45.死神皇女の影響力
緩やかなワルツの音楽に、私は壁際でユラユラしていた。
(やばい、平和すぎて逆にこれはダメ。眠っちゃいそう……)
初回のパーティーは貴族たちに囲まれて大変だったものの、私が王宮に来て一か月経った今、さすがに貴族たちに囲み取材のような質問攻めにあうことはもうなくなった。そのため、私も話しかけてきた貴族たちと無難な話題で雑談する以外は、ほとんど壁の花に徹している。
「死神オフェリア」のあだ名のせいか、はたまた私が近づきがたいオーラを発しているのか、最近は貴族たちはほとんど私に話しかけてくることはない。
当初敵対心むき出しにして突っかかってきたナタリーも、イサク様にキツめに叱られたらしく、最近は遠巻きに私を睨んでくるぐらいだ。
(そういえば、今日はイサク様はパーティーにきていなんだ……。親衛隊と遠征に行っているんだっけ……)
イサク様は、こちらに来てしばらくはパーティーで意地悪な貴族たちに囲まれるたびに私を助けてくれた。しかし、ここ最近は忙しいらしくその姿すら見ていない。一抹の寂しさを感じてしまうものの、それを口に出すとギルジオの機嫌が最悪になるため、私は黙っていた。
とにかく、パーティーは平和そのものだ。緩やかなワルツのリズムに眠りを誘われ、うっかり立ったまま眠りそうなほど。
そんなこんなで、「どうだ、最近の調子は」と、アマラ様から話しかけられた時、私は一瞬反応が遅れた。
後ろに控えていたギルジオが気づかわしげに私の腕をひく。
「……なあに、ギルジオ……って、あれ? あ、アマラ様! これは失礼いたしました! ボーっとしていて……」
「おいおい、第一皇女が壁の花になるんじゃない。せっかく可愛いのだから、もっと目立とうとしたほうが良いぞ、オフェリアは。適当に踊ってきたらどうだ? お前の相手をしたい貴族なんて、山ほどいるだろうに」
「死神皇女と踊りたいもの好きな殿方なんてあまりいないと思いますよ。それに、あまりダンスは得意ではありませんから」
「へえ、なんでもソツなくこなすタイプだと思っていた。意外だな。それはともかく、パーティーでボーっとするなんて、寝不足か? ……ああ、答えずとも良い。顔を見ればわかる。明らかに寝不足だ。ひどいクマだなぁ! 化粧でなんとか誤魔化しているけれど、私の眼は誤魔化せないぞ」
「さすが、アマラ様。……洞察力に、ふぁ……優れていらっしゃいますね」
私はあくびをかみ殺しながら、かろうじて微笑んだ。この2週間ずっとこの調子だ。
原因は明白で、私が1か月前に運営を任されている商会のせいだった。
「ライムンドから報告は上がってきているが、ずいぶんオフェリアは例の商会にてこずっているようだな」
アマラ様は美しい仕草でころん、と首を傾げた。輝く赤色の髪がさらさらと形の良い額に流れる。
私はその美しい顔を恨めしげに見つめた。
「アマラ様は、あの商会が大変だと最初からわかった上で私に任せましたね?」
「フフフ、人聞きが悪いなあ。お前ならばどうにかできると見込んでやったのだぞ? それはそうとして、アルボーニのヤツはなかなか手が焼けるだろう?」
「手が焼けるどころの話ではありません。そのうちこちらの手が燃え尽きて灰になりそうです……」
私は思わず弱音をはく。美しい女王は、ただいたずらっぽい笑みを浮かべて応えた。これは確信犯だ。
アルボーニ氏は、確かに商人のキャリアを積んだ優秀な人物だった。しかし、なにかとつけて私を出し抜こうとするので、油断も隙もあったものではない。現に、最近はアルボーニ氏が提出してきた数字が合わない帳簿を確認し、オフェリア商会の資産がどれくらいあるのか正確に把握しようと奔走している。
後ろに控えていたギルジオが、ため息をついた。
「帳簿の確認のような細々したことは、オフェリア様自らやることはないのですよ。たびたび俺にお任せくださいと言っておりますのに……」
「二人でやった方が早いもの。さっさと現状を把握しないと、次の手を打てないわ。あの商会の経営状況を、できるだけ早く一通り把握しておきたいし」
