44.商人、あるいは詐欺師
「なぜ、あのような決定を!?」
女王のサロンを出て、私たちが住む離宮に戻ると、ライムンドが声を荒らげた。
たまたま居合わせた侍女の一人が驚いた顔をしてこちらを見、そして声を荒らげたのがライムンドだとわかるとさらに驚いた顔をした。どうやら、怒るライムンドの姿はかなり珍しいらしい。しかも、相手は皇女だ。侍女が思わず二度見してしまうのももっともだった。
侍女の反応などお構いなしに、ライムンドは強い調子で私に詰め寄る。
「よりにもよって商会を選ぶなんて、なにを考えているのです! 貴方は気高き第一皇女なのですよ!? 無難に教会あたりを選ぶべきなのに!」
「なぜ? 商会は、人が生活するうえで欠かせないものです」
「貴女は何もわかっていない! 今であれば、撤回は可能です! さあ、今すぐ陛下に謝罪しに行き、撤回なさってください!」
ライムンドがそう言ったその時、突如誰かがヨタヨタと私たちの間に割って入ってきた。
「そこまでじゃ、ライムンド。我が庵にふさわしからぬ怒声が聞こえたと思い馳せ参じたが、お前だったか。臣下が主人の決定を怒鳴り散らすとは何事だ」
私を庇ってくれたのは、第一大公だった。
ライムンドは一瞬顔を歪ませたものの、態度を一変させる。
「はっ、第一大公のおっしゃる通り。オフェリア様、差し出がましいことを言ってしまいすみませんでした。では、私は仕事がありますので、これにて」
優雅に一礼すると、ライムンドは大股でどこかへ去っていった。
私は安堵のため息をつく。
「おじい様、ありがとうございます。ご機嫌いかがですか?」
「おお、可愛い孫よ。お前に会っただけで万事バラ色じゃ。ところで、今日は女王に謁見したとギルジオから聞いておるが、どうじゃったかの?」
第一大公はもじゃもじゃの眉毛を器用に片方だけ挙げる。
私は迷いながら口を開いた。
「あの、お話を聞いてくださいますか?」
「もちろんじゃ」
私は頭の中の情報を整理しがてら、女王との謁見であったことをあらかた話す。
「――と、いう目論見もあって、私は商会を選びましたの」
私が説明を終えて一息つくと、第一大公は長考の後、ふむ、と一つ頷いた。
「状況は把握した。こちらとしても、勅令のことは裏をかかれたのう。ワシとしたことが、一本取られたわい。しかしあのシルファーンのヤツ、相変わらず油断ならぬ小賢しい小僧じゃ」
ギルジオから話をきいた通り、第一大公は普段はボケているものの、やはり政治のことになると頭がハッキリするらしい。
私は疑問に思っていたことを口にする。
「ライムンドは、なぜあれほどまでに私が商会を選んだのを怒っていたんでしょうか?」
「そりゃあ、貴族というものはたいてい商人を馬鹿にしておるからの。貴族にも平民にもへこへこ頭を下げて、モノを売り、金を稼ぐとこは卑しいことじゃと」
「そうなんですか……」
貴族たちは商人に対して強い偏見を持っているらしい。だからライムンドは強固に反対していたのだ。
「しかし、お前の決めたことじゃ。政界のほうはワシとライムンドがなんとかするが、商会は最後までやりとげなさい。ワシはもう隠居の身じゃが、できることがあったら協力は惜しまぬ」
「では、おじい様、ひとつ質問をして良いかしら。アルボーニ氏をご存じ? 私にはじきにアルボーニ氏の商会を与えられる、という話なのですが。先にどのような人物か知っておきたいのです」
「ああ、アルボーニか。昔々、貴族たちの間で話題になった商人だ。なんでも、アルボーニのものは一流品ばかりだとか。しかし、最近はとんと話を聞かんのう」
「そうなんですね」
「ところで、昼飯はまだかの……」
「多分、もう食べられたと思いますよ、おじい様。お口の端にソースがついておりますもの。しかし、そろそろおやつの時間です。侍女におやつを出してもらうよう頼んできますね」
