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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の故郷と誘拐
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5.勇者アイクレデス

「ごめんね。ちょっと話し込んでしまって」


 私がギルティスの元に戻ると、ギルティスはちょうど鋳物砂を覗き込んでいた。


「この看板なんだが……」


 ギルティスはすっと指をさした。指をさしている先には、鋳物砂(いものずな)の山の上に「ダクリ」という文字が書いてある木札が無造作に置いてある。


「これは、ダクリ川のダクリか?」

「ええ、そうよ。これはダクリ川の河原の砂。ダクリ川の砂の粒はちょうどいい大きさで、鋳物砂にピッタリなの」


 私はそう言いつつ、鋳物砂を掴んでギルティスに見せる。何の変哲もない砂のように見えるけれど、この砂は特別だ。

 そもそも、ブリダン家がこのバスティガに工房を構えているのには理由がある。

 一つ目は、鋳物の原料である鉄鉱石がブンガ山で産出されること。二つ目は、鋳物用の砂型に使う良質な鋳物砂が、工房から坂を下りたところにあるダクリ川の河原で豊富にとれることだ。鋳物を作るのに、鋳物砂はなくてはならない大切な要素なのだ。


「明日の朝の分が足りなくなりそうで、私もさっきダクリ川で鋳物砂をとって運んできたの。鋳物砂を運ぶのは女たちの役目だから」

「俺はダグリ川に行きたい」


 ギルティスからの唐突な申し出に、私は驚いた。


「ええ!? いきなりなんで?」

「そこに行く必要があるからだ」

「仕事を始めれば、どうせ嫌でも何度も行くことになるけど……」

「今、行きたい」


 きっぱりした口調で、ギルティスは言い放つ。もう、すでに決定しているかのような言い方だ。薄緑色の瞳は私を強くねめつけている。急に頭の奥が重くなった。目の前のギルティスの顔が急にぼやけた。


(な、なにこれ……)


 頭がもやがかかったようにぼんやりする。その上、有無を言わせないギルティスの口調に押されて、思わず頷いてしまいそうになる。

 私はなんとか聞き返した。


「この後確かに時間があるから、行ってもいい。でも、理由を教えてくれる? そうやって言われても納得できないわ」


 私が言い返した途端、頭の奥が重かったのがふっと軽くなる。視界もすぐにいつも通りになった。私に反論されたギルティスは驚いた顔をしていた。

 ややあって、ギルティスは口を開いた。


「……ダクリ川は、勇者アイクレデスがその友人ミヌィコを倒した時に流した涙が水源となっている川だ。だから、興味がある」

「ああ、グリダス神話に伝わる話ね。どんな姿にでも変身できる半神半人のミヌィコは、その能力をつかって、王に成りすまそうとしていた。親友ミヌィコの悪行に気付いた勇者アイクレデスが、涙ながらにミヌィコの首を斬る話、だったよね?」


 私の答えに、ギルティスは軽く目を見開いた。


「驚いた。コリンは神話を知っているのか」

「え? ええ、私、本を読むのが好きだからそれなりに。行商の人にいつも本を頼んでいて、グリダス神話は一通り読んでいるの」


 こグリダス神話は、この世界に伝わる神々の物語だ。

 最初は、私の願いを叶えてくれたあの自称神様は一体誰だったのかを調べるために読み始めた。そのうちに、神話の神々が繰り広げる冒険劇や愛憎劇が面白くなってしまい、いつの間にか長いグリダス神話はほぼ全て読んでしまった。

 なかでも、勇者アイクレデスと半神ミヌィコの話は人気があるのだ。二人のゆかりの地であるダクリ川を訪れ、神話時代に思いを馳せる熱狂的なファンがちまたにいて、時々バスティガを訪れると誰かから聞いたことがあるから、ギルティスもその類の人なのだろう。


(ははーん、なるほど。ギルティスは聖地巡礼ってやつをしたかったのね。意外と、ロマンチストな部分もあるんだ。それくらい、恥ずかしがらずに言ってくれれば良かったのに)


 そういう事情であれば、話は別だ。バスティガは特にこれと言って観光資源はない場所だけれど、こうやってよそから来た人が故郷に興味を持ってくれたことは誇らしい。例えそれが、私たちにとって見慣れた、平々凡々な川であっても。

 

「そうと決まれば早速行きましょう! 村も案内しなきゃいけないしね」


 私は快くギルティスの聖地巡礼を引き受けた。ギルティスは一度軽く息をつく。


「……ああ、よろしく。話が早くて助かる。一度、アイクレデスの涙の川を見たかったんだ」

「神話の話ができる人が工房に来てくれたなんて嬉しいな。私、女神ティテーの話とか大好き。いつかティテーがつくったっていう伝説があるカリガルに行ってみたいな。すごく美しい街だから、王様が一目見てカリガルを首都にするってきめちゃったんでしょ? 王様ってすごいよねえ。いきなり首都を変えられちゃうんだもん」


 私がはしゃいだ口調で言うと、なぜかギルティスの瞳に不穏な色がよぎった。埃っぽい鋳物砂置き場に、春にしては冷たい風が吹き込んで、私の栗色の髪を揺らす。


「……王に、なりたいか」

「ええ? いきなり何? そんなの、なりたくないに決まってるじゃない。私はこの地で平凡に生きて、好きな人と結婚して、幸せになるの」


 私はきっと怪訝な顔をしたんだと思う。ギルティスは一瞬私の顔を見つめ、ややあって何でもない、と首を振った。

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