43.決断
「なに、難しいことではない。王位継承権のあるものに、何かしらの組織の運営を任せようと思ってな。私の仕事の負担も減るし、王としての素質がうんぬんかんぬんとかで……」
途中から説明するのが面倒になったのか、アマラ様の説明がどんどん適当になる。シルファーン卿が、割って入ってきた。
「アマラ様、大事なことですから、説明をあいまいにすべきではありません。……オッホン、では、不肖ながら私、シルファーンめから説明を……」
シルファーン卿は盛大に咳払いすると、途中で説明を放棄したアマラ王から説明を引き継ぐ。
「最近、アマラ女王が勅令をお出しになったのです。この国の王位継承権を持つ王族たちは、それぞれに役割を与える、と。ですから、今後オフェリア様、イサク様といった王位継承権を持つ方々は、何かしらの組織の運営を任されます。いずれ王として皆を引っ張っていくための、いわば『予行演習』のようなもの」
「それは……、知りませんでした」
私は怪訝に思いながら答えた。
そのような大事な話であれば、まっさきにライムンドやギルジオが情報を伝えてくれてもおかしくないはずだ。しかし、二人からそのような話が出たことは一度もない。
シルファーン卿は当然、といった様子で頷いた。
「オフェリア様が知らないのも当たり前ですね。なんせ一週間前に出された勅令ですから」
「ああ、なるほど」
一週間前といえば、ちょうど私たちが首都カリガルに出発した日にあたる。この世界では携帯や電話の類はないため、移動中は当然連絡が取れない。そのため、ギルジオとライムンドはこの勅令を直前まで知らされていなかったようだ。
シルファーン卿は細い目をさらに細めてニヤリと笑った。不穏な影が瞳に宿る。
「そして、もう一つ、組織運営をお任せする理由があります。組織運営によって、王の素質を明らかにできる、というものです。もし、組織運営ごときでつまずくならば、国の運営ができるはずがない。つまり、組織運営で失敗するのであれば王たる資格はないも同然、ということです」
勝ち誇った顔をするシルファーン卿の説明に、柔和に微笑むライムンドの顔に苦々しげな表情が一瞬浮かんだ。
(ああ、なるほどね……)
第二皇子であるイサク様にとって、この勅令は確実に有利になる。つまり、王位継承権の位に関係なく、実力で誰が王に相応しいか決めるのだ。
私が組織運営を失敗し、逆にイサク様が組織運営を成功させれば、玉座はイサク様のものになる。なるほど、シルファーン卿が機嫌がいいのもうなずける。
いや、イサク様だけではない。私以外の王位継承権を持つ皇子、皇女たちは、実力次第で一発逆転のチャンスができた、というわけだ。
もちろん、なんとしてでも第一皇女オフェリアを玉座に置きたいライムンドは、この勅令に断固反対するはずだ。だから、シルファーン卿はライムンドが首都を離れた隙にこの勅令をごり押ししたのだろう。ライムンドにとっては寝耳に水だったはずだ。
シルファーン卿は片眉を上げ、芝居がかった仕草で大げさに肩をすくめる。
「いやはや、この勅令は深窓の姫君には少々厳しい内容でしたかな?」
「いえ、実力があるものが国民の上に立つべし、というお考えはもっともです。有能な皇帝は、この国に繁栄をもたらすでしょう」
私は冷静に答えた。シルファーン卿に挑発されているとわかっているけれど、ここで挑発に乗ってしまっては相手の思うつぼだ。
「おや! ずいぶんと余裕のある発言ですな。オフェリア様は、よっぽど自信がおありらしい。いやはや、その自信はどこから……」
シルファーン卿の揶揄に、私がムッとするより先にアマラ様の冷たい視線がシルファーン卿に向けられた。
「シルファーン卿、そなたがイサクに肩入れしているのは知っているが、そこまで露骨な言葉をオフェリアにぶつけるな。見苦しいぞ」
アマラ様が氷のように冷ややかな口調でシルファーン卿を咎める。シルファーン卿は鼻白んだ顔をして、「おっと、失礼」と言ってすぐに下がる。
アマラ様が苦笑した。
「シルファーン卿はああ言うが、あまり堅苦しく考えなくとも良い。王にふさわしい人間を選ぶため、とはいえ、あくまで参考程度だ。好きなものを選んでくれ」
「イサク様は、もう選ばれたのですか?」
「ああ、イサクのやつは真っ先に騎士団を選んだよ」
「騎士団を……」
マーレイ城で雑談をした際に、剣の心得があると言っていたし、なんとなくイサク様らしい選択のように思える。
(ここで私が騎士団なんか選んでしまったら、あからさまに比較されるだろうなぁ……)
私はしばらく考えた。
アマラ様は参考程度、とは言ったものの、やはり玉座を手に入れるにあたって、この選択が重要であることは間違いない。
その上、アマラ様は答えを出すようにこちらを急かしてくるわけではないものの、この場で決めなければいけないらしい。離宮で待つギルジオに相談したいと思ったものの、「持ち帰って検討させてください」と言えるような雰囲気ではない。
「オフェリア様、教会などはいかがでしょうか。御身の慈愛を遺憾なく発揮されましょう」
ライムンドが表向きは優しそうな、どこか媚びたような笑みを私に向ける。
私はライムンドの助言に一瞬頷きかけた。
(教会であれば、どう転んでも大失敗にはならないだろうけど、……でも、本当にそれでいいのかな?)
もし、万が一イサク様が騎士団で大きな成功を収めてしまえば、第一皇女オフェリアの立場は大きく揺らぐだろう。
――ならば……、
「私、決めました。商会にします!」
王のサロンにいた誰もが、私の決定に一斉に目を見開いた。
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