「おお、お前は気が利くなぁ」
「話を聞いてくださってありがとうございました」
私はそう言って、一礼すると踵を返した。とにかく、話を聞いてもらっただけで心が軽くなったのは間違いない。
「やれやれ、あの子はなかなか茨の道を進むのう……」
第一大公がぽつりとつぶやいた言葉は、台所に向かった私の耳には届かなかった。
*
アルボーニ氏との面会は思ったより早くに叶った。
『こういうことは早ければ早いほうが良いからな』
そう言って、アマラ王自ら首尾よく手配してくれたのだ。半ば面白がっているような気がするけれど、私の気のせいだと思いたい。
アルボーニ氏の商会は首都カリガルの繁華街から少し離れた通りにある、石造りのやたら立派な建物だった。
私を建物前で迎えたアルボーニ氏は私に恭しく腰を折った。年齢は五十半ばだろうか。お腹周りにでっぷりとした脂肪がつき、禿げあがった頭はピカピカだった。口元は、笑みを浮かべているように見えるものの、目はまったく笑っておらず、それどころか、どこか獲物を前にしたハゲタカを思わせる目つきをしている。
「いかにも信用できそうもない男だ。殿下、あまり油断なさらぬよう」
護衛としてついてきたギルジオが私にしか聞こえない小さな声で呟く。
当のアルボーニ氏は胡散臭い営業スマイルを顔面に張り付け、揉み手をしながら私を歓迎した。
「ようこそいらっしゃいました、皇女オフェリア様。私はマッソ・アルボーニ。このアルボーニ商会の長をやっております」
「初めまして、アルボーニさん。これから先よろしくお願いいたします」
私が頭を下げると、アルボーニ氏は大げさなほどに恐縮してみせた。
「おお、皇女様が私めのような平民に頭を下げるものではありません。この商会は今後貴女のものなのですからね」
「いえ、貴方の身分はなんであれ、年長者は敬うべきですから」
「いえいえ、畏れ多いことにございます。ささ、こちらでお話しするのもなんですから、中へ」
アルボーニ氏に誘われ、私たちは商会の二階の来客室に入る。ソファに座るなり、アルボーニ氏は揉み手のスピードをさらに上げた。
「いやあ、皇女様が我々のようなしがない商会のトップに立っていただけるとは、光栄なことでございます。まさに百人力、いや、千人力といったところでしょうな。我々従業員一同、心からの忠誠を掲げ、皇女様の名を貶めぬよう、これからより一層励んでいく次第にございます」
「はあ……」
「いやなに、私アルボーニはこう見えてもこの道四十年のプロ。貴女様は大船に乗った気持ちでいてくだされば良いのです。そう、まさにそのお姿通り、泰然自若と構えていれば何も問題ありません。それにしても、我らが皇女様はお若いのに美しさと気品をすでに備えていらっしゃる。もはやオーラが違いますな! そうだ、うちで扱う宝石などはいかがです? 最近その気品あふれるお姿に相応しいものが入りましてな。もちろん皇女様限定特別価格でご提供させていただきますよ」
「え、いや……」
「おっと、宝石よりもやはり甘いものをご所望ですか? お任せください。古今東西、どんな茶菓子でも我らは扱っておりますよ。紅茶もいっしょにいかがか? 最高級の茶葉のご用意がありますよ。皇女様もきっとお気に召すものがあるはず」
アルボーニ氏は怒涛のマシンガントークをさく裂させる。こちらが相槌をうつ暇もつかせぬほどの営業トークだ。
滑らかに美辞麗句を並べるアルボーニ氏に、私は舌を巻いた。
(すごい、こんな華麗な営業トーク聞いたことないわ。しかも、中身はペラペラ。ここまでいくと才能の部類よ。どんなスキルを持っているのかしら……)
私はこっそり目をすがめると、営業トークを繰り広げるアルボーニ氏のステータスを表示させる。
