55.皇女襲撃事件
「サンドロといい、コルタといい、お前のまわりのヤツは、どうしてこう、あんなにも奇人変人ばかりなんだ」
帰りの馬車の中、ギルジオが深いため息をつくのを、私は苦笑して軽く首を傾げた。
ギルジオの言う理論で行けば、私のまわりにいるギルジオもまたその「奇人変人」の部類に入る。しかし、それを指摘してしまえば、「揚げ足を取るな!」と不機嫌になるに決まっているので、私は何も答えなかった。
そもそも、ここのところとんでもない忙しさが続き、ギルジオには多大に負担をかけた自覚はある。多少の愚痴くらいは大目に見なければいけないだろう。
(特に今日は大変な一日だったからなあ……)
サンドロが去っていった後、オフェリア商会はとんでもない忙しさに見舞われた。
なぜか何度計算しても帳簿が合わず注文ミスが発覚し、極めつけにコルタの試作品が倉庫で勝手に発火したのだ。
てんやわんやの末、全て収拾がついたころには、ずいぶん遅い時間になっていた。私とギルジオが乗る馬車は、すっかり夜も更け、人気のないカリガルの街を走っている。
車窓から入ってくる月明かりが照らすギルジオの横顔は、相変わらず整ってはいるが、疲労でげっそりしていた。
私はおずおずと口を開く。
「あのさ、今度休みでもとったらどう? ギルジオは最近ずっと働き詰めだったじゃない。たまにはリフレッシュしたら、多少眉間の皺もマシになるんじゃない?」
「必要ない。お前を野放しにしておいてロクなことになった試しがないからな」
ピシャリと答えられ、私はムッとする。
「別にそんなことないわよ。私だってそれなりにうまくやってきてるじゃない。オフェリア商会だって、ここのところかなり売り上げも上がっているし、投資も順調よ?」
自信たっぷりに私は微笑んでみせると、ギルジオはむっつりと黙り込む。
事実、私が商会を任せられてもう少しで丸二年経とうとしているが、順調な投資と優秀な商人の採用も相まって売り上げはうなぎのぼりだ。
あまりの忙しさに王宮での公務、つまり貴族たちのくだらない謁見や見栄の張り合いであるダンスパーティー等々は少々サボりがちなのは認めるけれど、そちらは第一大公とライムンドがソツなくフォローしてくれている。
とにかく、私の仕事は目下うまくいっている。身代わり皇女としては、なかなか上出来の部類だろう。
ややあって、ギルジオは額に手を当てて大きくため息をつく。
「……それとこれとはまた別の話だ。お前は目を離せばすぐカーテンタッセルを四万個注文しようとするだろ」
「うっ、まだそのミスの話引きずってるの!? 数年前の話だし、普段の私だったらそんなミスしないって知ってるでしょ?」
「どうだかな」
「なによその返事は! だいたいギルジオだって――キャッ!」
鋭い馬の嘶きとともに前触れなく馬車が急に止まり、思わず私は小さく悲鳴を上げた。ギルジオは危うくシートから落ちそうになった私を支え、反射的に腰を浮かせる。
「おい、どうした!?」
ギルジオは馬車を繰る御者に問いかけたものの、いつものような返事はなく、その代わり荒々しい足音と、鈍い音が響き渡った。
「……ねえ、御者さんになにかあったんじゃない? 助けなきゃ!」
「馬鹿、落ち着け! 死にに行きたいのか!」
馬車から飛び出していこうとする私を、慌ててギルジオが羽交い締めにする。
「相手は複数だ。武器も持たないお前が出たところで、勝ち目があるはずがない!」
「じゃあ、どうしたらいいのよ!?」
「……状況が分からん。とりあえず、お前は俺の後ろにいろ」
あくまで冷静沈着なギルジオは、私を守るように引き寄せ、馬車の奥に押しやる。
やがて多数の足音が聞こえ、馬車のドアが乱暴に叩かれた。
「そこに死神皇女がいることは分かっている! 出てきなさい」
「出てこないのであれば、御者の命はないと思いなさい」
しゃがれた声が私たちに向かって呼びかける。しかも、四方八方から。ギルジオが言った通り、私たちが乗った馬車は複数の男たちから囲まれているのだ。
(治安がいいはずのカリガルで、どうして!? しかも、この馬車に私が乗ってるって知ってるじゃない!)
