46.常識破り
やたらと広い部屋に、私がひたすら紙にペンを走らせる音が響いている。
場所はオフェリア商会の一室。余っていた物置部屋を「社長室」と称して充てられたのだ。
最初は書類を持ち込んで商会関係の仕事を王宮の離れでやっていたものの、最近はすっかりこの社長室に居ついてしまっている。
「貴女様は皇女なのですから、しょっちゅう街に出られなくてもよろしいのですよ」
などとアルボーニ氏にたしなめられるものの、当のアルボーニ氏は放っておけば勝手に私のサインをまねて領収書を切ろうとしたり、私の名を騙って怪しげなビジネスを始めようとしたりするため、私たちはしょっちゅうオフェリア商会に出入りする必要があった。
それに、アマラ様の「手助け」のおかげで、最近は何かと貴族からの注文が多い。おかげさまで商売は繁盛しており、一時期よりは多少落ち着いたものの、猫の手もかりたい状況が続いている。そのため、皇女の手をかしている、というわけだ。
(まったく、ブラック企業に勤めていた前世の生活を思い出すなぁ……)
なんで生まれ変わってもこんなに働いているんだろう、と思わないこともない。
とにかく、大量の注文に頭を悩ませて唸っていると、黙々と書類の整理をしていたギルジオが私の髪を見てふいにぽつりとつぶやいた。
「……そろそろ髪を染める時期だな」
「えっ、もうそんな時期?」
私は亜麻色の髪にさわる。オフェリアと私は、瓜二つだったけれど、唯一髪の毛の色だけ違った。私のもとの髪色は濃い栗色のため、私は一か月に一度頃合いを見て亜麻色に髪を染め直さなければならないのだ。
私は窓ガラスを姿見にして自分の髪を確かめる。確かに、根本に少しだけもとの髪色が出始めていた。
「あー、本当だ。すぐに口が堅い理容師を手配できる?」
「ああ、目星はつけてある」
「さすが。仕事ができる護衛で良かったわ」
実際、ギルジオはなにかとつけてソツなく仕事がこなせる。もちろん、オフェリア商会の従業員たちが無能なわけではないのだけれど、ギルジオは仕事のスピード、正確さ、危機管理能力、全てにおいて突出していた。
そのため、最近ではギルジオを秘書兼会計係兼雑用係としてこき使っている。時々「なんで俺がこんなことを……」と小声で愚痴をこぼすものの、今のところ大きな問題には至っていない。
分厚い契約書の束をテキパキと分類するギルジオを眺めつつ、私は頬杖をついて微笑んだ。
「実はね、鋳造工房でギルジオを雇うって決めたのは実は私なの。ひょんなことからこうなったとはいえ、こうやって仕事を一緒にしてると、やっぱり私の眼に狂いはなかったって思うのよね」
「……そうだったのか。それならなぜあの時、俺を選んだんだ? ほかの候補者も、悪くはなかったはずだが」
「あー、えっと……。なんとなくかなぁ。昔から人を見る目があるの」
ギルジオの質問に、私はあいまいに笑って答える。神様からもらったステータス表示というスキルの話をしても、多分理解してくれないだろう。
「それよりも、やっぱりうちの商会って人手不足の気がしてきたわ。何人か雇おうかしら。このままだとうちの商会、ブラック企業まっしぐらだもんね」
「ブラックキギョウ……? お前、たまに聞きなれない言葉を話すよな」
「えーっと、方言みたいなものだから気にしないで」
不思議そうなギルジオに苦しい嘘をつきつつ、私はアルボーニ氏を呼ぶ。アルボーニ氏はでっぷりしたお腹を揺らしつつ、騒々しく現れた。
「お呼びでしょうか、女王陛下!」
「私は女王でも陛下でもないわ。過剰なお世辞はやめなさい。それより、仕事も忙しいし、そろそろ新しく人を雇おうと思うの」
「な、なんと! それに関しては大歓迎ですよ! いつか上申しようと思っておりました。オフェリア様の指示で何部門か赤字の部門を廃止して人が余りそうだと危惧しておりましたが、ふたを開けてみれば全くもって人手が足りないんですからね!」
アルボーニ氏は大きく頷く。珍しく意見が一致した。それほど商会は忙しいのだ。
「じゃあ、商会に求人を出して、何人かいい人を見繕ってちょうだい。面接は私がやるから」
「オフェリア様が面接を!? 相手は平民だぞ……いや、平民ですよ!?」
アルボーニ氏が答えるより先に、すっとんきょうな声をあげたのはギルジオだった。
「考え直してください! こうやって街の商会に足を運び、平民である従業員たちと気軽に話すだけでかなり異例のことなのですよ! 下々の民に無下にご尊顔をさらすことはありません! 常識的に考えればわかるはずです!」
「なに言ってるのよ。会わないとその人がどんな人かわかんないでしょ」
私があっさり返すと、ギルジオはわなわなと怒りに震える。さすがにアルボーニ氏は「まあまあ」と言いつつ、私たちの間に割って入る。
「ギルジオ様、常識というものでオフェリア様を説得するのがどんなに難しいか、貴方様がよく分かっているはずですよ。説得したいなら、少なくとも『効率爆上がり』とか『大幅納期短縮』とか『ばっちり黒字』くらい言わないと!」
「あれ、さりげなく私のこと常識がないってディスってない!?」
「ホホホ、気のせいですとも。それでは、何人か候補者を見つけて折り入ってご相談いたします」
「うん、じゃあお願いね」
「御意。……それより、一つご相談がありましてな。たった今ビルニアスの布職人が布を納めたのですが、一つ問題がありまして……」