そう言って、私はもう一度あくびをかみ殺す。昨日も夜遅くまで帳簿とにらめっこしていたため、アマラ様と話していても眠気が吹き飛ばない。ギルジオは黙って私に熱々の紅茶を差し出す。しゃんとしろ、ということだろう。
アマラ王がそんな私たちを見て、ポン、と手を打った。
「ああ、そうか。お前たちは、良いパートナーなのだな」
アマラ様の言葉を聞いた途端、無表情だったギルジオの顔色がパッと赤くなる。
「止めてください、陛下。オフェリア様と俺は、まかり間違ってもそういう関係ではありません」
「なんだ、そうなのか。面白くないな。なかなかお似合いだと思ったのに」
ギルジオの返事を聞いたアマラ様は、つまらなさそうに形のいい唇をとがらせる。意味がわからない私が真意を聞く前に、アマラ様がさっさと話題を変えた。
「それよりも見ろ、オフェリア。最近のご婦人方やら令嬢たちを見て、なにか気づかないか?」
「えっと、……ギルジオに熱っぽい視線を送っている方々が多いような……?」
「あながち間違っていないが、私が言いたいのはそのことではない。まったく、どうにもお前は鈍感なようだな」
アマラ様は呆れた顔をした。
「ほら、みんな黒いドレスに鮮やかな色のベルトをしているだろう? お前の社交界デビューの時の真似をしているというわけだ」
「あっ、本当だ……」
指摘されて初めて、パーティー会場の華である令嬢たちが揃って黒いドレスを着ているのに気づく。そういえば、最近のパーティーでは黒ドレスを着ているご令嬢が確かに目立つ。私に表立って対抗心をむき出しにしてくる悪役令嬢ことナタリーの取り巻きの何人かでさえ、シックな色のドレスに鮮やかな色の布を腰に巻いていた。
アマラ様は微笑んだ。
「オフェリア、陰で何と言われようと、お前は第一皇女だ。自分の影響力を舐めてはいけない。それをよく自覚し、うまく利用することだな。そういえば、お前の商会では、布も扱っていたよな?」
「え、ええ。確か取り扱いはあったと思いますよ」
「では、ここいらで一芝居打ってやろうか」
アマラ様はニヤッと笑うと、わざとらしく一つ咳ばらいをした。
「おお、オフェリア、この前の斬新なベルトは、オフェリア商会で買ったのか!!」
突然、アマラ様のよくとおる声が広間中にこだまする。ご令嬢たちの視線が一気にこちらに集中した。アマラ様はぎょっとする私に意味深な笑みを向ける。すぐにアマラ様の視線の意味に気づき、私は慌てて大げさに頷いた。
「え、ええ、そうですの! オフェリア商会には、色々な種類のベルトがありましてよ。アマラ様もいかがかしら」
「ああ、ではお願いしようかなぁ!」
ちらりと周りを見てみれば、視線をわざとらしく外しつつ、一斉にご令嬢たちの眼が光ったのが見えた。
アマラ様は茶目っ気たっぷりに微笑む。
「これくらいの助け舟は出してやっても贔屓にはなるまい。では、私はもう行く。また話は聞かせてもらおう。お前にフェウス神の祝福あれ」
アマラ様はそう言って私の頭を撫でると、優雅にくるりとまわり、あっという間に人波の中に消えていった。
私は後ろに控えていたギルジオに、私は苦笑して見せる。
「行っちゃった。相変わらず嵐みたいな人だと思わない?」
「……殿下、今日はもう帰ったほうが良いです。今日はせめて、早めに寝ましょう。明日から忙しくなりますよ」
「えっ、冗談はやめてよ。これ以上どうやったら忙しくなるっていうの?」
ギルジオが端正な顔を苦虫を噛み潰したように歪ませる。
「断言しますが、残念なことにもっと忙しくなるんです。アマラ様に言われた通り、貴女様は本当に、自分の影響力を自覚しないと……」
「ど、どういうこと?」
「明日から注文殺到で雑務に忙殺される破目になるってことです!」
ギルジオに引きずられるように大広間を後にした私は、最初のうちは悪い冗談だと笑い飛ばしたものの、翌日からギルジオが言った通り、私たちの商会は目が回るような忙しさに突入した。
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それから、誤字脱字の訂正も、ありがとうございます!毎回本当に助かっております!すみません……





