6.暗転
ダクリ川の川面は、斜陽を浴びて眩しいほどにきらめいていた。川を渡る風が心地いい。
いつものダクリ川の河原であれば、うちの工房で使う砂を運ぶ人たちで溢れているけれど、今日は人っ子一人いない。火入れの日ではないため、砂を運ぶ必要がないのだ。
私は隣に立つギルティスに微笑んだ。
「ここが、ダクリ川だよ。アイクレデスの流した、涙の川」
「ここか……」
「知っていると思うけど、ここから見えるあっちの山がブンガの山々。半神ミヌィコの鉄の剣や盾やが砕け散ってできた山って言い伝えがある場所」
ブンガの山々に砕け散ったミヌィコの武器は、時を経て鉄鉱石になったと言い伝えられている。だから、ミヌィコはこの地方では鋳物を司る神様として信仰されていた。
ギルティスはぐるりとあたりを見渡す。私は微笑んだ。
「どう、感動した? ……ってまあ、普通の川と山だよね。ちょっとがっかりしたんじゃない?」
「いや、感慨深い」
それだけ言うと、ギルティスは右向け右をして足早に下流に向かって川沿いを歩き出す。村とは逆方向だ。私は慌てて追いかけた。
「ちょっと待って! そっちは村から遠ざかっちゃうよ」
「すまない、もう少しこの川を眺めていたい」
「でも、もうちょっとで帰らないと! 村も案内できなくなっちゃう!」
ギルティスは私の言葉を聞かず、こちらを振り向かずにずんずん進んでいく。こちらの事情などお構いなしだ。
「……もう、強引なんだから。仕方ないなぁ」
私はそっとため息をつくと、どんどん先に行ってしまうギルティスの背中に大人しくついていく。
河原を行く二人分の影は長く、日が落ちるまであまり時間もない。もう少しで夕ご飯の時間だ。
(この調子だと、今日は村の案内はできないかも。というか、わざわざ私が村の案内をする必要もないわけだし)
おそらく、世話焼きの職人たちに頼めば、率先して村の案内役を買ってくれるだろう。そちらの方が私も良い。
やはり私はどうしてもギルティスの言動に慣れない。言葉数も少ないし、愛想が悪い。はっきり言ってしまえば、ギルティスはかなり苦手なタイプだ。
(でも、ギルティスはもう心に決めた人がいるらしいじゃない? いったいこんな変人の心を射止めたのは、どんな子なのかしら?)
私は小走りでギルティスに横に並ぶ。あまりプライベートを詮索するような真似はしないほうが良いとわかってはいるものの、ついに好奇心に負けて口を開いた。
「あの、これは単なる好奇心で聞くんだけど、お父さんに心に決めた人がいるって言ってたじゃない? その人って恋人?」
「……いや、違う。断じて違う!」
ギルティスの歩調がにわかに早足になる。かろうじて見える耳が赤い。
「あ、なんだ、片思いなの? かっこいいのに意外! じゃあ、まだ告白とかはしてないの?」
「こ、告白ゥ!? そんなことするわけがないだろう!!」
よっぽど動揺したのか、ギルティスの声が裏返った。歩調がますます速くなり、私の早足では追いつけないほどだ。
「あ、あのね、これはお節介かもしれないけど、一応気持ちは伝えておいたほうが――、」
私が皆まで言う前に、ギルティスは何かに気づいたように急に立ち止まった。すぐ後ろをついて歩いていた私は急に立ち止まれず、ギルティスの広い背中にぶつかり、そのまましりもちをつく。
「……ちょ、ちょっと、いきなり止まってどうしたっていうの!?」
「…………」
ギルティスは、しばらく答えなかった。なぜか遠くを見つめている。
「ギルティスったら!」
私の抗議の声に、ギルティスがしりもちをついた私をようやく振り返る。見上げるギルティスの顔は山に沈もうとしている夕日の逆光のせいで、どんな表情をしているのかわからない。
転んだ私に、ギルティスが手を差し伸べる。
「……手を取れ」
ギルティスの声は、少しだけ掠れていた。私はおとなしくギルティスが伸ばしてきた手をとる。
――刹那……
「うっ……!?」
急にみぞおちあたりに衝撃が走り、耳鳴りがした。見えていた景色が一瞬で歪む。私の手が何度か虚空を掴み、背中に衝撃が走った。
「コリン・ブリダン。お前にはここで死んでもらう」
氷よりも冷たい声が頭上から降ってきた。ギルティスの声だ。
「ギル、ティ…ス……。どう、し……て……」
状況がつかめないまま、私はついに遠のいていく意識を手放した。