カリガルは首都ということもあり、憲兵たちが数多く常駐している。そのため、比較的犯罪は少ないはずだ。貴族が街中で暴漢に襲われたという話も聞いたことがない。
私たちも、オフェリア商会と王宮の往来程度では護衛騎士をつけないのがほぼ恒例になっていた。つける必要がないと思っていたからだ。しかし、治安の良さに油断したのが仇になってしまった。
ギルジオは眉間の皺を深くしたあと、小さく何かを言って、低く唸る。やがて、何かを決心したようないつになく真剣な顔で私の顔を覗き込んだ。
「……お前はここで身を低くしていろ。しばらくしたら、隙を見て逃げ出せ。後ろは絶対に振り向くな。いいな?」
「……えっ、いやに決まってるでしょ」
私は反射的に首を振った。ギルジオの額にビキッと青筋が浮かぶ。
「お前はこの期に及んでなにを……ッ」
「いくらでも口答えするわよ! ギルジオの考えてることくらい、わかるわ。自分が囮になって、私を逃がそうとしてるんでしょ?」
「…………!」
「ギルジオは自分を犠牲にして、私を助けようとしてる。でも、絶対そんなの許さないからね。アンが毒を盛られた時にも言ったでしょ? 命を大事にしてほしいって」
ギルジオは虚を突かれた顔をした。図星だったのだろう。
私はため息をついた。
「まったく、私はしょせん身代わり皇女なのよ? そんなことしてくれなくて良いから。それより、短剣を貸して。持ってるでしょ」
「……わかった」
ギルジオは私に懐にあった短剣を渡す。私は短剣でドレスの裾を走りやすいように引き裂いた。もったいないけれど、この際仕方がない。
(たぶん、これは場当たり的な犯行じゃない。相手は綿密に計画をたてていたのよ)
助けを呼ぼうにも、あいにくここは、夜の間は無人となる商店街の半ばで、悲鳴を上げても憲兵がすぐに駆け付けてくれるとはとうてい思えない。ここはもう、自力で何とかするしかないらしい。
私はなるだけ落ち着いた声で言った。
「どうせ身代金目的の誘拐よ。いきなり殺されることはないだろうし、隙を見て一緒に逃げましょう。私だって、そこら辺の大人程度なら撒けるはず」
「お前……」
ギルジオは何かを言いかけたが、少し苦笑して首を振る。
「相変わらず、お前の心臓は鋼でできているらしい」
「うるさいわね! 行くわよ」
「……分かった」
私たちは素早く馬車のドアを開け、外に出る。
目の前に広がっていたのは異様な風景だった。私は思わず息を飲む。
まず目に入ってきたのは、不気味な男たちだった。皆、一様に眼の部分だけ穴をあけた漆黒のシルクのフードを深く被り、同じく漆黒のくるぶしまであるマントを着ている。腰には簡易な鞘に納められた剣。
そして、次に目に入ったのは男たちの足元に転がっている御者の姿。こちらは、気絶させられているだけのようだ。
(いったい、この不気味な奴らはなんなの……?)
私はしげしげと相手を観察した。すぐに攻撃してくる様子はない。腰にある剣も鞘に入ったままだ。しかし、フードを被った男たちが唯一露出させている瞳には、どこまでも暗い敵意に満ち溢れていた。
異様に静かな街に、興奮した馬の嘶きだけがしばし響き渡る。
「なにごとだ! この方が、オフェリア第一皇女と知っての狼藉か!」
重い空気の中、まず口火を切ったのはギルジオだった。
私たちを取り囲んだ男の一人が、代表をするように一歩前に出た。
「オフェリア皇女を相手に、荒々しい真似をしてしまったこと、謝罪いたします」
その男の声は不自然にしゃがれていた。恐らく、正体を隠すために薬品か何かで喉を一時的に潰しているのだ。
そして、その慇懃無礼ともいうべき、優雅で冷徹な口調――……
「お前、貴族だな!?」
唸るようにギルジオが言い放つ。目の前の男たちは何も答えなかったが、それが肯定を意味するのは明らかだった。
長くなったので半分で区切ります!
ブックマーク、評価等ありがとうございます。また、誤字脱字報告していただき、ありがとうございました!
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