を逸らした。

 イサク様は、私の顔が赤くなったのを見逃さず、私の前に回り込んで、茶化すように言う。

 

「どうした、顔が赤いぞ」

「だ、だって……」

「オフェリアのこういう顔を見られるのなら、職権乱用とやらも悪くない」


 ふふ、と笑いながら、イサク様が私の頬の横の髪を指ではらった。心臓の鼓動が、自分でもわかるほどに速くなる。身体中の血が沸騰しそうだ。

 イサク様は目を細めてクシャッと顔をしかめるように笑う。


「まあ、そういうわけだから、俺の近衛兵騎士団から騎士を派遣し続ける限り、俺はオフェリアに大手を振って会えるわけだ。……あのネックレスを渡してからというもの、あからさまに避けられたのは、なかなかに俺も堪えた」

「そ、それは……。すみませんでした! イサク様の、お気持ちは嬉しかったのですが……、立場や公務のこともありますし、どうしていいのか、わからなくて……」


 なんとか謝罪の言葉を探していると、それを遮るようにイサク様は鷹揚に首を振った。


「……いや、それだけ聞ければ十分だ。少なくとも、俺は嫌われていなかったとわかったからな」

「嫌うなんて、そんな!」


 勢いよく頭を振る私に、イサク様は嬉しそうに微笑む。


「オフェリアの立場を理解せず、早まった俺が悪かったんだ。すまなかった。お前もずいぶん困っただろう」

「イサク様……」

「まあ、きっかけはあまりよくないものではあったが、お前のそばにいられて嬉しく思っているのは本心だ。立場上、恋仲になるのは難しいのかもしれないが、俺はオフェリアと少しでもこうやって一緒にいたい」


 イサク様は戸惑いがちに私の手を取った。私を見つめる表情は痛々しいほど切実で、見ていて胸が苦しくなる。


(私のこと、本気で思ってくれているんだ……)


 胸の当たりがキリキリと痛むと同時に、甘やかな温かさがポッと灯る。嘘と欺瞞に満ち溢れたこの世界で、イサク様だけはずっと私のことを思ってくれているのが嬉しい。

 例え、立場の関係でこの恋が実らぬと、苦しいほどわかっていたとしても。

 私はぎゅっとイサク様の手を握り返した。


「……はい、私も同じ気持ちです」

「嬉しいな。やっとお前の本心が聞けた。……あっ、お前を襲撃した男たちの首謀者は、まだ突き止められていないのは、申し訳ないと思っている。そちらのほうは全力で犯人捜しにあたっているし、全く手を抜くつもりもない」


 イサク様はきっぱりとした口調でそう言い切った。

 今回の第一皇女襲撃事件は、確実にイサク様の一派が行ったことだろう。真相が明らかになれば、イサク様の陣営は確実に大きなダメージを受ける。

 しかし、それでもなおイサク様は真相解明に全力で当たっているのだ。真犯人を見つけ、なんとしてでも私を守るために。

 私は大きく頷いた。


「イサク様の御尽力には、心から感謝していますし、全幅の信頼を寄せています」

「ああ、お前の信頼に必ずこたえよう。オフェリアのためなら、何を失っても怖くはない」


 イサク様は、前ぶれもなくふわりと私の足元にひざまずくと、私の手の甲にそっと口づけた。まるで、騎士が主君に忠誠を誓うように。

 私が息を飲んでいると呆然としていると、イサク様はスッと立ち上がって、なにごともなかったように踵を返す。


「い、イサク様、今のは……」

「さあ、行くか。あまり外に出ては身体が冷えてしまう。お前も疲れているだろうし、早く休むと良い」

「ま、待ってください!」


 私は慌てて前を行くイサク様を追いかける。イサク様の耳が真っ赤だということに気づいたのは、しばらく追いかけてからだった。

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