60.騎士たち
不気味な男たちに襲撃してから2日後の朝、私たちの離宮に思わぬ来訪者が現れた。
「え、えっと……」
玄関先で私が言葉を失っていると、ドアの前にずらりと並んでいた騎士たちの中から、リーダー格らしい茶髪の背の高い騎士が一歩前に出て私に敬礼をする。
「我が主、イサク様の命を受け、本日より皇女様を護衛することになりました! 今日より、貴女様の剣となり、盾となりましょう! 全員、敬礼!」
高らかな号令とともに、背の高い騎士たちが胸に手を当て、踵を鳴らしながら一斉に私に向かってきっちりと頭を下げた。
私の前に並ぶ騎士たちの胸には、たくさんの勲章が並んでいて、それなりに高位の騎士だとわかる。
「なんだ、これは……」
一緒に外に出たギルジオの眉間の皺が、一気に深くなった。今すぐに暴れ出して騎士たちを追い払ってしまいそうな雰囲気だ。
ギルジオがなにか不穏な発言をする前に、私は慌てて口を開いた。
「あ、貴方たちはもしかして、イサク様の近衛兵の皆さんですか?」
「はい、その通りです」
「私のそばにイサク様の近衛兵を置くことは、おじい様が反対されたはずでは……?」
私が引きつった顔で質問すると、リーダー格の男が怪訝そうな顔をした。
「イサク様からは、すでに第一大公からの許可は得たと聞いておりますが?」
「えっ、そうなんですか?」
ますます訳が分からず、困惑していると、騎士たちの後ろから聞きなれた声がした。
「オフェリア! 時間がかかってすまない。腕の立つものを厳選していたら遅くなったんだ」
「イサク様!」
騎士たちの後ろから、とびきりの笑顔を浮かべたイサク様が登場する。ギルジオの眉間の皺がさらに深くなった。
「なんで皇子がわざわざ近衛兵騎士団と一緒に来るんだ……」
舌打ち混じりにギルジオがイサク様を睨みつけたものの、当のイサク様はそれをあっさり無視した。
「おはよう、オフェリア。驚いたか?」
「……驚いたも何も、これはいったいどういうことですか?」
「さっきトビアスが言った通りだ。これから、俺の近衛兵騎士団がお前を守る。ちなみに、アマラ様にも許可は取ってある」
先ほどのリーダー格の騎士はトビアスという名前らしい。その上、アマラ様にも許可が取ってある、ということは、イサク様はかなり迅速に色々動いてくれたのだろう。外堀を埋められた、というほうが正しいかもしれないけれど。
「第一大公が、かなり反対されたのでは?」
「最初は反対していた。だが、さすがにオフェリアの命がかかっているんだ。最終的に俺の意見を押し通させてもらった」
「押し通させてもらったって……」
私とギルジオが絶句する。
こともなげに言ったものの、あんなに怒っていた第一大公をどうやって説き伏せたのだろう。
2日前、離宮に現れたイサク様を目にした第一大公は、見たこともないほど怖い顔をしていた。その上、有無を言わせぬ雰囲気で私を部屋から閉め出したのだから、よっぽど怒っていたのは間違いない。
未だに疑わしげな目で見つめる私に、イサク様は軽く苦笑した。
「疑うなら、ジルという名のメイドが俺たちの話を聞いていたからそっちにあたってくれ。とにもかくにも、これは決定事項だ。アマラ様から許可は得たことだしな。大人しく俺たちを受け入れろ。これからは、騎士4人ずつ3交代でオフェリアの護衛に――……」
「ちょっと待ってください」
突然、私とイサク様の間にそれまで黙っていたギルジオが割って入ってきた。短気な彼はついに我慢の限界が来たらしい。
「オフェリア様の護衛は不要です。俺一人で十分かと」
ギルジオはきっぱりした口調で言う。第二皇子を相手に、あまりに慇懃無礼な物言いだ。イサク様の後ろに並ぶ騎士たちの顔が、さっと険しくなった。
しかし、イサク様はギルジオの不敬な物言いを大して気にした様子もなく、真面目な顔でギルジオに向かいあった。
「一人で十分だと? この前の襲撃の時、お前は敵の一撃すら防げずに怪我をしたんだぞ」
「……ッ! 前回の件は、油断しただけです。次は絶対に失敗しない」
「お前の見栄やプライドだけで、オフェリアは守れるか? この前だって、二人とも殺されてもおかしくない状況だったんだぞ」
落ち着いたイサク様の指摘に、ギルジオの頬にさっと赤みがさした。
イサク様は淡々とたたみかける。
「それに、お前はまだ万全じゃない。宮廷の医師から聞いたぞ。完治までに時間がかかる、かなりひどい怪我だ負ったらしいな。今だってかなり痛むだろう」
「えっ、どういうこと!? 怪我は大丈夫って聞いたけど!?」
私はすっとんきょうな声をあげてギルジオを見た。
ギルジオは、むすっとした顔をして目を背ける。
「……大丈夫だ」
「でも、痛むんでしょう?」
「別に、怪我をしたのは左腕だし、剣を扱うのに支障はない」
子供が駄々をこねるような口調で答えるギルジオに、イサク様が呆れた顔をする。
「支障がないわけないだろう。剣は両腕を使うものなんだぞ。それに、俺はアマラ様にオフェリアの護衛の許可は得ている。それを覆すほどの権限が、お前にあるのか?」
「ぐっ……」
この国の女皇の名前を出されて、ギルジオはついに不機嫌そうに押し黙り、それから渋々といった様子で身を引いた。どうやら、不承不承ではあるものの、イサク様の案を受け入れる気にはなったらしい。
イサク様はやれやれ、といった様子で軽く肩をすくませると、改めて私を見つめて声を潜めた。
「この前の一件は、少なからず俺にも責任がある。だから、交代制にはなるが、俺もお前の護衛につく」
「い、イサク様まで!? そこまでしていただかなくても……」
「決定事項だ。これからよろしく頼む」
私を見つめるイサク様の鋭い目は、心なしかキラキラしているような気がした。