―――――――――――――――
なまえ:マッソ・アルボーニ
とし:57
じょうたい:なし
スキル:なし
ちから:B
すばやさ:C
かしこさ:B+
まりょく:D
―――――――――――――――
(すがすがしいまでに一般的なおじさんだわ……)
どうやら、この華麗にして中身ペラペラな営業トークは自力で身に着けたらしい。ここまで来たら名人芸だ。私は半ば感心しながら、ステータス表示を閉じる。
私の横に座ったギルジオが胡散臭い、とでも言いたげに目を細めた。隠そうともしない失礼極まりない仕草に、しかしアルボーニ氏は全くめげない。
「先ほどこの商会を、アルボーニ商会と名乗らせていただきましたが、これから先この商会は貴女様のものです。せっかくですし、『女帝・オフェリア商会』とでも改名いたしましょう」
「いえ、私は皇女であり、女帝ではありませんから、そのような不遜な名前を付けるのはちょっと……」
「なんと、謙虚な! 玉座はすでに貴女様のものでしょうに! しかし、その御謙遜も全て私には考えの及ばない配慮があってのこと。ここは『オフェリア商会』としておきましょう。では、改名のための書類を用意しておいたのでここにサインを」
流れるようなしぐさで、どこからともなくアルボーニ氏は大量の書類を出して私の前に差し出した。
「いえ、別にアルボーニ商会のままでも良いと思いますよ。アルボーニさんがせっかく創立した商会でしょうし……」
「いえ、そんな! 貴女様の名前を冠した名前でなければ、全て計画が台無し……いえ、貴女様の御威光をお借りできないではありませんか! ささ、老いぼれの顔を立てると思って、何卒この場所に二か所、それから次の頁にも同様にサインを……」
若輩者であるはずの私に、深々と頭を下げるアルボーニ氏の願いを無下にすることもできず、私は渋々ペンを手に取った。その瞬間、アルボーニ氏の眼が一瞬怪しく光ったのを、私は見逃さなかった。
「ちょっと失礼。書類の内容を検めさせていただくわ」
私の一言に、アルボーニ氏の胡散臭い営業スマイルが剥がれ落ち、見るからに焦った顔をする。
「いえいえ、それは困るといいますか、その、……中身は私めがきちんと十分精査の上お渡ししたので必要ないかと……」
「書類に関しては、ダブルチェックが必要ですから。……えーっと、これとこれはギルドに提出する商会改名の手続きですから、サインをしても問題ありませんね。……でも、これはサインするのを拒否します。それから、この書類もサインできかねます」
私はそう言って、数枚の書類を返す。アルボーニ氏の顔が悔しそうに歪んだ。
どうやら、私のことを世間知らずの小娘だと侮っていたらしい。
(内容を確認しなかったら、知らぬ間に私の名前で領収書が切られるところだった。危なかったわ……)
私は内心で安堵のため息をつきつつ、商会の改名の書類だけにサインをしてアルボーニ氏に渡す。アルボーニ氏が私を騙そうとしていたと、遅れて気づいたギルジオが、殺気を放って鋭くアルボーニ氏を睨みつける。視線だけで人を殺せそうだ。
(商人がみんながみんなそうだとは思わないけど、この人は全然信頼できないタイプの商人だわ……)
アルボーニ氏は書類を受け取りながら、ひきつる口元を隠しつつなんとか営業スマイルを浮かべる。
「いやあ、この書類は手違いで紛れ込んでいたようですな。失敬失敬。しかしですな、これから先一緒にやっていくのですから、もっと私めを信頼していただかないと!」
「ええ、もちろんです。お互いに信頼できる関係を築いていきましょうね」
「ああ、そうですね。皇女様と私めの関係は、これから深めていきましょう。ええ、これからですとも!」
私とアルボーニ氏は表面上にこやかな、そして剣呑な視線を交わす。私の頭のなかで戦いのゴングが鳴り響いた。