「ああ、金糸を織り込んだ高級な布材よね?」
「さすがオフェリア様、見事な記憶力ですねえ! まあ、その高級な布材が、夏に納入された布よりどうも短いのですよ。一巻きにつき、大人の手のひらほど。それを指摘すれば、身に覚えがないとしらばっくれるときた! 彼奴ら、あまつさえ皇女の名前を冠するうちの商会相手に不正を働いていますぞ! 今すぐ貴女様の名で法廷にて争い、違約金をたんまりと……」
何の気なしにアルボーニ氏を呼んだけれど、なにやら面倒くさい案件を持ち込んできた。私は額を抑えてため息をつく。
「あー、その布職人がうちに来ているのね? それならこの部屋にその人を呼んでちょうだい。話を聞きましょう」
アルボーニ氏に指示すると、すぐに件の布職人は部屋に連れてこられた。布職人は蒼い顔で震えており、私の顔を見るなり土下座しそうな勢いで頭を下げた。
「で、殿下、アルボーニ様のおっしゃることは、身に覚えのないことにございます。どうか、どうか御赦しを……」
「ええい、うるさいぞ! オフェリア様の御前で言い訳など、不正を働いた身分でできると思うなよ! まず挨拶をせんか、挨拶を! このお方は、この国の貴い第一皇女だぞ!」
私の権威をかさに、アルボーニ氏は威張り散らしている。布職人はますます縮こまった。額から滝のように冷や汗が流れている。
(うわぁ、露骨な下請けいじめだわ……)
前世のブラック企業で何度となく目にしてきた光景だ。自分が責められているわけでもないのに、見ているだけで胃がキリキリする。
私はとりあえず口を開いた。
「布職人のお方、顔を上げてください。私は貴女を断罪しようと思ってここにきてもらったわけではありません」
「え、ええ……?」
「うちのアルボーニからおおかたの説明は聞いております。しかし、一方的な意見だけ聞いても、真実は分かりません。ですから、ぜひ貴方の言い分をお聞かせ願いたく思っています」
なるだけ相手を怯えさせないような言葉を選びつつ、私は訊ねる。布職人が震えながら顔を上げた。
「な、何度も反物は指定されたものさしで長さをはかりましたし、指定された通りの長さのはずなのです。一体全体なぜこのようなことになったのか、まるで見当もつきません。もちろん不正など、まかり間違ってもそのようなことをした覚えはありません!」
布職人は震える声で弁明する。さまよう目は、おどおどしているものの嘘をついている様子はなかった。本気で心当たりがないようだ。
「何度もはかったというのなら、人為的なミスの可能性はありませんね。……一つ質問があるのですが、ものさしの素材はなんでできていますか?」
「き、金属にございます、皇女様!」
「ああ、なるほど。では、仕方ありませんね」
私は頷く。アルボーニ氏が胡散臭げなどんぐり眼を見開く。
「仕方ないとはどういう意味ですか! ビルニアスの金糸を織り込んだ布は、手のひら一枚分の長さだけで馬が10頭買えるほどの値段なのですよ!?」
「金属は温度によって微妙に伸び縮みします。ビルニアスは冬と夏で温度差が大きいと有名な場所でしたね? だから、夏と冬ではものさしの長さが微妙に違うのです」
「それがなんだって……」
「夏と冬のものさしの微妙な長さ違いは、布のように長いものであれば、積もり積もって差がでてくる。その差が、手のひら一枚ぶん、ということでしょう。今後、温度差でも長さがあまり変わらない材質のものさしを使うべきですね」
「なっ……」
「これにて一件落着です。私の部下が貴方にあらぬ疑いをかけ、無為に引き留めてしまい、申し訳ございませんでした。私から謝罪させてください」
私は謝罪の上、布職人に頭を下げた。布職人は驚いた顔をした後、感極まったような顔をして頭を下げた。
「賢き皇女様、ありがとうございます、ありがとうございます……。なんとお礼を言えば……」
「そんなに畏まらないでください。ビルニアスの布は大変評判が良いのです。こちらとしても、質の高い技術を持った作り手を失いたくはありませんから」
「そ、そんな……!! 私には、す、過ぎた褒め言葉です」
「優れた技術を過小評価するべきではありません。新しいものさしについては、今後こちらから支給いたします。今後も良き取り引きをして参りましょう。では、アルボーニさん、丁重に玄関までお送りして。くれぐれも失礼のないようにね」
アルボーニ氏は苦々しげな顔をして、布職人を連れ立って部屋を出て行く。部屋はあっという間に静かになった。
黙って様子を見ていたギルジオが、嘆息した。私は苦笑する。
「……もう、ため息つかないでよ。気軽に平民に会うのは貴族としてのお常識がないって言いたいんでしょ?」
「ご立派でした」
「またお説教はやめて、――って、え!? 今、私のことをご立派でしたって言ったの!? ギルジオが私を褒めた!?」
あまりに珍しい人物に褒められたため、私の声が思わず上ずった。
「えっ、せっかくならもっと褒めよう? どこらへんが立派だった!? 私の名推理のこと? まあ、冬と夏の鋳造した製品の大きさが違うって、鋳造工房の娘だったからよくクレームが来たのよねえ」
「おい、調子に乗るな! ペラペラうるさい!」
「えー! 手のひらを返すのが早すぎるんじゃない?」
私が文句を言うのをしり目に、ギルジオは赤い顔をして私の頭の上に書類の束でベシン、とはたいた。





